リトルナイト

 女性吸血鬼、ブランに案内されて辿り着いた集落、リトルナイト。

 かつては夜を支配する魔族たちが身を寄せ合っている場所だからと、このような名前になったのだと少し悲しげに語っていた。


「ものの見事に吸血鬼しかいないんだな」

「吸血鬼以外残らなかった、の間違いだ。我々には不死性が備わっているからな、殺された程度では死なん。が、他の魔族はそうはいかん。この不死性は吸血鬼だけのものだからな」

「ヨミもそうだったよな」

「まあね。最近は復活用のストックじゃなくて、ボクの奥の手の連続起動用になってるけど」


 本来の用途は死んでもすぐに体力四割で復活できるという、吸血鬼の高い不死性を再現するためのものだ。

 当初はヨミもその使い方をしてゾンビ戦法を行っていたが、今では強力無比な『血濡れの殺人姫』の連続発動の生贄と成り果てている。

 こんな使い方をしているおかげで、先日のロットヴルム戦では体が腐って倒されストックを消費し、デバフ解除のためにまた消費すると言う無駄遣いをしたため五回しか復活できなかった。


「おい、見ろ」

「ブランの奴、何で人間なんかを……」

「いや、待て。高位吸血鬼と真祖様がいるぞ」

「まさか!? 陛下以外に真祖様が生き残っていたのか!?」


 リトルナイトの中を進んでいると、大人数であることと大部分が人間であることもあって非常に注目を浴びる。

 ヨミとヘカテーはともにただの吸血鬼ではなく、ヘカテーは貴族階級で表すなら侯爵レベルでヨミは言わずもがなだ。

 シエルはレア種族でも何でもないただの魔族なので特に何も言われていないが、他が見事に人間族で形成されているのでそちらへの殺意の向き方が半端じゃない。


「そう言えば、アーネストの種族って人間じゃないでしょ。決勝の時翼生えてたし」

「そうだな。……君の種族をこちらは知っているんだ。教えないのはフェアじゃないな。私は姿形こそ人間族と同じだが、基本五族から逸脱した六つ目の種族みたいなものなんだ。名を神翼族という」

「名前からして聖属性系に超特化してそうだけど」

「その通りだな。MPとHP、STRが高いし私のスタイルに合っていたから選んだが、これがまたぴったりでね。楽しませてもらっているよ」

「ちなみに私も兄さんと同じ神翼族だよ。防御に特化したビルドのはずなのに、君のところのガンナーくんにやられちゃったけど」


 名前からして魔族やアンデッド系、ゴースト系特効な種族だ。

 思い返してみれば、アーネストが使っていたバフはどれも聖や神聖と言った単語が使われていたし、とことんそれに特化しているようだ。


「しっかし、神の翼の種族、ねえ。御大層な名前じゃん」

「設定上は、この世界を作った女神様が人の形を取らせながらその力を自分に近付けた種族、らしい。本気を出した時のあの翼もそういうことだ」

「じゃあ聖属性どころか神聖属性って感じか。ボクよく勝ったな」

「色々と強いから耐久が低いのと、魔族への特効があるけど魔族からも特効があるんだ。あの時君の影の極大魔術、あれ当たってたら即死していたかもな。私と君はお互いに天敵というわけさ」

「じゃあそういう種族値で言えばイーブンだったんだね。よかった」


 ありげなく耐久が低いと言う情報を手に入れたが、そもそもこいつは攻撃全回避するか攻撃全パリィするので、滅多なことじゃ被弾しないガードが固い系だ。

 ヨミが筋力に特化するために耐久を削って紙装甲になっているため、攻撃を見切ってパリィするか回避することに特化しているのと同じ原理だ。


「なんだ、貴様そんな大層な装備を着けておきながら真祖様に負けているのか」

「ヨミが強かったからね。戦い方も上手い。あの時は純粋に彼女の策にハマってしまったんだ。言い訳はしないさ」

「はっ、ノーザンフロストの王子様ともあろう者が情けないな」


 はっきり言おう。空気は最悪だ。

 ただでさえ極寒の地で冷えているのに、ブランが一々棘のある発言をアーネストに向けるものだから、余計に冷え込んでしまう。

 もっと仲良くできればいいのにと思うと同時に、どれだけフリーデンが寛容な場所だったのか、そのありがたみに涙しそうになる。


 ブランのアーネストを見下すような発言に護衛NPCたちがブチギレそうになっているが、イリヤがどうどうと宥めることでどうにかしている。

 今ここで手を出したら、完全アウェーで数的不利なアーネストたちに勝ち目はないと分かっているのか、イリヤに宥められて何もできずにいる護衛たちを、ブランを含め周りを囲んでいる他の吸血鬼たちが嘲笑う。


