金の王への挑戦権 5
どうして、自分はここにいるのだろう。
仇となる王に近付くための一番の手がかりがすぐそこにいるのに、どうして何もできずに恐怖で震えて、シェルターに運ばれて、自分よりも幼い少女に抱き着いて震えているのだろう。
かつてあった国では、あまり呼ばれたくはなかったが薔薇の姫騎士と呼ばれるほど剣に優れていた。
近くに必ず護衛がいたが、一人でも危険度の高い魔物だって倒すことができた。魔術だって、アンブロジアズ魔導王国と交流があったため、魔導王マーリンから手ほどきを受けていたこともあってかなりの腕だと自負している。
シェルターに集まっている人たちよりも戦う力はずっとある。五年間、ヴェルトの形見である王家の剣と習った魔術の知識で、たった一人で生き残り続けることができた。
もしゴルドニールやゴルドフレイと戦うことになったら、自分も戦いに出るつもりでいた。
なのにどうして、シェルターの隅の方でアリアを抱きしめ涙をこぼし、恐怖しきって震えているのだろうか。
分かっている。トラウマはそう簡単に克服などできない。今でこそアリアがわざわざ銀月の王座のギルドハウスまで来てくれて一緒に寝てくれるようになり、子供特有の温かさと朗らかさで悪夢を見なくなったが、それまでは毎日同じ悪夢を見続けていた。
悪夢を見なくなったからと、心の傷が癒えたわけではない。むしろ、酷くなっているようにすら感じる。
「ステラお姉ちゃん、大丈夫?」
ずっとぶるぶると震え続けているステラを心配してくれたらしいアリアが、優しく頬に触れる。
小さくて柔らかい手が温かくて、余計に涙がこぼれてしまう。
フリーデンは小さな町だ。近くに赫竜王の眷属がいていつ滅んでもおかしくない状況に常に身を置いているのに、それでも細々と発展して人の営みが根付いている。
かなり強い衛兵がクインディアから派遣されているが、その衛兵曰く強めの魔物が一斉に襲ってきたらあっという間にこの町は滅んでしまうそうだ。
戦いからは無縁の生活を送っているフリーデン。静かで、穏やかで、平和で、心地のいい場所。町人全員が優しくて暖かくて、ずっとここにいたいと思ってしまう場所。
ステラはこの町が好きだ。大好きになった。もうどこにも行かず、ここに一生住み続けてここに骨を埋めてしまいたいくらい、静穏郷が好きになった。
第二の故郷となりつつあるこの場所は、突然の襲撃をしてきた金竜ゴルドニールによって滅ぼされようとしている。
眷属は王より力はないが、それでもほとんどの人間では太刀打ちできないほど強い。フリーデンなど、一時間もかからずに滅ぼせるだろう。
「あぁ……そうか……そういうこと、なんですね……」
ステラが震え続けているのは、金竜がどうしようもなく怖いと言うこともある。金竜王に連なり、姿形は多少違えどほぼ同じ姿をしているため五年前の記憶が呼び起こされ、トラウマでフラッシュバックしているということもある。
だが、一番震えている理由は、故郷と呼べるほど親しみ始めたこの大好きな場所を、温かく優しい場所を、また失うかもしれないと言う恐怖だ。
何もせず、何もできず、ここが滅ぼされてしまうことが嫌で嫌で仕方がないと言う感情だ。
外からはヨミたちが全力で戦っている音が響いている。もう既に一時間近くは立っているだろう。
何度も何度も、巨大なものが地面に墜落するような音が響き、その都度トラウマが大いに刺激されて体が強張る。
五年前は無力で何もできずにただ指を咥えて生まれ故郷が滅ぶさましか見ることができなかった。なら、第二の故郷となりつつある静穏郷も、同じように見殺しにしてしまうのか。
「そんなこと……」
───できるわけがない……!
