蒼穹を駆ける金色の星に慈愛の怒りの贈り物を 2

 元魔王国ナイトレイドの領土内は、滅んだ国ということもありさびれている。

 あちこちに領土内に残り続けている魔族がおり集落を作っているそうだが、ゴルドフレイという脅威に響怯えているのだとシンカーから教えてもらった。

 一度避難して別の場所で生活したほうがいいだろうにと思ったが、自分の国が滅んだからっておめおめと逃げ出したくもないのだろう。


 ウラスネクロ大霊峰からは歩いて一時間程度の場所に飛空艇を下ろしたので、全員徒歩で向かう。

 エマ曰く、飛空艇技術ができ始めたばかりの頃に速攻で大霊峰に向かって行き、残り五キロかそこいらのところでゴルドフレイに撃墜されたのを見たことがあると言う。

 竜王に挑むのだから当然頑丈に作ってあったであろう飛空艇は、ベニヤ板を叩き割るかのように容易く粉砕し、搭乗していた全員を即死させたそうだ。

 事前のその情報を知っていなかったら、もしかしたら飛空艇で大霊峰に近付き過ぎて戦わずして全滅、なんてこともあったかもしれない。


「ちょっと肌寒くなってきたね」

「そうだね。ヨミちゃん私にくっついて暖を取る?」

「いいよ、これくらいなら自前でどうにかできるし」


 胸に手を当て少し押し込み、『ブラッドエンハンス』で血流を促進。体温を上昇させる。


「じゃあ私がくっつくー」

「なんでだよ!?」


 ぎゅーっとノエルの方から抱き着いてきて、歩きづらいから離れろと抵抗するが中々離れてくれなかった。

 現在ヨミたちは、大霊峰の頂上付近で休憩している。山を登り始めたはいいが、目的の怪物はまだそこにいないので報告があるまでは山を登り切らずにいようと言う話になり、こうして時間を潰している。


 大霊峰というだけあって非常に高い山だが、ゲームであるためリアルスケールではなくかつ全員には人間離れしたステータスがあるので、かなりの速度で行軍しても疲労はない。

 ステラはまだ体力が万全ではないので少し疲れている様子だが、目には激しい闘志が燃えている。


「えへへー、あったかくていい匂いするー」

「に、匂い嗅ぐなバカっ」

「えー? ヨミちゃんだってリアルでよく私の匂い嗅ぐじゃん」

「なんでそれ言うの!?」


”嵐の前の静けさの中に咲く百合の花”

”てぇてぇ……”

”ガタッ”

”その話、詳しく”

”あら^~”

”リアルでもこの二人こんななんだ。最高じゃん”

”これ絶対二人ともえっちなことしてるよ”

”リアルで吸血鬼ごっこみたいなのして、ヨミちゃんがノエルお姉ちゃんの首に甘嚙みとかしててほしい”

”いや、ここは敢えてノエルお姉ちゃんがヨミちゃんに甘噛みするのもありだぞ”


