王への挑戦権。お姫様の願い

 ゴルドニールとの戦いを終え、フリーデンの防衛に成功したヨミたち。

 町への被害はなかったが、森の被害が中々に酷いためマーリンはその修復に森に出張っている。

 物を修復する魔術の言うものがあり、その極大魔術は時間の巻き戻しに近い効果を発揮するのでそれで森を直してくるそうだ。被害が広いので全てを完璧に直すことはできないとも言われたが。


 一方でヨミはというと、意識を失い呼吸の浅いステラの側につきっきりになって看病している。

 ゴルドニールの奥の手である隕石落下攻撃。人数が少なかったことと火力が足りていなかった言うのもあり、ヨミたちだけであれを破壊することはできなかった。

 もしあの時にステラが来ていなかったら、あそこで全員押し潰されるか追突の衝撃で即死していただろう。


 彼女が意識を失った理由としては、極度の恐怖と緊張からの解放と、一気に魔力を使いすぎたことによる弊害だそうだ。

 プレイヤーと違ってMP残量が直接人体に影響があるこの世界の住人であるため、あまり一気に消費してしまうとこのように意識を失ってしまうらしい。

 マーリンも極大魔術を連発していたので大丈夫なのかと思ったが、120年以上も生きていてひたすら魔術研究に魔術鍛錬を続けたおかげで、極大魔術を100発撃ってもへっちゃららしい。流石は某騎士王伝説の魔術師と同名の王様だ。


「ほんと、無茶するよ」


 しっかりとアスカロンヴェルトの形見を掴んで離さないステラの顔にかかった髪を、そっと指ですくって払い苦笑するヨミ。

 色々と言いたいことはある。あんな無茶をしてまで出てくる必要はなかったし、もしあれで死んでいたらどうするつもりだったのかと問い詰めたいが、真っ先にすべきことは感謝することだ。

 ステラが固有戦技を使ってくれなければあそこで全滅していた。それはあの場にいた全員が認めている。

 だが、あの場にいきなり来たことに関しては満場一致で、ちょっとご立腹だ。

 来ると分かっていればそうはならなかったが、少なくともあの瞬間までステラは王関連に怯える少女であったし、そもそもお肉が付いてきて健康的になりつつあってもまだ戦えるような状態じゃなかったのだ。


「ヨミちゃん、ステラさんはどう?」


 一度席を外そうとしたら、夢でも見ているのか左手でヨミの服の裾を掴んで引っ張ってきたので、仕方がないと浮かしかけた腰を椅子に戻すと、ノエルが部屋に入ってくる。

 顔を見るとやはり心配そうな顔をしており、マーリンからただ魔力がなくなっただけだと教えられても不安な様子だ。


「今はぐっすり眠ってるね。魔力がある程度回復して来れば目を覚ますって」

「そっか……。本当、無茶したね、この子」

「金竜王とそれに連なるものは強烈なトラウマだろうに、ほんとに無茶したよ。でも、怖くて仕方がないのにステラさんは立ち向かった。あんな場所にいきなり来たことは褒められたことじゃないけど、恐怖に立ち向かって逃げなかったこと、ボクたちを助けてくれたことは素直に褒めてあげないとね」

