空に轟く
のえるたちとマックで昼食を済ませた後、のえる本人の希望でゲームセンターに立ち寄り、懐かしのアーケードゲームを楽しんだ。
レースゲームから始まりシューティングゲーム、エアホッケー、太鼓の〇人、クレーンゲーム等々。
空が格ゲーをしたいと言ったので大きな筐体で行う2D格闘ゲーム機にお金を入れて、三回ほど空と対戦した。
お互いにあまりこの手のゲームに慣れていないこともあって序盤はぐだぐだだったが、一足先に感覚を掴んだ空が詩乃から勝ち越したことで決着が付いた。
そうやって遊んでいるうちにいい時間になってきたので、ゲームセンターから出て駅に向かい、電車に乗って帰宅。
はじめはあまり慣れておらず違和感のあった制服だが、何時間も着ているうちに次第に気にしなくなってきた。
慣れって怖いと思いながら部屋に戻り、制服を脱いでラフなキャミソールにホットパンツの部屋着に着替えてから脱いだ制服をハンガーにかけてきちんとしまう。
夕飯の準備は詩音がしてくれるので時間まで部屋にいられるが、かといってゲームにログインするほど時間があるわけではない。
なんか中途半端に暇になってしまい、ベッドの縁に腰を掛けてから仰向けに倒れる。
「今日から高校生、か」
ぽつりとそう零す。
こんな姿になるまでは男子高校生として、男子の制服に身を包んで高校に通うものだと思っていた。
それが、巷を騒がせているろくでもない現象の被害者になってしまい、思い描いていた自分の男子高校生の姿が崩れ去り、予想もしていなかった女子高生の自分の姿が出来上がってしまった。
「女子高生だねえ」
「まさかそれが自分に当てはまることになるなんて……なんでいるの!?」
ぼーっと天井を眺めながらぽつりと零した独り言に、いつの間にか部屋の中にいた詩月が相槌を打つ。
あまりにも自然すぎて普通に会話に繋げようとしたが、音が何も聞こえなかったのに何でいるのだと飛び起きる。
「なんでって、ドアが開いてたから?」
「ボクの五感が大分鋭くなって、小さな物音でも聞き取れるのは知ってるよね?」
「夜中に物音で飛び起きそうで不安だーって言ってたのに、全然余裕で朝まで通しで寝てるけど、知ってるよ」
「どうやって入って来た?」
「忍び足」
「忍者か何かかお前は」
「そこはくノ一でしょ」
実は詩月も魔術が使えて、気配を遮断する魔術でも習得したのではなかろうか、と思えるほどの気配のなさだ。
「あ、私もFDO始めるからよろしくね」
「……遂に、来るのか」
「わー、ものすっごい切実な声。でもでも、ゲームの中じゃとっくにゴスロリ着こなしてるんでしょ? じゃあ今更じゃん」
「そうだけど……そうなんだけどっ……!」
ゲームの中でゴスロリを着るのが嫌というわけではない。詩月の趣味全開でふりっふりで可愛いに全振りしたフリルがふんだんに使われているであろうものを、着せ替え人形の如く着せ替えられるのが嫌なのだ。
しかし言質は既に取られているし、もう逃げ道はない。ゲームに興味がない詩月だが、現実では中々自分の思う可愛い服を着てくれない姉を心行くまで着せ替えられるとあれば、いくらでもゲームの世界に飛び込めるのだとよくわかった。
これからは、特に詩月の前では発言に気を付けようと、飛びついてきた妹を拒絶せずに受け止めながら決意した。
♢
詩音の作った夕飯を食べ終え、お風呂に入ろうと脱衣所で服を脱いでいる時に詩月が一緒に入ろうと言って突撃して来て、剣道をやっていることもあって美しく引き締まっているが、のえると違って自分の妹なので裸を見ても何も思わないので普通の了承。
洗いっこしてゆったりと湯船に浸かってから一足先に上がり、髪の毛を乾かし保湿などのスキンケアをしっかりしてからパジャマに着替えて部屋に戻る。
「すげー自然にやってたけど、もう行動が女の子じゃん」
流れるように保湿スキンケアをしていた。これに関しては意識していようがいまいが、毎晩必ずやらなければいけない。じゃないと次の日ののえるが怖い。
机の上に置いておいたナーヴコネクトデバイスを首に付け、ヘッドセットを被ってデバイスと接続。すっと目を閉じると、意識が暗転。直後に急浮上する。
五感が全てFDOに入ったことを感じ、目を開ける。すっかり見慣れた、フリーデンにあるギルドハウスの自室の天井だ。
