蒼穹を駆ける金色の星に慈愛の怒りの贈り物を 13

 全速力でゴルドフレイに接近したヨミは、エマから意識を引き剥がすために残っている右目を狙って血壊魔術『ブルータルランサー』を放つ。

 顔の周りを素早く集中的に攻撃しているリタに対応していたからか、反応が遅れたゴルドフレイは、右目を潰されるなんてことはなかったが目を守ろうと瞼を閉じて視界をシャットアウトした。

 そこを狙ってヨミが影に潜って高速移動してから逆鱗を狙ってブリッツグライフェンを振るうが、ギリギリで察知されて回避されてしまうが視界の外側からエマが全力で斬赫爪を脳天に向かって振り下ろした。


『ぬぅ!? 貴様、数百年前に滅ぼした夜の国のコウモリか!』

「誰がコウモリだ!? 私は誇り高き魔の王族、真祖吸血鬼のエマ・ナイトレイドだ! 貴様こそ、よくも特に理由なく私の故郷を滅ぼしてくれたな!?」


 声がまだ震えているが、恐怖を怒りと適度な復讐心で抑え込んでいるのか、薙ぎ払うように振るわれた前足の攻撃を背中から生やしたコウモリの翼を羽ばたかせて回避する。

 ヨミも種族はエマと同じなので、その内ああしてコウモリの翼を生やすこともできるのだろうかと期待する。彼女とちょっと違う部分もあるので、もしかしたら出てこないかもしれないが。


「私はずっと貴様に怯えて数百年の時を生きてきたが、もうやめだ! これからは愛しのお姉様と過ごすために、そして私の故郷を再建するために、今ここで貴様を殺す!」

『私を殺す!? 誰が!? 貴様がか!? 数百年前、そこの愚かな王女のように泣き喚くしかできなかった弱者である貴様がか!? 笑わせる!』

「あぁ、そうさ、私は弱いさ! 昔も今も、これからもずっと弱いままさ! けど、お姉様が言ってくれたんだ! 貴様を殺すために、強い復讐心に囚われるのではなく気軽に復讐してやろうと! 復讐の鬼ではなく、誇り高き真祖吸血鬼として家族たちの仇を取らせてもらうぞ!」


 ばさりと大きく広げた翼を羽ばたかせて、素早く飛び回りながら斬赫爪を激しく打ち付けるエマ。

 鬱陶しそうに咆哮を上げるゴルドフレイの顔面に、ハンマーに変形させたブリッツグライフェンで殴りつけてついでに発動させたメイス戦技『スマッシュメイス』で威力を上げる。

 ハンマーなのにメイスなのかと思ったが、どっちも打撃武器だしどうでもいいかと考えることはやめている。


「ナイスだお姉様! その右目は貰うぞ!」

『小癪なぁ!』

「させないよ!」

「『クラッシュメテオ』!」


 ブレスをエマに向かって放とうとするが、ヨミが下から余ったパーツでブーツを作り、それで脚力を強化してフルパワーの蹴り上げと追撃の衝撃波で少しだけ顔を上に向かせ、ヘカテーかフレイヤのどっちかに運んでもらったのかノエルが上から落下しながら、シュラークゼーゲンの固有戦技を発動させながらメイス戦技を叩き込む。

 ゴルドフレイの顔面が真下を向いて、地面にブレスが放たれて抉れる。この山は活火山じゃあるまいなと一瞬不安になるが、前にアーカーシャのシンカーからそれはないから安心しろと教えてもらったことを思い出す。


