ゴールデンウィーク温泉旅行記 2

 新幹線に揺られながら移動すること二時間ほど。詩乃たちは京都駅に到着した。

 ほとんどが近代化して建物も洋風建築のものが増えていくかな、歴史的建造物が多いため木造の和風建築がいまだに多く残されている京都は、世界中から大人気の観光スポットだ。

 世間では今ゴールデンウィークなので人の流れが異常に多く、外国人の姿を多数確認できる。というか外国人観光客の方が多い。


「うひゃあ、すごい数の人」

「人気スポットだしね。チェックインまでまだ少し時間あるし、ちょっと観光していこうよ」

「賛成だな。京都なんて中学の修学旅行以来だしな」


 詩乃があまりの人の数に圧倒されていると、のえるがすぐにはぐれないようにと手を繋いでくる。

 ちょっぴり、子供じゃないんだぞと抗議の視線を向けるも、にこっと笑顔が返されるだけだった。


「駅の中にテイクアウト専門のお店があるから、みんなでそこに行きましょう」

「あ、あのお店ですか? 美琴ってば、あそこ本当に好きなんですね」

「まあね。そういう華奈樹だって好きでしょ?」

「あのお店の宇治抹茶が美味しいので」

「抹茶チョコも美味しいよね。みんなにも是非食べてほしいわ」


 京都出身組三人がなんだかちょっと盛り上がっている。

 どうやら京都駅の中に美味しいお店があるようで、確実に舌が肥えているであろう美琴がおすすめするくらいだし、これは期待できる。

 早速全員でぞろぞろと向かうと、やはりと言うか注目をかなり浴びる。


 先頭を歩く美琴はモデルをやってかなりの売れっ子で顔が知られており、結構な人が足を止めてひそひそと「美琴ちゃんだ」「写真よりも美人じゃん」などと話しているのが聞こえる。

 美桜も華奈樹にも視線が集まり、美桜は堂々としているが華奈樹はちょっと目を伏せて恥ずかしがっていた。

 てっきり詩乃が一番目立つ容姿をしているので詩乃に集中するかと思っていたが、高身長ナイスボディな美琴が独占してくれていて、正直助かる。


「ここここ、このお店よ。ここの抹茶とかスイーツが本当に美味しいの。まだ京都にいた頃は、よくここに買いに来たものよ」

「どこだと思ったら有名店じゃないですか」


 安政元年創業のお店が本店のテイクアウト専門店だ。二十代くらいの若者たちがずらりと並んでおり、それだけでどれだけ人気なのかがうかがえる。

 小腹がちょっと空いているが、もういくらか時間が経てばお昼時になるし、美琴からお昼も旅館の方で用意してもらっていると言うので、宇治抹茶と抹茶チョコを買うことにした。

 のえるはせっかく来たのだからと、ようかんと抹茶を買うつもりでいるらしい。本場のようかんなんて絶対に美味しいじゃないかとチョコと葛藤していると、分けてくれると言うので遠慮なくそれに甘える。


 やっと詩乃たちの番が来たので、先に決めておいたものを注文してそれを受け取り、人の邪魔にならないところまで移動してから宇治抹茶と各々が買った一口スイーツなどを味わう。

 ちなみに、美琴たち京都組は昔からよく足を運んでいたということもあり、店員に覚えられていた。

 美琴は十歳の頃に、彼女の父親と祖父母がかなり激しい喧嘩をして、祖父母が何をしでかすか分からないため美琴の安全のために美琴を連れて京都を出てしまっており、それ以降ここに戻ってきていないそうなのだが、それでも覚えられていたことに感動していた。

