竜王の目的
王様を外に放置するわけにも行かなかったので一階の客間に案内して、お茶とお茶菓子を出して待っていた。
十分ほどしてから、ステラが準備を終えたので彼女が泊まっている部屋に上がった。
途中でアリアがギルドハウスを飛び出て、少ししてからセラと一緒に戻ってきていたので、間違いなくセラの服を着ているだろう。
「お、お待たせして申し訳ありません、マーリン陛下」
「いいよいいよ、気にしないで。ここには僕は、君の顔見知りとしてきているからさ。だからそちらの奥様も、そんながちがちにならないで」
「は、はいっ」
小さな町に国王陛下がやってくると言う特大イベントにセラは恐縮しっぱなしで、がっちがちに緊張している。
アリアはマーリンのことをよく分かっていない感じなので、いつも通りヨミの方にやってきて腰に抱き着いてきたので、可愛いなと頭を撫でて抱っこした。
「まず、君が生きていてよかった。僕は君が生まれた時から付き合いがあるからね。娘のように思っていたから、心の底から安心したよ」
「ありがとうございます。ですが、お父様は……」
「ステラ。ヴェルト陛下は最後まで、命の灯火が消えるその瞬間まで民のために残り戦い続けていたのだろう? 彼の娘として、一緒に来てくれなかったことは不満だろうけど、王族としてなら彼の行動は理解している。そうだね?」
「……はい」
「父親としては間違った選択をしたかもしれない。けど、ヴェルト陛下は王だ。彼は最後まで、王として正しい選択をした。まずはそのことを、称えよう」
「っ、はいっ……!」
最後の親子での会話を思い出したのか、じわりと涙を目尻に浮かべるステラ。
ぎゅっとベッドの掛布団を握り、小さく体を震わせる。
「私は、分からないんです。どうしてあの日、唐突に金竜王が空からやって来たのか」
「それはワシも思っていた。金竜王はここ100年以上、一つも国を滅ぼしちゃいなかった。てっきり国落としに興味をなくしたものだとばかり思っていたが」
「それについては、なんとなく目星は付いているよ」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ。この国にも関係がないわけじゃないからね」
ここでゴルドニールやゴルドフレイの行動パターンを把握できるかと思ったが、あくまでどうして国を滅ぼしたのかが知れるだけのようだ。
考えて見れば、そう言った戦闘データなどは国ごとなくなっているだろうから、こんな場所で知れるはずがない。
「まず、この世界に最初の厄災である二柱の竜神の話は知っているね? それが最初に滅ぼしたのは、当時世界で一番栄え文明が進んでいたパラディース王国。その後で竜神は三原色の竜王と、四色の竜王を生み、次々と国を滅ぼしていった。クロムは確か、竜王が生まれた頃に生まれたんだったね?」
「あぁ。灰竜王シンダースデスに故郷を潰されたな」
「その時の君の故郷がどんなものだったかは、記憶にあるかい?」
「
クロムが何かに合点いったかのように頭をガシガシとかく。
「歴代マーリンが残した記録によれば、パラディース王国を始め、聖王国グラーレイ、魔王国ナイトレイド、魔導王朝メイガスローン、クロムの故郷の都市国家スミスロア、その他多数の当時栄えていた国が滅ぼされている。そして今、確認できているだけで、ノーザンフロスト王国には蒼竜王ウォータイス。極東の島国ヒノイズル皇国には緑竜王グランリーフ。そしてここアンブロジアズ魔導王国には赫竜王バーンロットと討伐済みだが黄竜王アンボルト。共通点はともに、その地域で最も栄えている国だ」
「つまり、竜王たちはその時代で栄えている国を標的にしているってことですか?」
「その通りだよヨミさん。そして、エヴァンデール王国は科学と魔術の複合技術ですさまじい発展をしていた。飛行戦艦がいい例さ。もしあれの研究が進んでいれば、空の支配権はもしかしたらエヴァンデール王国が手に入れていたかもね。今となっては、設計図も何もかもがなくなっているから再現のしようもなくなっているけど」
もし、ここにシンカーがいたら目を爛々と輝かせていたことだろう。
考察ギルドアーカーシャの活動目的は、この世界、特に竜王と竜神の謎を暴くこと。今マーリンが話していることは、竜神と竜王の活動目的だ。ここまで特上の情報を目の前に餌としてぶら下げられれば、嬉々として食らいつきに来るだろう。
「では、私の故郷が金竜王に滅ぼされたのは、技術が進みすぎたからだと言うのですか……?」
納得がいかないと、ぎゅっと掛布団を握るステラ。その目も、キッと鋭くマーリンを睨みつけている。
もしマーリンの言ったことが本当ならば、現状魔術で一番栄えているアンブロジアズ魔導王国と、エヴァンデール王国と同様に科学と魔術の両方で発展しているノーザンフロスト王国、海の囲まれてこそいるがそれ故に独自の文化や技術で世界へと羽ばたいているヒノイズル王国が、竜王に滅ぼされていないのはおかしい。そう強く訴えている眼をしている。
「ものすごく端的に言えば、そうなるかもね。でも僕は、国の発展はあくまで条件の一つだと考えている。じゃなければ、僕の国がバーンロットに燃やされて腐らされないのはおかしい。ノーザンフロストも氷漬けにされていないといけないし、ヒノイズルも土と樹木で覆われてなければおかしい」
「なら、他には何があるとお思いですか?」