「ここが陛下のお住まいです。先に報告しに行きますので、少々お待ちを」


 それから数分進むと、リトルナイト内で一番立派な家の前に着く。

 煉瓦を積み上げることでできているそれは、確かな職人技によって作り上げられており、他の家と比べて手間がかかっている。

 ブランがその家の中に入ると、途端に他の吸血鬼たちからの悪意が跳ねあがる。


 武器の柄に手を触れさせる者、杖を構える者、真っ先に王族であるイリヤに視線を向ける者。

 その悪意に気付いた護衛たちがイリヤを守る様に固まり、アーネストもいつでも迎撃できるようにとアロンダイトに手を添えて、ヨミもアーネストたちに加勢できるようにと右手に影のナイフを作り上げる。


「真祖様とそこの高位吸血鬼、そして魔族の男は我らの仲間だ。だが、例え真祖様の仲間なのだとしても人間は好かん」

「ゴルドフレイを討伐するための情報が欲しいと言っておきながら、本当は私たちを滅ぼすつもりなのだろう?」

「過去に人間と共生しようと歩み寄ったこともあった。だが、先にこちらの好意を裏切り女子供を連れ去り、奴隷の身分にして壊したのは貴様ら人間どもだ」

「ノーザンフロストの国王も、アンブロジアズ魔導王国の魔導王も、等しく敵だ」

「私の……私の妻と娘を返せ……!」


 ブランはこの中で、口は悪くても比較的理性的な人物だったのだと知った。それほどまでに、彼らが向ける悪意がすさまじい。

 現実でも、人種の違いや宗教の違いによって戦争が起きた例がいくつもある。魔族と人間の間の確執も、種族が根本的に違うことから来ている。


 アーネストたちに悪意を向けている吸血鬼たちの目には憎悪が宿っており、長年人がこうであったと教えられてきただけでなるものではない。きっと大切な人を奪われた人たちだ。

 一人、誰よりも殺意を漲らせて涙をこぼす男性がおり、左手で首にかけてあるロケットに強く握っている。

 妻と娘を人間に奪われた。殺されたのか連れ去られたのかは分からないが、家族を失ったその傷は果たしてどれくらい前から彼の心を蝕んでいるのだろうか。


「やめんか馬鹿ども! 我らが同胞が連れてきた客人に何たる無礼を働いているんだ!」


 一触即発。誰かが一歩でも動いた瞬間に戦いが始まりそうな雰囲気の中、陛下の家の扉がバァン! と勢いよく開く。そして聞こえる、可愛らしい少女の声。

 思わずそちらを向くと、ヨミとそう変わらないくらい小柄な少女がぷんすかと怒り腕を組んで立っていた。


「陛下、しかし、」

「しかしじゃないわたわけ! ここで王族を殺したら、それこそノーザンフロストが総出でここを潰しに来るぞ!? そうなったら200人もいないこの小さな集落など、一日かからずに潰されるわ! そもそも貴様らじゃそこのいけ好かないハンサムな王子様どころか、そこの妹の王女にすら勝てんわ!」


 陛下と呼ばれた少女が怒鳴ると、途端におとなしくなる吸血鬼たち。

 流石にイリヤにすら勝てないってことはないだろうと思ったが、先ほど魔族からの特効があるが魔族への特効がある神翼族だと言っていたし、イリヤがアーネストと同じように自身の特性を強化できるのであれば、あるいは可能かもしれない。


「全く……。すまんな、ヨミ。ここに居る連中は見ての通り人間、特に王族に対する殺意が高すぎるんだ。お前の仲間に不快な思いをさせたことを、深く謝罪する」

「い、いえ。結果的に戦いにならずに済んだのでお気になさらず」


 陛下と言われているからには、てっきり大人な男性かと思っていたが自分とあまり変わらないくらいの女の子だとは思いもしなかった。

 瓜二つとまでにはいかないが、特徴がかなり似通っているので並べばもしかしたら姉妹と間違われるだろう。だからなのか、ノエルとシズがじっと見つめている。


「申し遅れた。私はここリトルナイトの族長をしており、ナイトレイド最後の国王の娘であるが故か陛下と呼ばれている、エマ・ナイトレイドだ。よろしく頼む」


 エマと名乗る真祖吸血鬼がカーテシーで礼をする。

 彼女の眼には、いくらかの人間に対する不信感があるが殺意の類は一切ない。これなら話ができると期待できた。



「……なんでこうなってるの?」


 十分後。リトルナイトの中央広場にある闘技場のような場所で、ヨミはエマと向き合っていた。


「ブランから話は聞いている。我らが祖国魔王国ナイトレイドを滅ぼした金竜王ゴルドフレイを倒すため、その情報が欲しいのだろう? そしてヨミ、お前は既にアンボルトを倒している。その実力が本物かどうか、確かめさせてもらいたいんだ」

