おひめさま

 ───夢を、見ている。


 それは十七年生きてきた人生の中で、最も幸せな時期だった頃の記憶。そして、その幸せが突如として理不尽に破壊され、何もかもを失い絶望のどん底に突き落とされた時の記憶。

 全てが壊れていた。ある日いきなり、50メートルを超える巨体にも関わらず、音を遥かに超える速度で空から隕石のように墜落して来て、それだけで数百メートル離れた場所に立っていた王宮が半壊。

 それの墜落した地点には巨大なクレーターができており、そこにあった人々の営みが跡形もなく壊されていた。


 半壊した城の中でどうにか生きていた父である国王は、頭から血を流し左腕を瓦礫に潰され失っても、ただそこにいるだけで恐怖を叩きつけられ死を予感させる、この世界に存在する七つの竜王が一つ、金竜王ゴルドフレイを討伐するために立ち上がった。その目的は、瓦礫に頭を潰され即死した王妃の仇を取るためか、あるいは一人娘である自分を守るためか。

 生き残っていた軍をかき集め、通信機を用いて魔導飛空艇をエヴァンデール王国中から呼び寄せ、王国全勢力をもって戦った。

 当時のエヴァンデール王国の魔導技術の粋を集めた軍は、最初は奇襲を受け王都に大打撃を受けたが、王国全軍をもってすれば王殺しができると思っていた。

 だが、それは蜃気楼のようにあまりにも淡い希望だった。


 飛行戦艦30隻の主砲の一斉砲撃も、魔導軍の一斉魔術砲撃も、王の鱗にわずかに傷を入れるだけに留まった。

 金色の王は異常なまでに大きな異形の翼を広げ、己の鱗が硬いことを利用して自らが特大の砲弾となり、ただ移動するだけで瞬く間に軍勢を蹴散らしていった。空の支配者たる所以を見せつけ壊滅させた。


 たった一対の竜の王に、百万近いエヴァンデール王国軍は冗談のように全滅させられてしまった。

 空を飛んでいた飛空艇も、飛行戦艦も、魔術師たちも、破壊され、燃えて、抉られて、燃料を、肉と血潮を、雨のように撒き散らしながら墜落していった。

 そんな地獄の光景を、今でもなおはっきりと思い出せる。


「ステラ……。お前だけでも、逃げるんだ……」

「嫌……そんなの嫌です、お父様! 私一人だけ生き残るなど、どうしてできましょうか! どうか、どうかお父様も!」


 王女ステラは縋った。どうか、最愛の父も一緒に来てほしいと。だが、国王は首を横に振った。


「私は王だ。この国を統べる王なのだよ、ステラ。王なくして国はなく、民なくして王はない。長きに続いたエヴァンデール王国最後の国王として、私は民を、死んでいった私の部下たちを置いて、この戦場から逃げるわけにはいかないのだ。だがステラ、お前は違う。お前は私の娘、エヴァンデール王国第一王女だ。お前は私の、何よりも大切な宝なのだ。親と言うものは、自分の子供を守りたいものなのだ。自分の子供の幸せを願う生き物なのだ。自分の子供が、長生きしてほしいと願うものなのだ。だからステラ、我が娘よ。どうか……どうかお前だけは、ここから逃げておくれ。逃げて、生き延びて、難しいかもしれないがどうか……私が見ることができないことが悔やまれるほど、幸せになっておくれ」


 国王は、父・ヴェルトは、血まみれになった右手でステラの頭を撫でながら言った。当然、ヴェルトと共に暮らすことが、そしてヴェルトに自分が幸せになっていくことが何よりの幸せだと、ステラは拒絶した。

 わんわんと大きな声で泣きじゃくり、ぼろぼろになったヴェルトに縋った。決して離してなるものかと、指先が白くなるほど強く服の裾を掴んだ。

 だが、ステラの願いは叶わなかった。


 ヴェルトは己の血を媒体に、ステラに転送魔術を発動した。転送する直前、自分が腰に付けていた王家の宝剣を授け、嫌だと大きく声を荒げるステラを強く抱きしめて、最後に言った。


「愛しているよ、ステラ。これまでも、これからも、ずっと。永遠に」

「嫌!!!!! 嫌ぁ!!!!! お父様ぁ!!!!!」


 絶叫するように叫び、滂沱の涙を流し必死に縋ったが、ヴェルトの転送魔術はステラだけを遠く離れた場所に飛ばした。

 ステラが最後に見たヴェルトの顔は、ステラだけでも生き残らせることができる喜びと、もう二度と愛娘と共に暮らし、愛娘の幸せを見ることができない悲しみに満ちた顔をしていた。


 遠い地に飛ばされたステラは、その後死に物狂いで、煌びやかなドレスをぼろぼろにしながら、足から血を流しながら一年かけて祖国があった場所に帰った。

 そして、全てが壊され全てがなくなり、人の気配どころかあらゆる命の気配がなくなった王都を見て、この世の全てに絶望した。

 こうして、エヴァンデール王国はたった一体の竜王によって滅亡した



「おとうさま……いやです……おとうさまぁ……」


 意識を失った少女をベッドに運んだヨミは、隣に置いた椅子に腰を掛けながら、うわごとのようにぶつぶつと同じ言葉を繰り返し、涙を流している少女の看病をしていた。

 キアナはエヴァンデール王国についての話をもう少し詳しく聞きたいと言ったら、あくまでそういう話がこのゲームに存在しており、偶然王家の紋章を見たことがあるだけで詳しくはないのだと言う。

