見知らぬ同族へ会いに
翌日、アーネストが早速ノーザンフロスト王国の国王と掛け合って飛空艇を貸し出してもらい、エヴァーグリーン丘陵まで迎えに来てもらった。
ダークガーディアンビーストが邪魔になりそうだったので、雷王怨嗟のブレス攻撃とノエルのフルスイングでぶちのめして安全を確保し、着陸した飛空艇に乗り込んだ。
「わぁ……! ヨミちゃん見て!」
「わ、すっご……。上から見るとこんな景色なんだ」
飛空艇に乗り込んだノエルは目を輝かせてテンションを上げ、ヨミもノエルほどではないが気分が高揚していた。
あまり高い場所を飛びすぎると、下手したらゴルドフレイに撃墜されそうなのでそこまで高い高度ではないが、その分速度はかなりある。
また竜神や竜王以外にもドラゴン系のエネミーはいるので、それらから姿を隠すための光学迷彩魔術も併用し、飛空艇は外からは見えなくなっている。
「気に入ってくれたかな?」
「とっても! ありがとうアーネストくん!」
「使える権力は使える時にしっかり使うタイプなんだね」
「本来はこんな簡単に許可は下りないさ。ただ今回は特例措置だからね」
ちらりとアーネストが横に目を向ける。ヨミもそちらに顔を動かさずに目を向けると、がちがちに武装した兵士が睨みを利かせている。
魔族と人間族の確執は深い。ノーザンフロスト王国内ではそれが特に顕著なようで、NPCから魔族系プレイヤーに対する好感度の初期値はかなり低いし、それでいて上げづらいそうだ。
彼らにとってアーネストは自国の王族で、ヨミは敵対していた魔王国の王族の末裔。本当ならすぐにでも処分してしまいたいが、アーネストが自ら招待したこととヨミという存在が竜王討伐の鍵になるため、何もできないのでせめて威圧してやろうと睨んでいる様子だ。
「……はあ。比較的理性的な奴を選んだつもりなんだが、それでもこれか。反魔族の奴だったらどうなっていることやら」
「多分純銀製の十字架を持って、それを掲げて聖属性魔術でも撃ってくるんじゃない?」
「もしそんなことして来たら私が殴るから」
「ノエルがやったら洒落にならないからやめなさい。どうせそこのプリンス様が守ってくれるでしょ」
「プリンス呼びはやめてくれ。柄じゃないんだ」
「うん、顔はまさに王子様なんだけど中身を知っていると笑いそうなくらいに合わない」
「いっそ笑ってくれたって構わないぞ?」
「はは、ウケる」
ボクはアーネストと親しい友人ですよというアピールのつもりでのやり取りだったが、わざとらしい笑いをすると殺意が飛んできたので頬を引きつらせる。
「はいはい、魔族が憎いからって兄さんの客人に殺気を飛ばさない」
「イリヤ様、しかし……」
「もしあの真祖吸血鬼が何かするようだったら、兄さんが親しくするわけないでしょ。戦闘狂で困ることは多いけど、人を見る目は確かだから」
どうしようかと困っていると、金髪の少女が入って来た。顔立ちはアーネストとどことなく似ており、立ち居振る舞いや気品がまさにお姫様といった感じだ。
先日のロットヴルム戦でジンと共に前衛でタンクをしてくれた、グローリア・ブレイズのサブマスターでアーネストの実妹のイリヤだ。
彼女もアーネスト同様ノーザンフロストの王族になっているので、FDO内では名実ともにお姫様だ。
「ごめんなさいね、ヨミちゃん」
「気にしてないよ、イリヤ。フリーデンの人たちが優しすぎるだけだって分かってたし」
「本当、あそこの人たちっていい人だらけで温かいよね。ヨミちゃんは真祖吸血鬼だけど、おとぎ話で恐れられてるのとは別人だし、ヨミちゃん自身が何か悪いことをしたわけじゃないって分かってる」
「イリヤ、友人に殺意を向けられたからって言葉のナイフを突きつけるのはやめなさい」
「だって私のお友達のことを悪く思っているんだもの。こっちの気だって悪くなるよ」
フリーデンに来てからイリヤとは仲良くなれて、もう既に敬語なしで会話できて名前呼びもできる。
いきなり距離を詰めて来たなと思ったが、その内ノーザンフロストに招待するつもりだったのだと思えば、あの急速な距離の詰め方にも納得がいくし、そのおかげで護衛NPCを黙らせることもできた。
ヨミに近付いてきてぎゅーっと抱きしめると、そのまま殺意を向けて来たNPCの方を向くイリヤ。
「いい? この子は既に竜王を一体下している実力者。一対一での戦闘能力は兄さんと互角だし、今回倒そうと計画しているゴルドフレイの情報を持っている可能性がある、魔王国の生き残りと交渉できるかもしれない重要な鍵なの。魔族だからって差別する時代は竜王が世の支配者になった頃に終わっているの。これ以上この子に不快な思いをさせるのなら、帰国後すぐに私の護衛を外れてもらうから」