「ステラお姉ちゃん?」
一際ぎゅっと強くアリアを抱きしめると、何かを感じ取ったのか顔を見上げるアリア。
将来は世の男たちがこぞって寄ってくるほどの美人になるであろう、幼くも整ったアリアの顔を見て、引き攣った作り笑顔を浮かべて額にキスを落とす。
「私は……ずっと逃げてきました。もう、大切なものを作らないように、ずっと、ずっと。でも……ヨミ様と出会い、大切な場所ができて、大切な人がたくさんできて……とても、とても幸せです。だから……もう、逃げません……!」
恐怖はまだある。トラウマなんて治っちゃいない。むしろ、今からそのトラウマに関連する化け物に向かおうとしているのだ。
体が震え、がちがちと歯を鳴らし、涙があふれる。でも、もう逃げないと決めたのだ。
震える体に鞭を打ち、ろれつが回らず強張る口を無理やり回し、呪文を唱える。
最愛の父が最後の瞬間に使った魔術。自分を生かすために己を殺し、遠く離れた地に送った魔術の呪文を、何度も失敗しながら唱え続けた。
♢
戦闘開始より一時間ほどが過ぎた頃、少し前に逆鱗の場所が分かったこともあり立ち回りが大きく変化した。
ヨミ、リオン、ジン、ヘカテーが前衛アタッカーかつ注意を引き付けるタンク役を担い、クルルが中衛として火力を出し、隙を見てノエルがゴルドニールの頭を上にかち上げて、トーマスが狙撃する。
マーリンは空間凍結やバフ、強力な攻撃魔術で支援して時々前衛組からヘイトを引き剥がし、自分に注意を向けさせては転移でどこかに一度退避をし、アイザックが隠密からの暗殺者の一撃を撃ち込む。
これを戦闘開始約五十分ごろからやり続けた結果、全然減らなくてストレスがたまるレベルだったがちがちの防御を突破して、五本あったHPバーが二本まで減った。
その二本目も残り一割となっており、ラストスパートに差し掛かっている。
『血濡れの殺人姫』はラスト一本が残り九割になってから使ったほうがいいと判断し、戦いの中で剣舞を混ぜることができたおかげでゲージが溜まり、先に月下美人状態に移行する。
「
フィールド上にいる全員に月魔術のバフをかける。そのおかげでMPが一気になくなってしまったが、月下美人状態の間はHP・MPの自然回復量が増加するので、高めたMP自然回復増加スキルと重複して、かなりの速度で回復していく。
固有戦技の満月は消えてしまっていたので、MPが八割まで回復したところでもう一度夜空の星剣を抜いて、固有戦技を使いバフをかけて竜特効を付与する。
自分の体力が残り少なくなってきたのを感じたのか、ゴルドニールは地面にいる時間が露骨に短くなってきた。
地上に降りれば顔を上にかち上げる超火力のノエルと、ほぼ同等の火力を出すヨミ、超精密射撃が可能なリオンがいる。
かといって上に逃げてしまえば、条件が揃い次第ではあるがマーリンの極大攻撃魔術が襲い掛かってくるし、そっちに対応を迫られるとトーマスの精密狙撃で逆鱗を撃たれて大ダメージを受ける。
だんだんと対応が後手に回り始めており、今まで戦ってきた竜が揃いも揃って特殊能力で広範囲高密度な攻撃をしてきた分、対処が分かれば結構やりやすい相手だ。
そして分かったことが一つあり、その一つが攻略を容易にしつつある。
それは、ゴルドニールのこの異常なまでな防御力の突破方法だ。
なんてことはない、どうにかして逆鱗を見つけて一発でもそこに攻撃を入れることができれば、一定時間ゴルドニールは謎のクソ硬防御ができなくなり、攻撃の通りがよくなる。
トーマスが逆鱗に攻撃を当てた時にガラスが割れるような音がしており、最初は逆鱗を攻撃した演出だと思っていたのだが、配信のコメントにその音が鳴ってからダメージが通るようになっていると言われた。
シェリアも配信を遡って確認して、防御を固められたら逆鱗を狙って防御を壊し、張り直されるまでは全体に容赦なく攻撃を入れる方針に変わった。
その逆鱗を見つけて一発入れるのが難しいし、下手にそこを狙いすぎるとそれを利用した立ち回りをゴルドニールがしてくるので、露骨に狙いすぎてもダメ。かといって意識を外すために露骨に狙わなさすぎてもダメと、中々にめんどくさい。
