探し求めるは

 無限に広がる青い空。そこには大地と呼べるものなど当然なく、あるのは綿菓子のように白い雲と澄んだ空気、明るく照らす眩い太陽だけ。

 それはこの空を気に入っている。自分を生み出してくれた主に与えられた、空を支配する権利。それを存分に活かして、それは、金竜王は大空を駆け回る。


 あぁ、なんて素晴らしい場所なのだろうか。なんて美しい場所なのだろうか。なんて気持ちの居場所なのだろうか。

 敬愛すべき生みの親である竜神たちより与えられしこの空は、誰であっても渡しはしない。そう、誰であっても。例え竜王の長男である赫竜王でも、この空は渡さない。


 しかし、人という弱小で脆弱な種族は非常に愚かなことをした。空は我が領域だと言うのに、塵芥に過ぎないゴミ共は空を飛ぶ術を手に入れて、竜神より賜った領空を侵犯してきた。

 許せないことだ。非常に度し難いことだ。空は我が物。ゆえに、勝手に見上げることも、勝手に土足で踏み入ることも許さない。

 特に五年前に滅ぼした国は、今まで滅ぼしてきた国の中で一番の愚かな国であった。あの国の空を飛んでいる時に聞こえた、「いずれ空は金竜王のものから人のものになるだろう」という、到底許しがたい愚かな発言。

 だから滅ぼした。燃え盛る怒りをもって。一切合切、大人も子供も、健人も病人も、生まれたばかりの赤子から今際の際の死にぞこないも、全てを殺した。


 だと言うのに、他の国は五年前に滅ぼしたあの国のように、空飛ぶ船を作り出している。まるで学習をしていないようだ。

 ゴルドフレイはそれが許せない。何が人間程度の弱い種族が、そこまで空に行こうと搔き立てるのかが理解できない。空には自分がいるのに、命を捨ててでもここに来ようとする気持ちが分からない。


 そんな時、この世界で最も魔術で栄えている国にいた弟のアンボルトが何者かに殺された。

 奴は兄弟の仲でも一際弱い竜だった。それでも弱いなりに努力をして、姉のウォータイスよりも多くの国を滅ぼした。

 兄弟の仲では弱い方だが、それでも人からすれば敵うはずもない災害だ。それが下されたと知り驚いた。

 一体何があったのか、どのような人間が倒したのか。それを確かめるために、魔導王国の空を重点的に飛んだ。


 そして見つけた。数百年前に潰した魔族の国。その支配者であった純血の、吸血鬼の王族。その末裔の証である銀髪の吸血鬼の娘。

 全てを滅ぼしたのだと思っていた。なのに残っていた。

 ついでに、五年前に滅ぼした国の小娘も見つけた。殺そうとした瞬間にその国の王の手によって遠くに飛ばされて生き延びた、何もできやしない小娘を。


 取るに足らない弱者だ。例え魔族の中で力が最も強い純血の吸血鬼であったとしても、それはあくまで自分ら竜王と呼ばれる存在を除いた場合の話だ。

 しかし、その弱者の牙によってアンボルトは殺された。吸血鬼の娘は、弟の鱗や骨を使った装備を身にまとっており、王の力を我が物としていた。

 それが許せなかった。同時に恐ろしくなってしまった。900年間不滅で不動の王の地位が、事実あの娘に揺らがされている。

 弟の仇を取りたい。しかし、もし自分があれに殺されてしまったらどうなってしまうのだろうか。それが恐ろしくて、自らの鱗と血肉を元に作り出した眷属のゴルドニールに命令し、襲わせた。


 力も速度も自分ほどではない。だが人間が一人二人でどうにかできる力をしているわけでもない。

 夜に興味すらない小娘と共に二人で歩いているところを襲わせて、抵抗すらできずに倒したと知った時は安堵した。なんだ、大したことはないじゃないかと。

 怯えていた自分がバカだった。そう考えてしまった自分がバカだったのだと、しばらくして知った。


 吸血鬼の小娘は、アンボルトの心核を取り込んで真の意味で王の力を獲得してしまった。

 王を殺し得る力を持っている存在に王の力が渡る。由々しき事態だ。なんとしてでも排除しなければならない。

 だが、この世界を創造した女神の加護を受けている冒険者は死してもすぐに蘇る。

 どうすればいいのか分からなくなり、気が狂いそうになったゴルドフレイは己の眷属に、自らに死の刃を向けようとしている愚か者どもを滅ぼすように再び命令を出した。



 更に四日ほどが過ぎたある日。

 ステラは少しずつ標準体型に戻りつつあるが、付いているのは筋肉ではなく脂肪なのでそれをちょっと気にしているようで、ことあるごとにお腹に触れたり二の腕をぷにぷにと摘まんでいる。

