放課後の青春

 五時間目の体育……は日差しがやや強く頑張ってみんなと一緒に参加していたが、途中で眩暈がし始めたのであえなく見学することになった。

 本当に難儀な体質になったものだと日傘を片手にベンチに腰を掛け、みんなが頑張っている陸上競技を眺めていた。

 六時間目の数学は、体を動かした後でのえるが睡魔に負けそうになっていたが、席が離れているため助けてあげることもできず、先生から丸めた紙で頭をぽんと叩かれていた。


 こうして今日一日の学業を終え、放課後。校門前で美琴が華奈樹と美桜と一緒に並んで待ってくれていた。


「すみません、お待たせしました」

「いいの、気にしないで。私たちもちょっと前に来たばかりだから」

「こうして見ると、詩乃さんって本当にお嬢様っぽく見えますね」

「お嬢様というか、深窓のご令嬢というか」

「男子たちから病弱な女の子って認識されてるからねー」

「病弱ではないんですけどね……」


 ただ日光に弱いだけなのだ。吸血鬼だから。

 吸血鬼だから日光に弱いんです、なんて絶対に言えないのでただ苦笑して誤魔化すしかできない。


「ところで、ノエルちゃんの弟くんは?」

「女子だらけのところに男一人は勘弁してほしい、だそうです」

「似たようなことを言ったのが一人いますね」

「え、美琴さん男子を一人誘おうとしたんですか?」


 思わず正気か? という目を向けてしまう。

 美琴は男子の間で絶大な人気を誇る。理由は単純にして明快。美人で背が高くてスタイル抜群なモデルさんだから。

 男子の気持ちも分からなくはないが、あまりのも単純すぎるその理由に男子ってアホなんだなと思わず思ってしまったくらいだ。

 ちなみにのえるも、美琴ほど背は高くないがスタイルは確実に美琴以上なので、ほぼ同じ理由で男子人気を得ている。やはりアホなのかもしれない。思春期男子の性欲のエグさはよく分かっているが。


「もう一人幼馴染がここに通っててね。その子が男の子なんだけど、学校じゃ滅多に会話してくれないのよね」

「それは……まあ妥当じゃないですか?」

「やっぱり詩乃もそう思う? 私としては、学校内で遠慮なしに美琴があいつに話しかけに行くたびに、周りの男子があいつにすごい視線を向けるのが面白いんだけど」

「美桜はそろそろ、人が大変な思いをしているのに面白がるその性格を改めたほうがいいですよ」

「これが私なんだから、今更変えられないってば。華奈樹だって、なんだかんだで面白がってるじゃん」

「それはあの子だからです」


 一体誰のことなのだろうかと思ったが、最近クラスの女子が二年の先輩にめちゃくちゃ背が高いイケメンがいると騒いでいるのを聞いたので、恐らくその人だろうと推測する。


「女子だけだからボディーガードとして連れて行こうと思ったんだけどな」

「私たちの安全は確保できるけど、あいつの次の日の学校内での安全は犠牲になるけどね」

「美琴さんの人気ってどんな具合なんですか」

「隣のクラスにいるマネージャーが面白半分でファンクラブ作ったら、結構な数の男子が加入するくらい?」


 ファンクラブなんてものがあるのかと呆れると、まさかと思いのえるに目で問いかけてみる。

 詩乃はとっくに、配信者ヨミであることはバレている。キャラクリを面倒だからとリアルそのままにやってしまった弊害だ。

 もうすぐ百万に届きそうな勢いなのだ。学校の中にファンがいて、それが筆頭に何か変なものを作っていてもおかしくない。

 そう思ってのえるにアイコンタクトをしたが、ふるふると頭を振って否定したのでとりあえずは安心する。


「第一、私たち全員武術やってるし大人の男の人に何かされても平気じゃない?」

「まあ、切り抜けるくらいは余裕ですけど」

「そうはいかない一般人がいるから、やっぱり男避けは必須かもね。もう手遅れだけど」

「ボクこんなですけど、一応護身術とかできますよ?」


 真っ赤な嘘である。吸血鬼なので体が小柄でも大人の男性程度なら一撃で沈められる程度の怪力があるので、いざとなれば腹パンでどうにかするだけだ。

 いつまでも校門前で駄弁っているわけにも行かないので、全員でぞろぞろと街に繰り出す。

 帰りが遅くなるかもしれないと詩月を始めに詩音と正宗にメッセージを送っておく。詩月は友人と帰りにちょっとスイーツ巡りをするつもりのようでその旨の返信をし、詩音と正宗の親バカコンビは帰りは迎えに行こうかと返事してきたが、いらないと一言送り返してやった。



