ゴールデンウィーク温泉旅行記 3
霊華に案内された旅館の中は、それはもう隅々まできっちりと清掃が行き届いていた。
床や窓、窓のさんはもちろん、普通だったら人目に付かないであろう場所すらも埃や汚れがない。
ここまで綺麗にされていると泊まる人も気持ちいいだろうなと思いつつ、先を行く霊華の背を追うように歩く。
「こちらが用意したお部屋です。こちらが女子部屋、少し離れた場所になってしまいますがこの後ご案内するところが男子部屋です」
「助かります。女子部屋の隣だと色々と問題がありそうなので」
「私もそれに同意だな。美琴やシルヴィア、フレイヤもいるし、イリヤを任せても安心だな」
「兄さんは心配性だなあ。私だって護身術くらいはできるよ」
「自分の妹を心配しない兄がどこにいる」
むっとなるイリヤの頭を、優しい笑みを浮かべながら撫でるアーネスト。
兄妹というだけあって顔立ちは似ているが、一見すればただの外国人カップルにしか見えないのが不思議だ。
「あぁ、それと皆様のお部屋には、龍博さんからちょっとしたサプライズが用意されておりますので、ぜひお試しください」
「サプライズ? 何かしら、お父さんからも何も聞かされてないけど」
実の娘ですら知らないものが用意されていると知り、美琴がちょっと怪訝そうな顔を擦る。
雷電龍博という名前は、この現代社会に生きていれば知らない人はいない。何しろ、スマホ並みに普及してその内スマホと置き換わるのではと言われているナーヴコネクトデバイス、それを開発した人物なのだ。
そんな龍博からのちょっとしたサプライズが用意されていると聞いて、ちょっと胸が躍る。
「あの龍博おじ様がサプライズを用意するなんて、珍しいですね」
「あの人あの強面でも結構はっちゃける時はっちゃけるよ? 去年の私の誕生日の時とかすごかったでしょ」
「あー……。確かに、あの人があんな風になるとは思わなかった。まあでも、それだけ美琴のことを大切に思っているってことでしょ」
「親バカにもほどがあるし、そろそろいい加減子離れしてほしくはあるけどね」
「こんな可愛い愛娘がいたら、子離れなんてできなそうですけどね」
華奈樹がちょっとにやにやしながら、美琴の頬をつんつんと突っつく。
詩乃の中では、龍博は現代を生きる偉人の一人で厳格なイメージしかないのだが、当の龍博本人を知っている側からすればそういうわけでもないらしい。
美琴とこうして旅行に来る程度には仲よくなれているし、その内会えるかもしれないとちょっとだけ期待する。
一度男子と女子で分かれてから泊まる部屋の入る。立派な畳の張られた和室に感動するし、入ってすぐ正面には大きな窓がありその向こうには素晴らしい庭園が広がっている。
こちらも隅々まで手が施されており、ただ部屋の中にいるだけでも満足できてしまう。
だんだん、本当にこんなところに泊まっていいのだろうかという場違い感を感じ始めるが、すぐに一生の間に一回来るか来ないかのこの旅館を存分の楽しもうと、気持ちを切り替える。
「お父さんから用意されたサプライズってなんだろう」
「テーブルの上に何か箱が人数分置いてありますけど」
写真を撮って両親に送ろうとしていると、柚子がテーブルの上に置いてある箱を指差す。確実にこの箱の中身がそのサプライズなのは間違いない。
全員で目を合わせてから、実の娘の美琴にその箱を開けるように促す。
分かったと頷いた美琴が右手に持っている荷物を置いてから、ただ座るだけなのに妙に綺麗な所作で座布団の上に正座してから、ゆっくりと箱を開ける。
中に入っていたのは、人数分のナーヴコネクトデバイスだった。
「……え? デバイス? でも全員持ってきているわよね?」
「もちろん。夜はみんなでFDOをやろうって思ってヘッドギアまで持ってきていますし」
「だよね。じゃあなんで……あ、メッセージカードある」
美琴がカードを見つけたのでそれを拾い上げる。