「そうだね。でもちゃんとお仕置きもしてあげないとね」

「お姫様だし、ゴスロリファッションショーとかじゃダメージはないと思うけど」

「ステラさん辛いのダメみたいだから、レッドホットスパイスティック一本あげようかなって」

「鬼畜か己は」


 お姫様になんてもん食べさせようとしているんだと、正気を疑う目を向ける。


「じゃあヨミちゃんは何か思いつく?」

「……」


 当然なにも思いつかないので、そっと目を逸らす。

 ほら見ろとにまーっと笑みを浮かべると、ノエルはウィスパーチャットに切り替えて来た。


「まだ根っこの部分で男の子の部分が残ってるから、あまり思いつかないでしょ。えっちな命令もできないしするつもりもないだろうけど」

「女の子にそんなことできないよ」

「詩乃ちゃんは優しいもんねー」

「ゲームの中で本名禁止」

「私は本名だよ?」

「ノエルは別でしょーが」


 全く、この幼馴染はと嘆息すると、ステラが身動ぎしてからゆっくりと瞼を開く。

 ステラと会話できるように、ウィスパーチャットを切って全体チャットに切り替える。


「……ヨミ様?」

「やっと起きた。大丈夫? 具合は……魔力があまり残ってないから悪いに決まってるよね」

「ここは……ギルドハウスの客室、ですか」

「そうだよ。ステラさんのおかげで、ボクらはゴルドニールに勝った。あの時君が来てくれなかったら、あの場所で全滅してた。だから、それに関しては感謝してるよ。ありがとう」


 意識を取り戻したステラに、真っ先に感謝の意を述べる。これは紛れもない事実で本音だ。


「とはいえ、まともに戦えるような体じゃないのにいきなりやってきたことは褒められないね」

「うっ……」

「お姫様だから、とか、王族だから、とか。そう言うのは関係ない。ステラさんはステラさんなんだし、せっかく生かしてもらった命を捨てるようなことはしないでほしいね」

「申し訳ありません……」


 しゅん、と目を伏せるステラ。自分でもあの行動は本当はよくないと分かっているようで、反省している。


「ヨミ様のお怒りもごもっともです。いかなる罰も受け入れます」

「……じゃあ、目を閉じて」

「っ、は、はいっ」


 何を勘違いしたのか、ぽっと頬を赤くしてきゅっと唇を結びながら目を閉じる。

 今のは自分の言い方がよくなかったなと反省して、右手を上げて中指を親指に引っかけてぐっと力を入れて、額の真ん中に解き放った中指をぱちんっ、と当てる。


「みゃぅ!?」


 デコピンされたステラは奇妙な声を上げて、左手で弾かれた額を抑える。


「はい、ボクからのお仕置きおしまい」

「え……」

「な、何を勘違いしたのか知らないけど、目を閉じてはそういう意味じゃないからね。流石に出会って間もない女の子にそんなことできないしするつもりもないし、罰だからってするわけにも行かないから」

「そ、そそそ、そうですよ、ねっ。あ、あはは……」


 盛大な勘違いをしていたと耳まで真っ赤に染まったステラは、掛布団で顔を隠す。


「……これで、皆様は金竜王への正式な挑戦権を得たの、ですよね?」


 今のデコピンはちょっと力が強すぎだとして、後ろからノエルに捕獲されて猫みたいに脇の下に手を突っ込まれて抱き上げられてから膝の上に乗せられ、くすぐられて身をよじらせていると、か細い声でステラが問う。


「そうだね。あれを倒したことで、あの戦いに参加していた連中はみんな王への挑戦権を獲得できた。他にも協力してくれる仲間がいるから、その人たちはどうしようか考え中だけど」


 金竜共はランダムエンカウントだ。今回はどういうわけか向こうからこっちに来たが、基本は偶然どこかで鉢合わせて、そこで戦う仕組みになっている。

 美琴は過去にあれを倒して、SSクエストを介さずに挑戦権を獲得しているが、それ以外は持っていない。

 最強ギルドと名高いグローリア・ブレイズも、蒼竜王ウォータイスばかりに挑んでいるため蒼の王への挑戦権は獲得しているがそれ以外は持っていない。

 やっぱり、意地でも全員説得してフリーデンに案内しておけば、全員で挑戦権を獲得することができたので、こんなことを考える必要もなかっただろう。


「王へは、まだ挑むつもりはないのですよね?」

「全然準備整ってないしね。何より、ボクのフルバーストが眷属でろくに通らなかったんだ。逆鱗を攻撃すれば防御を破壊して一時的にダメージは入れられたけど、王も同じとは限らないし」


 アンボルトとボルトリントで首の数が三倍違ったり、特大ブレスは共通してあってもあの破滅の雷珠はアンボルトだけだった。

 とにもかくにも情報がなさすぎる。王との戦闘経験のある亡霊の弾丸と、国を滅ぼされる様を見たステラからの情報にも、あの隕石攻撃はなかったくらいだ。他にも絶対に何か隠し持っている。


