蒼穹を駆ける金色の星に慈愛の怒りの贈り物を 8
───金竜王は、私の家族と国の仇だ。
戦う力がこの場にいる誰よりも弱く、守られる立場でしかないステラは、腰に下げている父ヴェルトの形見であるアスカロンの柄をぎゅっと握りながら、憎悪と殺意と怒りの籠った目をゴルドフレイに向ける。
本当は、あれと戦っている女神様の加護を受け不死身の存在となっている冒険者たちと肩を並べて、あの戦場で王と戦い自分の手であの首を落としてやりたいくらいだ。
しかし、戦う力が弱くあの場にいるだけで全員の足を引っ張ることくらい分かっている。特に、ヨミやアーネスト、美琴、フレイヤのこの場における最上位の強さを誇る冒険者からすれば、邪魔でしかない。
ヨミは本当は、ここにステラを連れて来たくなかったと言っていたが、わがままを通して戦いに参加せずに結末を見届けることを条件に同行を許してくれた。
それでももう少し自分の意思を押し通して、あと一撃で倒せるところまで弱らせたら止めはステラのアスカロンで刺させると約束してくれた。
最後まで渋っていたが、彼女の幼馴染だと言うノエルの説得もあって渋々許してくれたのだ。
ここまでわがままを通してくれた。女神様の加護を受けておらず不死身ではない自分はここにいちゃいけないのに、制約はあれど戦場にいることを許された。
エマからは心が強いと言われ羨ましがられていたが、もし本当に心が強いならこんな風に誰かに縋るなんてこともなかった。
「ヨミ様……」
小さな体で、誰よりも速く、宙に浮かせている支配下にある血の武器を足場に縦横無尽に戦場を駆け回り、最強の竜王から奪った左腕を使った武器で斬りかかり、最初に屠った竜王から作った武器で攻撃する。
小さくて、可愛らしくて、恥ずかしがり屋さんで、明るくて、所々ちょっと男の子っぽさを感じる美少女は、ステラの目には最高の英雄のように映っている。
怒鳴るような指示を出し、紙一重で攻撃を躱し、カウンターを入れてじわじわとゴルドフレイを削る。
真祖吸血鬼であることを除いても、あの竜王とあそこまで渡り合える存在がこの世界にいるなんて信じられなかった。
彼女ならきっと大丈夫。彼女ならきっと、自分の望みを叶えてくれる。その一縷の望みを託し、音の壁を破壊して冒険者たちを吹っ飛ばしていくゴルドフレイの死を望む。
♢
───ゴルドフレイは、四色最強というだけあって簡単には倒せない。
誰よりもそのことを理解しているエマは、リトルナイトにある自分の屋敷の中で、ウラスネクロ大霊峰の方角にある窓に手を付けながら、唇をきゅっと結ぶ。
ヨミは強い。初めて彼女と戦った時も、血濡れの殺人姫をお互いに使用して戦い、練度の面で長生きしているエマの方が有利だったが、戦いの巧さで負けた。
彼女の強さは筋力の高さや使える魔術の数々ではなく、並外れた動体視力と反射神経、あとは勘の鋭さであることを、フリーデンに移住してから知った。
もしこのまま行けば、強さ的にも吸血鬼の王を名乗ってもいいレベルに待て達するだろう。それほどまでにヨミは強いが、強いだけではゴルドフレイは倒せない。
なにせ、歴代最強とまで言われた父ですら敵わずに殺されてしまったくらいだ。
助けに行きたい。加勢しに行きたい。敬愛し心から愛しているお姉様の役に立ちたい。
どれだけそう強く願っても、エマの体は動かない。国と親を殺されたことが根深いトラウマとなり、憎しみを抱いても体がそれについて来ようとしてくれない。
情けない話だ。命のストックもありすぐに死ぬことはないのに、全てが宝の持ち腐れになってしまうほど恐怖し、戦いから逃げている。
背丈がさほど変わらず、年齢はエマよりもうんと下なのに、臆さずに王に挑みに向かうヨミの後姿は強い情景を抱き、ますます強い恋慕を抱かせるには充分だった。
「お姉様……。私は……どうしたら……」
胸に手を当てて俯くと、大霊峰から嫌な気配を感じてぱっと顔を上げる。
ここからでは見ることはできないが、この感覚は知っている。忘れたことのない、忘れられるはずのない、破滅の気配だ。ゴルドフレイの奥の手、金剛隕星雨だ。
「お姉様……!」
遠く遠く離れているのに、お腹に響く衝突音。想起されるトラウマに、最悪を想定して顔を真っ青にする。
ヨミは死なない。珍しく女神の加護を受け真に不死の存在なので、彼女が寝た場所で復活するようになっている。
それでも、愛しのお姉様が巨大な隕石に叩き潰されるところを想像すると、最愛の父が潰され復活もできずに死んでいったのを思い出して、胃液がこみあげ喉をじりじりと焼く。
しばらく衝撃が届き続け、やがてそれが収まる。