「まさかここにいるとは思わないじゃん」

「あはは、これも運命なんだねー」

「姉妹で運命とか何言ってんのさ」


 美琴の言っていた、美味しいクレープを販売しているキッチンカーがある公園に足を運ぶと、丁度そこに詩月が友達の女子三人と一緒にやって来た。

 聞けば詩月もここのところ美味しいと女子中高生の間で評判のクレープ屋が気になっていたらしく、放課後は友達と一緒に行こうと約束していたそうだ。


「ね、ねえシズちゃん。この人が……?」

「そうだよ、私のお姉ちゃん。どうどう? 綺麗でしょ」


 自慢気な笑みを浮かべながら日傘の中に入り込んできて、ぎゅっと抱き着く。


「ちょっと、暑いからやめて。っていうか体育あったから」

「えー? 別に汗臭くなんてないよ?」

「匂いを嗅ぐなバカ」


 すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅いできたので、ぽこんと脳天に軽く鉄槌を落とす。


「写真で見せてもらったけど、リアルで見るともっと綺麗……」

「お肌も白いし髪の毛もさらさらで……羨ましいなぁ」

「あ、あの、シズちゃんから聞いてますけど、ヨミさん、なんです、よね?」

「うん、そうだよ」


 ちょっと大人しそうな黒髪ボブヘアーの女の子が、少し緊張した様子で聞いてきた。

 きらきらと目を輝かせているので否定もできずに肯定すると、ぱっと顔を明るくする。


「お姉ちゃんはねー。どうせ銀髪なんてリアルにいないんだしこのままでいこうと思ったんだろうね。銀髪だからこそ死ぬほど目立つのに」

「キャラクリめんどかったんだよ。早くゲームやりたかったし」

「その結果が速攻リアルバレなんだけど?」

「そうだよ詩乃ちゃん。私でもしっかりとキャラクリしたんだから」

「うっ……。で、でも美琴さんはそのままだし……」

「私はモデルやってるから今更って感じだからかな」

「ま、まあ私も特にいじらずに始めた口ですので、詩乃さんだけじゃありませんよ」


 華奈樹が苦笑しながらフォローしてくれる。

 てっきり、美琴も結構なぽんこつだと言う情報を手に入れていたのでこっち側だと思っていたのに、自分の姿が見られることになれているからそのままだったとは思わなかった。

 華奈樹はゲーム初心者だったということもあってリアルの顔でやってしまったのは、入学式の時に美琴と会話した時に教えられている。


「そう言えば、シズがクラス中にボクの写真見せて回ってたって本人から聞いたんだけど」

「お姉ちゃん、そこまで言ってない」

「クラス中って程じゃないですけど、色んなクラスメイトには見せてました。男子が結構な数落ちてましたよ」

「未だにシズちゃんに、お姉さんを紹介してくれって頼んでくる男子いるよね。ほんと、男子って単純」

「それだけ詩乃ちゃんが魅力的ってことだもんねー」

「だから、ボクよりものえるの方が……っていうか抱き着くな! 暑いし体育で汗かいたから!」


 ぎゅーっと抱き着いてきたのえるを振り払うと、のえると詩月がにまーっとちょっと気持ち悪い笑みを浮かべて来た。


「……何その笑み」

「いやー?」

「べっつにぃー?」

「「ねー?」」

「気になるってぇ!?」


 にやにやと笑みを浮かべながら示し合わせたように、二人の間で言葉のないコミュニケーションが成立する。

 一体何なのだと聞き出したいが、ただにやにや笑っているだけなのできっと答えてくれないだろう。


 もう二人から聞き出すことは諦めて、さっさとクレープを買おうとキッチンカーに足を運ぶ。

 どれにしようかなとメニューを眺め、いちごとブルーベリーのミックスベリーでいいかとそれを注文する。


「詩乃ちゃんベリー系好きだよね」

「そう? ボクがFDO始めたばかりの頃にのえると出かけた時は、チョコバナナだったと思うけど。あの時はのえるがミックスベリークレープ注文してたじゃん」

「でもリオンさんたちをフリーデンに案内する前日にミックスベリークレープ食べてたじゃん」

「そう言えばそう……のえる、あの時一口結構大きかったから何か驕ってって言った気がするけど」

「ありゃ、覚えてた? でもでも、ゲームの中でのことだから驕るのはゲームの中ということで」

「そりゃそうだよね。もうお金払っちゃったし」


 丁度このタイミングでクレープが完成し、渡してもらう。包み紙に包まったそれを受け取り、生地が焼き立てなのでほんのりと温かい。


「美味しそう……」

「むっ。一口欲しいなら今度はボクの方が先にのえるの一口貰うけど」

「いいの? すみません、私はこのキウイをお願いします」

「すっごい気になるの注文したじゃん」


