ふぁんたしあですてぃにーおふらいん 2

 校門近くまで歩いたら詩乃の両親と東雲姉弟の両親がいたので一度合流し、少し言葉を交わしてから保護者は先に体育館に向かった。

 昇降口に入ってすぐにある広いエントランスホールに張られているクラス割表を見て、詩乃と東雲姉弟は一組であると知る。


「やっぱ俺らって腐れ縁だよな」

「よく同じクラスになるよねー」

「ボクとしては、今はその方がありがたいけど」


 日傘の必要がないので下駄箱の近くにある傘立てに日傘を立てており、銀髪と雪のように白い肌、赤い瞳は惜しげもなくさらされている。

 訓練と称して荒療治的な方法でのえるに町に連れ出されていたおかげもあって、視線には多少慣れた。

 Aカップ寄りのBのささやかな胸はともかく、なぜか妙に肉付きのいい太ももとそれに伴って胸よりは大きなお尻にちらちらと視線が向けられるが、もうそういうものなのだと割り切っている。

 何より、何カップなのか分からないのえるがもう慣れたもんだと堂々としているのだし、その隣で視線に怯えておどおどしていると余計に変な目を向けられかねない。

 それはそれとして、人見知りというわけでもないのだが二人がいないと全く知らない人の中に放り込まれることになるので、いてくれた方が安心する。


 一年生の教室は三階にあるので、上履きに履き替えて一緒に階段を上る。

 当然他にも生徒がいるし、今年は男子生徒が前年よりも多いらしく、今のところ女子と同じだけの数の男子が見える。

 詩乃たち以外にも階段を上る新一年生はいるし、その中にも男子はいる。

 男子が下にいると思うと、丈の短いスカートで秘されている下着が見られやしないかと不安になり、ついつい鞄を持っていない左手で後ろのスカートを抑えてしまう。


「ちゃんとそういうところ意識するようになっちゃって。すっかり女の子だね」

「う、うるさい」


 男物のトランクスとかだったら別にみられても多分平気だが、ちゃんと女の子用の下着は例え女の子でも見られたくないという意識が芽生えてきている。

 流石に学校に紐パンなんてものを穿いてこれるわけがないので、ちょっとだけ背伸びした感じの黒い下着だが、詩乃からすれば紐も今付けているものどっちも同じだ。


 階段を上り切り、曲がってすぐのところに一組と書かれた教室の表札を見つけて、詩乃が引き戸に手を伸ばそうとしたところで、先頭に自分が立つのはなんかいけない気がすると空を前に押し出した。


「なんでだよ」

「注目されたくない」

「今更」

「いいから」

「へいへい、お嬢様」

「お嬢様はやめろ」

「おぐっ!? 脇腹を突くな脇腹を!?」


 にやにやとしながら言ってきたので、少し強めに脇腹を小突く。

 やれやれと肩を竦められながら空に扉を開けてもらい、先頭に空、その後ろにのえる、最後に詩乃の順番で教室に入る。詩乃が入った時、明らかに教室の中から聞こえていた談笑が小さくなった。