「っ……かしこまりました……。申し訳ありません、ヨミ殿……」
頭を下げることが結構不服そうだが、彼はイリヤのことを敬愛しているようで、その護衛から外れるのが嫌なのか渋々と言った様子で謝罪した。
しかしイリヤは友人に嫌な思いをさせたのが嫌だったようで、護衛というなら最強格のアーネストもいるのだから部屋から出ていてと追い出してしまった。
その際の悲壮感たっぷりな顔は、悪いとは思うがちょっと面白かった。
♢
数時間空の旅を楽しんでいると、目的地に着いたのか高度がゆっくりと下がっていった。
着陸して外に出られるようになったので早速外に出て、ちょっと後悔した。
「さっむ!!」
「そりゃ北国だからなここ。防寒具持ってきてないのか」
「ここまで寒いと思わないじゃん!? ふぁ……ぷしゅんっ!」
外に出ると、雪景色なのだから当然寒く体を震わせる。
ノエルもヘカテーも体を震わせているが、途中で気付いたシエルとジン、ゼーレ、シズは自前でいつの間にか用意していた防寒具を着こんでいた。
寒すぎると極寒ゲージが溜まっていって最終的にじわじわダメージを受けるようになるっぽいので、これはいかんと血流を上げる『ブラッドエンハンス』で無理やり温かくなろうとする。
血流が上がったので体温も上がったが、それでもまだまだ寒い。
「全く、名前からして北国って分かるんだから用意しときなさいよ」
見かねたイリヤが防寒具を貸してくれた。とてもぬくい。ぬくいのだが、デザインがちょっと可愛らしすぎる。
恥ずかしいのだがこれを脱ぐと寒いので、我慢してこのままでいることにする。妙にジャストサイズであることは、今この場では不問にする。
耳も首元も寒いので、フードを被って完全防寒体勢になる。それでもまだちょっと寒いので、発動させた『ブラッドエンハンス』はそのままにしておく。
MPの自然回復量と速度を増やし続けたおかげで、遂に初期魔術の消費MPを自然回復量が上回った。なのでこの魔術だけはずっと使い続けることができるようになった。
「こっちだ」
念のためと武装したアーネストが先頭を歩き案内してくれる。護衛NPCが王子殿下は後ろに下がってくださいと言っていたが、強さ的にも先頭を歩くのは自分のほうがいいと譲らなかった。
「この辺ってエネミーがめちゃくちゃ強いから、兄さんを含めたうちのギルドの戦闘狂がよく鍛錬に使ってるのよね」
「あぁ、それで……」
護衛を先に行かせると自分が戦えなくなってしまうから、それを防ぐためだった。どこまでも戦闘狂だが、その気持ちはなんとなく分かる。
魔王国ナイトレイドの生き残りは降りた場所から三十分ほど進んだ森の中にあるそうで、十分注意して進んだほうがいいと言われた。
魔族系NPCは人間族に対する憎悪が、人間族が魔族に向けるものと大差ない。それがノーザンフロストの人間であればより酷くなるそうなので、護衛NPCが十人近くいるこの状態は魔族にとって面白くない。
ヨミという真祖とヘカテーという高位吸血鬼がいるので、下手に広範囲攻撃をしかけてこないだろうが、それでも十分注意したほうが身のためなのだと言う。
その証拠なのか、最初はイリヤと親しくしてアーネストとも普通に会話するたびに睨みつけて来たNPCたちだが、森を進むにつれて敵意がヨミではなく周囲に向き始めた。
一人は怯えているのか、ちょっとした物音にも小さな悲鳴を上げていた。
「……ヨミ」
「うん、いるね。二十人くらいかな」
森を進んでから二十分ほどが過ぎた頃、先頭を進むアーネストのおかげでエネミーとの戦闘をせずに済んでおり、アイテムの消費もない。
これだけ強いエネミーがたくさんいる中で何事もないかのように瞬殺していくアーネストが化け物に見えてくるが、今はそれよりも周囲に潜んでいる者の方が重要だ。
結構な数の人物が潜んでおり、ざっと感じ取れたのは二十人ほど。隠密系スキルを使って完全に気配を断たれている場合、もっと増えるだろう。
「全員止まれ」
先を進んでいたアーネストが立ち止まり、後方にも止まるように指示を出す。
剣呑な雰囲気をまとい始めたのを護衛たちが感じ取ったのか、素早く前に出ようとするがアーネストがじろりと目を向けるだけで止める。
そのすぐ後に、ヨミたち一行を魔族NPCが囲むように姿を見せる。
全員武器を持っており、敵意をむき出しにしている。特に人間族に対して向ける敵意はすさまじく、ずっと怯えていたNPCは腰を抜かしてへたり込んでしまった。
