亡国の姫の願い事

 ノエルたちにメッセージを送ってからしばらくして、ヘカテー以外の全員がログインしてきた。既読すら付かなかったのでもう寝ているのだろう。

 ステラのことについては彼女がログインした時にでも話すことにして、遅れてやってきたノエルたちにステラのことを話す。


「エヴァンデール王国、か。俺は聞いたことがないな」

「私もー」

「俺は聞いたことがあるかな。旅の行商人の護衛クエストを受けた時に、暇だったから何か知ってる物語を教えてほしいって言ったら、その国のことを話してくれたんだ。結末は、ヨミちゃんから聞いたのとまるきり同じだったね」

「それよりも、全軍を上げてでも勝てなかったと聞いて、本来竜王ってそういうものなんだって再認識したよ。ボクたちよく200人程度で勝てたよね」

「に、200人……!? たったそれだけで、黄竜王アンボルトを倒したと言うのですか……!?」


 体を起こしているだけでもきつそうだったのでベッドに横たわらせていたステラが、あの竜王戦の真相を知って目を大きく見開いた。

 最初のチュートリアルの時点で、諸悪の根源である白黒の二体の竜神とその子供である七つの竜王が、数多くの国を滅ぼしてきたと明かされている。

 国一つを単独で滅亡させられるだけの強さを持つ王は、当然ソロで挑んで勝てるような強さじゃないし、かといって百人規模のプレイヤーが最高の装備を揃えて挑んでも、あと少しのところまで追い詰めることができても倒すことができないでいる。


 それをヨミたちはプレイヤーはたったの5人。プレイヤーほどの強さを得ることが難しいNPCが200人と異例の少なさで挑み、失敗すれば負け戦に挑んだ蛮勇の愚か者と呼ばれたかもしれない彼らを、竜王討伐作戦に参加し竜王を玉座から引きずり落とし生還した英雄にしてみせた。

 プレイヤーのように不死身ではないこの世界の住人たちからすれば、女神の加護という形でリスポーンする冒険者は一種の憧憬の対象であり、それと共に偉業を成し遂げることができればこの世界の住人も英雄になれる。

 だからこそステラは驚いているのだろう。本来なら最低でも千は必要になるはずの竜王を、200人で倒したということに。


「止めを刺したのはヨミだよ。前に、全く本気じゃなかったとはいえ赫竜王相手に生還するどころか、そいつの左腕を落としてきたからな」

「最強の赫竜王とまみえて生還するなんて……信じられません……」

「ほら、証拠見せたれ」

「えー」


 ちょっと面倒だなと思いつつも、ステラがヨミに向けてくる目がフリーデンにいる少年たちと似たような感じに輝き始めてきたので拒否できず、斬赫爪を取り出す。

 形を武器にしてしまってこそいるが、腐敗の能力は健在だ。そして、人形態の腕とはいえど最強の竜王の素材。あのアンボルトでさえ、斬赫爪を見せた時に怖がっていた。


「これが……赫竜王バーンロットの……」


 細い腕を上げて触ろうとしてきたが、すっと手が届かないように引く。


「今の君はこれに触れちゃダメ。そんなに体が弱っているんだ。武器の形になっていても王の腐敗能力は残っている。武器として使える以上刃の部分にしかないだろうけど、何があるか分からない」


 言い方は悪いが、ステラは貴重な生き証人だ。金竜王の攻撃パターンやそのほか行動パターンを見ている。それを知ることがでいれば、事前に行動と攻撃範囲等を知ることができて有利に働く。

 なので、クロム謹製なのでないだろうけれども、万が一、いや億が一ということも踏まえて、斬赫爪には触らせない。


「とりあえず、君の体力が続く間に色々と聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

「はい。何なりと」

「まあまず、ボクのことを探していたけど、理由は?」

「あなた様が、最初の竜王討伐者だからです。このことは、クインディアに駐留している騎士様方からお聞きしました。話を聞くために、もう存在しない私の国の王族としての権利を、振りかざしてしまいましたが」