しかし、こっちには弾丸を曲げられるスナイパーのトーマスがいるし、逆鱗への攻撃は彼の狙撃に任せてしまえば、他は回避や防御、面積の大きな胴体への攻撃に専念できる
そのおかげもあって、残り体力を二本とあと少しまで減らせた。
「ほらほらほらほらほら! どうよウザいでしょ!? 私の弾幕なめんじゃないわよ!」
砲身が回転し独特な射撃音を響かせているクルルが、顔面に向かってブレッヒェンをトリガーハッピーしている。
本当は喉元にある逆鱗を狙っているっぽいのだが、この弾幕で逆鱗に命中したら一気に削れることを相手も分かっているので、顔面ガードせざるを得ない。
「そっちには向かせないよ!」
クルルの弾幕から逃れようと顔を動かすが、ノエルがヘカテーの血の鎖を胴体に巻き付けて投げ飛ばしてもらい、その勢いを乗せて純度100%脳筋スマッシュを叩き込んで顔を元の場所に強制的に戻させる。
尻尾からエネルギーを噴射させればすかさずトーマスが電磁加速弾と魔道弾を組み合わせた複合魔術で狙撃し、あえて直撃させずギリギリほんのちょっと当たる程度の場所に当てることで動きを止める。
その場に縫い留められて見るからに苛立っているゴルドニール。
そんな金色ドラゴンをおちょくる様に、ヨミが背中にある影から姿を見せる。
「へい、金ぴかトカゲ。飛び切りの刺激をプレゼントしてあげるよ!」
雷王怨嗟を発動。履いたままのブーツ形態ブリッツグライフェンで背中を思い切り蹴り付けてその反動で飛び上がり、くるりと身を翻しながら肺いっぱいに空気を吸い込んで口元に魔法陣。
「死ねやおらああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ダメージは通るようになり、最初よりはストレスは減った。しかしそれまでに積み重なったストレスはまだ発散しきれておらず、清楚な見た目からは出しちゃいけない言葉を大声で叫び、雷ブレスをぶちかます。
もう既に逆鱗攻撃をしなければ理不尽防御を突破することができないため、大ダメージが入ると言うことはなかったが、残り少しだった二本目のHPを削り切ってラスト一本に突入させる。
「ギィィィィィォォォォオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
ブレスを放ち終えて背中に着地すると、ゴルドニールがお腹にびりびりと強烈に響く咆哮を上げる。
強烈な硬直を受けてしまい、振り落とされたヨミは背中から地面に落ちて落下ダメージを受ける。
竜王関連で、残りHPが僅かになったことでいきなり上げる硬直の強い咆哮。
全員が動けなくなっている間に尻尾からエネルギーを噴射し、空に向かって飛んで行ってしまった。
まさか、逃げてしまったのではないか。最悪なことを想像したがそうではなく安堵しかけるが、それ以上の最悪が降りかかろうとしていた。
「おい……おいおいおいおいおい……!? それはなしだろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
数百メートル上空でホバリングしたゴルドニールが翼を大きく広げたかと思うと、その頭上に特大の魔法陣が出現。
アンボルトやロットヴルムの超広範囲ブレスや、アンボルトの大炸裂雷爆撃(仮称)と同じような、HPが一定以下にまで削れたときにのみ使ってくる大技。正しい対処ができなければ問答無用の即死攻撃だ。
奴とてグランド関連なのだし、そういう手の攻撃があるのは想定済みだ。だが考えていたのは、成層圏を突破するくらいの超高高度からの文字通りの隕石落下をして、爆心地を中心に甚大な被害をもたらすものだとばかり思っていた。
だが違った。ある意味では間違っていないのだが、想定を裏切られてしまいその場にいる全員が顔を真っ青にする。
奴の頭上に現れた魔法陣よりさらに上空にその5倍ほどの大きさの魔法陣が出現すると、その魔法陣から大質量の岩の塊が出て来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます