竜王の心臓
クラス委員をロングホームルームで決め、午後の部活動紹介の熱烈な勧誘(特にゲーマー部というゲーマーの集いの部活)をやり過ごし、入学二日目の全てのイベントを終了した。……と思い込んでいた放課後。
詩乃の連絡先を知らないからだろうか、下駄箱の中ではなく机の中にいつの間にか手紙が入れられていた。
まさか本当に手紙が来るなんてということと、一体いつ手紙を入れる時間があったんだと二重の意味で驚かされた。
ぶっちゃけ男に好意を持たれて告白されても傍迷惑なだけなのだし無視してやりたかったが、それはそれで思春期男子の脆いガラスハートにロケランぶっぱなすようなものなので、渋々手紙に書かれていた校舎裏までやって来た。
150センチにぎりぎり届かない小柄な体で、呼び出したのは男子。クラスの女子が二日目にして告白イベントが発生したことで色めくのと同時に大丈夫かと心配されたが、こんな小柄でも180センチ越えの空を片腕で担げるくらい怪力なので、襲われたとしても問題ない。
流石にそんなことは言えないので、護身術を習っていると適当に嘘を吐いて、やはり心配だからとついてきたのえるをちょっと離れた場所に配置して、校舎裏に足を運んだ。
「夜見川さん、昨日始めて見た時からずっと君のことが頭から離れないくらい一目惚れしました! お、おれと付き合ってください!」
右手を前に伸ばし腰を見事なまでに曲げて頭を下げて来た男子生徒の、熱烈な告白を受け取る詩乃。
身長は当然詩乃よりも高いが、顔立ちはどちらかというと可愛い系の男子で、まだ男だった頃の自分の顔を思い出す。自分ほど女顔というわけでもないが。
きっとその内、女子から可愛がられるようになるだろうなと自分の経験をもとにぼんやり考えつつ、最初から決めている言葉を口に出す。
「ごめんなさい、お付き合いはできないかな」
「うっ……。り、理由を聞いても……?」
「理由って言われても、ボク男を好きになったことが一度もないからさ。だからこうして告白されても、ちょっとは嬉しい気持ちはあるけどそれだけなんだ。だから、ごめん」
嘘ではない。(元男だから)男を好きになったことはない。告白云々の件は今アドリブで考えたことだが、好意を持たれること自体は好ましいことだ。だがそれだけだ。
思春期男子の性欲がどれだけ強いのかはよく知っている。異性と、それも目を引くような美少女とお付き合いしたいと言う願望も知っている。
昨日詩乃に抱いた淡い恋心を打ち砕くようなことになってしまい申し訳ないが、詩乃の恋愛対象は今なお女子なので、きっちりとお断りしないといけない。
「そう、なんだね……。ごめん、引き留めちゃって……」
がくりと肩を落とした、片岡少年(手紙に名字だけしか書いてなかった)は、とぼとぼと歩き去っていった。
その哀愁漂う後ろ姿に強烈な申し訳なさを感じてしまったが、告白してくる相手が男である以上詩乃が誰かと付き合う可能性はゼロだ。かといって女子でも付き合うかどうかは不明だ。
「お疲れ様。もうちょっときつく断ったほうが、今後告白してくる人が減るように思うけど」
「職業病かな。あまりきつい言葉を使うと変な人が来そうな気がしてさ」
「あー……。さ、流石に、高校にはいないんじゃない、かな?」
「中学の同級生に学校中の生徒がドン引きするレベルの変態いたの忘れた?」
「……あれは、例外じゃない?」
むしろそれが例外じゃなかったら何だと言うのかと問いたくなるレベルの変態だった。なにせ、自らキモい行動をして女子を気味悪がらせて、悲鳴を上げたら喜ぶし、キモいだの変態だの言われても喜ぶこの世の終わりみたいな奴が一人だけいた。
行動はかなり酷いのだが成績はなぜか非常によく、学校側も対処に困っていたのをよく覚えている。
流石にそのレベルの奴はいないにしても、Sっ気やMっ気が少しあるような奴はいるだろう。
