休暇中の電脳世界

 お風呂から上がり、空とアーネストを分かれて女子部屋に戻り、入れた緑茶と霊華が持ってきてくれたお茶菓子をお供にガールズトークに興じた後、すっかりと頭の中から抜け落ちていたゲーミングデバイスと新型ヘッドセットのことを思い出した。

 龍博が全員分用意したと言うのだし、ここで使わないと損だと言いことでガールズトークをちょっと早めに切り上げて、歯磨きをしてから早速試す。


 いつもの手順でログインし、現実の体から意識が剥離し電脳世界の体で意識が浮上していく、いつもの感覚。

 五感が全て入り、ゆっくりと目を開ける。


「眩しっ」


 目を開けると明るい光が目を刺激した。どうやらこちらでは昼間か朝のようだ。

 眩しさに一度目を閉じてからもう一度ゆっくり開けて目を慣らし、ベッドから起き上がろうとして、何かに阻まれる。


「な、なん……わぁ!?」


 ノエルとは別々の部屋でログアウトしたし、ノエルではないのは確かだ。ではなんだと左右を見ると、左手にはやけにスケスケなネグリジェを着たエマ、右手には最近シズが作ってあげたもこもこパジャマを着たステラがいた。

 恐らく、ヨミが戻ってくるまでベッドの上で待っていたのだろう。犬か猫か何かかと言いたいが、こうしてログインして結果的に二人が上になって起き上がれなくなってしまった。