一体どうなったのか。ヨミは無事なのか? ついて行ったステラは生きているのか? まさか今ので全滅したと言うことはないだろうか、とぐるぐると思考が定まらない。
「私は……私は……!」
力なくぺたりと地面に座り込んでしまい、ぽろぽろと涙をこぼす。
こんな風に怯えて、何か真祖だ。何もできず、戦いから逃げて何が王族だ。これではただの、力があるだけの小娘でしかない。
こんなことなら、故郷が滅んだあの日に逃げずに最後まで戦い続ければよかった。そうすればこんな風に苦心することも辛い思いをすることもせずに済んだ。
震える体を抱くようにして、涙で床を濡らしながら、エマは部屋の隅で震え続ける。
♢
戦いが始まってから疾うに二時間以上が過ぎた。
度重なる逆鱗への攻撃。それによって防御展開を許さずに、プレイヤー全員での攻撃でダメージを入れ続ける。
順調に進んでいる。このまま逆鱗を狙って常に防御を乱し続けていれば、必ず倒せる。そう思っていた。
しかし、その程度で竜王を倒せるのなら900年間竜による支配の時代が続くはずがない。そのことを失念していた。
二時間以上かけてやっとHPバーを半分削れたと思ったら、ゴルドフレイの行動パターンが大幅に変化。
低空飛行をし始めて地上にいる時間が減り、金色のエネルギーによるブレス攻撃やさらに早くなった突進攻撃で蹂躙し始めて来た。
「行動パターンがここまで変わるとか聞いてないんですけどおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「もうめちゃくちゃだよおおおおおおおおおおおおおおお!? うわーん!!」
苛烈を極めるゴルドフレイの猛攻により、500人いたプレイヤーが瞬く間に半分近くまで減らされた。
蘇りの祭壇を設置しても、それがあると近くで復活すると学習したのか真っ先に破壊しに来て、守るようにそこにいた魔術師とタンクを食い殺した。
ウラスネクロ大霊峰の麓に飛空艇があり、全員そこをリスポーン地点にしてあるので戻ってくるまでそう時間はかからないが、それまでは元の半分ほどの人数で押さえなければいけないのが非常にキツイ。
しかも何が一番きついかと言えば、魔術師とタンクを優先して潰していくため遠距離火力面と防御面が心もとなくなっていることだ。
遠距離火力はフレイヤの作った魔導兵装持ちの彼女のギルメンがちらほら生き残っているので大丈夫だが、タンクが減っているのが一番ダメージが大きい。
ジンも優秀なタンクなので行動が変化してから集中的に狙われて落ちてしまったし、イリヤも神翼族としての能力を開放し純白の翼を羽ばたかせながら戦場を飛び回っていたら、音速タックルで体が弾け飛んでいた。
火力面では、アーネストが接近しすぎて尻尾攻撃をもろに受けてクリティカルで即死してしまい、美琴は辛うじて反応して回避したが警戒されて接近できず、フレイヤは空から降り注ぐ連続ブレスの雨で防御に専念せざるを得なくなり、リタも同様に回避に専念するしかない。
ヨミは明確にピンポイントで狙われ、ノエルも同様に追いかけ回される。なので現在、二人で並んで半べそかきながら全速力でフィールド上を走り回っている。
ゴルドフレイは一定の高さを飛び続けながらブレスを機関銃のように放って弾幕を張り、近接職のプレイヤーの接近を許さなくしている。
トーマスやシエルらガンナーやダビデたち魔術師たちが対空しようと頑張ってくれるが、逆鱗をピンポイントで狙えるガンナー陣は射撃の瞬間を狙ってカウンターをしてくるようになったし、魔術攻撃は体で防御される。
そうこうしているうちにエネルギーを体にまとい直されてしまい、まともなダメージが通らなくなってしまいふりだしに戻ってしまう。
ちらりと肩越しに振り返ると、加速を十分に得るためか離れていくのが見えたので、ノエルを巻き込むまいと担ぎ上げてから全力で投げ飛ばして、ついでに体に鎖を巻き付け作って飛ばした血の武器に繋げて飛距離を伸ばす。
「ヨミちゃん!?」
遠くへ飛ばされたノエルが目を見開きながら名前を叫ぶ。直後にヨミを中心にAoEが発生し、点滅した瞬間に一気に真っ赤になったので急いで影の中に潜る。
とぷん、と影の中に落ちるのとほぼ同時にゴルドフレイ自身が金色の隕石となって墜落して来て、着弾地点にクレーターを作り上げる。
衝撃でプレイヤーたちが体を浮かせたりちょっと吹っ飛んだりしたが、今のでデスしたプレイヤーがいないようで一安心して影から出ると、右の翼の付け根からだけエネルギーを噴射して独楽のように回転しながらやって来たゴルドフレイの頭が叩きつけられ、クリティカルを受けて即死する。
力を失った体が地面をバウンドしてからスライドして、フィールドのかなり端の方まで飛ばされてようやく停止する。