変態はもう自分の配信に湧く変態共でお腹いっぱいなので、きつい言葉で断られる目的で告白してくるのを予防するために、きっちりと断りつつもきつい言葉は使わない。
「学年女子告白第一号は詩乃ちゃんだったね」
「ボクはてっきり、のえるが先かと思ってた」
「そお? 私は詩乃ちゃんだろうなって思ってたよ」
のえるに預けていた鞄を受け取り、校門に向かって歩き出す。
こういった告白イベントは学生生活における定番の一つだろうが、男子に呼び出されるのは少し憂鬱な気分だ。自分の時間が無くなるからと言うわけではなく、ただただかなり目立つからだ。
この姿のせいで無理だろうとは思っていたが、早くも平穏な学生生活は送れないかもしれないなと、小さくため息を漏らした。
♢
帰宅後、まだ課題もないし夕飯の準備をするまでいくらか時間があったので、それまで少しの間だけログインすることにした。
急に着替えるのが面倒になったのでスカートとベストとブレザーを脱いでブラウス一枚とニーソだけと、のえるが見たら即お叱りが飛んできそうな恰好をしているが、一人なので問題ない。
FDOにログインして、ギルドハウスのベッドの上で目を覚まして起き上がる。
「……お? アルマとアリアちゃん来てるんだ」
ぐーっと伸びをしてから少し耳を澄ますと、楽しげに誰かと会話しているアリアとアルマの声が聞こえて来た。
手紙を送った通りに来てくれたようだなと安心し、邪魔をしないようにと『シャドウダイブ』で影に潜ってギルドハウスの外に出た。
結局のところ、ナーフされるだろうと思っていたこの魔術だが、何の手も加えられることなく放置されている。
あまりにも強力すぎるし、せめてリキャストが発生する程度のナーフは受けると思っていたので、肩透かしを食らった気分だ。
このことを学校にいる時に空に聞いたが、彼が調べた範囲ではこの魔術を使っているのはヨミだけで、確かにあまりにも無法すぎるが言い換えればただ影に潜って素早く移動するだけのスキルだから手の加えようがない、あるいはここまで上手く使えるのがヨミだけだからどうしようもないのかもしれないと言っていた。
とりあえず弱体化はされていないようなので、今後もこの魔術を酷使しまくる。今ではすっかり、なくてはならない便利魔術だ。
「んー、夕飯の準備をし始める時間まであと四十五分。すっごい中途半端な時間なんだよなあ。これで課題があればそっちやってたけどまだないし」
「ヨミ殿おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「おぉう!?」
暇だし、赫き腐敗の森に行ってスカーレットリザードにでもしばき倒しに行こうかなと森の方に体を向けた瞬間、ヨミを探して走り回っていたらしいガウェインが猛ダッシュでやって来た。
あまりにも必死に走ってきたものだから驚いたが、あのガウェインがここまで慌てるなんて、一体何があったのかと不安になる。
「な、何があったんですか?」
「と、とんでもないものを入手しました! これこそ、あのアンボルトを倒したあなたが持っておくべきものです!」
そう言って背中に背負っていたやけにデカい鞄を下ろして、その中から琥珀色の球体を取り出した。
なんだこれはと思ったが、注視したことでウィンドウが開いた。
『ITEM:黄竜王の心核(2/7)
黄竜王アンボルトの心臓ともいえる器官。王の力の全ての源。すでに魂は抜け去っているが、未だに人に殺された王の怨嗟は残り続けている。この心核を取り込むことで、王の力を得ることができる』
「なんだこれ!?」
全部読んだわけではないが、読んだ範囲だけでも狂ったことが書いてあるのが分かる。
七分の二とあるので、これで全てではなく王の心臓の一部なのだろう。あの大きさを考えると、フルサイズでもかなり小さいが心臓と『言える』器官とあったので、本当の意味での心臓ではないのだろう。
おかしいのはそこではなく、核を取り込むことで王の力を得ることができる、というところだ。
