9 にったか市行き

 おがみじま駅の通路にいた人たちにひろってもらったお金を、見知らぬおじさんからもらったお弁当袋に入れたまーくん。

 こんどこそ、公衆電話こうしゅうでんわに十円玉を入れます。

「あれ、パンダくんの電話番号が分からない」

 電話番号を覚えていない事に気が付いたまーくんは、だまって受話器を下ろすときょろきょろと周りを見回しました。

「あ、あっちにも入り口がある」

 まーくんが登って来た方とは反対側に続く階段をどきどきしながら降りましたが、パンダくんはいません。

 パンダくんを探して駅の周りと通路を何度もうろうろしているうちに、駅員さんがまーくんに声を掛けてきました。


「どうしたの。迷ったのかな」

「いいえ。待ち合わせをした友達がいなくって。ぼくよりかなり前に駅についているはずなのに」

 まーくんの目線に合わせるようにしゃがんだ駅員さんは、細くやわらかな指先にペンをおさめると、メモ用紙を左手に持ちました。

「お友達はどんなかっこうをしているのかな」

「パンダのフードがついたシャツです。茶色のハーフパンツをはいています」

「お友達のお名前は。男の子、それとも女の子。何歳かな」

 駅員さんはパンダくんの名前と特徴とくちょうを読み上げながら、メモを取ります。

「お友達と連絡はつかないのかな」

「電話番号を忘れました。でも、ぼくがすごく遅くなったから先に行ったのかも」

「だったら呼び出しのアナウンスを入れて、駅事務所えきじむしょで待ってみようね」

 駅員さんはまーくんを駅事務所えきじむしょに連れて行くと、紙にメモを書いて別の駅員さんに読んでもらいます。ですが、何分待ってもパンダくんは駅事務所に現れません。


「もう十分以上も経ったのに来ないね。警備けいびスタッフやクリーンスタッフさんにお店のスタッフさんたちも、それらしき子を見かけていないそうよ」

「だったらやっぱり先に行ったかも」

「どこに行く予定かな」

「にったか市の『よだかの星』です。みっちゃんそばのおじさんに」

「にったか市?!」

 にったか市と聞いて駅員さんは顔色を変え、事務所の時計をちらりと見ました。

「おじさんの所に行くのね。にったか市行きはもうすぐ出るから急がなきゃ。乗り遅れると次は三十分後よ」

 駅員さんは『にったか市』『おじさん』の単語を聞いて早とちりしたようです。

 走らずに急いでと、無茶な指示を背にまーくんはホームに向かいます。


「えっと。にったか市行き」

 まーくんはホームの電光掲示板でんこうけいじばんを確認すると、初めて電車に乗りました。

 発車メロディが鳴り終わると同時に電車は動き出し、まーくんは七人掛けのシートに掛けながら、車内をめずらしそうに見上げています。

 まーくんを乗せた電車は、オレンジ色の電車とすれ違いました。まーくんを乗せた電車よりも、ずっと長くてたくさんの人が乗っています。

 まーくんはオレンジ色の電車を見送ると、うつらうつらとし始めました。



 一方こちらは、悪の組織そしきのワナにはまって、西にあるおがみじま駅へと進んでいたつもりで南下していた『パンダピュアブラック』ことパンダくん。

 バリバリと自転車をこぐパンダくんの進行方向に、まーくんが見送ったオレンジ色の電車が通り過ぎるのが見えました。

「ごめんまーくん、道を間違えちゃったかも」

 予定通りに五十日ごとうび通りを進んでいるなら、おがみじま駅の気配がないのにオレンジ色の電車が見えるのはおかしいのです。


「まーくん?!」

 パンダくんがくるりと振り向くと、まーくんの姿がありません。

「ちょっと早くこぎすぎたかな」

 パンダくんはまーくんと合流しようと、六差路ろくさろ方面に向かって引き返しました。

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