ゴールデンウィーク温泉旅行記 4

「あ! ねえ見て、ししおどしがある!」

「ほんとだ。なんかコーン、って音聞こえてたからどこからだろうって思ってたけど、ここだったんだ」

「庭園をお散歩できるって看板があるよ! 灯里ちゃん、ルナちゃん、行こ!」


 立派な旅館、その廊下を小・中学生のロリっ子組が先を行き、今日日滅多に見られない超本格的な日本庭園を目の当たりにしてテンションがぶち上っている。

 このメンバーで一番の年下である柚子は、新幹線での移動などで灯里とルナと打ち解けたようで、敬語がいつの間にかなくなっている。

 三人とも目をキラキラ輝かせており、こういうところは年齢相応だなとほっこりとした気持ちで見つめる。

 かくいう詩乃も、見事すぎる庭園にテンションは上がっている。


「確か、これ全部霊華さんが一人でやったんだっけ」

「そう言えば昔そんなことを言っていた気がします。まあ、あの人のことですから」

「あの人のことだしなあ。自分で知識を付けて自分の手できちっと隅々まで手入れする。それが真の日本庭園愛好家ってものよ。美琴の実家の連中も見習ってほしいくらい」

「あそこはもうどうしようもないから。お父さんも自分の両親含めて親戚全員嫌いだって言ってたし」

「美琴さんの実家ってどんなもんなんですか」


 後ろからあまりにも無視できないような内容が聞こえてきたもので、つい聞いてしまう。

 人間なので好き嫌いというのは当然あるが、自分の妻と娘以外全ての家族が嫌いなんてそうそう聞かない。

 こんな体になっても、可愛がり方が男孫から孫娘の可愛がり方に変わった詩乃の祖父母とは関係は非常に良好で、だからそんなことあるのかと疑問に感じる。


「どうって言われてもなー。一言でいえば良識と常識が壊れた狂人の集まり?」

「想像が余計にできないです」

「しなくていいわよ。私も京都の実家は嫌いだし」

「えぇ……?」


 あの美琴に嫌いと明言させるなんて、どれだけ酷い場所なのだろうとむしろ興味が湧いてきてしまう。

 しかしそう語る美琴の表情からは計り知れない闇を感じられるので、触れないでおくことが吉だなとそっと胸の奥にしまい込む。


「えぇっと……霊華さんって、ここの女将さんなわけですよね?」

「そうね。結構長いことやってるかな?」

「……あの人、武術とかやってますよね? しかも齧った程度どころか達人レベルで」

「えぇ。私の薙刀術や剣術はお父さんから教わったものだけど、格闘術とかは霊華さんから教わったわ。あの人腕とか結構細いけど、めちゃくちゃ力あるから」

「あの人何者なんです?」


 色々な思いを込めて聞く。

 外で出迎えてくれた時の、目が合った時のあのすさまじい悪寒。あの正体はやはり知りたい。


「うーん……なんて言えばいいかしら。あの人の家系をうんと遡ると、昔は陰陽師やってたみたいだけど。だからなのか、あの人はいわゆる霊感が強い人よ」

「霊感が強い……」


 見える人というのは、科学が大きく発展しどれだけ例外ないと科学的に証明されていても、それが見えている。

 もしかしたら、それがより強い人は人に化けている物の怪の類を見抜く能力もあるのではないだろうかと、先ほどのことを踏まえて推測する。


「ま、あの人自体人を傷つけることは絶対にないし、武術の達人だからって怯える必要はないわよ」

「は、はぁ……。……ん?」


 とりあえずは安心していいのかと思っていると、小さくて白くて丸っこい何かがさっと通り過ぎたように見えた。

 すわ、お化けか!? と一瞬体が強張るが、聴覚も気配を感じ取る能力も上がっている詩乃でも何も感じないので、ただの見間違いかとほっと息を吐いて力を抜く。


 前を向くと、ロリっ子組はいつの間にか廊下のうんと先の方におり、早く来いと手を振っていた。

 せっかく楽しい旅行に来ているのだから、楽しまないと損だと余計なものはシャットアウトして、走らずに早歩きで柚子たちに追い付きみんなで庭園散策に出た。



 しばらく散策した後、お昼になったので部屋に戻って男子たちも招いて一同で昼食を頂いた。魚を中心とした和食で、何もかもが絶品だった。

 味噌汁も出汁がしっかりと利いていて優しい味だったし、煮物もちょっと薄目で素材の味を十分に活かしており、白米もほんのりとした甘みがあった。

 一つ一つが職人の技で調理されており素晴らしいと感動していたら、実はこれら全ては霊華が一人でやったものだと知って、何ができないんだあの人と困惑した。