 見ているのが辛くなるレベルで痩せていた時期と比べれば、まだ元通りになるまでは時間がかかるだろうがかなりマシになって来た。

 体力も増えて来たし、リオンやヨミ、ガウェインと共に剣術や体術の鍛錬も行ってぷにぷになお肉ではなく筋肉を付ける方にシフトし始めた。


 初めて酒場で出会った時、体の細さに反して足取りと体幹はしっかりしていた。

 肉が付いてきて体力も増えてきたので鍛錬を行い始めた時も、はっとするほど綺麗な太刀筋で打ち込んできたので聞いてみると、王宮剣術というのを習っていたらしい。

 一人で五年間ゴルドフレイを追い続けながら無事でいたのも、強すぎる敵には挑まずに逃げていたが挑んで勝てる相手は剣術で倒していたからだそうだ。


「ステラの剣は昔から綺麗だね。流石は薔薇の姫騎士と呼ばれただけはあるね」

「そ、その呼び名はおやめください、陛下。私がその名が苦手なのはご存じでしょう?」

「おや、そうだったか。でも僕は、とてもぴったりな名だと思うけどね。ヨミはどう思う?」

「へ? うーん、薔薇って言うのはよく分かりませんけど、でも姫騎士って言うのはよく合うと思います。思った以上に太刀筋がしっかりしてて驚きました」

「よ、ヨミ様まで……」


 木剣を胸に抱いて、顔を赤くしてぷくっと頬を膨らませる。

 ここのところ、すっかりと普通の少女らしい所作が増えて来た。それでも端々から上品さというか気品みたいなものが漏れ出ているのだが。


「それにしても、ヨミの剣術は見たことがないね。どこの流派何だい?」

「流派というか、我流ですね。今までいろんな場所を渡り歩いてきて、その中で身に着けたものです」

「へぇ! 君自身のオリジナルか! 我流特有の動きがあまりないものだから、てっきり誰かに教えられたものだと思ってたよ」

「ある意味間違ってはいませんね。今まで戦ってきた相手全てがボクの師匠みたいなものですから」

「それはいい考えだ。ヨミ殿、もしよければ私とも一つ手合わせを願えないだろうか」

「いいですよ」

「我が国の英雄准将と、純血の吸血鬼のお姫様との戦いが見られるなんてね」

「お姫様じゃないんですけど……」

「いやいや、純血の吸血鬼は魔族の王族。ヨミという吸血鬼の王族は聞いたことがないから秘匿されてたんだろうけど、間違いなく君はお姫様だよ」


 奥の手の魔術に『血濡れの殺人姫ブラッディーマーダー』があり、そこにしっかりと姫と書かれているのである意味では間違ってはいないのかもしれないが、お姫様という柄じゃない。

 なのにお姫様と言われてちょっとだけ嬉しくなっているあたり、もう心も男なのだと声高に言えなくなってきたかもしれない。


 きっとこのままどんどん女の子化が進んで、最終的に男が好きになるんじゃあるまいなという危機感を抱きながら木剣を構えると、遠くから音が聞こえて来た。

 まるで何かの呻き声のような、そんな音。ものすごく聞き覚えのある音。


 ……───ォォォォォォ


「ッ、全員避難!」

「えぇ!? 急にどうしたんだい!?」

「とにかく早く避難してください!」


 ヨミの突然の避難勧告にマーリンもガウェインもステラも驚くが、説明している場合じゃない。

 だが一言くらい言わなければ、危機感持って行動してくれないだろうから言う。


「金竜ゴルドニールが来ます!」


 その叫びの直後、フリーデンより少し離れた場所に何かが墜落したような轟音と、地揺れのような衝撃が伝わって来た。


『ショートストーリークエスト:【金色より祖国を追われし小さな星と大きな愛】が更新されました』

『グランドキークエスト:【金の王への挑戦権】が開始されました』


===

作者が勝手にやってる『勝手にQ&Aコーナー』


Q.竜王の序列ってどんなもん?


A.白黒竜神>>>>>>>>>>>>>>>>>>赫竜王>緑竜王>蒼竜王>金竜王>灰竜王>黄竜王>紫竜王

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