急いで差し出された心核を受け取り、もう一度注視してウィンドウを開いてフレーバーを読む。
『ITEM:黄竜王の心核(2/7)
黄竜王アンボルトの心臓ともいえる器官。王の力の全ての源。すでに魂は抜け去っているが、未だに人に弑された王の怨嗟は残り続けている。この心核を取り込むことで、王の力を得ることができる。
ただし、人に弑された王の怨嗟が強力に残っているため、使用すればするだけ怨嗟に飲まれて暴走する。また、王の力を使用中は己の肉体が竜の体質に変化するため、他の能力の一切が封じられる』
「あ、流石にデメリットあるんだ。ていうかデメリットきついな?」
しかし、『血濡れの殺人姫』と『月下血鬼』と『月下美人』、その他各種バフをガン積みした上で王の力が使えていたら、それこそナーフものだろう。
「あいつ倒したのにラストアタックボーナスがなかったのは、もしかしてこういう時のため?」
「らすとあたっくぼーなす……とは何ですか?」
「ボクらの話です。でも、いいんですか? 竜王の心臓なんて、それこそ国が管理すべきものだと思いますけど」
「私も一つはそうしたほうがいいと思っていたのだが……」
「一番の功労者である君たちが、一番貴重なものを一つも手に入れずにいるのは恩知らずにもほどがあるからね。倒したのは君らなんだし、それは君らが持っててよ」
聞き覚えのある声が聞こえた。
ガウェインがそっと横にずれると、なんとそこにはアンブロジアズ魔導王国国王、マーリン・マギア・アンブロジアズがいた。あとなぜかクロムもいた。
なんでこの王様は、まるで知り合いに合いに来たみたいなすごくラフな格好でここにいるのだろうかと、首をかしげてしまう。
「ガウェインから聞いたんだよ。ボクは君が保護したステラとは面識がある。何なら、エヴァンデール王国とは国交すらあったからね。てっきり、あそこの王家は金竜王の大厄災によって根絶やしにされたものとばかり思ってたけど、第一王女が生きていると知って驚いたよ」
「ワシもだ。……ガウェインの小僧から少し話を聞いたが、ヴェルトが自分の血を媒体に転移魔術を使って自分の娘を飛ばしたんだってな。昔から親バカだと思っていたが、ここまでとはな」
「父親として自分の娘だけでも助けたかっただろうし、王族としても血を絶やすわけにも行かないからね。王としては英断だが、共に生きたいと願う娘の父親としては物申したいけど。……今からステラとは会えるかな? 無理そうならまた日を改めてくるけど」
「マーリン陛下!? どうしてここに!?」
ヨミたちの会話が聞こえていたのか、窓を開けたステラが酷く驚いた声を上げた。
昨日の今日で体が元通りになるはずもなく、思わず目を背けたくなりそうなほど細い彼女が映り、胸が痛む。
「やあ、ステラ。久しぶり。少し君と話しをしに来たんだけど……大丈夫かい? 辛いようなら君が回復するまで待つけど」
「い、いいえ、お構いなく。し、少々お待ちを!」
慌てたステラが窓を閉めた。ちらりと見えたが、今彼女が着ているのは質素な白いワンピースのネグリジェだった。
これからこの国の国王に会うからその恰好のままでいたくはないのだろう。しかし、彼女には着替えなどないはずだ。
ヨミの予備の着替えを渡してあげたいが、彼女の方が身長が高いので合わない。きっとセラの服でも借りるのだろう。
「酷く痩せているけど、一応は元気そうでよかったよ」
「たらふく飯を食わせてやらんとな。今日まで一人で、文字通り死ぬような思いをしながら頑張って来たんだ。美味いもんを食わせんと、ヴェルトに拳骨ぶち込まれそうだ」
「ははは! 違いないね!」
ステラが準備を終えるまでの間、マーリンとクロムは昔話に花を咲かせていた。
二人の顔は昔の思い出を懐かしんでいるようで、しかし親しい人を亡くしたことを悲しんでいた。
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