 だが部外者ではなくなってしまったのだし放置もできないからと、床に座ってウィンドウを操作して色々と調べてくれている。


 ぼろぼろで饐えたような臭いのするローブを剥がし、今の自分が女の子とはいえNPCの少女の服をひん剥くのはどうなのかと思いつつ、いつまでも汚れ切った服を着させ続けるわけにはいかないので、少女の服を脱がしてキアナが持っていた質素なワンピースに着替えさせた。

 着替えさせている間も思ったが、ろくな食事がとれていなかったのだろう。見れば見るほど、泣きそうになるくらい細い。

 自分の故郷が滅ぼされ、たった一人行く当てもないまま彷徨い続けながら、ずっとゴルドフレイを追い続けていた少女。彼女はいったい何者なのだろうかと、目尻に溜まった涙をそっと指ですくい取った。


「……あった」


 しばらく一言も話さずにいると、キアナがぽつりと呟いた。


「エヴァンデール王国は五年前の十二月二十四日に金竜王ゴルドフレイに滅ぼされた。最後の国王ヴェルトが王国中の全武力を王都に集結させ、百万近くの大軍勢で挑むが敗北。エヴァンデール王国跡地にて発見された一つの手記に、『王家の血は未だ途絶えず。されど、彼の者は一人の娘として幸せを願う』とだけ記されていた。手記に挟まれていた写真には、最後の国王ヴェルトとその王妃と思われる女性、そして二人と共に幸せそうな笑顔を浮かべる唯一の王家跡取りの第一王女ステラが映っていた」

「……アンボルト倒したから言えるけどさ、百万近い軍勢で倒せないってどんな化け物?」

「最強ギルドが百回近く挑んでも勝てないような相手だっていうしね。本来はこれくらい強いんでしょ。それをヨミはNPC200人込みとはいえ、初見で倒しちゃってるんだけど」

「よく倒せたよね、ボク。多分もう一回同じ条件でやれって言われても、多分無理」

「ちなみにアンボルトって下から二番目の強さで、最弱格らしいよ」

「あれで!?」


 半端ない密度の雷を乱射して、ひたすら殴っても中々砕けない硬すぎる鱗。三つの首。

 あれだけ圧倒的強者たる竜王の風格を出していたのに、竜王の中では二番目に弱いと言うらしい。絶対に間違っているだろうと、ひくりと頬が引き攣る。

 もしあれが本当に最弱格だとして、四色とは比べ物にならない力を持っているであろう三原色はどうなってしまうのか。想像するだけで身震いする。決して武者震いではない。


「ぅ、ん……」


 視線を少女に戻すと、ぴくりと小さく身動ぎしてからゆっくりと瞼が開く。

 数秒間ぼーっと天井を見つめていたが、すっと目だけをヨミの方に向けた途端に目を大きく見開いて、起き上がろうとする。


「だめ、無茶しない」

「です、が……!」

「事情はなんとなく察してるよ。確認だけど、君はエヴァンデール王国第一王女のステラでいいんだよね?」


 国の名前を出した途端、激しい痛みを堪えるように表情を歪ませぽろぽろと涙をこぼしながら小さく頷く。


「そう、です……。私は、今は亡きエヴァンデール王国国王、ヴェルト・エヒト・エヴァンデール国王陛下が長女、ステラ・リーベ・エヴァンデール、です。あの……あなた様は、間違いなく……」

「うん。ボクはヨミ。ギルド銀月の王座ムーンライトスローンのギルドマスターのヨミだよ。どこで知ったのかは聞かないけど、真祖吸血鬼さ」

「あぁ……、あぁ……! やっと……やっと、見つけました……! この世界で最初の、竜王の討伐者に……!」


 竜王の討伐はプレイヤーのみならずNPCたちにとっても無視できないビッグニュースだった。

 とてつもない騒ぎになるのは分かり切っていたので、ガウェインたちにヨミの姿のことは漏らさないようにと釘を刺しておいたのだが、人の口に戸は立てられないどこかから漏れたのだろう。

 それをステラが拾い、どこにいるのかも分からない銀髪紅眼の吸血鬼ヨミを求めて、手あたり次第街を回っていたのだろう。

 今回この酒場で見つけたのは、ほぼ偶然だ。キアナと共にゴルドニールにタックルされて夜空に向かってホームランヒットされていなければ、キアナと一緒にこの酒場に来ることもなく、ステラとも会うことはなかった。


「どうか……どうか、お願いします……。どうか、我が祖国の、私の大好きだったお父様の仇の、金竜王ゴルドフレイを倒してください……! 報酬は、何をしてでもお支払いします……。お金をお求めになられるのなら、この体を売ってでも……!」

「はい、ストップ。金竜王が憎くて仕方ないのは分かったけど、だからってなりふり構わずに口走るのはよくないよ。それに、竜王討伐者だーって言うけど、あれはボク一人の偉業じゃない。流石のボクでも竜王に単独で勝てるほど強くないからね。とりあえず一人で決められるような話じゃないから、今呼べるだけの人数でギルメン呼ぶから、話しはそれからでもいい?」


 眼前に開いたメッセージウィンドウ。そこには『ショートストーリークエスト:【金色より祖国を追われし小さな星と大きな愛】が発生しました』と書かれている。

 ショートストーリークエスト。アルマの口から彼の母親セラの話を聞いた際に発生したショートストーリークエスト。これを進めていくと、王に挑むための挑戦権を獲得するためのグランドキークエストが発生する。

 これが発生したということは、ステラと関わりを持つことこそが金竜王への正しい道筋なのだろう。

 大きなイベントが終わったばかりなのに忙しないなと、ふっと息を小さく漏らしてから、東雲姉弟とジン、ヘカテー、ゼーレにメッセージを送った。

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