「『カーネリアンビースト』!」

「『ブラッドドッペル』、『クリムソンドレイク』!」


 エマが体から大量の血を放出してそれらで獣を作り上げ、ヨミは自分の血を使って自分の全く同じ姿の分身を作り上げ、続けてヨミと分身揃って全く同じ魔術を使う。

 エマの『カーネリアンビースト』は血壊魔術85で習得し、ヨミの『ブラッドドッペル』と『クリムソンドレイク』はそれぞれ血壊魔術75と80で習得できる。

 大量の血の獣と巨大な血の龍がゴルドフレイに襲い掛かり、獣たちは牙と爪を金色の鱗に突き立てて、二体の血の龍は体に巻き付き大きな顎で噛み砕こうとする。


 どれも非常に強力な血壊魔術なのだが、欠点として一回でかなりの量の血を消耗してしまうと言うことだ。

 ヨミは血液パックを常備しているのでそこまで深刻に考えなくてもいいが、エマはプレイヤーのようにインベントリがあるわけじゃないので、あまりポンポン血を使えない。


「エマ、これを飲んで!」


 数には余裕があるので、ビッグサイズの血液パックを投げて渡す。


「新鮮な血の方が好みなんだが……この際贅沢は言っていられないか」


 パック詰めされたのはあまりお気に召さないそうだが、ここは大人しく受け取って中身を飲み干していく。

 ヨミも失った分を補給しつつ、追加でパックを五つほど取り出してからそれらを対象に『スカーレットアーマメント』を使い、パックを破って出てきた血で五つの大剣を作り上げる。


「おぉ! そういう使い方もあるのか! いいな、私にも三つくらい分けてくれないか!?」

「いいけど、後できちんと請求するからね!?」

「なんなら私の血を吸ってもいいぞ?」

「吸血鬼が吸血鬼の血を吸うのってありなの?」

「……ありだ」

「今の間がすごく不安だからやめとく」


 絶対何か変な意味があるなと感じ取り、遠慮する。

 一番大きなサイズのパックを五つ渡し、エマも同じように血の武器を作って自分の周りに追従させる。


 ゴルドフレイがエネルギーを口から漏らすのが確認できたので、ヨミは全速力でダッシュしてエマは翼を羽ばたかせて離脱。

 一瞬前までいた場所を金色ブレスが通過していき地面がえぐれる。さっきはブリッツグライフェンで防いだが、冷静に考えてブレス一発で山が消し飛ぶほどの威力だと前に言われていたそれを、よく単独でタンクスキルも盾防御系戦技もなしに受け止めたなと、背筋をぶるりと震わせる。


 ゴルドフレイの周りを回るように走るが、ずっとヘイトが自分に向いている。さっき脳天に一撃ぶっこんだのはノエルだぞと心の中で叫びながら走っていると、急にヘイトが別のところに飛ぶ。

 奴が向いたほうを見ると、大きな十字盾を構えたイリヤがヘイトを自分に向ける『タウント』を連発して無理やり向かせたようだ。

 ヘイトが自分から剥がれた瞬間に奴に向かって走り出し、誘われたのかまたぐりんとこちらを向いて大きな口を開けて丸かじりしようとする。

 ヨナの物語のようにしてやろうと思ったが、こういう丸かじり系は即死すると相場が決まっているので、大人しくブリッツグライフェンを槍形態にして全開放する。


「『ウェポンアウェイク・全放出フルバースト』───『雷禍レビン槍撃ゲイボルグ』!」


 電磁加速されながら投擲された槍が音を置き去りにして空を斬り裂いていき、ゴルドフレイの口の中に飛び込む。

 角度があまりよくなかったのか、上顎の辺りにぶっ刺さってしまったがそれでも大ダメージだ。


「いい加減ボク等を丸かじりしようとするのはやめたらどう!? お口の中は弱点だって分からないのかにゃあ!?」


 AI相手にもメスガキ的挑発が有効なのは分かっているので、ノエルのセンサーに引っかからない程度に煽る。

 槍形態のブリッツグライフェンが口の中に刺さったままなので口を閉じられず、悲鳴を上げながらヨミを追いかけ回してくるが、フレイヤが十字架を地面に突き立てて空間凍結で動きを封じ、そのまま右手に特大ハンマーを作り上げて振り上げる。

 それに合わせたのか、ノエルとヘカテーが上に飛ばしていたらしい血の武器から手を放して揃って落下して来て、シュラークゼーゲンとヘカテーの『ヴァーミリオンバタリングラム』を叩きつける。


 上下から同時に強烈なインパクトを加えられ、下からは逆鱗を殴られ大ダメージを受け、上からも脳筋女騎士の落下しながらのぶん殴りと血の巨大破城槌を叩きつけられたため、槍形態ブリッツグライフェンがより深く突き刺さる。

