21 大切なもの

 自転車で見知らぬ土地をいっぱい走った上に、はしゃぎまわってつかれたパンダくん。

 シャモのお肉がたっぷり入った肉汁うどんにトウモロコシやおもち、シャモの照り焼きやフランクフルトに焼きおにぎり、それにヤマメの塩焼きを二本も食べてお腹がパンパン。

 まるで電池が切れた子パンダのようにベッドにバタンと倒れこむと、お風呂にも入らないままいびきをかいています。


 まーくんとお兄ちゃんはパンダくんを起こさないように静かにお風呂に入ると、き火のそばまでやって来ました。

 き火のそばでは、お父さんが一人でコーヒーを飲んでいました。

「まーくんは本当に大きくなったね」

 お父さんはキャンプチェアにすわったまま、まーくんを抱き寄せました。

 まーくんはくすぐったそうにお父さんの腕をすり抜けると、地面に座ってお父さんを見上げます。

 お兄ちゃんは少し離れた場所で、まーくんとお父さんをカゲロウ越しに見つめていました。


「服部サイクルのおじさんに、ちゃんとあいさつは出来たかな」

「うん。もう自転車が直ったの」

「そうだよ。まーくんが早く自転車に乗れるように急いで直してくれたよ」

 まーくんの顔がぱあっと光をびます。

「あのね、服部サイクルのおじさんに麦わら帽子を貸してもらったの。それから、おばさんにはお水と塩あめに、おがみじま駅までのバス代ももらったよ。あとおしぼり」

「そうか。それは聞いていなかった。自転車を取りに行ったら、しっかりお礼を言わなくちゃ」

「うん。それからパンダ号がおがみじま駅に置いてあるから、おがみじま駅にも寄ってね」

「そうしよう」

 お父さんは力強くうなずくと、牛乳をたっぷり入れたコーヒーに焼いたマシュマロを一つ浮かべます。

「お母さんにはないしょだよ」

 小さい声でささやいたお父さんから、まーくんはマシュマロの浮かんだコーヒーを受け取りました。


「お母さんは」

「朝一番におばあちゃんの施設しせつに行くから、先に寝たよ」

「ぼくたちは行けないの」

「今は一日に一人しか面会出来ない。みんなで会いに行けるようになったら行こうね」

 小さくうなずいたまーくんは、溶けていくマシュマロにまなざしを向けました。

「お兄ちゃんもどうぞ」

 お父さんはお兄ちゃんにも、焼いたマシュマロを浮かべたコーヒーを渡します。

 お兄ちゃんは『よだかの星』のロゴが入ったパジャマが汚れるのを気にして、立ったままでした。まーくんはそんなことおかまいなしで、芝生しばふの上にぺたんとすわっています。


「お兄ちゃん、ここにすわって。まーくんはちょっと体をお兄ちゃんの方に寄せてみようか」

 お父さんはお兄ちゃんにイスをゆずると、スマホを取り出しました。

「やっぱり上手に撮れないなあ。き火とお星さまと一緒に撮ったら素敵だろうと思ったのに」

 何枚か写真を撮ったお父さんは、スマホを見ると難しげな顔をしました。

「それにしても、ついこの間までこんなに小さかった二人が、もう小五と小三か」

 お父さんはスマホの写真を二人に見せました。

 元気な頃のおばあちゃんが、幼稚園の制服に身を包んだまーくんとお兄ちゃんを抱き寄せている写真でした。

 写真を撮ってくれたのは、みっちゃんそばのおじさんです。


「これはおばあちゃんとまーくんとお兄ちゃんで、みっちゃんそばに行った時の写真だよ。覚えているかな」

 まーくんはまだ小さすぎて、何も覚えていませんでした。

「おばあちゃんが何でも好きなものを頼んで良いって言うから、俺が調子に乗ってお子様定食とデミかつどんを食べた。それで家に帰ってからいて、お母さんがすごく怒ったんだよな」

「ねえねえお兄ちゃん、お母さんってずっと怒ってばかりだね」

 お兄ちゃんが笑っているので、まーくんはすっかりうれしくなりました。

 まーくんの一言に、お父さんも苦笑いです。


「お父さんはどうしてお母さんと結婚したの。だって、お父さんはいつもお母さんに怒られてかわいそう」

「そんな風にまーくんの目にはうつっていたのかい。そりゃ困った。お父さんとお母さんは子供の頃からこんな感じだよ」

 お父さんは、ぽりぽりと耳の後ろをかきました。

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