 勘弁してくれとちょっぴり頬を赤くして、名前順なのでほぼ一番後ろの窓際の席に向かう。


「きれー……」

「銀髪なんて初めて……」

「外国の子?」

「ねえ、あの子さあ……」

「だよね? やっぱそう、だよね?」


 ひそひそと話しているのがはっきりと聞こえる。吸血鬼になってから五感が鋭くなっているので、ひそひそと話されていてもよく聞こえるようになっている。

 結構な数「可愛い」や「ちっちゃい」という単語が聞こえてくる。それがまた恥ずかしくて、椅子に腰を掛けてややうつむきがちになってしまう。


「やっほ。初めまして」

「ひゃっ」


 早速のえると空のところに退避しようと腰を浮かしかけたところで、前の席に座っていた黒のミディアムヘアーの女子生徒が話しかけてきた。

 制服はきちっとブラウスの第一ボタンまで締めてリボンタイもちゃんと結んでいるのに、どことなく緩さを感じさせる。

 まだ新品の制服に身を包んでいる新入生諸君は、まだ制服に着られている感じがあるが、この女子生徒は制服を見事に着こなしているようにも見える。


「ご、ごめんなさい、ちょっと驚いちゃって」

「いやいや、こっちこそごめんね? ……日本語上手いね?」

「こんなでも日本人だから。ご先祖様が外国人らしいけど」

「へー、隔世遺伝ってやつかな。あ、あたしは宝田美月たからだみつき。よろしくね」

「ボクは夜見川詩乃だよ。よろしく、宝田さん」

「美月でいいよ。同い年なんだしさ。あたしも詩乃って呼ぶから」

「え……っと、じゃあ……、美月、その、よろしく?」

「うん、よろしくー」


 実にフランクで会話がしやすい。なんと言えばいいのか、必ず一人はいる異常なまでに声をかけやすい女子生徒、という感じだろうか。

 決して奥手であったり陰気というわけではないし、むしろかなり明るい方ではあるのに、竹を割ったような性格であるがために男女ともに親しみやすい、そんなタイプだ。


「ところでさ、さっきあそこの男女二人と一緒に入ってきてたけど、中学からの同級生とか?」

「ううん、幼馴染。幼稚園からずっと一緒でさ。中学も同じだから、ある意味中学の同級生ともいえるけど」

「へー。インタビューで双子の姉がいるとは言ってたけど、あの子がそうなんだ」


 インタビューと聞いてびっくりする。

 つい先日もFDOで百万人を前にインタビューを受けていたのでそのことかと思ったが、空の方を見ながら言っていたのでどうやら違うようだと安堵する。


「空のこと知ってるんだ」

「知ってるも何も有名人じゃんか。中学生ながらFPSの世界大会で優勝してきた天才ブレーン兼スナイパー。鬼畜とも称されるレベルのえぐい作戦で次々と試合を勝利に導いたことで、ゲーマーの間ではとくに有名だよ」

「そ、そうなんだ……」


 未だに空の世界大会のアーカイブを見返せていないので、どんなことをやったのかが気になる。

 FDOに合流してからは、詩乃が単独で行動することになったりかなり無茶をするようなポジションに付けられたりしているが、それは詩乃の実力を信じてのこと。彼に付けられている鬼畜ブレーンというには、いまいちその鬼畜さが足りていない。

 近いうちに我慢できなくなって、全員ドン引きするレベルのエッグい作戦を立案してくるんじゃないかと、ちょっぴり怖かったりする。


「ま、そういう詩乃も有名人なんだけどね。ねえ、ヨミちゃん?」

「んぐっ!?」


 危うく吹き出しかけてしまい、それを抑えようとして変な声が出た。


「き、気付いてた……?」

「気付くも何も、FDOと姿まるきり一緒じゃん。数十万人のチャンネル登録者を持つ超人気配信者で、昨日まで開催されてたギルド対抗戦の決勝戦で最強の剣聖と次元が違う激戦を繰り広げてた銀髪の吸血鬼のお姫様。あの配信だけで百万人は見てたんだし、ネットニュースにも取り上げられるくらいなんだから知ってる人めちゃくちゃ多いよ? さっきもこの教室の中で、ヨミちゃんの活躍を語り合ってた男子どもがいたし」

「じゃ、じゃあこの注目具合って、」

「日本じゃめちゃくちゃ珍しい銀髪紅眼の色白美少女ってのと、姿がまるきりFDOの血の魔王様のヨミちゃんと同じだから」

「そっかあ……」


 キャラクリで色々いじるのが面倒だからと横着した結果だ。何も言うまい。

 今は入学初日で早速友人と呼べそうなものができたことを喜ぶべきだろうと気持ちを切り替えた。


 美月と会話していたらのえると空がやってきて、早速友達ができてよかったとなぜか感動しているのえる。

 のえるは髪の色と顔立ちを少しいじっていたが、名前がそのままだったので速攻でバレ、空は自分から明かしていった。どうせバレるからと。

 話しているうちに美月もFDOをひっそりとやっているが、熟練度上げなんて一切しておらず、最初の街のワンスディアで商人もどきをして悠々自適にスローライフを楽しんでいるらしい。