「これは推測だけど、自分を、あるいは竜神をも殺せ得る武力を持っていること、じゃないかな。さっきも言ったけど、エヴァンデール王国が開発していた飛行戦艦は、僕の国でもノーザンフロストでも作っているけど、どう頑張っても追いつけないくらい高性能だった。もし、あと十年か二十年もしていれば、竜王を殺して空の支配権を獲得していたかもしれない。だからそれを恐れたゴルドフレイは、自分を殺し得る兵器が生まれないように国を滅ぼした」
「なら!!! アンボルトがこの国で下されたと言うのに、どうしてこの国は未だに炎に包まれず、赫き腐敗に飲まれず、こうして無事でいるのですか!!!」
甲高い声で叫ぶステラ。
体はぶるぶると震えており、瞳からはぼたぼたと大粒の涙が零れ落ちている。
突然の叫びにアリアは怯えてヨミにひしっとしがみつき、マーリンは少し驚いたように目を丸くしていた。
「私の国は、私の故郷は!!! ただ国をよりよくするために技術を発展させてきただけなのに!!! 竜王の討伐なんてことは一切考えていなかったのに!!! お父様は民が暮らしやすいようにと頑張っていただけなのに!!! どうしてその民を思う気持ちすら理不尽に踏み躙られなければいけないのですか!!! どうして……どうして、あんなにも人を思い人のために尽くす、心優しいお父様が、殺されなければいけないんですか……」
魂からの叫び。感情の爆発に発露。
一瞬、やってしまったという表情をしたが、悲しみがそれを上回ったようだ。それだけ自分の故郷と、父親を愛していたのだろう。
「ステラさん、マーリンさんはあくまで推測でって言ってただけだよ。でも、アンボルトを倒したことで、標的にはされたかもしれない。昨日、それを感じさせられることを経験したし」
「昨日……? 私と会う前に、何かあったのですか……?」
「ボクと一緒にいたキアナって子は覚えてるよね? ボクはその子と一緒にワンスディアとダブリスの間にある森の中で回復ポーションの素材を取ってたんだけど、その時にゴルドニールにいきなり襲われたんだ」
「ゴルドニールに? いきなりかい?」
「はい。ものすんごい上空を音速以上で飛んでいるのを目視した直後に、急に方向転換して突っ込んできました」
当面はあの理不尽アタックを忘れないだろう。あの、音速以上の飛行に加えて落下速度も加わりとんでもないことになっている墜落攻撃は、ゴルドニール討伐における一番の課題だろう。
まず目視からの回避は、距離が離れていたら可能だろうが、あれは墜落後に地面を抉りながら追撃してきた。なのでただ回避するだけではだめだ。
何かしらの対策を立てるべきだろう。それこそ、アンボルト戦の時にやったようにタンクを大量に用意して前方に盾防御戦技をいくつも重ねるとか。
一撃でほとんどが破壊されてはいたが、それでもアンボルトの落雷を防ぎきったと言う功績がある。王ではなく眷属の攻撃なら、きっと耐えられるはずだ。
「それはおかしいね。ゴルドニールは自分が飛んでいる空を勝手に見上げるのは許さないけど、たった一度見上げただけで攻撃してくることはなかったはずだ」
「ボクも理由が特に思いつかなかったんですけど、クロムさんに作ってもらった斬赫爪。ロットヴルムの時もアンボルトの時も、それを見せることでどっちも怯えていました」
「そりゃ、竜王最強の腕を使った武器だからな」
「ボクたち冒険者は別の場所に物を保管できますけど、もし竜王がそれを認識できるとしたらどうですか?」
言っていながら、これはないだろうと思った。なぜなら、もし斬赫爪をインベントリにしまっていても認識できるなら、アンボルトは最初からヨミに対して怯えていたはずだ。
「いや、それはないだろうな。あぁ、でもお前さん見た目はそんなゴシックドレスだが、中身はアンボルトの素材を使ったものだろ? 多分そっちを認識したんじゃねえか?」
「それならヨミさんを襲った理由にも納得がいくね。……アンボルトの素材を使った防具着てて即死したの?」
「この嬢ちゃんは防御力よりも、筋力を上げる方を優先してくれって言ったからな。要望に応えるために耐久性の方を犠牲にした」
「それをさらっとやってのけるクロムもクロムだよ。とりあえず、ヨミさんが他の竜王や眷属に狙われやすくなっている可能性があるのは分かった。国を治める王としては、国に王の怒りが向くのではなく君個人に向いてくれた方がありがたいんだけど」
「そりゃ非情にもほどがあるぞ」
「分かってるよ。どの道無関係ってわけじゃないんだ。この国の王として、君にお願いするよ。どうか、もう一度竜王の討伐を成し遂げてほしい。非常に身勝手なことを言っている自覚はあるが、僕らにはあれと戦う力がない。君らのように、戦う力を持つ者に縋るしかないんだ。なんだってする。どんな手助けもする。だから、どうか」
マーリンが自ら頭を下げた。それだけ竜王という存在の排除は重要なのだ。
クロムも頭を下げ、気持ちが落ち着いたらしいステラも小さな声で「お願いします」と言いながら頭を下げる。
まさかこんなことになるとは思っていなかったが、最終的には倒すつもりでいた。なので、数度深呼吸をして呼吸を整えてから、口を開く。
「任せてください。金竜王に限らず、残りの竜王も、竜神すらも、ボクたちが倒して見せます」
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