金の王への挑戦権 1

 ゴルドニールが襲撃してきた。その一報は瞬く間にフリーデン中にいきわたり、住民は混乱しながらも避難を開始した。

 元より王が近くにいるため、いつでもすぐに避難できるように意識していたのだろう。それが功を奏して、十分とかからずに避難が完了する。

 避難場所は地下シェルターだ。地上に作った避難施設は、腐敗の力を持つ赫竜と腐敗と炎の力を持つ赫竜王の前ではないにも等しい。


 ステラはゴルドニールが来たと知り、トラウマが強烈にフラッシュバックしたようで顔を青白くして体を激しく振るわせ、その場にへたり込んでしまっていたのでガウェインに頼んでシェルターまで運んでもらった。

 ステラが運ばれて行くのを確認したヨミはすぐさまゴルドニールが着弾したと思われる場所に走っていき、ある程度近付いたところで影魔術『シャドウサーヴァント』で影の大鷲を作り、それを飛ばして偵察する。

 視覚の共有ができるので、使い魔が見ているものを自分にも見えるようにして、落下地点まで飛ばす。そこには巨大なクレーターのようなものが出来上がっており、その中心に金色の巨大な竜が見上げていた。


「やっべ!?」


 ゴルドニールが使い魔を認識した瞬間、口から金色の光を漏らすが見えたのですぐに指示を出して退避させようとしたが、口を開けたと思った瞬間金色の光の奔流が放たれて瞬く間に飲み込まれて使い魔が消滅した。

 チャージからブレスを撃つまでが早い。そして距離がそこそこ近かったとはいえ、放たれてから届くまでが早い。

 ブレスにまで本体の速度が付与されているわけじゃないだろうなと舌打ちしつつ、あのブレスがフリーデンに向くのはまずいので『ブラッドエンハンス』をかけて全力で走る。


 いきなりのレイド戦ではあるが、グランドエネミーではないので金竜王で想定している人数は必要ない。

 リオンは今日もシェリアと一緒にフリーデンに来ていたので、亡霊の弾丸へはメッセージを飛ばして仲間をかき集めているだろう。

 ならばヨミは、クインディアまで買い出しに出ているノエルとヘカテー、情報収集のためにあちこちを走り回っているゼーレ、今日はまだログインしていないジンにメッセージを送る。

 本当はシエルにも送りたいのだが、彼は生憎来月の大きなゲームイベントのために調整中なので、呼んでも来れないと前もって言われている。


『ヨミ:緊急! ゴルドニールがフリーデンの近くに来た! 急いで帰ってきて!』

『ノエル:嘘でしょ!? 直接来るってことあるの!?』

『ヘカテー:急いで帰ります!』

『ゼーレ:町からちょっと離れてるから戻るまで時間かかるかも!』

『ジン:今すぐログインするから待ってて』

『シエル:なんで俺が行けない時に限って面白そうなイベントを引くんだ』


 知るか! と叫びたかったが、叫んだらすっ飛んできそうなのでぐっとこらえる。

 とにかく今は仲間が揃うまで時間稼ぎをしなければいけないので、変に立ち回って攻撃を受けないようにしなければいけないなと、少し姿を隠すために木の上に登る。

 高い場所から姿を隠しつつ、ゴルドニールの姿を肉眼で確認して攻撃方法などを推測しようとしていたが、離れた場所からドウッ! という音が鳴ったかと思うと信じられない速度で地面すれすれを滑るようにゴルドニールが飛んできた。


『ENCOUNT GREAT ENEMY【GOLD DRAGON :GOLDNIR】』

『BATTLE START』


 背中の翼は非常に大きく刃のように鋭い。ジェット機のエンジンのようにも見える太く大きな尻尾から、金色のエネルギーのようなものを噴出して羽ばたかせることなく飛んでいる。

 大きな翼は、やや弧を描くような形状であるのも相まって巨大な刃のようになっており、木々が次々とへし折られ地面からめくり上げられ倒されて行く。

 これはまずいと感じたヨミはすぐに影の中に潜ることで回避し、可能な限り離れた場所に移動して影の中から飛び出す。


「なるほどね……。ジェット機のエンジンみたいにエネルギーを噴射して推進力を発生させて、かつオーラがまとってある場所が固くなっているのか」


 想像していた通りというほどピッタリではなかったが、おおよそ想像していたような構造になっており、だからこそ逆に驚いた。

 それに移動方法が分かったところで、ほぼ不意打ちみたいな攻撃だったが直撃を食らって即死したことに間違いはないので、正面には立たないようにしなければならないだろう。


「ヨミ!」

「え゛!? マーリン陛下!?」


 一番避難していなければいけない人が何でここにいるんだ、と仰天する。彼の後ろにはガウェインが兜を被ってフル武装して控えており、闘志を燃やしている。


「なんでここにいるんだって顔だね」

「そりゃ、王様なんですから一番避難しなきゃいけない人じゃないですか」

「確かにそうだね。実際僕自身戦闘経験あまりないさ。けど、ステラから聞いただろう? ヴェルトは最後まで王として、戦場に残り戦い続けた。彼は僕の親友だ。遠い未来僕が死んであの世に行った時に、この時にゴルドニールと戦わずにただ避難して震えていただけだったら、親友に合わせる顔がない」


 気丈にふるまいながら、豪奢で大きな杖を転移魔術か何かで呼び寄せたマーリン。

 彼の顔は真剣そのものだが、体は正直で怖いのか小さく体が震えている。ヨミがそれに気付いたことにマーリンも気付き、ふっと小さく笑みを浮かべる。


「情けない話さ。この王国内で最も魔術に優れた魔術師と呼ばれているのに、僕は一度もそれを披露することがなかった。僕が国民から与えられた最優の魔術師は、ただそれだけ魔術が使えると言うだけ。どんなふうに使えばいいのかなんて分からない。……だが、この国を治める王として、それを言い訳に少女に戦いを押し付けるなんてことはあってはならないのだ」


 王としての仮面を被り、雰囲気ががらりと変貌するマーリン。

 ここまで覚悟を見せられては、言葉で言っても下がらないだろうなと説得を諦める。


「ガウェインさん、マーリン陛下を死守してください」

「言われずとも」

「陛下は絶対に前に出てこないでください。国王相手にこんなことは死ぬほど不敬なのは分かっていますけど、戦いを知らない素人にうろちょろされると足手まといですし邪魔ですので」

「その通りだな。後方で君のサポートをしつつ、使い道のなかった魔力を全力で使って大魔術でも撃つとしよう」

「炎系は控えてくださいね」

「もちろん。王が民の生活の基盤を奪うわけにはいかないからな」


 そう言ってこつん、と杖を地面に軽く叩きつけて膨大な魔力が放出される。

 本人の発言や着ているものから純魔なのは確かだが、一体どれだけのMPを有しているのか、底が見えない。


付術エンチャント神撃の鎧デウスアルマ!」


 マーリンが魔術を発動させると、ヨミとガウェインの体に白銀色の鎧のようなものが付けられて、すっと体に吸い込まれるように消える。

 今のはなんの魔術なのか、と聞くよりも先に効果を実感する。体の奥から湧き上がってくる力と、羽のように軽く感じる体。

 マーリンが今使った魔術は強化系のものだったようだ。それも、かなり高レベルのものだ。


「ありがとうございます! 『ブラッディアーマー』、『フィジカルエンハンス』!」


 バフをかけてくれたマーリンに感謝しつつ、自分でもバフを重ねていく。

 ガウェインも自己バフ系の魔術を習得したようで、両手で剣を持って構えながら次々と魔術を重ね掛けしていく。


『ノエル:もうちょっとでヨミちゃんのところに着くよ!』


 ノエルからメッセージが飛んでくるが、今はそれに返事をする余裕はない。

 ゴォオオオオオオオ!! という音を立てて尻尾の器官からエネルギーを噴射し、ぐぐっと力を溜めるように踏ん張っているのが見えたからだ。

 ヨミはすぐに影に潜り、マーリンはガウェインと共に転移魔術で姿を消して退避。直後に、音を置き去りにする速度で突進して来て、音の壁を突破した際に生じる衝撃波で木々を薙ぎ倒し地面を抉った。


「こんなんどうやって止めろってんだよ!?」


 ゴルドニールは攻撃のつもりだろうが、言ってしまえばこれはただ移動しているだけだ。

 速度と質量というのは大きな武器になる。巨大なものが音速で飛んで来れば、それだけで人間なんて粉微塵になってしまう。

 誰でも分かるような簡単なこと。だからこそ対処が難しい。何しろ、音速なんて人間が反応できるような速度じゃないのに、金竜は音を遥か後方に置き去りにするレベルの速度だ。マッハ1とかそんな優しいものじゃない。


 通り過ぎていったゴルドニールは一度減速してから、再び音の壁を破壊して急上昇していき、空を笑ってしまいそうな速度で旋回していた。

 何をしているのだろうかと思ったが、空を飛びながら正確にこちらに向かって飛んできたことを思い出して、あの高さから索敵していたのかと察して全力でフリーデンから離れるように走る。


 予想通りヨミを狙っていたようで、一瞬だけぴたりと止まってから一秒足らずで超々超加速して突撃してきた。

 ギリギリ影の中に潜ることで回避できたが、墜落してきただけで巨大なクレーターが発生して地面を捲りあげて木々をへし折り薙ぎ倒していた。

 間違いなく、竜王どもを除けば今まで戦ってきた敵の中で一番強い。

 何より、


「だぁあああああああああああああああ!? すぐに空飛ぶんじゃねええええええええええええええ!?」


 影からすぐに飛び出して攻撃を仕掛けたが、ギアを1から一気に最大まで持って行ったかのような加速をして音を突破し、その衝撃波でヨミは吹っ飛ばされて金竜は空を飛ぶ。

 空を支配する金竜王の眷属。だからか金竜は自分のエリアである空中に留まる様にしている。

 そのおかげで、ただでさえ小柄で大きい相手には攻撃が少し届きづらいのに、余計に届かなくなってしまった。


 ブリッツグライフェンの推進器形態を使えばヨミも飛べるが、慣れない空中戦を無理にやれば即死しそうだ。

 ただ移動しているだけであっという間に森がめちゃくちゃにされ、これ本当にどう対処すべきなのだろうかと考えていると、より加速したゴルドニールが視界から外れてしまった。


「しまっ───」


 後ろの方から体が凍えそうなほどの殺意を感じ反射的に回避しようとしたが、超音速で飛んでくる奴の方が速い。

 命のストックが最大まであるので、こんなダメージも与えられていないうちから消費するのはもったいないが、対処できないのだから受け入れようとした。


領域スパティウム凍結封印プロイベーレ!」


 あと一メートルというところで、急にゴルドニールが停止する。

 止まってしまった竜本人も困惑しているようで、これは金竜の意思ではなく第三者によるものだ。

 すぐにマーリンの方を見ると、杖にはめ込まれている宝珠が輝きそれをゴルドニールに向けているので、彼が何かしらの魔術を使ったのは確かだ。


「ヨミ! 空間凍結魔術はそう長くは続かない! 今のうちに少しでもダメージを入れるんだ!」

「了解!」


 ものすごく気になる単語だったが、今はそれを気にしている余裕はないのでインベントリから両手斧形態のブリッツグライフェンを取り出し、最初からフルパワーなのでレバーを出して初手全力をぶちかます。


「『ウェポンアウェイク・全放出フルバースト』───『雷霆ケラウノス斧撃ラブリュス』!」


 強烈な雷を発生させた斧をゴルドニールの頭に叩き付け、ゼロ距離で神アンリエネルギーのフルバーストを叩き込む。

 最初から竜特効が付いているこの武器で、最大火力を弱点である頭に打ち込んだのだから、少しはHPは減っているだろうとHPバーを見て、ぎしりと硬直する。


 確かにダメージは受けている。何しろこれは竜王の素材を使って、王国最高の鍛冶師が作った最高の武器なのだ。ダメージが通らないはずがない。

 問題なのは、グランドウェポンの最大火力をぶち込んだと言うのに、五本あるHPバーの最初の一本目を、ほんの少しだけ削るだけに留まっていた。

 今の一撃で五分の一か六分の一くらいは削れると思っていただけに、信じられない結果に終わり呆然としてしまう。


「ぐっ……! 空間凍結が壊れる! ヨミ、回避しろ!」


 後方にいるマーリンからの声にはっと我に返り、影に潜って退避。マーリンも魔術の効果が切れると同時に転移魔術を使い、ゴルドニールの射線上から退避する。

 空間ごと凍結されて動きが停止していたゴルドニールは、停止する直前までの速度そのままで急発進し、姿勢制御をミスったのか盛大に地面に突っ込んで跳ね上がった。

 それでもなおダメージがほんの少ししか入っていないのだから、どうなっているんだと叫びたい。


 むくりと何事もなかったかのように起き上がったゴルドニールは、首を向けて鋭い眼光でヨミたちを睨みつけてから体ごと向き直り、戦闘機の翼のような見た目なのにしっかりとちゃんと動くようになっているらしい翼をばさりと広げる。


「ギィィィィァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 甲高い咆哮を上げて、その咆哮と威圧でヨミ、マーリン、ガウェインの体が僅かに硬直する。

 今まで以上に勝ち筋が分からない化け物相手に、流石のヨミもいつものような戦闘狂スマイルを浮かべる余裕がなく、つ……、と冷や汗を垂らして四十メートルほどの巨体のゴルドニールを見上げた。


===

ゴルドニールの尻尾はポケ〇ンのレシ〇ムの尻尾をイメージしてください


作者が勝手にやってる『勝手にQ&Aコーナー』


Q.マーリンの魔術の腕前ってどんなもんなの?


A.ほぼ全ての魔術を一番上のレベルで使えるくらい。先代よりも強いし何なら初代マーリンよりも強い。理由は歴代マーリンの中で一番の魔術オタクだから

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る