5 パンダくんとおそば屋さん

 パンダくんに連れられてまーくんが向かったのは、自転車で十分ほどの場所にある大きな公園でした。あまりに大きすぎて、まーくんもパンダくんも公園の一部しか知らないぐらいです。


【あおぞらレストラン こちらのチラシをお持ちの方はお好きな一品を無料サービス】

 公園のさくら広場入り口では、水色のベストを着たおばさんが、水色のチラシを配っていました。

 パンダくんと一枚づつチラシを受け取ると、あおぞらレストランが開かれているさくら広場に足をみ入れます。

「すごいね。お祭りみたいだよ」

「でしょ。お昼時はすごい行列だよ」

 運動会のテントよりも大きなテントがいくつも張られ、白いテーブルとイスがたくさん並んでいます。カレーやホットドッグ、クレープや焼きそばのキッチンカーからはおなかの空くにおいがしてきます。

 

 パンダくんは、カレーやホットドッグのキッチンカーには見向きもしません。

「まーくん、こっちだよ」

 ホットドッグのキッチンカーに吸い寄せられるまーくんの手を引っ張ると、『みっちゃん印のおそばとたまご』ののぼりを立てたキッチンカーに向かいました。


「パンダくん、いつもありがとうね」 

 キッチンカーの中から、真っ赤な髪のおじさんが顔を出しました。

 まるでニワトリのトサカのような髪に、まーくんは見おぼえがありました。

「おや、今日は若先生の所のまーくんも来たのかい。めずらしいね」

「あれ、おじさんはお店をめちゃったの」

 みっちゃんそばのおじさんが、どうしてここにいるのだろう――。

 まーくんはじっとおじさんの顔を見ます。


「いやいや。お店は定休日だ。その代わりと言っちゃなんだが、月に二回ほど、仲間とき出しをしているのさ」

「どうして」

 休みの日まで働かなくてはいけないなんて、大人って大変だなとまーくんは思います。

「そばやカレー、クレープや焼きそばにホットドッグを腹いっぱい食べられない子供に大人がいるからな」

「そうか。おばあちゃんもエビフライやケーキをこっそり食べて、お母さんに怒られていたの」

「おじさんもあき子先生には、血液検査けつえきけんさのたびに怒られるよ。でも、それとはちょっと話がちがうな」

 おじさんは『みんなに食事を』と書かれた募金箱ぼきんばこを指さします。


「人には、食べものを買うお金が無くなったり、ごはんを作ったり買ったりするのも辛いほど動けない時がある。あるいはおうちの人がそんな状態になったりね」

「でも、そう言う人にだけごはんを配ると目立つでしょ。だから、チラシを持っているなら誰でも、好きな一品を無料でサービスするシステムにしてあるの」

 おじさんの説明に、パンダくんがまるで先生になったかのように付け加えます。

「ちょっとだけでも人のお役に立てば、おじさんも気分がいいってもんだ。それに店の宣伝せんでんにもなるからな」

 おじさんはちょっと照れたように笑いました。


「まーくんもかけそばで良いよね」

 パンダくんはまーくんが持ったビラから、チケットを切り離しました。

「かけそば二つ。今日はたまごはいらないよ。その代わりに『みっちゃん印の肉汁にくじるそば』を一パック」

 パンダくんは、二人分のチケットと『みっちゃん印の肉汁そば』の代金を渡します。そして、『みんなに食事を』を書かれた募金箱ぼきんばこに二百円を入れました。


「今日はたまごはいらないのかい。みっちゃん印のたまごは、地べたを走り回って育った元気なシャモのたまごだぞ。そこらで売っているたまごとはわけが違う。とってもおいしいたまごだ」