「ん……んんー……! ……よし!」
ベッドから降りて軽く伸びをする。
もうしばらくは大きなイベントがないので、またあれこれ模索しながら遊ぶ日々に戻るわけだが、今までと違って時間が大きく限られてくる。
土日や祝日以外で長時間ログインしていられる時間は確保できないので、どのようにして遊ぶかをしっかりと考えなければいけない。
今時学校の課題なんかはデジタルなので、ナーヴコネクトデバイスを学校に持って行って登録してそこに課題を転送してもらえれば、後はこちらにも持ち込むことができるので、ログインしながら勉強もできる。
息抜きするために遊ぶのがゲームなのに、ゲームに入っても勉強とは本末転倒すぎる気はするが。
「ラノベみたいに、ゲーム内時間が現実の三倍とかだったらすごく楽なんだけど」
だが現実で一日過ごすだけでゲームでは三日すぎてしまうので、もしFDOのゲーム内時間がそうだったら、ヨミにべったりと懐いているアリアが毎度毎度大泣きしてしまうので今のままでいい。
「えっとまずは……美月に連絡だね」
スマホの機能が全て入っているデバイスがメインなので、もちろんスマホでできることをデバイスでできるし、ゲーム内でもそれが使える。
メッセージアプリを開いてまだ何もメッセージのないまっさらなトークルームを開き、今どこにいるのかを質問する。
きっとすぐには来ないだろうと思い、それまでアルマとアリアに会いに行こうとしたが、外は既に夜なのでこの時間は寝ているだろうとやめた。
こうなったらダブリスに転移してから徒歩でワンスディアに向かおうかなと考えていると、美月から返事が返って来た。
『美月:ごめん、今回復アイテムを調合するための素材を取りに行ってて街にいない。一時間くらいかかるかも』
『詩乃:ううん、気にしないで。それまでボクはボクで暇潰しでもしてるよ』
どうやらワンスディアに今はいないらしい。
少しタイミングが悪かったなと笑みを浮かべ、一時間ほどかかるそうなのでダブリスからワンスディアの道を徒歩で移動することにした。
昼間と夜中でエネミーの行動や出現エネミーそのものが変化するので、春休み中ずっとログインしていたのに偏りすぎた場所にしかいなかったので、それを把握するのに超よかった。
早速ダブリスに向かうためにフリーデンのワープポイントに向かい、そこから転移する。
ダブリスもド深夜なので、深夜営業をしているらしい酒場以外のお店に灯りが付いていない。人も出歩いていないし、ここまで静かなのは少し新鮮だ。
街の外に出て、真っ暗だが何も見えないわけじゃない道を歩く。ちゃんと一定以上の暗さになると視覚に補正が働くようになっているので、全く何も見えない状態でいきなりエネミーから奇襲を受けて一方的になる、ということはない。見づらいことには変わらないが。
「真夜中の森って、雰囲気的にいかにもなんだよなー……」
ホラーが死ぬほど苦手なヨミ。ゲームなのでいない、出てこないのは分かっているが、怖いものは怖い。
───……ォォォォォォォォ……
「ひぃ!?」
大丈夫、何も出ないから安心して進めばいいと引き攣った笑顔を浮かべながら自分に言い聞かせて歩いていると、呻き声のようなものが聞こえて小さく悲鳴を上げてぴょこんと少しだけ跳ねてしまう。
今インしているのが自分一人でよかったと安堵しつつ、周りを見回す。気配など感じない。
エネミーだけではない。夜ならばほぼ確実にいるはずのフクロウの鳴き声どころか、鈴虫の声すらない。
これはあまりにも異常事態だ。
「何かとんでもないものがすぐ近くにいるね? ……ふふふ、さっきボクを少しだけ、ほんの少し、本当にほんのちょっぴり怖がらせてくれたからね。そのお礼をしに行かないと」
強がるように言いながら、再び聞こえた呻き声のような音がどこから聞こえてくるのかを特定しようとする。
あっちか、いやこっちだろうか、ときょろきょろと見回して、この異常事態の原因を探そうとするが見つからない。
「間違いなくこの呻き声みたいなのが原因っぽいんだけど、どこから聞こえて、」
一層音が大きくなった。それで分かった。呻き声ではないし、地上からではなく空から聞こえてきている。