 余りそういうことをやると壊れてしまうのでやめてほしいところだが、結果的にHPを多く減らせたので結果オーライだ。

 それはそれとして、後できちんと手入れをしておかなければいけない。


 多分もう自力で引っこ抜けなくなっているだろうからインベントリに放り込んでから再度取り出して背中に展開し、両手斧形態にする。

 AI操作になったヨミの分身はゴルドフレイの周りを走り、血液量度外視でバンバン血壊魔術を連発している。

 ああやって魔術を連射できれば楽しそうだが、影魔術や暗影魔術はともかく血魔術・血壊魔術は血を消費するので色々と考えないといけない。


『ちょこまかと邪魔だ!』


 とにかく魔術を連射していたヨミドッペルが、ゴルドフレイの尻尾攻撃をもろに受けてしまい、血の塊となって弾け飛ぶ。

 見た目がまるきりヨミと同じだったので、それが血の固まりになって弾け飛ぶその様は中々にショッキングなものだ。

 補給をして血はたまっているが、毎回あれを使うとパックがいくつあっても足りないのでやめておく。


 低い姿勢で走って接近すると、叩き潰そうと大きく腕を振り上げたのでそのまま地面に倒れるようにして『シャドウダイブ』で影に潜り、ゴルドフレイの体に落ちている影から飛び出して、美琴が付けた大きな切り傷の方に向かって行く。

 振り落とそうと暴れ回るが、翼の付け根に向かって鎖を伸ばして巻き付け、巻き取りながらスイングして傷のある場所までやってくる。

 エネルギーは使い果たしてしまっているので全放出による大火力は叩き出せないが、それに頼らずとも強力な戦技がある。


「『ブラステッドターミネート』!」


 単発系両手斧戦技を傷に叩き込む。残り四本のHPバーは二割を切っておりもう少しで三本に突入する。

 途中ちょっとしたアクシデントがあったりもしたが、全体的に見ればかなり順調にここまで来たが、問題はこの後だ。

 アンボルトは二本半で、美琴とアーネストからの情報でグランリーフとウォータイスもあと三本を切ったあたりから、急激に強さが増す。

 最弱格のアンボルトですらそうなのだから、四色最強のこいつも同じような状態にならないわけがない。


「シェリアさん! もうすぐあと三本になりそうなので、全体に警告を出してください! 三本目からは今までの比じゃないくらい強くなります!」

『りょ、了解! ただでさえすごく強いのにまだ強くなるのー!?』


 ちょっと泣き言を言っているが、シェリアのおかげもあって非常にスムーズに事が進んでいる。

 もし彼女がいなかったら、もっと時間がかかっているか失敗していたかもしれない。彼女の極めすぎた先読みオペレートには感謝しかない。


 大暴れするゴルドフレイの周りに群がるプレイヤーたち。優秀なオペレーターがいるため引き際を弁えており、無駄に死ぬことなく引いては突撃を繰り返している。

 ジンやイリヤを筆頭としたタンクが注意を引きつけ、ガンナーが眼球や逆鱗を狙って射撃し、魔術師が大火力の魔術でHPを着実に削っていき、剣士や戦士系プレイヤーがその隙に武器を叩きつける。


 ゴルドフレイの体に張り付いていたヨミは影に潜って一旦離脱し、こちらに向かって顔を向けてきたのでこっちを見るなとMPを多く消費して大量の『ジェットファランクス』を射出して無理やり目を閉じさせる。