「この前買ったのがまだあるよ。また買ったら母ちゃんに怒られる」

「そうかい。じゃ、次こそはきっと買ってくれよな」

 目を細めながらそばの湯切りをするみっちゃんそばのおじさんを見て、まーくんも電話代用の十円玉を五枚分、募金箱ぼきんばこに入れました。



「はいお待たせ。熱いから気をつけてな」

 みっちゃんそばのおじさんが、二人分のかけそばをキッチンカーのカウンターに置きました。

 かけそばをこぼさないように気を付けながら運ぶと、まーくんはパンダくんの向かいの席に座ります。

「そう言えば、どうしてお兄ちゃんに勉強を教えてもらえなかったの」

「お兄ちゃんに嫌われたの。それに、中学受験があるから、お兄ちゃんに勉強を聞いちゃだめだってお母さんが」

「お兄ちゃんがまーくんを嫌うなんてありえない。まーくん大好きで有名なあのお兄ちゃんが。絶対何かの間違いだよ」

 パンダくんは小さな体を乗り出します。


「それがね。ぼくが知らないうちに、お兄ちゃんが二階のおばあちゃんの部屋に移ったの。それでぼくが二階に行ったら」

 『おねしょマン立入禁止』と言いかけたまーくんは、あわてて口をつぐみます。

 小三にもなっておねしょを、しかも二週間のうちに三回もしただなんて、パンダくんに知られるわけにはいかないのです。

 だって、パンダくんは友達がいっぱいでおしゃべりで、とっても声が良く通るから。


「パンダくんと三人で作ったうんこなぞなぞパズルも、モンスター図鑑ずかんも乗り物図鑑もゴミだって言うし。お兄ちゃんは、二階に行ってからおかしくなっちゃった」

「うんこなぞなぞパズルなつかしい。あれは、まーくんが小一の時に作ったね」

 パンダくんはぎゃははと笑うと、おそばをすすります。

 まーくんも、少しだけ冷めたおそばをゆっくりと食べ始めました。


「まーくんは最近おねしょをするんだってね」

「ちがうの。あれは」

 まーくんがおそばを食べ終わる頃にパンダくんがさらりと言ったので、まーくんは思わず高い声を上げました。

「あれはお兄ちゃんのせいなの。全部お兄ちゃんが悪いの。おねしょなんかいつもはしないの。お兄ちゃんはぼくをおねしょマンって呼ぶの。パンダくんに言うなんて、お兄ちゃんひどいよ」

「あき子先生が、まーくんのおねしょを母ちゃんに相談していたから」

「お母さんから聞いたの。ねえ、お願いだからこの話はみんなには言わないで」

 まーくんは何度も両手を合わせてパンダくんに頭を下げました。


「それにしても、お兄ちゃんは『よだかの星』に出てくるたかみたいにいじわるだよ。『お前はまーくんじゃない。おねしょマンだ』って言うんだ。ぼくの肩に首の後ろをつかんで部屋から追い出すし、来るなって言うし。弟じゃないって。ぼくはお兄ちゃんの弟なのに」

 おそばを前に、まーくんはうつむきます。


宮沢賢治みやざわけんじの童話集だって、お兄ちゃんの宝物だよ。なのに、宮沢賢治みやざわけんじの童話集も図鑑もゴミだって言うの。絶対におかしいよ。『よだかの星』だって、お兄ちゃんがいつも読んでくれた話だよ」

 一気に言い終えたまーくんが水を飲み干すと、となりのテーブルを片付けていたみっちゃんそばのおじさんが、空いたどんぶりを下げにやって来ました。


「小学生のおねしょぐらい何でもないさ。おじさんなんて、大人になってから、電車の中できながらおねしょをしたぐらいだからな」

 ハハハと大声で笑うと、おじさんはボールペンを取り出しました。


「おじさんも『よだかの星』が大好きだ。ドラムかんの風呂に入りながら星を見て、き火にマシュマロやヤマメを突っ込んで丸かじり。茶色い自家製じかせいうどんも最高だぞ。夏休み中に、若先生とあき子先生とお兄ちゃんと、家族みんなで行ってごらんよ」

 おじさんは、はし袋のうらに『よだかの星』と大きく書いて、その脇に見慣みなれぬ住所と電話番号を書いてまーくんに渡しました。


「『よだかの星』は本当にあるの」

 二人分のどんぶりを下げてキッチンカーへ戻るおじさんを、まーくんはあわてて引きとめようとします。

 ですが、みっちゃんそばのおじさんは、ひらがなの『つ』のように腰が曲がったおばあさんと話し始めました。

「あのおばあさんにつかまると長くなる。帰るよ」

 パンダくんにうながされたまーくんは、ポシェットにはし袋を大切そうにしまうとパンダくんの家へと戻りました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る