「お前たちは何を言ってるんだ!?」


 コメント欄に大量発生し始める理解不能のコメントたち。ノエルにこれを見せまいとするが一歩遅れてしまい、にやりと笑みを浮かべたのえるが首筋に顔を近付けて来た。


「ちょちょちょ!? な、なにするつもり!?」

「え~? 別に何もしませんけど~?」


 にやにやと笑みを浮かべながらのたまうノエルに、ノエルが見るヨミのメスガキがどんな感じなのかなんとなく分かった。これは確かに、人に見てほしくない。


「んみゃあ!?」


 とにかく今はノエルを剥がそうと身動ぎすると、ノエルがかぷっと甘噛みしてきた。

 あまりにも急だったので素っ頓狂な悲鳴と共に体をびくりを跳ねさせ、遅れて強烈な羞恥心で首まで真っ赤に染まる。

 コメント欄には「てぇてぇ」というコメントと一緒に大量の感謝のコメントが流れていた。


「……ゴルドフレイ戦終わった後、増血魔術連発しながらひたすら血を吸いまくるから」

「……へっ」


 ウィスパーチャットに切り替えて周りにいるプレイヤーたちとリスナーに聞こえなくしてから、ノエルの耳元で囁く。


「身動き取れないように抑え込んで、ボクが満足するまでひたすら、ずっと噛み付くから。覚悟して」

「へ、いや、あの、えっと……」


 瞬間湯沸かし器のように顔を真っ赤にして慌てふためくが、もう決定なのでふんっ、そっぽを向く。


「お、お願い……。流石に吸血され続けるのは色々辛いんだけど……」

「自業自得だよ。……別に、二人きりだったらああやって甘噛みしてもいいよ。リアルでボクはノエルに噛み付いてるし、昨日もちょっと甘えて甘噛みしたし。でも、配信してかなりの人が見ている中でそんな行動はしてほしくなかった」

「うっ……」

「ボクがメスガキムーブしたらノエルがお仕置きするように、変態共を喜ばせるような行動をしたノエルにボクからちゃんとお仕置きしておかないと」


 本音は、ノエルの血が極上すぎて味を知れば知るだけ欲しいと思ってしまうで、ここで一度本当にお腹いっぱいになるまで甘受したいだが、それをやると後々からかわれそうなのであんなことをしたノエルに対するお仕置きを隠れ蓑に実行することにした。


”いつもノエルお姉ちゃんにからかわれて真っ赤になってるヨミちゃんが、何か反撃したっぽい”

”真っ赤になって慌てて涙目になるノエルお姉ちゃんの破壊力高杉”

”一体何を言ったんですか……!”

”後生ですから、なんと言ったのか教えてくだしあ……! 後生ですからぁああああああああああ!”

”いつもは攻めの女の子が受けに回って何もできなくなるの、最高”

”くそぅ、ウィスパーチャットで読唇術対策もされて口も動いてないから、何話してるのか分からねぇ……!”

”でもヨミちゃんがちょっとSっ気のある顔をしているから、それでオーケーです”


 相変わらず変態が繁殖しているなと頬を引きつらせ、ウィスパーチャットを解除する。

 隣では頭から湯気が出そうなくらい真っ赤になって頬を両手で挟み、うるうると涙目になっているノエル。

 目が合うとびくりと体を震わせて目を彷徨わせるその様はとてもいじらしくて、悪戯を仕掛けたくなってしまう。

 しかしここで甘噛みし返したらリスナーから死人が出かねないし、ノエルも調子に乗りそうなのでひとまずここは、肩に腕を回して抱き寄せる。


「よ、ヨミちゃん……!?」

「寒いんでしょ? 今のボクは魔術で体温上げてるから、こうしてる方が温かいよ」

「そ、そうだけど……」


 ちらちらと周りを気にしだすノエル。

 周囲からはひたすらに温かい視線が向けられているし、中には手を合わせて昇天してそうな変人もいたが、事情を知らなければただ仲のいい幼馴染の女の子同士が寄り添っているだけに見えるし、その通りになってしまっているので何も反応しないでおく。


「ねえシエルくん。あそこでいちゃついてる二人って、本当に付き合ってないんだよね?」

「最近俺も自信がなくなって来た。ゼーレにはどう見える?」

「え? 普通に付き合いたてのあっつあつのカップル」

「俺も二人の仲の良さを見た時は、ゼーレと同じように思ったなあ。最近見慣れてきて何も思わなくなってきたけど」


 ちょっと離れたところで何か話しているのが聞こえるが、聞こえないふりをする。

 それよりも、抱き寄せたはいいがノエルの体温といい匂いのダブルパンチでじわじわと血を吸いたいと言う欲求が滲み出てきてしまい、どうやってこれを解消するのかを考えることが重要だ。

 戦いの前にノエルに負担をかけさせるわけにも行かないので、小さな血液パックをより小さくした十秒チャージ血液パック(新商品)を取り出して、とりあえずはそれで我慢することにした。