 昼食を食べ終えた後は、ちょっとゆったりとしてから京都観光と洒落込む。

 金閣寺に比較的近い場所ということで、まずはそこに向かうことにする。

 詩乃ものえるも空も、金閣寺を見るのは中学校の修学旅行以来なので、なんだか懐かしい気分だ。


「今ある金閣寺って、確か再建された奴なんだっけ」

「そうだな。1950年に放火によって消失して、その五年後に再建されたはずだ」

「酷いことする人もいるよねー。歴史的建造物なのにさー」


 歩いていくにはちょっと遠いのでバスで移動中、うろ覚えの知識の確認をする。

 空がきちんと覚えておりそれに答えてくれて、当時金閣寺を放火した人は何を思ってそのような行動に出たのだろうかと首をかしげる。

 確かかなり自分勝手な理由だった気がするので、後で調べることにする。


「へぇ、金閣寺の境内に甘味処があるのか」

「ほんと!? 兄さん、私そこ行きたい!」

「本格的な抹茶と和菓子を、世界遺産を眺めながらいただく。最高じゃないですか」

「フレイヤってそういうの本当に好きよね」

「そういうシルヴィも好きでしょうに。あなたが夜な夜な京都について調べものしていること、知ってますからね」

「うっ!? な、何でバレてるのさ!?」

「昨日あなたの部屋に行って一緒に寝ましたけど、その時にベッドの下の雑誌があったのを見つけました。リアルだと詰めが甘いですね。ゲーム内のリタとしては、時々ちょっと抜けている程度で完璧なメイドさんなのに」


 一塊になっているイギリス組も、盛り上がっている。全部英語で話しているが、ちゃんと勉強して詩乃もほどほどに話せはするので、彼ら彼女らが何と言っているのかは理解できる。

 しかし、こうしてフレイヤたちの英会話を聞いていると、かなり聞き取りやすい。発音がはっきりとしているので分かりやすいが、よく聞いていると文法が学校で習うようなものと違うように感じる。

 tの発音がアメリカとイギリスで違うのは知っているが、それくらいしか知らないのであとで本場組に聞こうと、頭の中のメモに書いておく。


「それにしても……目立つな」


 窓側に座っている空が、ぽつりと呟く。

 目立つとは、言わずもがな自分たちのことだろう。


 アーネストやフレイヤたちは、外国人観光客と一括りにされているためか、他に乗っている乗客はいつも通りだとあまり見向きはしていないが、銀髪に赤い瞳の詩乃は流石に見慣れない色だからか結構注目されている。

 のえるは言わずもがな、抜群すぎるスタイルと柔らかい雰囲気で大人しそうな印象を受ける美少女で、詩乃の隣に座っているので必然的に彼女も注目されている。

 詩月は詩乃の妹だが顔立ちはあまり似ておらず、どっちかというと母親の詩音の方に似ており、のえるとは対照的な活発で溌溂とした印象を受ける美少女だ。

 美琴などモデルをやっているので言うまでもなく、美桜も華奈樹も美琴と引けを取らないレベルだ。


 小・中学生組の三人は、もう数年すれば美人になることが確定しているほど現在も整っており、大人しくちょっと引っ込み思案な灯里と思っていたよりも元気っ子な柚子とルナは、美人を見る目というより可愛らしいものを見守るような目を向けられている。

 そんな中、数少ない男子である空は、同乗している若い男性観光客から嫉妬の視線でも向けられているのか冷や汗を滲ませながら、アーネストに対してなんでお前だけ無傷なんだと恨めしい目を向けている。


「空」

「なんだよ」

「どんまい」

「くっそ……!」


 詩乃が元男であることを知っており、詩乃が自分と同じ立場にいなくなってしまったために、ぎりっと右の拳を膝の上で握る。


「あまりからかわないの。また変な反撃食らうことになるよ?」

「そうなったらのえるが守って」

「うんうん、お姉ちゃんに任せなさい!」

「詩乃がちょっと頼るとすぐに落ちるな、姉さんは」


 大分扱いに慣れてきたかもしれないと、大きくやわらかな胸に抱き寄せられて慌てながらも思った。

 相変わらず悪意なし好意100で行動してくるので咄嗟に逃げられないので、当面はこのままのえるに愛で倒されるのだろう。

 とりあえず、周囲から温かい視線を頂戴してしまったので、それから逃れようと詩乃は必死にもがいて抵抗した。

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