第三章 蒼穹を駆ける金色の星に慈愛の怒りの贈り物を
ふぁんたしあですてぃにーおふらいん 1
スマホでセットした目覚ましのアラームが鳴り、沈んでいた意識が浮上する。
閉じているカーテンの隙間から差し込んでいる太陽の明かりがやけに眩しくて、薄っすらと開けた目をすぐに閉じ、再びゆっくりと開ける。
時刻は午前六時五十分。ここのところだらだらとした自堕落なゲーム三昧な生活をしていた割に、かなりの早起きだ。
「ふぁ……、ねむ……」
この時間に起きないと遅刻する、という意識があればやや乱れた生活リズムもすぐに戻すことができるのが、詩乃の特技とも言えるだろう。
夏休みとか一か月ずっと深夜に寝て遅く起きる生活をしていたのに、次の日が学校だと意識してベッドに入れば早起きすることができるのだ。誰かに自慢できるほどのことではないが。
「ん……んんー……!」
ベッドから降りてパジャマ姿のまま窓に寄り、カーテンを開けて朝日を浴びる。
四月の太陽でも外に出て直接当たると真夏のような暑さに感じるが、こうして窓から日光を浴びるだけならなんともない。
「真祖吸血鬼なのに太陽が平気ってどうなんだか」
創作では太陽の光に触れれば問答無用で灰になる吸血鬼になっているのに、ただ暑いだけ、ただ少し怠く感じるだけなのにふっと苦笑する。
日光を浴びて眠気が大分なくなったところで一旦もう一度カーテンを閉じてから、パジャマを脱いで下着姿になる。
昨日詩乃の部屋で開催されたゴスロリファッションショーの際、のえるにタンスの奥に封印していた際どい下着、紐で結ぶ紐パンなどが発掘されて穿けと押し付けられたが、それだけは頑として拒み続けた。
その甲斐あって、詩乃の見た目から見れば大分背伸びしているような大人っぽいレース付きの黒の下着を身に着けており、太ももとお尻以外は貧相な体ではあるが、姿見に移る黒の下着姿の自分がちょっと大人に見えてしまう。
なんだか少し恥ずかしくなってきたので上にキャミソールを着て、白のブラウスに袖を通してボタンを留め、チェック柄のプリーツミニスカートを履き、足の露出を少しでも抑えるために黒のニーソを履き、ベストを上に着てブレザーを手に取る。
女の子になってから急いで作り直した、今日から通う高校暁聖道院学園の女子制服。女子制服が可愛いと評判で、それが目当てで入学を目指す女子が多い。
そのためか、男女比は女子の方に傾いている。一時期は男女比2:8になるくらい女子が多い時もあったそうだが、今は4:6か3:7を行ったり来たりしている。
ブレザーを右腕にかけた状態で左手で学生鞄を持って、一階に降りる。
今日は入学式だからと母の詩音は仕事の休みを取っているので、キッチンから朝食の準備をしている音が聞こえるのは分かる。
「……あれ? お父さん?」
今日の朝食は何だろうとリビングに出ると、食卓に最近仕事で忙しくて家に帰れず娘に会えないと、割とガチで嘆いていた父親の正宗がいた。
「え? なんでいるの?」
「ごふっ!? ひ、酷いじゃないか……。今日はお前の晴れ舞台だろ……」
「晴れ舞台て。もう、入学式に来るなら教えてよ。びっくりしたじゃんか」
「驚かせてやろうと思ってな。驚いたか」
「そりゃもうすごく。ここんとこ仕事が忙しい忙しいって言ってたし、帰ってくるのずっと遅いどころか帰ってこれない日も多かったからさ」
「部下と社長に娘の入学式があると先月からずっと言っていたからな。快く有休を取らせてくれたよ」
「そりゃよかったね。でもやっぱり来ることは教えてほしかったです」
「う、すまん……」
正宗はバリバリの仕事人間で、見た目も雰囲気もお堅い印象を受けるし実際に非常に真面目でお堅い人物ではあるのだが、あくまで仕事の時の話で家では子離れできないただの親バカだ。
詩乃は長男ということで特別可愛がっていたし、詩月も長女ということで同じように特別可愛がっていた。それが娘が二人になると言う現象に見舞われたことで、親バカぶりが加速。
家に帰れない時に声だけでも聴きたいと割と深夜に電話してくることもあった。詩乃がそれに対応できていたのは、春休み中で遅くまでゲームをしていたからなので、これからは長期休暇の時以外で深夜の電話コールには対応できないかもしれない。
「お姉ちゃんは遂に高校生かー。いいなーその制服、可愛いなー」
「シズも頭はいいんだし先生からの評価高いんだから、こっち来れるだろ。学費は心配しなくていいだろうし」
「そうなんだけどさー。ま、スポ推取れるって言われてるし、本格的に暁学園目指そうかな」
「そうしろそうしろ。この学校にいければそれだけでも安泰みたいなもんだし」
「そうね。私と正宗さんの稼ぎでかなり余裕あるし、全然行ってくれてもいいのよ?」
「余裕どころかうちって世間で言えばかなり裕福なんだけどね」
社長令嬢というわけではないが、それでも良家のお嬢様みたいなものだ。
