立ち上がれ、王女様のために

 翌日。

 詩乃が男と付き合ったことどころか男を好きになったことがないと言う話が一気に広がったことで、男子たちを変に燃えがらせてしまったことで、ラブレターが登校した時点で下駄箱の中に一つ。昼休みにお手洗いに行って戻ってきた時に机の中に一枚入ってた。

 昼休みの間に机の中に放り込まれていたものに関しては、のえると空、美月は見ていただろうに一言も教えてくれず、次の授業の準備をしている時に出てきたから驚いた。


 放課後になってきっちりとお断りして男子の心にダメージを入れてから帰宅し、課題が早速出たので夕飯の準備をするまでに手早く済ませた。

 詩月と一緒に学校であったことを話し、その際詩月が詩乃の写真をクラスメイトに見せてしまい、年下男子の初恋を奪ってしまったことが発覚した時は仰天した。

 紹介してほしいと頼まれたそうだが、詩乃が迷惑だからと年下には興味がないと言ったことで撃退したらしい。実に酷い妹だ。


 食後はすぐにお風呂に入って、歯を磨いて部屋に戻ってちょっとだけ残っていた課題を終わらせてから、FDOにログインした。

 今日はリオンたち亡霊の弾丸がフリーデンに来る日だ。別に隠しているわけではないのだが、人がそこまで多くなくて牧歌的でのどかなこの場所が好きなので、人につけられずに来てほしいとお願いしておいた。

 そしたらわざわざガウェインに頼んで、彼の部下に車を出してもらいここまで来ていた。


 リオンたちも大会がない時はゲーム漬けの日々を送り、配信をしてスパチャや広告収入で生計を立てているそうだが、今回は詩乃、ヨミのチャンネルにお邪魔する形で彼らは配信しないことになっている。

 場所はギルドハウスの、ステラを泊まらせている客室だ。彼女には配信のことについては説明済みで、ベッドの縁に腰を掛けて準備をしているヨミのことを興味深そうに見ていた。

 なお、ガウェインから聞き付けたのか、ログインした時点でフリーデンにいなかったはずなのに準備中に元気よくマーリンがやって来た。彼も配信が気になるらしい。


「これがその、はいしん? と言うものを行うものなのですか?」

「そうだよ。ここのカメラで映して、映ったものを他のものに映すんだ。テレビ……映像機はあった?」

「ありました。あれと似たようなものなのですね」

「そうだね。あれは録画して編集したものを流しているもので、これは録画せずにありのままが流れるものだから、失言とかしたら取り消せないから気を付けてね」

「わ、分かりました」

「録画ではなく生放送か。これはいいね。演説の時とかに使えそうだ」


 マーリンは浮遊している配信用カメラをひっ捕まえて、こつこつと軽く指で小突いていた。壊れはしないがそういう雑な扱いはやめてほしい。


「もうすぐ準備できますけど、そっちもいいですか?」

「えぇ、万端よ。私はいつだって美しく決めているし」

「メインはステラ王女だから、彼女以上に目立つなよ」

「分かってるわよ!」

「あと声が一々デカいから、配信中は声を抑えてくれよな」


 ああやっていがみ合いながらも仲良くやっているのを見ると、はたから見た自分とシエルはあんな感じなのだろうかと首をかしげる。

 今日はヘカテーもログインしており、ゼーレもジンもいるので全員集合だ。ヘカテーは久々の配信ということで、ちょっと緊張している。

 それに気付いたノエルが手招きして、後ろからぎゅっと抱き寄せてよしよしと頭を撫でていた。


 その微笑ましい光景にふっと笑みを浮かべて準備を終わらせて、配信開始のボタンに指をかける。

 昨日、挨拶がいまだに決まっていないと言ってリスナーから募集でもしようかといったが、それはもう解決した。

 ステラから、よく父親のヴェルトに言われていた言葉を教えてもらい、今回の戦いにおける一番の目的でもあるため採用。響きがいいし意味もいいので、今後もそれで行くつもりだ。

 意味を知るとちょっと恥ずかしいが、これ以上の言葉を思いつかないので気持ちを落ち着かせてから配信を始める。


ジークリーベ愛に勝利を! 今日も配信に来てくれてありがとう! ギルド銀月の王座ムーンライトスローンマスターのヨミです。遂に冒頭の挨拶が決まりました」


”ついに挨拶決まったー!?”

”そんな!? 素晴らしい挨拶を考えていたのに!?”

”でも今の挨拶も結構響きがいい。なお内容”

”これ意味を理解できる人が聞いたら、これはこれで萌える”

”なんて言ったのー!?”

”気になるってえええええええええええええええ”


 配信を始めると、表示してあるウィンドウにすさまじい速度でコメントが流れていく。

 冒頭あいさつの意味を知っている人、知らない人で教えてほしい教えてやらないのやり取りが少しなされていたが、ヨミも素直に教えてやるほど人が良くないので教えてやらない。


「今日の配信にはゲストを連れてきているんだけど、無駄に引っ張るの面倒だしサクッと紹介しちゃうね。どうぞ」

「いきなりか。まあいいや。どうも、亡霊の弾丸バレッツオヴファントムのリおぐぅ!?」

「こういうのはリーダーの私からでしょ! はじめましてね、マスターのクルルよ! 今日はヨミの配信にお邪魔しているわ」

「クルル、てめぇ……。脇腹に一発入れるんだったらちったあ手加減しろよ……。亡霊の弾丸サブマスターのリオンだ」

「シェリアだよー、よろしくー」


 アイザックとトーマスは無言だったが、びしっと敬礼をして挨拶したので不問にする。


”亡霊!?”

”準決勝で激熱バトル見せてくれてありがとう! リオンとヨミちゃんのファイト今でも見返してる!”

”公式がこの二人のバトル切り抜いてるから捗るんよ”

”なんか、画面端に誰か見切れてない?”

”ローブっぽいから魔術師だろうけど、もしや新しいメンバー?”

”そういや昨日の配信中に亡霊が来てたな。ってことは昨日の件か”


「今日招待したプレイヤーのゲストはリオンさんたちだけ。これからはNPCのゲストなんだけど、本当は一人だったのが二人になっちゃったんだよね。一人飛び入り参加」

「仕方ないじゃないか。面白そうなものを逃す手はないよ」

「ちょ、勝手に……。まあいいや。じゃあ最初に、アンブロジアズ魔導王国国王陛下のマーリン・マギア・アンブロジアズです」

「やあやあ。ヨミさんから紹介に預かった、五代目国王のマーリン・マギア・アンブロジアズだよ。長ったらしいからマーリンって呼んでくれていいよ。僕は特にお呼ばれじゃなかったんだけど、ガウェインから話を聞いて興味を持ってね。飛び入りで参加させてもらったよ」


”!?”

”王様!?”

”なんで王様おるんや!?”

”部下から聞いて飛び入りで参加って、フットワークが軽すぎる”

”この国の王様ってめちゃくちゃ若いんだ……”


 まさかの王様参加にリスナーも困惑している。だがメインは彼ではないので、もう少し説明が欲しいと言った旨のコメントを意図的に無視して、メインゲストの方にカメラを向ける。


「最後に、今回のメインゲストのステラさん。昨日配信中に名前は出したから、名前だけはみんな知ってるよね」

「は、初めまして、女神様の加護を受けし冒険者の皆様。私はエヴァンデール王国国王ヴェルト・エヒト・エヴァンデールが長女、第一王女のステラ・リーベ・エヴァンデールです。……このような、無様で見苦しい姿を皆様にお見せしてしまい、申し訳ありません」


 カメラに映るその瞬間まで髪をいじって気にしていたステラが、自分にカメラが向いた瞬間小さく体をピクリと震わせてから、緊張しているのかやや小さめな声で自己紹介する。

 元から儚げな雰囲気の美少女だったのだろうが、ろくな食事もとれずに過ごしがりがりにやせ細ってしまったその姿は、リスナーたちの心を強烈に揺さぶったようだ。


”昨日ヨミちゃんが話してたから覚悟してたけど……”

”マジで人の心とかないんか運営ェ……”

”可哀そうは可愛いっていうけど、ステラちゃんはその次元じゃない”

”お腹いっぱい美味しいの食べて元気になってね”

”痩せててもなおわかる美少女っぷり”

”こんな可愛い王女様のいる国を、ゴルドフレイは滅ぼしたのか。許せん”


 ステラの登場にすさまじい盛り上がりを見せる。

 彼女にもウィンドウが見えるように設定してあるため、ものすごい速度で流れていくコメントに目を白黒させる。

 自分の大量のコメントが一斉に送られてきた時もこんなリアクションをしていたなと、最近慣れてきたので取らなくなったので懐かしく感じる。


「ヨミ様からお聞きしていると思いますが、私の故郷エヴァンデール王国は五年ほど前に、突如空から襲来した金竜王ゴルドフレイによって滅ぼされました。お母様は最初の襲撃の際に発生した衝撃波で崩れた城の瓦礫で潰され、お父様は片腕を失い、たった一度の攻撃で王都に巨大なクレーターができ、罪なき大勢の民が理不尽に殺されてしまいました」


 五年前の地獄の惨状を思い浮かべながら話しているのか、次第に目尻に涙が浮かび上がり、ぎゅっと掛布団を強く握って体を震わせている。


「お父様は腕を失いながらも立ち上がり、国中の軍事施設に指示を出して王国中から戦力をかき集めました。その数は百万近くはあったでしょう。当時最先端の魔導飛空艇や飛行戦艦も投入し、王国中の魔導騎士が全勢力で王に挑み……そして……そし、て……」