 キウイの甘酸っぱさと生地とクリームのほのかな甘さ。これらが合わさって、美味しくないはずがない。

 ちょっと楽しみだがまずは自分が注文したものだと、公園内にある屋根付きベンチに腰を掛けて日傘を畳んでから小さな口で自分のクレープを齧る。

 ほんのりとした控えめな甘さの生クリームに、ブルーベリーとストロベリーの甘酸っぱさが見事にマッチしており、非常に美味しい。

 まだクレープ作りには挑戦したことがなかったので、今度の休日に久々にスイーツ制作でもしようかと考える。


「ミルクレープもありかも」

「詩乃ちゃんもお菓子作りとかするの?」


 一足先にクレープを味わっていると、美琴がやって来た。


「最近ちょっとやってませんけど、結構たくさん。ケーキとかよく作ってました。美琴さんも料理とかするんですか?」

「うちはほら、両親揃って社長やってて中々家に帰ってこないから一人でやるしかないと言うか」

「あー……。マジもんの社長令嬢ですもんね、美琴さん」


 いい意味でそんな雰囲気を感じず、ルックスは飛びぬけていいがその辺にいる普通の女子高生みたいな感じだ。

 仕草の端々に上品さが滲み出ているのでよく見ていればいいところのお嬢様なのだと分かるが、本当に普通の女子高生として青春を全力謳歌している。


「RE社って確か、元は電機会社ですよね? どうして急にゲーム産業に参戦したんですか?」


 RE社の正式名称は、『RAIDEN ELECTRO株式会社 CORPORATION雷電電機』である。

 名前の通り元は大手電機会社で、ゲームの開発などは行っていなかった。それがある日急にゲーム業界にも参戦して、一流のプログラマーを好待遇で雇い入れて数年の開発期間を経て、FDOをリリースするに至った。

 最初はあの電機会社とは言えゲームは無理だろうと思われていたそうだが、すぐに神ゲー認定をゲーマーから受けて一気に大反響を呼んで今に至る。


「お父さん曰く、やってみたかったからだって。フルダイブ型VR技術が確立してからゲームがより一層身近になったから、自分の会社で作ったゲーム機と一緒に自分の会社でゲームを作ったらすごい利益出るんじゃないかって思って実行したみたい」

「その結果がこの大成功ですか」

「お父さんもこれは予想外だってさ。嬉しい悲鳴がいつも聞こえるって言ってた」


 世界中でも好評のFDO。あまりにもリアルすぎるため、実はパラレルワールドに渡る技術を確立させて、ナーヴコネクトデバイスとヘッドギアを使ってそこに意識を飛ばしているのではないか、という突拍子もない説を唱えている人もいる。


「チーター対策が気持ち悪いくらいされてるって言いますけど、あれってどうしてあそこまでガチってるんですか?」

「βテストをやってほしいって私にお願いしてね。その時はあまりゲームに興味なかったけど、お給料出すからってことで渋々やったの。そしたらめちゃくちゃリアルだし自由度高いしで楽しくなっちゃって。きちんとモデルのお仕事と勉強と両立して成績落ちないように遊びつくしてたんだけど、その時にチーターにあっちゃってね」


 せっかく美琴が楽しんでいるところを水を差すようにチーターが現れ、不快な思いをしてしまったそうだ。

 そのことを父親に話したら速攻でそのチーターを特定してBANし、そこから周りが引くレベルの執念でガッチガチにチーター対策をしたそうだ。

 要するに、美琴の父親もただの親バカだと言うことだ。ゲームの運営的にもチートが使えないようにプログラミングするのは当然だが、それが娘が快適に遊べるようにするためなのが中々に面白い。


「お待たせしました、美琴。リンゴでよかったんですよね」

「ありがとう、華奈樹」


 美琴と話していると、いつの間にか右隣にのえるが座ってキウイのクレープをもぐもぐと食べており、華奈樹が美琴の分のクレープを持ってベンチまで来た。

 美桜と詩月、その友人たちもぞろぞろと屋根付きベンチにやってきて、みんなでわいわい会話を楽しみながらスイーツに舌鼓を打った。


===

作者が勝手にやってる『勝手にQ&Aコーナー』


Q.美琴ちゃんのお母さんも社長ってあるけど、何の会社?


A.I&Mっていうアパレル、ランジェリー、化粧品、芸能事務所を統合している会社の社長。自社製品をモデルに着させることで売り上げ向上を狙ったらデカくなっちゃった。美琴ちゃんもこの事務所に所属していて、結構な売れっ子モデル。ちなみにI&Mは『I Love Mikoto』の頭文字を取って真ん中のLを&に変えただけ。愛娘への溢れ出る思いをそのまま会社名にしちゃった親バカ

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