静穏郷での平和な一幕

 配信を通してステラから多くのプレイヤーにお願いをしてから一週間が過ぎた。

 討伐作戦に参加したいと表明するプレイヤーの数はどんどん増えていき、500人以上にまで膨れ上がった。

 グランド相手とはいえこの人数は多すぎやしないかと思ったが、ステラからの情報と過去にゴルドフレイと戦ったことのある亡霊の弾丸メンバーからの情報で、ゴルドフレイの大きさは全長70メートルかそれ以上はあるらしい。


「いやデカすぎんだろ」


 これがヨミが率直に抱いた感想である。

 アンボルトよりも強いのはシンカーが集めて来た情報から間違いないだろうし、強さ=大きさとなっているのだろうか。

 もしそうなのだとしたら、竜王最強格の三原色は100メートルを超えてそうだし、それ以上の怪物の竜神はもっと大きいのかもしれない。

 想像するだけで戦いたくないという気持ちがちょっと湧いてきてしまうが、いずれは挑もうと考えているのだ。そんなことは言っていられない。


「あれから一週間経ちましたが、何か進展の方はありますか?」


 この一週間で親交が深まり敬語を使わなくてもよくなったリオンが、わざわざフリーデンまでやってきて組み手がしたいとリオンが言ってきたので、PvP十本勝負で結構いい勝負をしてヨミが六本取って辛勝して地面に腰を下ろして休憩していると、ステラがやって来た。

 この一週間の間、栄養満点の食事をとにかくたくさん取らせることでやせ細った体にお肉を付けさせていた。

 その甲斐あって、まだまだ全然細いが最初出会った時よりも輪郭が少しふっくらしてきた。きっとちょっとお肉の付いたステラを配信に映せば、ヨミリスナーに交じっているステラファンは歓喜するだろう。


「ゴルドフレイもゴルドニールも、一応アンブロジアズ王国内にいることは確定してて、一番目撃談が多いのがワンスディアとダブリス周辺、あとは王都マギアの近くってことくらいかな。他にも目撃情報が多くある場所はあるけど、この三つよりは少ないみたい」

「一週間でここまで……。私がもっとしっかりと、こんなに痩せて体力がなくなるなんてことにならなければ、お役に立てたと言うのに……」


 しゅんと落ち込むステラ。彼女はこの一週間事あるごとに、何もできないのが悔しいのかこうして落ち込んでしまう。

 彼女からすればゴルドフレイは全ての仇であるのだし、ぼろぼろになりながらも執念で追い続けていたのに、それを倒せるかもしれない希望を見つけるために見失い、しまいには体力が限界を迎えて満足に体を動かせなくなってプレイヤーに頼らざるを得なくなったのが悔しいのだろう。


「ステラさんは十分ボクたちの役に立ててるよ。……辛い記憶を思い出させることになっちゃってるけど、それでも君のおかげで奴の攻撃パターンを知ることができてるわけだし」

「過去に、俺たちも戦ったことがあるけど、知らない攻撃がいくつかあったしな。ステラ王女のおかげで、より広く対策ができる」


 本当はもう少し時間が経ってから聞こうと思っていたゴルドフレイの攻撃パターンなどを、ステラは自ら協力したいと申し出て来た。

 戦闘経験のある亡霊の弾丸たちとステラが故郷で見た攻撃方法をすり合わせ、どの攻撃にはどのような対処が一番いいかを決めることができた。

 しかし、亡霊の弾丸のメンバーもステラも、共通してその対策が思いつかない攻撃が一つだけあり、それがゴルドフレイの超高高度からの墜落攻撃だ。


 ヨミが今でも時々遊ぶモンスター狩猟ゲームに、同じような攻撃をしてくるモンスターがいるが、あのゲームとこのゲームではシステムがまるで違う。

 このゲームには無敵時間と言うものが存在しない。それはエネミーにも共通して存在しないのでバランスを取れているが、緊急回避で無理やり無敵時間を獲得してやり過ごす、という回避方法は取れない。

 また、魔術で防御をがちがちに固めた飛行戦艦が一撃で粉微塵にされていたので、防御方法すらいまだに分かっていない。

 この話を聞いた時、いくら体がめちゃくちゃ硬い鱗に覆われているとはいえ、姿が見えなくなるほどの高さからの超高速落下で、ゴルドフレイに自傷ダメージが入らないのはどう考えてもおかしいので、何か種があるのではないかと推測しているが、シンカーでもまだ分からないそうだ。


「それより、この町にはもう馴染めた?」

「はい。ここはとても牧歌的で、自然が多くてとても癒されます。町の皆様も優しくて、お料理も美味しくて、とてもよくして貰っています」


 ふわりと笑みを浮かべるが、少しぎこちない上に右手を胸に当ててぎゅっと握り痛みを堪えているようにも見えた。

 こういうのどかな場所で過ごせて肉体的に回復しても、五年間ずっと抱え続けた心の傷というのは一週間程度でなくなるものじゃない。何なら仇を取れたからと言って簡単に治るものでもない。

 それを分かっているのでなんと声をかけていいのか分からなくなり、言葉が出てこなくなる。


「そうか、それはよかった。俺もこの町が気に入ってね。シェリアとここに拠点を構えようか相談してるところなんだ」

「シェリア様というと、背の高い金髪の女性の方ですよね?」

「そうだな。俺とシェリアは婚約してるから、ゲームの中でも二人だけの家を買おうかって話をしてるんだ」

「まあ! ご婚約なさっていたのですね!」

「急にボクの前で惚気ないでくれる?」


 自分では何を話せばいいのか分からなかったので、リオンから話してくれたのは助かった。それが惚気なのは少し勘弁願いたかったが。

 下手にそういう恋愛系の話はしないほうがいいのではないかと不安になったが、ほんのりと頬を赤く上気させていたので、とりあえずはその不安も杞憂だなと隅に追いやった。


「そういや、シエルくんをこの一週間あまり見ない気がするけど、どうしたんだ?」

「あいつなら、来月にちょっとしたFPSのイベント大会があるから、その調整のためにFPSに引きこもってる。参加するつもりなかったみたいだけど、メンバーが一人どうしても外せない用事が入っちゃったみたいで」

「それはご愁傷様だな。プロって大変だ」

「リオンさんもプロでしょーが」


 ログインできる頻度が激減してしまい、その間にヨミが強くなっていってしまうことをものすごく悔しそうにしていた。

 なのでログインしていない間にめちゃくちゃ強くなってやると、メスガキとまでは行かないがちょっと腹立つ顔と声で煽ってやった。陰で見てたのえるに軽い脳天チョップを食らったが。


「しかし驚きましたよ。こんなに長閑な町だと言うのに、近くに赫き腐敗の森と呼ばれる場所があって、そこに赫竜ロットヴルムと赫竜王バーンロットがいるだなんて」

「ボクも最初は驚いたなー。なんでそんな化け物が近くにいるところに町作ったのか気になったよ」

「ロットヴルムね。一昨日ヨミさんが一人で倒した奴がどんなもんかってクルルに連行されて挑んだけど、普通にボコされたね。君あれを一人で倒したのおかしくない? 今よりも弱い頃でしょ?」