 それから数時間。あまりにも王が来ないもんだから緩ーい雰囲気が流れ始める。

 ヘカテーはヨミの方に来て、月に一回限定の寝落ちしてもログアウトしないようにできる設定をしてからヨミの太ももを枕に眠ってしまい、ノエルはヨミに抱き寄せられて寄りかかりながらうとうととしている。

 正直ヨミもノエルの体温で眠くなってしまいこくりこくりと舟を漕ぐ。もしかして計算ミスって今日じゃなくて明日とかじゃないのかという空気が流れ始めた時だった。


「……?」


 鋭くなったヨミの聴覚が、何かを聞き取った。獣人族ワービースト系のプレイヤー、特に聴覚に特化しているタイプの獣人プレイヤーも次々と反応し、立ち上がる。

 周りが少し騒然とし始めたことでヘカテーが目を覚まし、危うく寝落ちしそうだったノエルも寝ぼけ眼でヨミから体を離す。


 ───ォォォォォォォオオオオオオオオオオオ!!!!!!


 現実に住んでいれば必ず聞き覚えがある、ジェット戦闘機が音速を超えて飛ぶときの轟音のようなものが、びりびりとお腹に響く。


「全員、戦闘準備!」


 いち早くアーネストが指示を大声で出し、真っ先に彼のギルドメンバーが反応する。遅れて美琴たち夢想の雷霆、ヨミたち銀月の王座、亡霊の弾丸、剣の乙女、他一般参加のプレイヤーたちがウィンドウを操作して素早く武装する。

 全員の準備が完了したところで急いで山頂まで上がり、クレーターができていたりえぐれていたりする戦場に出る。


 どこからくる、どこにいると待ち構えていると、思わず耳を塞ぎたくなるほどの大轟音を響かせながら巨大な何かが一度通り過ぎていき、数秒もしないうちに墜落するように中央に降り立った。

 もうもうと土煙が上がったが、山頂に吹く強い風で吹き流されて行き姿が見える。


 情報通り、70メートルの巨大をした金色の竜がそこにいた。おおよそのフォルムなゴルドニールと似通っているが、翼はちゃんとドラゴンのものになっており、翼の付け根に大きな突起がある。

 大木のように極太の首と鋭い眼光。一本一本がプレイヤーメイドの最高級品の剣のように鋭い牙と爪。全身に覆われた金色の鱗。

 ただそこにいるだけで、強烈なプレッシャーを叩き着得てくる存在感、威圧感。まさに王と呼ぶにふさわしい怪物、金竜王ゴルドフレイがそこにいた。


「は、はは……。マジかよ……」

「こ、これが、グランドエネミー……」

「こえぇ……」


 余りの大きさに、あまりの威圧感に、一部のプレイヤーが震える。

 ステラはどうなったと振り返ると、親の敵とトラウマを与えた存在がそこにいるからか、憎悪と怒りと恐怖が入り混じった顔でアスカロンの柄に手をかけていたが、震えて動けずにいた。

 この戦いではそこから動かないでくれと何度も釘を刺してあるので、彼女が約束を守ってくれることを信じ前を向く。


 降り立った金色の空の支配者は、じろりと群がるプレイヤーたちを見下ろして、背中の巨大な翼を大きく広げる。


「ギィィィィァァァアアアアアアアアアアアア!!!」


 眷属のものとよく似ている、しかし放たれる硬直効果が段違いの王の咆哮が放たれる。


『ENCOUNT GRAND ENEMY【LORD OF GOLD :GOLDFLY】』


「作戦通りに行こう! 突撃ぃいいいいいいいいいいいいいい!」


 グランドクエストが正式始動した証のウィンドウが表示され、硬直が解けると同時にヨミが音頭を切り、一斉に王に向かって走り出す。

 プレイヤー全員の雄叫びがびりびりと響き、500人のプレイヤーと一体の金竜王との大戦争が幕を開ける。

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