おねしょマン 旅に出る

7 Go West―西へ―

 家の前の道を突きあたって左に曲がると、西へとまっすぐ続く並木道なみきみちに合流です。

『右ヨシ、左ヨシ、ブレーキ解除かいじょヨシ!』

 並木道に合流する場所で、電車の車掌しゃしょうさんのように指さし確認をしたパンダくん。

『変身! パンダピュアブラーック! 出撃しゅつげき!』

 まっすぐに続く並木道なみきみちに入ったとたん、七段変速ななだんへんそくギアを操作そうさしてまーくんを置いてけぼりにしていきました。

 

「パンダくん、待って。待ってってば!」

 まーくんは全力で十八インチの自転車をこぎますが、二十インチの自転車にはどうやったって追いつけません。

 戦隊せんたいヒーロー『パンダピュアブラック』と化したパンダくんは、すぐに見えなくなったのでした。



 パンダ号は余りの暑さに人っ子一人いない並木道なみきみちを切りいて、まっすぐに西を目指します。

「ぼくーはーかぜえええっ、ぼくーはーイカズチいいいいいっ、ぼくーはー」

 大好きな戦隊ヒーローになり切って、真っ黒な自転車にまたがりおがみじま駅へと向かうパンダくん。

 うす灰色の空を切りくように、おがみじま駅までの長い道のりを西へ西へと突き進みます。

「ぼくを止められはーしなーいいいい♪ パンダピュアブラーック!」

 そしてついにパンダ号は、車の多い通りへとその方向を変えました。


「ぼくはあああ、かぜええええっ」

「こらーっ、そこの小さいの。止まれっ。そこのパンダのヘルメット。スピード違反いはんだぞ。このちびっこパンダああああ」

 クラクションの音とおばさんの怒鳴どなり声が響きます。でも、戦隊ヒーロー『パンダピュアブラック』になりきった今のパンダくんには、聞こえようもありません。

 手押ておし車を押すおばあちゃんの脇をすり抜けて、パンダくんは西に向かって走り続けます。


「ぼくのおおおお、父ちゃんはああああ、海のーおーとーこー。ぼーくーはー、かーぜーのおーとーこおおおお」

 恐れ知らずのスピードをほこりながら西へ進むパンダ号は、ふいにその進みをゆるめます。

『パンダピュアブラックモード解除かいじょ減速げんそく開始。六差路ろくさろ合流ごうりゅう注意。ピコンピコン!』

 パンダ号は、おがみじま駅行き最大の難所なんしょである六差路ろくさろへとたどり着きました。


「ぼくは今、五十日ごとうび通りを走っていて、この六差路ろくさろを超えてまた五十日ごとうび通りを走るでしょ。えっと、五十日ごとうび通りはまっすぐ方向のはずだったから……」

 六差路ろくさろを行きかう大きなトラックに小さな車の列。その間をハチのように進む大型バイク。それぞれの進行方向を見つめながら、信号しんごう待ちをする人の列。

 首をかしげるパンダくんの目の前で、車の波がとぎれました。


『信号は青に変身っ。進路は西。今行くぜ。待ってろおがみじま』

 再び『パンダピュアブラック』モードになったパンダくんは、青信号の向こう側へと急ぎます。

 それが悪の組織そしきのワナだとも知らないで。


※※※


 一方こちらはまーくん。

「おがみじま駅はこの並木道なみきみちをまっすぐ行って、ずーっともっといっぱいこぐと、大きな交差点こうさてんに出るから。えっと」

 パンダくんに追いつくのをあきらめたまーくんは、ゆっくりとペダルをこぎはじめました。

 うす灰色の雲がとぎれるたびに大きな木々が影を作る並木道なみきみちは、大通りや公園に比べれば少しだけひんやりとします。

 それでも、八月初めのお昼すぎ。

 雲向こうの太陽が、アスファルトから立ち上るカゲロウが、セミの大合唱が、まーくんの体力をじわじわとけずっていきます。

 そして――。

「うわああああっ」

 六つ目の橋が見えてきた所で、まーくんは地面にたたきつけられました。


「おい坊主。大丈夫か」

 転んだまーくんの後ろから、急ブレーキの音が聞こえます。

 プロレスラーのように大きなおじさんが軽トラックから降りて、まーくんに声を掛けました。

「こりゃ後輪こうりんがパンクしたな。ブレーキも飛んで大ごとだぞ」

 まーくんはおどろきすぎて返事も出来ず、道にへたり込んでいます。

 まーくんの自転車を道のわきに寄せて手早く確認をすると、おじさんは細い目をさらに細くしました。


「俺の軽トラで修理に連れて行ってやりてえが、自転車を置く場所がねえ。きゅうりとなすを配り終えたら荷台にだいは空くが……。やっぱり自転車を押して行かせた方が早いか」

 きゅうりとなすの入った箱がまった荷台にだいをちらりと見ると、おじさんは地図と電話番号を書いてまーくんに持たせました。

「この通りを真っすぐ行って、大通りの一本前に小さな橋がある。鶴巻つるまき橋って名前の橋だ。そこを北に折れろ」

 服部はっとりサイクルと書かれた紙を、まーくんはじっと見ます。

鶴巻つるまき橋を渡って突き当たりから左三軒目ひだりさんげんめだ。大きな看板かんばんがあるからすぐ分かる。連絡をしておくから行きな。自転車を押しながら歩いて十分って所かな」

 軽トラックを見送ると、まーくんは自転車を押しつつ歩き続けます。


「絶対に十分以上が経ったよ」

 自転車の押し歩きに疲れたまーくんは、全身にまとわりつくセミの声を聞きながら、つつじの植え込み脇の石垣いしがきに座り込みました。

 プロレスラーのように大きな男の人にとっての歩いて十分は、小三のまーくんにとっては何時間にも感じられます。

「パンダくんが待っている。早くおがみじま駅に行かなくちゃ」

 それでもまーくんは力を振りしぼって立ち上がると、ふたたび自転車を押し始めます。

 自転車のサドルは黒光りして、ふかしたての肉まんのように熱くなっていました。

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