 一昨日、やけに不機嫌なクルルが町の小さな酒場でやけ酒をしていたのを思い出し、ロットヴルムに挑んで返り討ちにあったのかと苦笑する。

 亡霊の弾丸のメンバーの強さはかなりのものだし、連携の練度も素晴らしいがロットヴルムもレイド前提だ。数人でどうにかできるようなものじゃない。


「ボクも不思議に思ってるよ。なんで倒せたんだろ。ダメージが通るならいつかは倒せる的なあれでずっと攻撃してたのは覚えてるけど」

「フ〇ムゲー経験者か何かか?」

「その通りだけど? 何なら初めてのフルダイブがその会社のゲーム」

「……君のその異常なプレイヤースキルはそこ由来か」

「このゲームだけじゃないですー。もっといろんなのやったよ。あの某有名なモンスター狩猟フルダイブゲームもやってたし」

「お二人は時々よく分からないお話をなさいますね」


 ヨミとリオンの会話を不思議そうな顔をして聞いていたステラ。

 この世界のNPCはプレイヤーの会話を全て聞き取り全てに反応できるように設計されているが、リアルの方の話題には反応が薄くなるようになっているようだ。

 一部の知識欲の塊みたいなNPCは本当に全てに反応してくるが、ステラのようなNPCはプレイヤーのリアル側の話題には口を挟んでこない。

 一応こうして、不思議な話をしている、という認識はしているので全く会話に割り込んでこないと言うことはなさそうだ。


「そう言えば、ステラさん最初の二日三日は目の下にくまができてたけど、もうなくなったんだね」

「えぇ。アリアちゃんがあれから一緒に寝てくださるんです。とても愛らしくて、ぎゅっと抱きしめるとふわふわで温かくて心地いいんです」

「分かるー。アリアちゃんってついぎゅっとしたくなっちゃうよね」

「分かってくださいますか、この気持ち。ふふっ、思い出したらまたぎゅってしたくなってきてしまいました」


 アリアという特級可愛い兵器は、一緒に寝るだけで安眠効果もあるらしい。今晩はログインせずにゲーム内に留まるように設定して、アリアをベッドに招いて添い寝でもしてみようかと考えてしまう。

 ステラが嬉しそうな顔をしながら話すのを聞いて、どういう感じなのかが知りたくなった。そうすれば、のえるがやたらとヨミを抱き枕にしたがる気持ちが理解できるかもしれないし。


「アリアちゃんって、あそこで蝶々追っかけてるあの子だっけ」

「そうだね。いやー、子供って元気いっぱいでいいね」

「俺からすれば、ヨミさんも子供って言える年齢だけどな」

「アリアちゃんからすればお姉さんです」

「めちゃくちゃ懐いてるもんな。長いこと一人でこの町唯一のプレイヤーだったから、好感度が全部君一人に集中した結果だろうな」

「ヨミ様はフリーデンの皆様からも信頼されておられますし、アリアちゃんも毎晩寝る時にあなたのお話を聞かせてくれますよ」

「何を話しているのかちょっと気になるぅ……」

「ふふふっ。いつも、綺麗で優しくて、とても強い人だって言っていますよ。あなたのおかげでセラ様が助かったことを、本当に感謝しているようです」


 アリアとの距離が一気に縮まったのも、セラを先代赫竜の腐敗から救った後だった。

 NPCでも放っておくことができないからとかなり無茶をして、その末にセラを救うことができてアルマとアリア、アルベルトから感謝された。

 この一件をきっかけにフリーデンの人たちからの好感度が急上昇し、プレイヤーが増えた今もヨミには優先して野菜やら果物やらをおすそ分けしてくれるし、ヨミが連れてきた人だからと信用もしてくれている。


「いつも最後に、本当のお姉ちゃんだったらいいのにと言っていますよ」

「……今からでもあの子を妹にできないかな」

「落ち着け」


 ステラから明かされた、あまりにも可愛すぎるアリアの発言に冷静さを失いかけたヨミ。リオンがすかさず、人差し指で額をつんと突っついてツッコミを入れて来た。


「あ! お姉ちゃん!」


 白い蝶々をきゃっきゃと追いかけていたアリアがヨミたちに気付き、真っ先にヨミに向かって走って来た。

 カモン! と両腕を広げてスタンバイすると嬉しそうに飛びついてきて、すりすりと顔を擦り寄せて甘えてくる。

 リアル妹の詩月がだんだん暴走してきており、甘えては来るがこういう甘え方ではなくぞくりと背筋が震えるような何かを感じさせるので、純度100%の好意で甘えてくるアリアは心のオアシスだった。


「すごいな、NPCでもここまで甘えるものなんだな」

「アリアちゃんはヨミ様のことが大好きなんですね」

「うん! 大好き!」

「ありがとー。ボクも大好きだよー」

「えっへへー」


 にへらっとはにかむその様に、ヨミはノックアウトされてとことん愛でまくった。

 そしてその様子をリオンは呆れたように苦笑を浮かべながら眺めており、ステラもアリアと戯れたいのかちょっと羨ましそうな目を向けて、じりじりと近寄ってきていたので手招きして、二人がかりでアリアを可愛がった。


===

作者が勝手にやってる『勝手にQ&Aコーナー』


Q.ヨミちゃんってなんだかんだでシスコン?


A.詩月が最近暴走してちょっと引いているだけで、ヨミちゃんはがっつりシスコン。自覚はあまりない

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