「王へ挑むのは、もっと先にしてもらうことはできますか?」

「情報が集まってすぐってわけにも行かないから、早くても来月以降になりそうだけど。摩天の頂ってのがどこなのかも分かってないし」

「……ゴルドフレイとの戦いに、」

「ダメ」


 なんと言おうとしているのか、言われずとも分かっている。だから言いきらせる前に拒絶する。


「君がどれだけあれを憎んでいるのかは知っている。どれだけ仇を取りたいのかも、知っている。それでも、君をあの地獄のような戦場に連れて行くわけにはいかない」

「……」

「眷属であの強さなんだ。王はあれの数倍どころじゃない、数十倍とかだ。何より、ステラさんはあいつに全てを奪われて、それがトラウマになってるんだ。そう言うのは、姿が似ているものを倒したからって克服できるようなものじゃない」


 少しきつい物言いに、ステラはきゅっと唇を噛んで俯く。


「……分かっています。私があの場にいた誰よりも弱いことを。あの強さは、お父様が遺したこのアスカロンのものであって、私のものではありません」


 ぽつりぽつりと話し始めるステラ。

 きつい物言いをされたと言うのに、声は小さいが決意が込められている。


「ですが、私にしかできないことというのも、必ずあると思います。足手まといになってしまうことは自覚しています。ですが、それでも、お願いします。私を、金竜王との戦いに連れて行ってください」


 燃える憎悪と怒り、そして家族への愛情のこもった強い眼差し。

 しかしそれでも否定しようと口を開きかけるが、ノエルがぽんと肩に手を置いてきた。顔を見ると、優しい笑顔を浮かべてふるふると顔を左右に振る。


「……はぁ。ノエルにもお願いされたし、ステラさんは何言っても頑なに言うこと聞かなさそうだし、置いて行ったら勝手についてきそうだし。分かったよ、同行を許す。ただし、絶対に安全圏にいること。止めを刺したいと思うだろうけど、あれが手負いの時が一番強いのはボクたちがよく知っているから」

「構いません。止めを刺せずとも、奴が滅ぼした私の故郷を眺めたように、奴があなたたちに葬られる様を見届けたいのです」


 本当は自分の手で止めを刺したいのだろうが、今回は奇跡的に上手くいっただけでまた同じように行くとは限らない。

 そこはきちんと弁えているようで、掛布団をきゅっと握りながらヨミの出した条件を飲む。


 やれやれと肩を竦めた後、ステラはまだ完全に回復しきっていないからもう少し寝ておけと言い、ヨミは部屋を出た。


「ごめんねステラさん。ヨミちゃんあれでも心配しているんだよ」

「えぇ、分かっています。言葉は少しきついですが、優しさが隠しきれていませんでした」

「そこがヨミちゃんのいいところなんだよねー」


 部屋に残ったノエルがステラと何か会話しているのが聞こえ、その意味を理解しないように意識しつつも恥ずかしさを感じたので自室に向かい、ベッドに飛び込んでからログアウトした。

 その三十分後、配信が付きっぱなしなのをスマホでアワーチューブを開いた時に気付き、慌てて配信を切った時には既に色々と手遅れだった。



===

TSバレはノエルちゃんがウィスパーチャットにしたことで防ぎました


作者が勝手にやってる『勝手にQ&Aコーナー』


Q.王への挑戦権ってどうなってるの?


A.ショートストーリークエストを発生させるNPCを介してグランドキークエストをクリアすると、NPCたちから協力を得られる(ガウェインやステラなどの固有戦技付き武器持ち、および優秀な部下NPC多数)。

NPCを介さずに眷属に挑むと、挑んだ瞬間グランドキークエが発生して、クリアした場合NPCの協力は得られない。また、場合によってはユニーク装備を入手できないこともある。シエルのように眷属が守護している場合、SSクエスト介入なしでも入手は可能。なので美琴ちゃんも金竜王への挑戦権は獲得済みだが、NPCの協力は得られない

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