17 肉汁うどん

 シャモの運動場を通り抜けると、水車小屋すいしゃごやが見えてきました。

「水車だっ」

 パンダくんは、乾いた土をけって水車小屋へとけ出します。

「お友達は元気だな。元気な子とおっとりした子で、存外ぞんがいうまく行くのかね」

 おばあちゃんは、パンダくんの分までトウモロコシを抱えたまーくんを見て目を細めました。

「昔はあの水車で小麦をいたの」

「そうさ。粉き職人に小麦を渡して水車小屋すいしゃごやでひいてもらったのさ」

「お米じゃなくて小麦を作ったの。どうして」

「ふむ、ぼくはなかなかかしこいね」

 おばあちゃんは、水車を前にしたまーくんの質問に目を細めます。

「ここらは米をたくさん作るにはちいっと難しい場所だ。それで、麦や雑穀ざっこくにいもも育てた。だからばあちゃんが子供のころは、白飯しろめしなんてろくに見ねえ。祝いの席はうどんでな」

 うどんと聞いたまーくんのお腹が、ぎゅーっきゅるきゅると大きな音を立てました。


「あんれまあ、お腹がすいたなあ。そろそろけえるか。今日は、うちの小麦とシャモの肉で作った、採れたてシャモの肉汁うどんも出すからな」

「ねえねえ、それって『みっちゃん印の肉汁そば』と同じ? ぼくあれ大好き」

 パンダくんが体を右に左に振りながら笑います。

「あそこはシャモも卵もうちのを仕入れて使ってはいるが、味は違うな。そばに合う味付けとうどんに合う味付けは、ちいっとばかり変わるんだ」

「ふーん。どうして」

 おばあちゃんとパンダくんの話を聞きながら、まーくんは一人むずかしい顔をしています。

 シャモの肉で作った肉汁うどんを出すと言われたまーくんが、食べるのが大好きなのに、いや、大好きだからこそ、難しい顔をしたのには理由がありました。

 

 まーくんは毎日三回ごはんを食べます。

 お米にそばに、うどんにパン。お肉にお魚、お野菜にきのこ。何でも好き嫌いせずにたっぷり食べなさいと、お母さんから言われています。

 でも、あおぞらレストランに来る人のように、ごはんを満足に食べられない人がいます。まーくんのおばあちゃんのように、食事制限しょくじせいげんをしなければならない人もいます。

 まーくんの学校には、豚や牛を食べないおうちで育った子もいます。アレルギーがあって、まーくんが食べられる物を食べられない子もいます。


(今見たシャモが殺されて肉汁うどんになる。それを食べるのはぼくだ。ぼくは何でも食べるけど、お母さんは何でも好き嫌いしないで食べなさいって言うけれど。でも本当に、何でも食べないと生きていけないのかな)。


(あのシャモをぼくが食べるのは、たかがよだかをつかみ殺すのと一緒だ。よだかがお口を開いて飛ぶたびに虫を食べてしまうのと同じだ。でも、ぼくは食べないと生きていけない。生きているだけで、ぼくは生き物を殺し続けている。あのたかのように。あのよだかのように)。

 まーくんの目の前に、『よだかの星』のよだかの姿が浮かびます。


(でも、ぼくはあのよだかと違って、お肉もお魚もお野菜も食べる事が出来る。だから、お肉を食べなくったって生きていける。いや、お魚だって命だよ。だったら野菜だけ。でも野菜だって命だよ。このトウモロコシだって、きっともがれて痛かったろうに)。

 もぎたてトウモロコシの付け根をさするまーくんのお腹が、ぎゅーぐるるると、まるでまーくんに呼びかけるように大きく鳴ります。

(ぼくはそれでも、どうしたっておなかが空いてしまうよ。食べたくなるよ。食べるのが大好きだよ。おいしいものが大好きだよ)。

 麦わら帽子をかぶったまーくんを、夏みかん色の太陽が黙って見つめます。水車の脇では、育ち盛りのススキがまーくんの頭を優しく撫でるようにそよいでいます。


「パンダくん。あのね、ぼく、決めたの」

 しばらく立ち尽くしていたまーくんは、肉汁うどんを待ちわびるパンダくんに、静かに、しかしきっぱりと語りかけました。

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