 ぼろぼろと大粒の涙が、エメラルドの瞳から零れ落ちてステラの手の甲を濡らす。

 軍はたった一体の竜によって壊滅させられ、残ったヴェルトはステラを自らの血を媒体に転移魔術で遠く離れた場所に飛ばして生き残らせた。

 どんな強敵も、百万近くもいれば倒せる。戦は個の強さも大事だがそれ以上に数の暴力だ。いくらドラゴンとはいえ、圧倒的な数の暴力で攻め込めば倒せる。はずだった。

 だが、最悪なことに相手は竜王だった。900年前に当時最も栄えていたパラディース王国をたったの二体で滅ぼした竜神、その子である竜王もまた単独で大国をも滅ぼすことのできる強大な存在だった。


 数の暴力で倒せているのなら、900年経った現在でも一体たりとも倒せていないはずがない。

 それを証明するかのようにゴルドフレイは、単体で百万近くの人間を駆逐し、エヴァンデール王国を壊滅させた。


「お願いします、女神様の加護を受けし冒険者の皆様! 私には、皆様にお渡しできる報酬がありません。お金も、宝石も、何も残されていません。こんな文無しの王女の言葉なんて聞き入れることなんてできない方もいらっしゃることでしょう。ですが、どうか、どうか、皆様のお力をお貸しくださいませ! どうか、滅んでしまった私の故郷の仇を……最後まで私のことを愛し、国王として、英雄として戦場に残り続けたお父様の仇を……取ってくださいませ……!」


 滂沱の涙を流しながら、頭を下げて懇願するステラ。

 コメント欄は彼女を見て泣かないでと慰めるようなコメントで溢れかえる。


「僕からもお願いするよ、冒険者諸君。エヴァンデール王国とは国同士の交友があったんだ。それに、ヴェルトはともに酒を飲んでバカ騒ぎしたことがある、数少ない友人だったんだ。彼は、誰よりも国をよくしようと一生懸命で、誰よりも善き王であろうと必死で、誰よりも家族を愛していた普通の男だった。あんな場所であんな死に方をするような奴じゃなかった。報酬は僕の方から出す。だからどうか、僕の親友の仇である金竜王ゴルドフレイを討ってくれ」


 マーリンも真剣な声でいい、頭を下げる。

 NPCとはいえど国王。国の頂点に立つ為政者。そんな存在が自ら頭を下げるという事態に、コメント欄が困惑する。


「今金竜王はどこにいるのか分からない。ステラさんも、ヴェルトさんに転移させられて戻るまでの一年を除いた四年間ずっと追いかけて居場所の把握をしていたけど、今回ボクに会うために追うのを止めてしまったから場所か分からなくなってしまった。ランダムエンカだし、かなり高い場所を飛んでいるみたいだから見つけるのは難しいだろうけど、ボクは必ず竜王を倒す。だからみんなも協力してほしい」


”もちろん協力するよ!”

”これで協力しないとか言ったらただの薄情者だろ”

”一生関わることがないと思ってたグランドクエストに関われるのか!”

”いつゴルドフレイと戦うことになるのかは分からないけど、準備をしておく!”

”昨日の配信の時点でもしかしたらって思ってて、その時はヨミちゃんに会えるならそれでって思ってたけど、そんな下心はステラちゃんの涙を見た瞬間消し飛んだ”

”王女様のために!”

”美少女な王女様が涙を流してんだ、これで立ち上がらなきゃ男じゃねえ”

”立ち上がれ、王女様のために!”


 急にすさまじいやる気を出し始めたコメント欄に、やっぱ男って単純だなと思いつつもその気持ちが分かるので表情に出さないようにする。


 一回目のグランド討伐は、運よくNPCを200人ほどで倒すことができたが、このゲーム一番のコンテンツであるグランド戦はレイドだ。NPCを100人200人ではなく、プレイヤーをそれだけの数集めて大勢で攻略する。それがコンセプトだ。

 ただ、今回挑もうとしているのはランダムエンカウントの金竜王だ。あちこちを飛び回り続けているので、バーンロットやアンボルトのように決まった場所にいるわけじゃない。

 しかし目星がないわけじゃない。竜王とはいえ、空を支配する王とはいえ、奴も生き物だ。一日どころか何日も飛んでいられるだろうが、必ず疲労してどこかに降りるはずだ。

 長く体を休める場所と言えば、ねぐらだ。飛んでいるゴルドフレイを見つけて追いかけて、その住処を割り出すことができれば、その近くで張り込んで戻ってきたところを襲うことができる。


 問題はそう簡単にいかないであろうことだが、やらないよりやったほうがいい。ダメだったらまた別の方法を考えるまでだ。

 こうして、終わってからお金とかどうしようと不安になり始めたマーリンが顔を青くしたり、同接欄の数字を見て大勢に泣き顔を見られたと知って顔を真っ赤にしてステラがベッドに潜り込んで出てこなくなったりしたが、配信での呼びかけはおおむね成功と言ってもいい結果に終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る