 品ぞろえがいいそうなので、もしよかったらご贔屓にといわれたので、どのへんにお店を構えているのかを聞いておいた。あと連絡先とかも交換した。


 そうやって会話しているうちに時間がやってきて、担任の女性教師が教室にやってきてホームルームが始まった。

 担任は手短に今日の予定を説明した後で、全員に体育館に向かうよう伝え、詩乃たちは名前順で並んで体育館に向かった。

 そこで入学式が行われ、つつがなく進行した。したのだが、在校生挨拶の時思わず声が出そうになってしまった。


「今年度より暁聖道院学園生徒会会長に就任した、雷電美琴です。新一年生の皆さん、ご入学おめでとうございます。在校生を代表して、歓迎の言葉を述べさせていただきます」


 なぜかどの学校でも長い学長の式辞、来賓祝辞、祝電披露と順調に進んで在校生挨拶に進んだ時、司会の生徒会長の挨拶ですと言われて出てきたのが、長く鴉の濡れ羽の髪にこげ茶の瞳の、長身でものすごくスタイルのいい女子生徒が見えた時は、頬が引き攣ったものだ。

 まさか同じ学校にいて、しかも生徒会長だとは思わないだろう。透き通った綺麗な声で挨拶をしている途中、間違いなくばっちりと目が合ってしまい、ほんの少しだけ嬉しそうに目が細められたのを見逃さなかった。


 美琴がいるのだ。もしかしたら彼女の幼馴染のサクラとカナタもいるかもしれない。何ならアーネストまでいてもおかしくない。

 昨日まで本気で刃を交えていた相手とまさか同じ学校の生徒になるなんて、誰が予想できただろうか。

 それよりも、割と本気でFDOの攻略に取り組んでいるであろうに、生徒会長にまでなっているとは、かなり忙しくなるだろうに大丈夫かという不安が少しあった。


 両親が大人しくしているように見えて、実は首に付けているナーヴコネクトデバイスでひたすら写真撮影やら録画やらをしていたらしい両親がいた入学式を終え、教室に戻ってくる。

 再びホームルームが始まり、そこでクラス委員のことや今年一年のスケジュールなどの説明を受ける。


「───はい、以上でガイダンスはおしまいです。それじゃあ、今年一年同じ教室で学ぶ皆さんで一人ずつ自己紹介をしましょう」


 訪れる、入学当日最大のイベント。その名も自己紹介イベント。

 口下手でもなければ人見知りでもないわけだが、どうにもこのイベントは昔からあまり得意ではない。なぜなら、自己紹介なんだから自分の名前軽く話せばいいだけなのに、あまり短すぎると他にはないのかといわれてしまう。

 特に、今は誰よりも目を引く見た目をしているのだ。出席番号と名前だけを言ったところで、それだけで満足してくれそうにない。


「じゃあ、最後に夜見川さんね」


 自己紹介はさくさく進んでいってしまい、結構あっという間に来てしまう詩乃のターン。

 もうこうなったら成すがままだと覚悟を決めて、椅子から腰を上げて立ち上がる。


「えっと、は、初めまして。夜見川詩乃です。出身中学は白鐘中学校です。……その、昔からゲームを遊ぶことが趣味です。あと、お菓子作りとかも。あ、それと髪とか目の色がかなり珍しいと思いますけど、こんなでも日本人ですので、気軽に話しかけてくださいね」


 できる限り自然な笑みを浮かべながら、とにかく思いついたことを片っ端から口にする。これだけ話せば十分だろうと思っていると、担任教師の吉名先生が追加で話してくれる。


「夜見川さんは見ての通り、先天性白皮症というほどではありませんが、あまり太陽が得意ではありません。極端な制限はないそうですが、彼女が困っているようでしたら助けてあげてくださいね?」


 吉名先生が言うと、事情を今ここにいる誰よりも知っている東雲姉弟以外全員が返事をする。特に男子の返事にやけに気合が張っているように聞こえたが、気のせいだろう。

 こうして自己紹介イベントが終わり、そこからしばらくしてから入学初日は終わりを迎えた。

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