今は亡き国の
「何なのあいつ! 何なのよあいつ!!!」
「まあまあ、落ち着きなよキアナ。流石のボクもちょっとキレそうだったけどさ」
「なんでそんな平気でいられるの!? あんな不意打ちみたいな攻撃されて理不尽にデスポーンする羽目になったのに!」
「自分よりキレてる人を見ると冷静になるってマジなんだね」
ヨミはフリーデンのギルドハウス、キアナはワンスディアのリスポーン地点の宿にリスポーンした後、ワンスディアのワープポイント前で合流してから、深夜営業している酒場に入った。
そしてそこで、キアナはジョッキに注がれたアップルジュース(未成年なのでお酒は購入できない)を片手に、ぷんすかと怒っていた。
彼女の怒りも分からなくもないし、何ならヨミもフリーデンのギルドハウスのベッドで目を覚ました直後は、竜王の眷属の癖に不意打ちとかこっすい真似しやがって許さん、と思っていたくらいだ。
その怒りも、自分以上にキレ散らかしているキアナを見て冷静になったわけだが。
「まず分かっているのは、あれが金竜王ゴルドフレイの眷属、金竜ゴルドニール。一瞬すぎてよく見えなかったけど、確実に音速以上の速度での飛翔が可能。あの巨体、あの質量で音速以上の速度で体当たりされたらひとたまりもないね。ジンでも防ぎきれるかどうか」
「どうすんのよ。金竜王と金竜は基本ランダムエンカウント。リベンジするにも、多分もうあの場所にはいないと思うけど」
「いないだろうね。でも別にいいよ、今はまだあれと戦うつもりはないし」
速度というのは非常に強力な武器だ。相手より速く動ければそれだけで先手を取れるし、速度があれば攻撃速度も上昇して結果的に攻撃力が上昇する。
ノエルは典型的な脳筋でパワーisパワーを体現しているし、ヨミも筋力をかなり高くしているが一撃の強さよりも速度の方を重視して動いている。
アーネストや美琴、フレイヤ、リタ、カナタ、サクラほどの実力者となれば、速度でヨミが勝っていても技術、あるいは堅固な防御で対処してくるが、速度で勝っていれば常に相手を後手に回らせることができる。
ゴルドニールはその速度に特化しているようで、空から地面にむかっれ落ちてくる時はともかく、その後の地面を抉りながらの突進には背中を向けて逃げていたことを除いても、反応ができなかった。
あれで能力が一つしかない、空を支配しているだけの四色の竜王。本気形態どころか激甘見積りでも本気の三分の一、甘く見積もらずに過去の伝説から考えれば十分の一かそれ以下の強さしか発揮していなかった人形態の赫竜王よりも厄介に感じる。
能力が一つだけ、あるいはものすごくシンプルな竜王とその眷属は、三原色に劣っている分密度に振り切っているように感じる。それは黄竜ボルトリントと黄竜王アンボルトで感じていた。
「……まさか、ゴルドフレイってゴルドニール以上の速度ですっ飛んでくる可能性がある上に、攻撃密度がえぐい可能性ある?」
なんて地獄だそれは。
しかも、あくまで開示されている能力は『空の支配』と非常にあいまいだ。大昔の人が考えていた五大元素地水火風空の空なのか、空に関連すること全てを支配しているから空なのか。
少なくとも、ただ音速以上の速度で飛行して誰にも負けない制空権があるから空を支配、というわけではあるまい。
「ものすごくリベンジしたいけど、あたしステータス全然上げてないからなあ。元々あまり戦うってことが得意な方じゃないし」
「じゃあ最初から商売だけするつもりで来たんだ」
「まあね。将来の夢が自分のお店を持つことだったからさ。お菓子屋さんでも雑貨屋でも、何でもいいからお店が持ちたい。だからこのゲームはそのシミュレーションにぴったりなんだよね。NPCでも人と変わらない反応をするし、人と変わらないやり取りができる。もちろんプレイヤーっていう本物の人間もいるから、いい練習になるんだ」
もう少しお店が大きくなったら従業員を雇ってその人に代理店長をさせながら、自分は今度はカフェか何かでも開こうかと思っている、とキアナは続けた。
「でもなあ。あんなのに理不尽にキルされたのはすごく気分が悪くなるね。こう、ものすごくリベンジがしたい」
「でもステータス上げてないからできないと」
「そうなんだよねー。ヨミにくっついて行けばシステム的には一緒に倒したってことになるんだろうけど、それじゃただの寄生だし。かといって一緒に戦うと筋力もないしHPも耐久もない。今持ってるスキルを減らして余ったポイントで振り直したところで、戦闘経験がないからなあ」
「ここにきて商人ロールプレイの弊害が出て来ちゃったね」
「まさかあんなのに襲われるとは思わないじゃん」
ぐでー、とテーブルに突っ伏すキアナ。
戦って強くなるためでなく、自分の将来の夢のために練習のためにゲームをしている。確かにFDOはリアルすぎるがゆえに、そういう使い方もある。
ヨミのように攻略することを目的にしているプレイヤーもいれば、現実では味わえない幻想的な光景を見るためだけにプレイしている人、リアルで何らかの事情で体が動かせないがゲームの中であれば思う存分に動かせるから、重度の動物アレルギーで動物と触れ合えないがゲームにはアレルギーと言うものがないから。プレイする理由は様々だ。
それでも、現実と違って例えほかのプレイヤーより戦う力が弱くても戦える手段を持っているため、あんなふうにやられるのは我慢ならないようだ。