「は、はぁ……」

「もちろん本気でかかってくるんだぞ? 何、心配することはない。ここにはたびたび賊が入ってくるのでな、命のストックは十分にある。殺されたところで死にゃしない」


 そのほとんどが女神の加護を持っているから何度も挑んでくるが、とからからと笑う。

 プレイヤーにこの場所は見つかっているようで、もう何度も襲われては撃退を繰り返しているそうだ。だが命をストックできるという特性上、弱点物質の銀や弱点属性の聖属性以外でキルしたところで復活できる。

 NPCと本気で殺し合いをするのは気が引けるが、戦闘態勢に移行して見えるようになったエマのHPバーの下に『×10』と書いてあるので、とりあえずは大丈夫そうだと『レイヴンウェポン』で大鎌を作り上げる。


「ほう! レイヴンウェポンか! いいないいな! それでこそ張り合いがあると言うものだ」


 エマがヨミの武器を見て目を輝かせてから、彼女も『レイヴンウェポン』で影の特大剣を作り上げる。

 プレイヤーと違ってNPCなのでPvPのようにカウントダウンはなく、いきなり始めることができる。

 なので今のうちに『ブラッドエンハンス』と『フィジカルエンハンス』を重ね掛けしていく。


「───『血濡れの殺人姫ブランディマーダー』!」

「え゛っ!?」


 どう来るのかと様子を窺っていたら、エマが血色に染まる。

 美しい銀髪が血のような赤色に。黒をメインとした厚着から、真っ赤な血のようなドレスに。

 一分間だけその熟練度に応じて強力なバフを得られる、真祖吸血鬼の初期魔術の一つにして奥の手である血濡れの殺人姫が、開幕早々発動される。

 ドンッ! という音を立てて踏み込んで来たエマの攻撃をどうにか回避し、地面に叩きつけられた特大剣が地面を深くえぐり飛ばす。


「嘘でしょ!?」


 今の一撃で分かった。練度は自分よりも上だ。


「『ブラッドイグナイト』、『ブラッディアーマー』、『血濡れの殺人姫』!」


 地面に刺さった影の特大剣をそのまま地面を砕きながら振るってきたので影に潜って逃げた後、『ブラッドイグナイト』を発動させてエンハンスを切り、血の鎧をまとってバフをかけて素早く呪文を唱えてから同じ魔術を発動する。

 血を燃やしているし血の鎧も使ったので効果時間はよくて四十秒程度だろうが、四十秒を十回連続起動できるので効果時間は今は気にしない。


「おぉ! 真祖様にしか使えない魔術だ!」

「吸血鬼が魔族最強と呼ばれる所以である、血濡れの魔術。まさかその使い手同士の戦いが見られるだなんて!」


 外野がうるさくなるが、そっちに意識を割く余裕がないのでシャットアウトする。

 他の魔術で無理やり出力を上げて追い付いているためエマよりも時間が短いので、ストックを消費することで再起動できるにしても、タイミングを合わせないといけない。


 エマは特大剣を右腕一本で軽々と振り回して攻撃してくる。剣術という術理などはそこになく、ただ力任せに叩きつけてくるだけだ。

 それだけなのにここまで厄介に感じるのは、恐ろしく高い練度とその圧倒的なパワーによるものだ。

 下手に受け止めるだけでもダメージが入って来そうなので、接触した瞬間に上手く角度を付けて受け流す。


 何度も彼女の攻撃を受け流し時には回避してやり過ごし、一瞬だけ見つけた隙を強引に突いて自分もすぐに行動できなかったが、めちゃくちゃな剣戟を止めさせる。

 同時にヨミの血濡れの殺人姫が解除されてしまい、元の銀髪に戻る。


「なんだ、私よりも随分と、」

「『ソウルサクリファイス』!」


 解除された瞬間、エマは姿勢を崩してすぐに攻撃には映れない状態だった。ソウルサクリファイスは体勢など関係ない魔術なので、地面を強く踏みながらストックを消費して再起動する。


