3 お母さん

 プールでおしっこをする夢で起きたまーくんは、しばらくぼうっとタオルケットをにぎりしめ、そして飛び起きました。

「どうして」

 汗と言い訳するにはあまりにれすぎたふとん。生暖なまあたたかく肌にまとわりつくパンツ。

 まーくんは幼稚園以来ついぞしたことの無かったおねしょに、ぼうぜんとしてしまいました。


「見つかったらお母さんに怒られる」

 時刻は午前四時。外はぼんやり明るくなっています。

 まずは階段をこっそりと登って二階のお風呂に。

 パジャマとパンツとシーツを洗濯機せんたくきに突っ込むと、音を立てないように階段を降りて子供部屋に戻ります。

 そうっと子供部屋の窓を開けて、ふとんをかかえたまーくん。

「あっ!」

 おねしょをたっぷり吸いこんだふとんは重く、窓のフェンスからふとんが庭に落ちました。セキュリティアラームが、ピコピコと高い音を立てはじめます。

 アラーム音で飛び起きたお母さんは、何が起こったのかをすぐに見抜きました。

 お父さんは庭に出て、まーくんのおねしょを吸い込んだふとんを回収します。


「別に洗わないと、洗濯物せんたくものが全部ダメになるでしょ。おばあちゃんがおねしょをした時も、別に洗っていたでしょ」

 おねしょをかくそうとしたまーくんの行動は、お母さんにはお見通しです。

 お母さんは細いまゆ毛をり上げて怒りました。


「おばあちゃんのおねしょから解放かいほうされたと思ったら、今度はまーくん。いい加減かげんにして」

「お兄ちゃんといっしょにいられなくなったから、おねしょをするのかも」

「そんな事を言ったって、お兄ちゃんは中学受験があるのよ。いつまでも子供部屋にはいさせられないわ」

 お父さんとお母さんが話すのを聞いて、まーくんはお兄ちゃんが二度と子供部屋にはもどらない事に気が付きました。


※※※


「寝る前には必ずおしっこをするのよ。おなかを冷やさないように、しっかりタオルケットを掛けなさい。おばあちゃんのおねしょシーツはいたの」

 それ以来、まーくんが二度とおねしょをしないようにと、お母さんは毎晩口うるさく言い聞かせます。

 それなのに、おばあちゃんのおねしょシーツをきたくないまーくんは、ついついお母さんの言いつけを破ってしまいました。

 そしてそんな日に限っておねしょをするのが、人と言うものなのです。

 

 午前三時。二度目のおねしょはすぐにお母さんに見つかりました。

 まーくんがこっそりと階段を登っていると、トイレから出てきたお母さんにばったり会ってしまったのです。

「おねしょシーツをどうしてはずしたの!」

 お母さんは音を立てて階段を降りると、カラスがケンカをするような声でさけびました。

「またやったのか」

 お母さんの声に、目をはらしたお父さんも階段を降りてきます。

「どうしてお兄ちゃんみたいにしっかりしてくれないの。お母さんはまーくんがだいっ嫌い。本当にダメな子!」

 お母さんは、おねしょで濡れたシーツをはずしながら泣きじゃくります。

「まーくん、お風呂に行こう」

 子供部屋で泣きじゃくるお母さんを残して、お父さんはまーくんをお風呂へと連れて行きました。


 それからと言うもの、まーくんはおねしょシーツもかならずくようになりました。おなかが出ないように、パジャマのシャツをしっかりズボンの中にだって入れますし、寝る前には必ずおしっこにも行きます。

 それでもまーくんは、三回目のおねしょをしてしまったのです。

 夏休みが始まって二週目の朝のことでした。


『お母さんはまーくんがだいっ嫌い。本当にダメな子!』

 べとべとのパンツに気づいた瞬間、まーくんの頭にお母さんのさけび声がよみがえりました。

「おなかだって出さなかったし、寝る前におしっこだって行ったし。それにおねしょシーツだってちゃんと敷いたよ」

 細いまゆ毛をつり上げたお母さんの顔を思い浮かべて、まーくんはぶるりとふるえます。まーくんは、お母さんがすっかり苦手になってしまったのです。


 時刻は午前五時。まーくんは古びた台所に行きました。お父さんとお母さんは、まだ寝ているはずです。

 まずはパンツとズボンとシーツを、音を立てないようにゴミ袋に詰めます。

 そしてホテイアオイの水鉢みずばちが夏の朝日に光る中、まーくんは忍び足で家の門を開けました。


「はあ。これでお母さんに怒られない」

 何とかゴミ捨て場にたどりついたまーくんは、おねしょの証拠しょうこを捨ててほっと一息。

 忍び足で子供部屋に戻ると、二度寝をするためにふとんにもぐりこみました。

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