「手っ取り早く強くなれる方法とかない? ヨミって一か月足らずでトッププレイヤーになったわけだしさ」
「ボクは環境が特殊だからねえ。赫き腐敗の森に行けば、今でもステータス的な面ではボクよりも強いエネミーいっぱいいるし」
「まだ強いのいんの!?」
「いるよ。赫竜王バーンロットはまだ倒してないから、その眷属は倒してもリスポーンするし、それ以外にだってかなり深いところまで行けば強いのいっぱいいるし。奥に行きすぎると人形態のバーンロットと戦う羽目になるけど」
「竜王と強制ファイトはやだ」
「うん、それはボクも同意。というか、オブラートに包まずに言うけどキアナはステータス的に貧弱だから、赫き腐敗の森に行く前にある普通の森にいるエネミーにも負けると思う」
「そりゃクインディアが最寄だからそうなるよ。こんなことならもっとちゃんと育成すればよかった」
酒類は未成年なのでメニューに表示すらされず注文もできないが、ジョッキに入ったアップルジュースの色合い的に、お酒を飲んで酔って愚痴っている人に見えて来た。
現状、恐らくあれにまともに反応できるのはヨミ以上の速度を誇るFDO最速のリタか、彼女ほどではないが雷を使うスキルの影響でかなりの速度を出せる美琴くらいだろう。
アーネストは多分避けずに勘で真っ向から剣をぶち込みに行きそうだし、ノエルもアーネストと同じようにメイスを当てに行こうとするだろう。
どうやって攻略したものかと腕を組んで椅子を後ろに傾け天井を仰ぎ見ていると、からんからんと酒場の扉についている小さな鐘が鳴った。
入店を知らせるその音は、客がヨミとキアナ以外におらずしんとしている店の中にやけに大きく響いた。
思わず椅子を傾けたまま逆さまになっている視界で扉の方を見ると、フードマントを着た誰かがそこにいた。
カーソルがNPCだと証明しているのでプレイヤーではないが、こんな時間にあんな怪しい格好していれば、誰だって警戒する。
見るからに怪しいと右手に影のナイフを作っていつでも攻撃できるようにしていると、フードマントの人物がかつかつと踵を鳴らしながら歩いてきた。
一瞬だけちらりとフードマントの間から見えたぼろぼろに傷んだドレスのような衣装に、左腰に下げている剣を見て警戒を強める。
「あの、一つお伺いしたいことが……」
女性、いや、少女の声だった。足取りや体幹に反し、声はかなり弱弱しい。
よく見れば、体が微かに震えており、近付いてからこそわかったが体が細い。細すぎるくらいに。
「銀髪の、赤い瞳の吸血鬼……。
「……えーっと?」
一瞬言っている意味がよく分からなかったが、以前クロムから銀髪に赤い目の吸血鬼は純血な吸血鬼だと聞かされていたので、多分そのことだろうと頷く。
「やはり……! で、では、あなたがこの世界で初めて、竜王を下したというヨミ様なのですか……!?」
「そ、そうだけど」
「あぁ……あぁ……! やっと……やっと巡り合えた……! よかった……」
目深にかぶっているフードに隠れた顔に、つーっと涙が流れる。
急に泣き出したのでぎょっと目を見開くと、今度はいきなり体をふらりと揺らしたかと思うとそのまま倒れてしまう。
倒れてしまった少女はその拍子でフードが外れてしまい、元はきっとかなり綺麗だったであろう金髪はぱさぱさに傷んでおり、荒れた肌にやせこけた頬が晒される。
「ちょっと!?」
「急に何この人!? って、あれ?」
「キアナ、どうしたの?」
「いや、この子が付けてる首飾りと髪飾りの紋章、どこかで見たことがあるような……」
慌てて椅子を戻してから立ち上がり、近寄って抱きかかえる。手足はかなり細く、当然体も細く痩せているためか、可愛そうなくらい軽い。
そんな彼女の首飾りと髪飾りを見たキアナが、顎に手を当てて考えている間に、酒場の店長に頼んで空き部屋を貸してもらうことにした。
流石に女の子がいきなり倒れて放置することはできないようで、了承して二階の空き部屋を貸してくれた。
「あ、思い出した。この世界で五年くらい前にゴルドフレイに滅ぼされたエヴァンデール王国の紋章だ」
ゴルドフレイに、若い女性のNPC。
前にゴルドフレイはランダムエンカウントなので、何の準備をしていない状態でいきなり竜王戦とかやってられないからと調べていた時に、ゴルドフレイが現れる場所の近くには決まって若い女性のNPCがいると言う情報があった。
決まって近くにいると言うことは何かしらの因縁があるのだろうと思っていた。定石に当てはめれば、討伐に向かった人の家族とか、滅ぼされた街の唯一の生き残りとかだ。
だが街と言うものの規模じゃなかった。この少女は、生まれ育った祖国を空の支配者たる金竜王ゴルドフレイによって滅ぼされ、それをずっと追っていたのだ。
何がトリガーだったのか、分からない。ゴルドニールにお星さまにされたことがフラグではないだろう。
「まさか、本当にボクが竜王を殺したことが……?」
この少女はまるで、ヨミを探していたような口ぶりだった。
もし、グランドクエストを進めることで、特定のグランド関連のクエストに関わるNPCが自ら接触しに来るようになっているのだとしたら。
あくまで推測でしかないし、今は早くこの少女をベッドに寝かせることが優先だ。
思わずきゅっと唇を噛んでしまうくらいに軽い少女を横抱きにして、ヨミは急いで二階へと駆け上がっていった。
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