「なっ!?」


 強制解除されるはずの奥の手が、解除された直後に再起動したことに驚いた様子のエマが体を僅かに硬直させる。

 致命的なその隙を逃すはずもなく、振り上げた大鎌で後ろに弾き飛ばしてから『ソロウラメンテーション』で突進して横薙に斬りかかる。

 流石に反応速度というべきか、足が付くと同時に斬りかかったのに体を後ろに反らすことで回避されるが、この戦技は連撃系。斬り飛ばさなかったという判定となり、踏み込まずにその場で振り下ろす。


 振り下ろされた大鎌をエマは柄を狙って蹴りを放って、ヨミの戦技を中断させる。

 NPCが戦技中断バトルアーツキャンセルを使ってくるのは予想外だったが、エマは無茶な姿勢だったからかそこから離脱して剣を構える。


 硬直が解けたヨミは影の大鎌をしっかりと構え、地面を蹴って接近しながら『ナハトクリンゲ』を繰り出し、エマは両手剣戦技『アバランシュバースト』で突進してくる。

 ヨミが繰り出した前方広範囲の薙ぎ払いに、エマが全力で大剣を振り下ろして撃ち落とす。

 弾かれた瞬間『シャドウプロティアン』で大鎌から片手剣に変形させて、『ヘブンレイズ』の初期位置に切り替えることで硬直を消して連撃を繰り出す。


 戦技使用後は短い硬直があるためそれで仕切り直ししようと企んでいたようだが、連結させることで硬直を帳消しにすることができることは知らなかったようだ。

 逆袈裟に振り上げられた片手剣の攻撃を、ギリギリで硬直から解けたことで後ろに下がって回避できたが、持っている武器が大きいためバランスを崩してしまう。

 すかさず『ヴァーチカルフォール』を使い、真垂直の強烈な斬り下ろしを繰り出し、エマがそれを大剣を盾にすることで受け止める。


「ぐ、ぅ……!」


 防がれてしまい戦技が終了し、一瞬だけ硬直するがすぐに解け、素早く剣を弓引くように構えて、『ヴォーパルブラスト』で突きを繰り出す。

 顔を横に倒して回避されるがそのまま突進して、戦技が中断されない範囲で左手を動かしてエマの胸元を掴み、体当たりして押し倒す。

 バランスを崩して倒れたので硬直に襲われるが、すぐに回復してエマのお腹の上に馬乗りになり、左手で胸元を押さえつけながら右手の影の片手剣を素早くナイフに変えて、眼前に着き付ける。


「ボクの勝ち、だね」

「ず、随分強引に……。私がこの剣を下ろすのが早ければ、負けていたのはお前だぞ」


 負けたことを素直に認めたエマが影の大剣を消したので、ヨミもナイフを消して彼女の上から降りる。

 先に立ちあがったヨミが手を差し伸べると、ふっと口元に弧を描きながら手を取って立ち上がる。


「勝負を挑んだはいいが、やはり竜王討伐者。手も足も出なかったな。何なら本気も出していなかっただろう?」

「そんなこともないですよ。結構焦ってましたし、攻撃が思ったよりも重かったのでこっちもちゃんと対処しないといけませんでしたから」

「上手いことを言う。あぁ、それと敬語はいい。歳は違うだろうが、同じ真祖。血族なんだ。気軽にエマと呼んでくれたまえ」


 ふふん、と自分の胸に手を当てちょっと自慢気に言うエマ。

 見た目年齢が一緒でも実年齢が違うことはファンタジーではお約束なので、彼女の年齢は知らないが確実に上だろう。

 だが同じくらいの少女の見た目をしている子に敬語を使うのもなんだか変なので、彼女の申し出を受け入れる。


「分かったよ、エマ。よろしく」

「あぁ、よろしく頼むぞ、ヨミお姉様・・・?」

「お、お姉様……?」


 なぜ、と彼女の顔を見ると、なぜかちょっぴり頬を赤くしながら上目遣いで、しかしちょっと小生意気な表情をしていた。

 なるほど、これがいわゆるメスガキと言うものか、これは確かに刺さる人には刺さるだろうなと変なことを考えながら、右隣に移動してきたエマに腕に抱き着かれて一緒に闘技場から出た。

 もしかしたら、先ほど押し倒して馬乗りになった時に変な扉を開けてしまったのかもしれないと、先ほどの自分の行動を反省した。


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