すぐにストックを消費して復活して立ち上がり、復活することも学習したのか特大ブレスが飛んできたので急いで影の中に潜って回避する。
五秒の間に移動できる最長距離を移動してから影の中から飛び出て、素早くインベントリから
「十本程度でこれなんだから、ラスト数本になった時の超本気モードとかどうなるんだよ……」
ヨミが回復する時間を稼いでくれているのか、近接プレイヤーと魔術師たちが一斉に攻撃して注意を引き付けてくれている間に、変化した行動を頭の中で反芻する。
地上にいる間の攻撃は今までと変わりはないが、飛んでいる時間が格段に増えてその際の攻撃が非常に苛烈だ。
飛んでいるとこちらの攻撃はほぼ届かないし、攻撃してもあの加速度で回避されてしまう。
となると考え得る一番の対策は、飛行頻度を減らすために翼を破壊するか、尻尾を斬り落とすとかだが、奴の移動と攻撃の要である尻尾はそう簡単に斬ることなんてできないだろうし、翼も同様だ。
難易度が格段に上昇しているのでやるしかないが、まずは奴を地面に叩き落とすところからだ。
「───『
どうしてやろうかと考えていると、背中の翼を羽ばたかせてゴルドフレイが飛ぼうとしたので、攻撃が届かなくなる前に一発入れてやろうと姿勢を低くして走り出そうとすると、背中から純白の翼を生やしたアーネストが固有戦技を上からぶちかます。
死角からの攻撃をもろに受けたゴルドフレイは地面に叩きつけられ、これはチャンスだと背中のパーツを集めてブーツにして、少しエネルギーを消費して斜めにすっ飛び、余ったパーツを使って大きな槍を作って全てのエネルギーを消費する。
「『ウェポンアウェイク・
ヨミにだけ見える電磁レールを敷き、それをなぞるように槍を全力投擲する。
超電磁加速した槍は真っすぐ胴体に突き刺さり、フレイヤが空間転移して来て特大ハンマーで殴ってえぐり込ませる。
大丈夫だろうかと少し心配になったが、素材はまだ残っているので壊れていたら修理すればいいと今は気にしないことにして、足元に血のハンマーを作って足を付け、タイミングを合わせて振り抜く。
上から落下してくるヨミを迎え撃とうと口からエネルギーを漏らして顔を向けてくるが、フレイヤが自分とヨミの位置を入れ替える魔導兵装で場所を交換し、防御特化の脚のない男性のフォルムの巨大な人形を正面に出現させて、放たれたブレスをそれで防ぐ。
一方でヨミはフレイヤがいた場所に出現して、ゴルドフレイの体に深くえぐり込んでいる槍型ブリッツグライフェンに飛びついてしっかりと握り、雷王怨嗟を発動して直接体内に雷をお見舞いする。
ついでにフレイヤの一撃でエネルギーが少し溜まっていたので、それを消費して穂先から雷を放出して追加ダメージを入れて、流石に体内から直接攻撃されると防御も意味をなさないようでぐぐっと減って十本目のHPバーが三割ほど減少する。
ブリッツグライフェンを引き抜こうとするが食い込んで抜けないので、インベントリの中にしまうことで無理やり引き抜き、雷王怨嗟を解除してまたバフを重ね掛けし直しながら背中に分解したパーツ状にして展開し、斬赫爪を取り出す。
固有戦技を発動させながら傷口に向かって振り下ろして、また腐敗ゲージを蓄積させる。既に何度も腐敗状態にしたので、耐性が付いてきているようで最初の時のようにスムーズに腐敗にできない。
ここからはあまり腐敗に頼らないほうがいいなと思考を改め、異常なまでに頑丈なこの大鎌なら少し無茶してもいいので、突き刺さった斬赫爪を力任せに引っ張ると、引き裂く力が強いのでその部分の鱗を砕きながら一文字に傷をつける。
このまま背中辺りの鱗を剥がしまくってやろうと振りかざすが、大人しく背中に乗せたままでいるわけにはいかないと暴れ回られて振り落とされたので、影に潜って落下ダメージを無効化してちょっと離れた場所から飛び出す。
背中に展開している接続パーツ状態のブリッツグライフェンの耐久値をちらりと確認すると、まだ全然余裕があったので大丈夫だとほっと一安心して、持っている斬赫爪を補強して強化するように接続させて、雷と腐敗の両方の能力を同時に起動させる。
「おっもいなあ! でも……こういうデカくて重い武器は、大型エネミーには有効なのはお約束なんだよね!」
進化していく自分の相棒の重さに少しうっとりとしながら、地面を全力で蹴って低い姿勢で加速していく。
変形はできないが変形できる武器を他の武器に繋げることで強化する、というロマンを叶えてくれたクロムには感謝しかないなと、三日月のような笑みを浮かべながらゴルドフレイに斬りかかった。
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