「えーっと……『ナーヴコネクトデバイスの新型機の試作ができたから、お前たちにその試用をしてもらいたい。元よりゲームに特化したデバイスではあったが、この新型機は通常のものよりよりゲームに特化しいわゆるゲーミングデバイスだ。ヘッドギアも同じく試作を用意してあるから、その感触を教えてくれると助かる』。だって」
「ゲームにより特化したゲーミングデバイス、ですか」
「詩乃ちゃんすごく嬉しそう」
「そう言うのえるだって」
ゲーミングデバイスを受け取れることもそうだが、何よりもそのテストプレイができることの方が嬉しい。
ゲームのβテストとかもできるのなら参加したい質だし、落選したβテストに受かった人にはそれなりに嫉妬もする。
だが今回はただのゲームのテストプレイではない。新型デバイスのテストプレイだ。ゲーマーとして、それに参加できること程嬉しいものはない。
「今更ですけど、ヘッドギアの方にはプロ仕様のゲーミングヘッドギアってのはあったけど、こっちにはありませんでしたよね」
「ゲームもできるスマホの代わりになる便利アイテムって言うのがコンセプトだからね。そろそろこっちもゲーム特化のを作りたいとは言ってたけど、本当にやっちゃったんだ」
「今頃空とかすごい盛り上がってそう。あいつこういうの大好きだし」
「確かに。でもお姉ちゃんもさっきから、早く使いたいってうずうずしてるじゃん」
「シズは何も思わないわけ?」
「私はこの中で一番ゲーマーじゃないから。FDOだってお姉ちゃんを可愛く着飾るためにやってるし」
「攻略も楽しめよ」
「お姉ちゃんの衣装攻略はしてるよ」
「それは攻略とは言わない」
早速これでゲームをしたくなってしまうが、今日の目的は温泉旅行。ゴルドフレイ討伐お疲れ様のオフ会だ。
ゲームのやるのは夜でいいし、せっかく歴史ある町である京都に来たのだから、見て回らないと損だ。
でもすぐに遊べるようにと適当に一つデバイスを手に取り、早速首に着ける。サイズは特に問題なかった。
「全くもう……。これもカスタマイズできるんですか?」
眉尻を下げながら笑みを浮かべたのえるが、美琴に質問する。
のえるの着けているデバイスはカスタムされており、本体を首に固定するチョーカー部分は派手すぎず地味すぎない装飾のものに変えられている。
あくまでデータ収集の試遊なのでしばらくしたら返す必要はあるだろうが、一時的でも着けるのなら可愛くしたいらしい。
「多分できるんじゃない? ……こういうことがあるから、こういうのは事前に教えておいてほしいんだけどね」
「まあ、龍博おじ様のことですから」
「だね。はい、灯里にルナ、柚子の分」
「あ、ありがとうございます」
「まさか私もこういうことをする日が来るなんて思いませんでしたよ」
「私もです。……ちょっと大きいかもです。あ、でもチョーカー部部外せる」
「ほんと? やった、じゃあ私のものと交換しておこーっと」
柚子が受け取ったものは彼女にはややオーバーサイズだったが、ちゃんとロックも外せるようで本体とチョーカーを取り外していた。
早速柚子とのえるが、普段から使い慣れている自分のものと交換して首に着け直し、新品を貰ったばかりでちょっと落ち着かない感じみたいだと笑い合っていた。
言われてみれば、直接つけている部分は普段のものなのに、本体は正真正銘の新品なので、そう言われてしまうと確かにちょっと落ち着かなさはある。
結局全員その場で試用版ゲーミングナーヴコネクトデバイスを取り付け、まだ用意されていると言うヘッドギアも探してみたが部屋の中にはなかった。
どこにもないので、美琴がきっと霊華が昼間からゲームに興じないで、せっかく京都に来たのだから観光していけと言外に訴えているのだろうと言い、全くもってその通りすぎるので荷物を置いてちょっとくつろいでから、お昼の時間まで旅館の中を散策することにした。
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