「エマ、ステラ、起きて」


 両腕は自由に動かせたのでそれぞれの手で両者の体をゆすって起こそうとする。

 なんかいつもよりも感覚がリアル寄りになっているように感じてちょっと違和感を感じたが、今は一度それを無視する。


「んぅ……?」

「……お姉様?」

「やほ、二人とも。おはよう」

「ヨミ様、おはようございますぅ……」

「随分と早起きだな、お姉様……」


 眠そうに目を擦り欠伸をする二人のお姫様。

 今は早朝のようで、二人を上からどかして窓に寄って外を見ると、確かに太陽がまだ東側に傾いている。

 現実と同じ時間の流れだと、学生や社会人は夜とかにしかログインできないため、こうしてゲーム内の時間の流れがランダムで変わる仕組みになっている。

 そのおかげで毎回同じ時間にログインしても、今回のように早朝だったり、ド深夜だったりする。


「今日は何か予定でもあるのか? ……ふわぁ、あふっ」


 ベッドの上で女の子座りして、透けて見えるアダルティな下着を着けたエマを極力見ないようにしながら軽くストレッチをしていると、欠伸を噛み殺しながら聞いてくる。


「特にこれと言った予定は……あー、でも美琴さんの拠点のヒノイズル皇国に行きたいって話にはなったんだよね」

「ヒノイズル? 随分と東の果てまで行くんだな」

「ちょっと気になる情報を美琴さんやアーネストから聞いてね。確認しに行きたいんだ」

「……時間はかかりそうか?」


 まだ少し眠そうな目で、隣で再び眠りに入ってしまったステラの頭を撫でながら、不安そうに言うエマ。

 彼女がどんな感情を自分に向けているのかは理解できているので、離れている時間が長いのは嫌なのだろう。

 慕われていること自体はまあ嬉しい。体は女の子でも、心はまだ男だ。NPCとはいえ、美少女に好かれて嫌な男なんていない。


 とはいえ、エマは流石に違う意味で慕っていると言うか、ちょっぴり怪しい気配を感じるのでここいらで荒療治になりそうだが一度離れたほうが得策かもしれない。

 いやしかし、この手の好意を向けてくる女の子と離れると、後が怖いと何かで読んだ気がする。


「何か月もいないってことはないよ。向こうまで行っちゃえば、ボクら冒険者はすぐに戻ってくれるんだしさ」

「それもそうだが……」


 視界の端でエマが俯くのが分かったので、目に毒な格好だがここは我慢して直視して、ベッドに近付いて彼女の頭を優しく撫でる。

 すると頭を撫でている右手を掴んで、自分の頬に触れさせた。ちょっとだけひやりとしたエマの頬が気持ちいい。


「大丈夫。心配しないで。できるだけ早めに戻ってこれるようにはするからさ」

「その約束、破らないでくれよな」

「もちろん」


 へにゃっと笑ったのでそっと手を離すと、ちょっと名残惜しそうにしていたがあまり構いすぎるとノエルに突撃されそうなのでここら辺にしておく。

 自室を出てギルドハウスの外に出ると、フリーデンの若者衆が外に出て仕事の準備に取り掛かっていた。

 ヨミを見つけるとぱっと明るい顔をしておはようと挨拶してくるので、ヨミもおはようと返す。


 森に囲まれ澄んだ空気を一杯に吸い込んでから、待ち合わせ場所になった王城前のカフェに向かうべく、ワープポイントへと歩を進めた。



「毎度毎度、何でそんなフットワーク軽いの?」

「働き詰めじゃ、気が参っちゃうからね。息抜きも必要なのさ。僕の子供たちにも城の抜け出し方は伝授済みだよ」

「お城の人たち頭抱えてそう」


 一足先に来ていた美琴とフレイヤはカフェのテラス席でコーヒーを嗜んでおり、そこにフットワークが軽すぎて、この人その内他の国にいても来るんじゃないかと思い始めて来たマーリンがいた。

 カフェオレに角砂糖を三つくらい入れていたし、よく見ると目の下のくまができているので働き過ぎて限界なのかもしれない。


「君たちが二体目の竜王を倒して、しかもその二体目が空の支配者だ。これで僕ら人類側は空を手に入れることができて、人員の派遣や輸送の幅が大きく広がった。感謝しかないんだけど、おかげで仕事の山でね。嬉しい悲鳴という奴さ」

「まあ、その……無茶はしないでね?」


 自分たちが原因なので強く言えない。

 疲れてはいるが充実した表情もしているので、本当に文字通り嬉しい悲鳴という奴なのだろう。


「ゴルドフレイを倒した冒険者も、一斉に報酬を要求してくることもないから助かるよ。おかげで、仮に後から一気に来ても対応できるよう金策に勤しめる」

「あー……あの作戦に参加した連中はねぇ……」

「あはは……」

「まあ、なんというか……」


 レアな報酬が欲しいと言うのももちろんあるが、メインはステラのためにどうにかしたいと言う善意と、下心が主な行動理由だ。

 クリア後のバーベキューでステラが泣きながら笑顔を見せて、大勢がそれで満足したような顔をしていたので、それもあってまだ報酬をマーリンに求めてこないのかもしれない。


「こういう時、ヴェルトが生きていてくれたらって思ってしまうよ。彼の知識は、なくなってはいけないものだった。きっと、彼がこの場にいてくれたら、こういう話はもっとスムーズに進んでいたかもしれないね」

「そんなにすごい人だったの?」

「あぁ、すごいやつさ。考えてみてごらん? 魔導技術ではこの国が、軍事系ならノーザンフロストがいる中で、造船技術は向こうの方が上だったんだ。空を制したものが戦いを制すると言うのは、金竜王が示している。僕もノーザンフロストもそれを知らないわけじゃない。なのに、エヴァンデール王国には敵わなかった」


 言われてみればそうだ。造船技術が高いがゆえに空をいずれ手に入れられると発言し、それを偶然拾われたために滅ぼされた。

 もしエヴァンデール王国が滅びずに残っていれば、金竜王亡き今、エヴァンデール王国が空に関わることの最前線にいただろう。


「はぁ……。こんなことなら、もっとあいつの船作りの話を聞いておけばよかった。まさかこんなことになるとは思わないって」

「その、なんかごめん」

「気にしないでいいよ。ただの愚痴さ。あいつがいないなら、頑張ってそこに到達すればいいだけの話だよ。……さて、そろそろ戻らないと口うるさい側近が怒鳴り込んでくる。美しいレディたちに怖い思いをさせないためにも、お暇させてもらうよ。お代は僕が払っとくから、遠慮なくゆっくりしていきたまえ」


 そう言って席を立ったマーリンはお店の中に入っていき、いきなり国王がやって来たからか店員がちょっと悲鳴を上げたりしていたのが聞こえた。

 そりゃいきなり国のトップが来ればそうなるなと苦笑し、支払い終えたマーリンが外に出てぱちりとウィンクをしてから、転移魔術で姿を消した。

 相変わらずのお騒がせな王様だなと三人でくすりと笑い、お言葉に甘えてカフェの中で一番お高めなケーキを三人で注文した。


===


作者が勝手にやってる『勝手にQ&Aコーナー』


Q.なんで毎回マーリンがカフェに来るの?


A.タイミングが合うっていうのと、仕事詰めで甘いものが無性にほしくなるから。たとえ監視の目があっても転移魔術で転移して逃げてるので阻止はほぼ不可能

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