 少し辛そうな顔をするステラ。もう存在しないのに、きっと王族だからとやや高圧的にしてしまったのだろう。それを深く反省しているようだ。

 それだけ、ヨミの話を聞きたかったのだろう。故郷の、そして父親の仇のために。


「その様子じゃ、多分ガウェインさんからも話は聞いてるかな」

「いいえ、ガウェイン様とはお話しできませんでした。未だ体が残り続けている王の死体の管理をどうするのかを会議するために、王都に向かったそうです」

「あれまだ残ってるんだよなー。素材も全然剥ぎ取れるし。ブリッツグライフェン二本目行けるんじゃない?」

「一本で十分だろあの過剰火力兵器。お前、アーネストとの戦いで次々と形態切り替えながら戦ったから、えらい注目されてんぞ。お前のメスガキムーブと一緒に」

「うわぁ……」

「めすがき……?」

「気にしないで」


 流石は元お姫様。変な知識は持ち合わせていないようで、不思議そうな顔をしていた。

 真顔で気にするなと言ってから小さく咳払いをして、次の質問を投げかける。


「ボクを見つけて、どうしてほしかったの?」

「先ほどもお伝えしました通り、私の故郷と、最愛の家族を奪ったあの憎き金竜王を弑してほしいのです。そのためになら私は、本当になんだっていたします」

「女の子がそういうこと言うもんじゃないよ」

「ですが……私には、皆様にお支払いできる報酬がございません。そこの壁に立てかけてある剣は、私の父の形見ですし……」

「うーん、別に報酬がどうしても欲しいってわけじゃないんだ。元より、いずれは竜王どころか竜神まで倒すつもりでいるし」


 倒してしまえばあの巨体から大量に素材を剥ぎ取れるし、それを使ってほしい武器を作ってしまえばいい。幸い、ヨミたちにはアンブロジアズ魔導王国最高の最高位鍛冶師マスタースミスのクロムがいるので、最高の素材で最高の武器を作ってもらえる。

 それと、これはゲームだ。最高難易度クエストの一つをクリアして得られる報酬が素材だけなのは流石にいただけないので、メタ的に考えれば運営から何かしらの報酬は用意されているはずだ。

 なので、ステラが自分を犠牲にしてでも無理して報酬を用意する必要はないのだ。


「いやー、やっぱヨミちゃんのとこにこれてよかったわ。おかげで、ゼルのギルドにいた時よりもずっと楽しく過ごせる」

「そんなに時間経ってないはずなのに妙に懐かしさを感じるねその名前」

「ゲーム内の悪行バレて両親から一生ゲーム禁止令が出されてて、死ぬかと思ったね。笑いすぎて」

「オンラインゲームをやらせないでソロゲーだけやらせればいいのに」

「うちの両親はゲームそのものにちょっと否定的な人だからね。頑張って説得してやっとナーヴコネクトデバイスにゲームを入れられたのに、ほんとざまあ」


 ゼルはもう二度とゲームができなくなってしまったようで、本当に哀れだなと感じてしまう。

 FDOにチートツールを持ち込んでそれを使ってヨミを倒そうとしてBANされて、そこからブラックリスト入りしてしまい、新しくデバイスを買ったとしても二度とそれを用いてゲームができなくなってしまうと言う都市伝説があるくらい、チートを使った人が戻ってこないので安心して遊べる。


「げーむ?」

「何でもない、ボクらの話さ。とりあえず、ステラさんのお願いは分かった。どっちにしろいずれは倒す敵だったから、君の依頼を受けるよ」

「ほ、本当ですか!?」

「ここで嘘言って何になるって言うのさ。それに、そんなボロボロになってまで金竜王を追い続けて来たんだ。そんな君のことを放置してボクたちがやりたいようにやるのは、流石に可哀そうだし後味最悪だからね」


 ステラの依頼を受ける。そう言った直後に、ノエル、シエル、ジン、ゼーレの前にウィンドウが開いた。

 こっちからは何と書いてあるのかは見えないが、流れ的にヨミが受けたショートストーリークエストだろう。

 全員ヨミのことを一度見てからこくりと頷き、ウィンドウを操作して閉じる。


「ありがとう、ございます……! ありがとうございます……!」


 ずっと一人で王を憎み、ずっと一人で王を追い続けて来たお姫様は、ぽろぽろと涙をこぼしながら繰り返し感謝の言葉を口にしていた。

 こうしてヨミたち銀月の王座は、早くも二体目の竜王討伐に向けて動くことになった。

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