「何用だ、人間。ここより先は我らが領地だ。土足で踏み入ることは許さぬぞ」
あんなんで王族の護衛が務まるのかと呆れていると、特大剣を持った白髪の吸血鬼の女性が前に出て、怒りのこもった声で訪ねてくる。
ああしてまずは言葉を使ってくるあたり、敵意はあるが下手な戦闘はしたくないようだ。
「諸君らナイトレイドの生き残りに、伺いたいことがある」
「そうか。だが我らには貴様らと話すことなどない」
「そう言わないでくれ。私たちは今、ゴルドフレイを追っているんだ。奴がどこにいるのか、どのような攻撃手段を有しているのか。私たちには奴に関する情報がない。……諸君らにとって辛い記憶かもしれないが、どうか私たちに手を貸してはくれないか」
すぐに敵意はこちらにはないとアーネストが武装解除し、アロンダイトを吸血鬼たちに向かって投げる。
イリヤもすぐに護衛たちに武器を地面に置くように指示を出し、彼女も前に出て盾を投げる。
「……この程度で、貴様らを信用することなどできない。お前も知っているだろう、ノーザンフロストの王子様。かつて貴様らが我々魔族にしてきた、数々の悪逆非道の行為を。男は殺され、女子供は連れ去られた。今なお、行方が分かっていない女子供もいる」
「それはこちらも同じことさ。私はまだ十七年程度しか生きていないから記録でしか知らないが、こちらがしたことをそちらもしている。お互い様だ」
「減らず口を……!」
ボゥッ! と女性吸血鬼の体から血の霧が上がり、地面を踏み砕いてアーネストに向かって踏み出す。
武装を解除しているアーネストは、しかし一歩も動かないでいた。代わりに、ヨミが前に躍り出て『レイヴンウェポン』で漆黒のロングソードを作り、振り下ろされた特大剣を受け流す。
「邪魔をする、な……」
思った以上に力が強く、その衝撃で足元の雪が吹っ飛び被っていたフードが外れる。
エルフのように尖った耳と長い銀髪と血のように赤い瞳が晒され、それを見た吸血鬼が驚いたように目を丸くする。
吸血鬼で銀髪紅眼は、真祖の証。真祖吸血鬼は言い換えれば魔族の王族だ。
「ボクからも、お願いします。ボクたちに、ゴルドフレイの情報を教えてください」
ヨミも敵対する意思はないと影武器を放棄する。アーネストの言う通りヨミたちには情報がなさすぎるので、国を滅ぼされてなおこうして多くが生き延びている吸血鬼たちから情報を入手したいのだ。
教えてほしいと懇願する一方で、吸血鬼たちはどういうことなんだと狼狽えている。銀髪の吸血鬼は、アーネストからの情報だと一人しか存在していない。
たった一人しかいないと思われていた純血な真祖吸血鬼が、もう一人現れた。突然のことに混乱しているようだ。
「……総員、武器を下げろ。あの影の武器、この美しい銀髪に赤い瞳。この方は、紛れもなく真祖様の末裔だ」
どういうことなのだと尋ねるような目をアーネストに向けた後、女性吸血鬼は特大剣を背中の金具に引っかけて武器を納める。
他の吸血鬼たちも困惑しながらも武器を納め、戦闘状態が解除される。
「言っておくが、貴様ら人間には謝らないからな」
「構わないさ。だがこちらも、ただ話をしたいだけだと言ったことは信じてもらえたかな?」
「ふんっ。……先ほどは失礼しました、真祖様。気付かなかったとはいえ、あなた様に武器をお向けしたことをお許しください」
「き、気にしないでください。ボクら魔族と人間族の間の確執は理解しているので」
「寛大なお心に感謝します。集落にご案内しますので、付いてきてください」
「あの、全員連れて行っていいですか? せめて、ボクの友人の八人だけでも。人が嫌いなのは承知ですけど、八人の友達はゴルドフレイと倒すために準備をしているので」
「あなた様がおっしゃるのであれば。……おい、人間。真祖様に感謝するんだな」
つくづく人間族とは仲良くできないんだなと苦笑して、先を歩いて行った女性吸血鬼の後を追いかける。
道中言葉はなく、息遣いと雪を踏む音だけが鼓膜を震わせた。
雰囲気も最悪寄りだし、どうしたものかと考えるがヨミ一人の言葉で簡単に関係改善なんてできないのを分かっているので、何も言えずに十分ほど進んだ。
広く開けた場所に出て、そこには吸血鬼たちが身を寄せ合って集落を形成しており、生活を営んでいた。
「ようこそ、私たちの第二の故郷、リトルナイトへ」
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