 その間に回り込むように移動するが、匂いなのか聴覚なのか、すぐに場所を特定されてブレス攻撃を仕掛けられる。


 ブレスをギリギリのところを掻い潜りながら接近していると、途中でシエルと合流して彼に強化弾を撃ち込んでもらう。

 ヨミのシエルに何かバフをかけられれば良かったが、今使える強化系は全て自分だけが対象なので何もできない。


「そろそろ他人へのバフも覚えような」

「その余裕があればね!」


 並行して走っていると、シェリアからの警告が飛んできたので散開し、ゴルドフレイの突進を回避する。

 奴はそのまま上空まで飛んで行ってしまい、よもやDPSチェック失敗かと思ったが轟音が響いているので超音速墜落アタックをしようとしているのだと気付く。

 誰が狙われているのかと思ったらまたヨミが対象で、ヨミを中心に赤いAoEが発生する。

 大急ぎで他プレイヤーを巻き込まないように離れた場所まで移動し、色が濃くなった瞬間に影の中に落ちることで回避。直後に、影の中にいてもなお聞こえる大爆音に顔をしかめ、もうもうと上がる土煙の中にできた影から飛び出す。


 まだ防御を張れるようになっていなかったはずだと思ったが、今の攻撃の意図に気付いて舌打ちをする。

 自身の超音速墜落攻撃すらノーダメージ、あるいは極微小のダメージに抑えられるエネルギーによる防御だが、それをせずにそれを行えば相応の反動を受ける。

 自分の攻撃、自分の体なのだからそれはよく理解しているはずだ。なのに墜落攻撃を仕掛けて来た。考えられることは一つだ。


「───ギィィィィァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 戦闘が始まってから一番大きな咆哮を上げ、フィールド上にいる全員が硬直を受ける。

 びりびりと体に、お中に響く咆哮。あまりの大音量に硬直を受ける前に両手で耳を塞ぎ、目をぎゅっと閉じる。

 咆哮が止みすぐに硬直が解け、目を開ける。戦闘開始した時と比べて全身がぼろぼろになりつつあるが、なおも滲み出る竜王としての威圧感。

 むしろ咆哮を上げる前よりもうんと威圧感と圧迫感が増している。なぜならば、ゴルドフレイの残りのHPは自傷前提の墜落攻撃によってあと三本にまで減っており、それにより自力で本気を引き出したからだ。


「そんなんありかよ……!」


 シェリアも想定していたよりも速い本気モードにやや動揺している。


「さてさてさーて、ここからが正念場だ。エマ、大丈夫そう?」

「あぁ、私は何とか。ステラは……ちょっと怯えているが平気そうだな」

「そりゃよかった。……エマは『ソウルサクリファイス』は使える?」

「お姉様が使っていた、『血濡れの殺人姫』を再起動したあれか? 残念ながら私はその魔術を知らない。使えたら便利そうだな」

「便利だよ。再起動させるたびに必要なストック数が一個増えてくけど」


 隣にやってきたエマに問うと、ちょっと顔を青くしつつもにっと笑顔を浮かべながら返答する。

 命のストックがあるのでそれが尽きるまで彼女が死ぬことはないとはいえ、目の前で叩き潰される様は見たくないので無茶はしないようにと祈る。


「どのグランドエネミーも、本気になる時は流石に緊張するな。ここからはワンミスが全滅に繋がる恐れがある。慎重に行くぞ」

「そう言いつつ、アーネストくんも本気で行くんでしょ? 私も、ずっと温存してきた奥の手を使う時かな」

「慎重に、ですよ、美琴さん。手負いの獣が一番危険だと言うじゃないですか。これもそれのようなものでしょう」

「グランリーフで痛いほど知ってるわよ。奥の手は最大火力の一撃を使わなければ長時間持続するし、その瞬間までは鳴雷神なるかみは使わないわよ」

「使う時は言ってくれよな。君のそれは範囲が広すぎるから、巻き込まれたくない」

「ちゃんというに決まってるでしょ。そっちこそ、効率度外視の全力固有戦技使う時は言ってよね」


 ヨミ、アーネスト、美琴、フレイヤが集まる。この作戦における最大火力の四人組。

 ラストスパートに突入したため、ここからは温存していたものを使っていくつもりだ。ただ、ヨミはストック数が最大でも四分だけなので、美琴たちよりも後に開放する予定だ。


「それじゃあ、グランドクエスト『蒼穹を駆ける金色の星に慈愛の怒りの贈り物を』のラストスパートと行きましょうか!」

「「「おう!」」」


 ヨミの音頭に、三人が返事をする。

 それが、この戦いのラストスパートの始まりとなる。

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