16 シャモのけんか

「このケーキは小麦粉からうちで作った本物の自家製。くり甘露煮かんろにもうちの手作りだ。たんと食え」

「小麦粉っておうちで作れるの」

 まーくんはびっくりしておばあちゃんに聞きました。

「裏の畑で作った小麦を機械でいた。おばあちゃんがぼくたちぐらいの年のころには、水車小屋や石うすでいたな」

「おばあちゃんは何歳なの」

「来月に米寿べいじゅの祝いだ」 

「『べいじゅ』って何だっけ」

「『べいじゅ』は、数え年で八十八歳の祝いだあね」

 栗のケーキのかすをこぼしながら聞くパンダくんに向かって、おばあちゃんは笑いかけます。

 

「小麦は裏の畑で育てた。ブルーベリー畑に野菜畑、それにシャモの運動場もある。奥には広い栗林くりばやしもある」

「ぼく小麦畑を見たい」

 まーくんは、絵本で見た小麦畑に心をおどらせます。

「小麦は夏が来る前にり取った。代わりに、平飼ひらがいシャモを見るか。もうじき小屋にけえ時分じぶんだで」

 おばあちゃんはかかかと笑うと、ひざにしわしわの手を当てて立ち上がります。


「ばあちゃん。もう遅いから、栗林のほうまでは連れて行かないでよ」

 まーくんとパンダくんを連れて裏の畑へと向かうおばあちゃんに、オーナーのおじさんが声を掛けました。

「シャモと畑に水車小屋を見せるだけだから安心しろ」

「ねえまーくん。これで三日分は絵日記が描けるね」

 パンダくんがまーくんにはずんだ声をかけるも、まーくんは心ここにあらずです。

 だってまーくんは、おうちにもお父さんにもお母さんにもお兄ちゃんにも別れを告げて、『よだかの星』になりに来たはずなのですから。

 だから学校に通うなんて、まして宿題をするなんて思いもよらなかったのです。




「うおーっ。まーくん見てみて。あの馬のしっぽみたいなふさふさの。あんなお野菜見た事ないよ」

 畑には、トマトやきゅうりと共に、まーくんとパンダくんよりも背の高い野菜が植えられていました。

「ぼくたちはトウモロコシを見たことが無いのか」

「えーっ、だってトウモロコシなのに黄色くないよ」

 パンダくんは、トウモロコシに顔を近づけます。

「ほら」

 おばあちゃんはパンダくんにトウモロコシを一つもがせると、しっかりと包まれた皮をはいで、ぷりぷりの実を見せました。

「うわー、中は黄色。だまされた」

「ほれ、ぼくも一つもいで」

 まーくんは、おそるおそるトウモロコシに手を伸ばします。

 トウモロコシのやわらかなひげがまーくんのお鼻をくすぐって、まーくんは思わずくしゃみをしてしまいました。


「あっちのだだっ広いのが小麦畑な。木枯こがらしが吹いて空が一等高くなるまでは、お土様つちさまはおねんねだ」

 麦わら帽子を押さえながらまーくんが歩いていると、風にまじってちょっとくさい匂いがしてきました。

 ブルーベリーの木に囲まれたフェンスの向こうでは、目つきのするどいシャモたちがうろうろしています。

こわい」

 トウモロコシを抱えて後ずさるまーくん。鋭い目つきと鳴き声が、どこかお母さんに似ています。

 対するパンダくんは、まーくんにトウモロコシを押し付けてしゃがみこみ、ブルーベリーの木々の間からシャモをじろじろと観察します。


「怖かったかい。シャモは闘鶏とうけい用だったぐらいに気が強いから、仕方がないさ」

「とうけいって」

「シャモ同士にケンカをさせるのさ。人間で言えばプロレスって所だあね」

「シャモはケンカをするの」

 まーくんは、シャモがケンカをするなんて思いもよりません。

縄張なわばり争いに、メスの取り合いに、毎日いろいろあるさ。生き物だもの、ケンカをするのが当たり前。人間だってそうだろ」

 まーくんは、おばあちゃんの言葉にびっくりしてしまいました。


 まーくんはケンカはダメだと教えられています。だから、ケンカをするのが当たり前だなんて、考えもしなかったのです。

 まーくんは、ケンカと言うものを良く分からないまま九年間を過ごしてきました。

 だから、あんなに優しかったお兄ちゃんが急にいじわるになって、よけいに困ってしまったのです。

「ぼくだってケンカをするだろう」

「あんだって。ケンカをした事もねえのか。ちかごろの子供は大変だ」

 首を横に振ったまーくんを見たおばあちゃんの顔は、どことなく悲しそうでした。

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