 一体どんな喧嘩をしたのだろうかと気になるところではあるが、デリケートな話だろうしそっと疑問を胸の奥にしまっておいた。


「ん、この抹茶チョコ美味しい」

「ほんと? じゃあじゃあ、私のようかん一個あげるから一個頂戴?」

「いいよ」

「ありがとー。それじゃあ、はい、あーん」

「うっ……。あ、あーん……」


 のえるが爪楊枝をようかんに刺して、口元まで運んでくる。

 こんな人目のある中でやらなくてもと顔を赤くするも、甘味の魅力には逆らえずぱくっと頬張る。

 甘すぎない甘さが口に広がり、想像以上の美味しさに目を丸くする。


「このようかんも美味しい」

「でしょー。これ頼んで正解だったー!」

「ボクもそれにすればよかったかな。それじゃあ……はい、あーん」

「ふふっ、お返しだあ。あーん」


 ちょっとは照れてくれたら万々歳だとやり返すと、ちょっぴり頬を赤くしてくすりと笑ってから、ためらわずに詩乃が摘まみ上げたチョコを食べる。

 その時、のえるの小ぶりで形がよく薄桃色の血色のいい唇が触れて、どきりと心臓が跳ねる。

 時々のえるに甘噛みされ返される時も感じたが、とても柔らかい。きっとキスでもしたら、その柔らかさの虜になってしまいそうなほど柔らかい。


「っ……」


 何を考えているんだと軽く頭を左右に振り、意識しない意識しないと誰にも聞かれないような小さな声で呟き、もう一つチョコを摘まんで食べる。


「甘酸っぱいね、あの二人」

「甘酸っぱいどころか甘ったるいって感じだけど。ヘカテーちゃ……柚子ちゃん、あの二人って普段からあんな?」

「普段からあんなです。もう見慣れました」

「小学生すら見慣れるレベルでいちゃ付いてるのあの二人……」


 灯里、ルナ、柚子の三人は抹茶バウムクーヘン、ほうじ茶ガトーショコラ、抹茶カステラをお互いに食べさせ合いながら、ひそひそとそんな会話をしていた。

 小・中学生と高校生では意味が変わってくるのかと思うが、別にそんなことはないはずだと首をかしげる。


「変だな、抹茶風味だから苦みもあるはずなのにやけに口の中が甘い」

「お前もかアーネスト。俺もだ」

「その男子二人組、何言ってんだ」


 さくさくと細かな破片が地面に落ちないように抹茶クッキーを食べているアーネストと空が、詩乃とのえるの二人を見ながら言い、詩乃がそれにツッコむ。


「甘ったるいんだよ最近。隙あらばいちゃ付きやがって」

「い、いちゃ……!? そ、そんなことしてないだろ!?」

「じゃあ今やったことは何ですか」

「幼馴染同士で食べさせ合いは普通じゃないか!?」

「駅構内ではお静かに」

「誰がっ、大声を出させているとっ」

「はいはい、落ち着こうねー。空もあまり詩乃ちゃんをいじめないの」

「昨日の午前中にそいつにぼっこぼこにされたからな。その意趣返しだ」

「鬼畜プロゲーマーめ」

「お褒めに預かり光栄だ」


 本当に、プロゲーマーになってからいい性格になったなとじろりと睨みつける。この容姿のせいで怖さなんて十割減しているだろうが。

 案の定、はっ、と嘲笑されたのでぴきっと青筋を浮かべて、今夜ログインしたらまたぼこぼこにしたると決定する。

 詩乃の考えていることを表情から読み取ったのか、ものすごい挑発的な笑みを浮かべながら右手をくいっとやってきたので、十回は負かすと笑顔を返しておいた。



 京都駅構内からその周辺を歩き回って観光していると、そろそろ行かなければいけない時間だったので、全員でバスに乗って移動してからまた観光するようにてくてくと歩いていく。

 道中、ナンパをしようと会話しているのがちょっと離れた場所から聞こえたが、アーネストと空がにらみを利かせてくれたので、足止めを食らうことなくスムーズに移動できた。

 空はともかく、アーネストは自分の妹がナンパされるのが嫌だからだろうが、結果的に助かったのだし何も言うまい。


 そうして歩くこと十分ほど。目的の温泉旅館に到着する。結構大きな旅館で見事な和風建築だ。


「美琴さん、華奈樹さん、美桜さん、ようこそいらっしゃいました」


 すごいなと惚けていると、旅館の中から妙齢の女性が姿を見せる。服装的にもここの女将さんだろう。

 ぱっと見はかなりの美人で穏やかで優しそうな雰囲気をまとっており、この人がどうやら美琴の知り合いのようだ。


「霊華さん、お久しぶりです」

「えぇ、お久しぶりです。随分と成長しましたね。旅行とはいえ、よくここに戻ってきてくれました」

「まあ、あっちに行かなければいいだけですからね。ここからは遠いですし、いきなり鉢合わせる可能性は低いでしょうし」

「それもそうですね。もし彼らが何かしてくるようであれば、私の方から拳骨制裁を食らわせておきますね」

「あはは……ほどほどにお願いしますね……」


 むんっ、と力こぶを作る様に右腕を曲げると、美琴が困ったように笑う。華奈樹も美桜も、同じような顔をしているので、あの若さでかなり強いのだろう。

 実際、旅館から出てくる時の足運びが常人のそれでなく、明らかに武術を長年やっている人のものだった。それも十年とかその程度じゃなく、何十年とやっているような人の。


 若さと霊華と呼ばれた女性の強さが噛み合っておらずどういうことなんだと首をかしげると、ぱちりと彼女と目が合う。

 日本人にしては珍しい、翡翠の左目に紅玉の右目のオッドアイで、綺麗だと感じるよりも先に何かとんでもないものに睨まれたように感じた。

 蛇に睨まれた蛙、ということわざはまさしくこのような状態を指し示すのだろうと、ただ目が合っているだけなのに悪寒が止まらず体が震える。

 いつまでもあの人の視界に映り込みたくないと、のえるの後ろに隠れる。


「どうしたの?」

「な、なんでも……」


 震えているのを感じたのか、のえるは追求せずに前を向いた。

 一体彼女は何者なのだろうか。真祖吸血鬼という自分がこうしてこの世界におり、魔術や呪術、果てには魔法なんてものも存在していると詩音から聞かされた。

 創作物ではヴァンパイアハンターというものが出てくることがあるが、大昔には実際にそういうのがいたそうだ。

 霊華と目が合ってからずっと感じた悪寒から、もしかして彼女は詩乃の天敵なのではあるまいかと考えてしまい、怖くなる。


 確かに詩乃は吸血鬼になったが現代日本で生まれ育ち、人を傷つけることなんて嫌っていることだ。

 血は吸わなければ生きていけないが、週に一度のえるから貰っているし今後もノエル以外から血を吸うつもりもないし、血の美味しさに狂って手あたり次第人を襲うなんてことも絶対にしない。

 人並みに恋愛だってしたいお年頃だし、見逃してはくれないだろうかとのえるの後ろから顔を覗かせると、美琴が詩乃にも聞こえないほど小さな声で何かを耳打ちした後で、ちょっと驚いたような顔をしてから申し訳なさそうな顔をした。


「さ、皆さん。移動で疲れたでしょう。こちらに上がってゆっくりしていってください」


 すぐに柔和な笑みをたたえた霊華は、慣れた手つきで一行を旅館の中に案内する。

 さっきの怖いのがまるで嘘のようだが、いきなりだったので詩乃は警戒して、のえるの服の裾を摘まみながら一緒に旅館へと足を踏み入れた。


===

作者が勝手にやってる『勝手にQ&Aコーナー』


Q.霊華さんって、あっちの霊華さん?


A.この作品はパラレルワールドだけど、霊華さんはどの世界線でもほぼ同一人物なので、あっちの霊華さんともいえる

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