10 パンダくん 

「いくら何でもここまで戻って来たのにまーくんを見かけないなんておかしい。まーくんは帰っちゃったのかな。あれ、スマホ」

 六差路ろくさろ方面にしばらく逆走したパンダくんは、ふとペダルをこぐ足を止めました。

 まーくんの家に電話をしようとスマホを取り出そうとするも、パンダくんは、おしりのポケットに入れたスマホを路肩ろかたの植え込みに落としたばかり。

 そんな事には気付かずに、戦隊ヒーロー『パンダピュアブラック』になり切って自転車をこいでいたのです。


(まーくんのお兄ちゃんからまーくんあてに連絡が入って、その時にぼくはスマホを机に置いて。それで……。うん、置きっぱなしのまま出て来ちゃった。ここまで戻ったのにまーくんに会えないとなると、間違えずにおがみじま駅方向に進んだのかも。だとしたら急がなきゃ)。

 そう考えたパンダくんは、目の前にある八百屋やおやさんに声を掛けました。


「済みませーん。おがみじま駅に行く道を教えてくださーい」

「あれ、あんたさっきのちびっこパンダじゃねえか。人の迷惑かえりみず、よくもまあぶっ飛ばしやがって」

 店の奥から出てきたのは、沖縄土産おきなわみやげのシーサーそっくりのおばさんでした。 

「あたしがクラクションを鳴らさなきゃ、おばあさんとぶつかる所だったよ。まったく近ごろの子供と来たら本当に」

「何ですかそれ? とにかくおがみじま駅に行く道を教えてください。大急ぎで行かないとダメなんです」

「どんな事情があるのか知らねえが、あんなに飛ばすなんて許さんぞ。交通ルールを守るって約束するなら、教えてやってもいい」

 おばさんは仁王におうのようにパンダくんの前に立ちはだかると、こわい顔でパンダくんを見下ろします。


「おがみじま駅に行きたいのかい。だったらここをまっすぐ行って、ガード下を抜けるんだ。それからすぐ右に折れて、線路を右手に見ながら進めばつくよ」

 なすときゅうりのまった箱をたくさん抱えたおじさんが、代わりに教えてくれました。

長門ながとちゃん、勝手に教えちゃダメだよ。この子は暴走族並ぼうそうぞくなみに運転が荒いんだ。ちゃんと安全運転をするって約束させてからって。あっ待てっ」

 パンダくんはちょっと変わったおばさんにかまわず、一気にガード下に向かって突進していきました。



駐輪場ちゅうりんじょうはどこですか」

 おがみじま駅が見えてきた所で、パンダくんは道行くお姉さんに声をけます。

「分からない。私も今日初めておがみじまに来たの」

「えっ、多分その辺にあると思う」

「……」

 何てついていない日だ、とパンダくんは思わずため息をつきます。

 道は間違まちがえるし、仁王におうみたいなシーサーみたいな変なおばさんにどやされるし、きれいなお姉さんを選んで声を掛けたのに教えてくれないし、無視されるし。

 それにまーくんとはぐれちゃうし――。

 パンダくんは四人目のお姉さんにようやく答えをもらうと、大急ぎで愛車パンダ号を駐輪場ちゅうりんじょうに入れました。



「まーくーん!」

 そしてたどりついたおがみじま駅の連絡通路れんらくつうろ

 パンダくんは大きな声でさけんで、駅にいた人たちの目をくぎ付けにしました。

「ぼく、お友達を探しているの。どこに行くの」

 まーくんに声を掛けた駅員さんが、パンダくんにけ寄ります。

「そう。にったか市の『よだかの星』に行くのね」

「はい。友達と待ち合わせをしていたのに見当たらなくって」

「お友達は一本前の電車に乗って、にったか市に向かったわよ」

 パンダくんの名前を聞いた駅員さんは、重大な一言を告げました。


「えっ。まーくんは電車に乗った事が無いのに。にったか駅の改札かいさつで待っていてくれれば。まーくんはスマホが無いからどうしよう」

 スマホを持たないまーくんには、連絡の取りようがありません。

「にったか駅の駅員さんには、こちらから連絡れんらくを入れるから安心して。にったかのおじさんには、ちゃんと連絡を入れておいてね」

 にったかのおじさんって誰だと、パンダくんは軽く首をひねります。

 ですが、駅員さんは二人がにったかのおじさんに会いに行くと早とちりをしていたので、パンダくんが首をひねったのに気が付きませんでした。

「にったか市方面の電車は二分後に出発するから急いで。でも走らないで。遅れると三十分以上待つわよ」

 パンダくんは急いで改札かいさつを通り抜けました。


 パンダくんは迷わず運転席の真後ろに陣取じんどると、運転席に頭を突っ込むかのごとく車窓しゃそうにかぶりつきます。

 一本のレールをかにばさみするように家が立ち並ぶ中を、走り抜ける電車。

 ことっごとっ、きゅ、きゅっ――。

 パンダくんは、足元から突き上げる揺れと、電車がきゅ、きゅっと鳴く音を体全体を耳にして聞いています。

 いつしか、線路の両側の家々は青々とした夏草へと代わっていました。

「ふおおおっ、くだくだる。お次はカーブ。きたきたあ」

 パンダくんはお尻のポケットからスマホを取り出そうとします。

「あ、スマホを忘れてたのを忘れてた」

 パンダくんは、カメラに収められない分景色をしっかり頭に叩き込もうと、目を見開いて一本のレールの先をじっと見つめました。 

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