月は出ているが細いので夜空はあまり明るくなく、星がはっきりと見える。現実の星座はないが、それっぽいものは見つけられるらしい。
空を見上げても何も分からないが、どこかこの音に聞き覚えがあるような気がしてならない。
「あれ? ヨミちゃんじゃん」
「わっ。……えっと、どちら様?」
「あ、そっか。顔違うもんね。美月だよ。詩乃の前の席の宝田美月」
「美月? なんでここに?」
思わぬところで同級生と遭遇し、驚愕する。回復薬の素材を取りに行くと言っていたから、てっきりワンスディア周辺の森でキノコ狩りでもしているのだとばかり思っていた。
「なんでここに、はこっちのセリフだよ。って言いたいけど、どうせあたしが用事を終わらせるのに一時間かかるから、暇潰しで森の中ぶらつこうと思ってたんでしょ」
「ご明察」
「ま、この時間帯にできると言ったらそれくらいだしね。あ、こっちじゃあたしは『キアナ』って言うんだ。ハワイの月の女神の名前。よろしくね、ヨミちゃん?」
「ちゃんはいらないよ。よろしくね、キアナ」
右手を差し出すと、美月改めキアナが握り返してくれる。
「あ」
「何?」
ここで、さっきからずっと聞こえるこの音の違和感というか既視感に気付いた。
「いや、さっきから聞こえてるこの音さ、何かに似ているなーって思ってたんだ」
「言われてみれば、確かにそうだね。でもなんだっけ?」
「ジェット機だよ。ほら、このどんどん音がデカくなっていくのとかまさにそうじゃん」
「あー、ジェットか。確かにそうだけど……このゲームにジェット機なんてないよね?」
SFなものはあるが基本はファンタジーだ。銃器はあるが戦車はないし、RPGも迫撃砲もない。飛空艇や飛行戦艦という、超大型の空中要塞はあるらしいがアンブロジアズにはない。ノーザンフロストにはあるそうなので、その内見に行きたい。
ジェット推進機に似たスラスターならヨミは持っているが、あれはクロムに作ってもらった移動用武装の一つだし、ジェット機ほどの速度は出ない。
じゃあ今空を飛んでいるものはなんだ、と二人で一緒に満天の星が散りばめられている夜空を見上げた瞬間、何かが夜空をすさまじい速度で斬り裂いているのが見えた。
それは一見すれば金色に輝く隕石のようにも見えるが、隕石はあのように落下するものではない。
では一体何なのか。目を細めてよく観察しようとしていると、夜空を斬り裂くそれがいきなり軌道を変えてこっちに向かってきた。
「こっち、来てない?」
「こっち、来てるね」
小さかったそれがどんどん大きくなっていき、比例して音も大爆音になっていく。だんだん嫌な予感がしてきた。
間違いなくこっちに来ている。そう思った瞬間ヨミが迫り来るそれに注視して鑑定を行う。
『ENEMY NAME:金竜ゴルドニール
金竜王ゴルドフレイの血と鱗より生まれた、空を流星の如く駆ける竜。許しなく王の駆ける空を見上げることを許さず、王に許しなく謁見しようとする狼藉者を排除する。酷く凶暴であり、王と神の言葉以外の全ては雑音と認識している
強さ:背を向けて逃げることすら不可能』
眷属だった。
「逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「なんでこのタイミングでええええええええええええええええええ!?」
鑑定結果が出た瞬間ヨミはくるりと背を向けて、全力でバフを重ね掛けして全力で走る。
キアナを置いていくわけにはいかないので横抱きにして走るが、強さの欄に『逃がさねえぞ戦え。戦わないなら死ね』と書かれているので逃げられるはずもなく、全長三十メートルほどの巨大なドラゴンが地面に質量体当たりをかまして、その衝撃で体が浮き上がって動けなくなったところを、地面を抉りながら音を置き去りにした金ぴかドラゴンの体当たりを食らってお星さまになった。
===
作者が勝手にやってる『勝手にQ&Aコーナー』
Q.なんでヨミちゃんはホラーがダメなの?
A.三歳くらいの時にハロウィン特番で心霊番組が流れてて、父親の正宗は楽しんでみていたけど三歳のヨミ(詩乃)にとってトラウマ級の怖さだったから。以降ずっとダメ。
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