暁聖道院学園は教育レベルも高く設備等もしっかりしているため、決して安くない学費を払うことになるのだが、夜見川家であれば二人同時に通わせることくらい容易い。
自分で頑張って勝ち取って入学できたとはいえ学費を払うのは両親なのだし、安くない投資をしてくれているのだから頑張らないとなと身が引き締まる思いだ。
「さ、早く朝ごはん食べちゃいなさい」
「はーい。いただきます」
テーブルに朝食が運ばれてくる。
最近家にいることが少し増えた詩音。詩乃は詩音の作る料理が昔から好きなので、朝から味わえることが嬉しい。
あまりのんびりしているとのえるから突撃食らいそうなので、味わいつつぱくぱくと朝食を食べる。
ようやく自分の胃袋の大きさを掴めたため、食べ過ぎて苦しくなることもなく完食し、姉妹揃って洗面所に並んで歯を磨き、ちょっと時間が余ったので鏡の前で髪の毛をいじりながら髪形をどうしようと悩み、せっかくだしと三つ編みハーフアップにした。
そしたら詩音が速攻で銀髪によく合う青いリボンを持ってきた。高校生にもなってリボンかと思ったが、最近女の子化がどんどん進んでいるため可愛く飾るためならと受け取ってしまった。
リビングに戻ったら正宗が詩月と並んでスマホを構えていたのは、言うまでもないだろう。
♢
正宗は自分の車で詩乃を学校まで送りたがっていたが、前もってのえると空と一緒に自分で歩いていくと決めていたので丁重にお断りし、日傘を持って家の前で待ち合わせしてからいつも通り幼馴染三人で並んで歩いた。
「うちの学校の女子制服のデザインがちょっとお嬢様っぽさがあるから、お前のその髪の色と容姿と日傘も相まって、マジでお嬢様だな。マジのお嬢様だけど」
「お嬢様お嬢様やかましい。ちょっと気にしてるんだよ、これでも」
有名な私立の進学校の制服を着た生徒三人。そのうちの一人が、日本人離れした容姿をして日傘を持って歩いている。これだけで半端じゃないくらい注目を浴びている。
のえるに何度か外に連れ出されて何度も電車に乗って人の視線に慣れてきたおかげで、日傘を差せない駅構内と電車内は、のえると一緒なら随分と平気になった。
高校の最寄り駅で降りると、他にも新品でまだ硬さのある制服に袖を通している新入生を多く見かけ、同級生になる生徒たちと通勤時間帯の社会人たちの視線が一気に向けられた時は、流石に怖かったが。
「やっぱり注目されてるねー。詩乃ちゃん可愛いもんねー」
「それを言うなら、のえるだって可愛いよ。ボクだけじゃないと思うけど?」
「そうかな? 私は詩乃ちゃんが注目浴びてるように見えるけど」
「いーや、のえるもそうだね」
「二人はいいよな。俺なんかなんで二人と一緒に、みたいな視線を早速頂戴してるぞ」
「美人な姉と可愛い幼馴染を持ったことを幸福に思いなさい」
「自分で言うな」
「へぷっ」
ふふん、とどや顔をしながら胸を張ったのえるに、空が弱くチョップを脳天に落とす。
双子といっても性別が違う時点で二卵性で、二卵性だから双子でも顔はそこまで似ていない。
なので、きっと今のやり取りでのえると空が恋人同士なのではないかと勘違いした生徒がそこそこいるだろう。だからってフリーそうな自分に視線がスライドしてくるのは勘弁してほしい。
しばらく談笑しながら歩いていると、真っすぐな道と両脇に植えられた桜並木が満開の桜でトンネルを作って、進む先にある大きな校舎と共に今日入学する新入生たちを出迎えてくれる。
風に吹かれて桜の花弁がひらひらと舞い、圧巻の光景についほぅ、と息が漏れてしまう。
「わー……! 綺麗だねー!」
「だな。土曜か日曜に花見でもしないか?」
「いいね! さんせー!」
「のえる、なんだかテンション高いね?」
「こんな綺麗なの見たらそりゃね」
嬉しそうな表情で桜並木を見つめるのえる。
ふと、桜を背景にしたのえるをもっとよく見たいと思って、差していた日傘を畳む。
さわさわと吹く風に柔らかな髪を揺らしながら、桜と一緒に詩乃の視界に移るのえる。妙に神秘的に感じて、つい首に付けているナーヴコネクトデバイスを起動して、詩乃の視界をカメラにして映っているものを撮影してしまう。
「ん? あー。今、勝手に写真撮ったでしょー?」
「え、あ、いや、」
「悪い子だねー。そういう悪い子にはお返しだ!」
ぱっとのえるがスマホを取り出して構えると、見計らったかのように一際強い風が吹いて、長い髪が乱される。
スカートも捲れそうになって両手で前と後ろを抑えている間に、左手でスカートの前を抑え、後ろは空がぱっと自分の鞄で隠してもらっていたのえるがスマホで連射した。
「いいショットが一杯撮れた。桜吹雪もいい感じだし、お気に入り登録しておこ。あとでおじさんとおばさんに送ってあげないと」
「シズちゃんにも忘れずにな」
「……どんなふうに映ったのか気になるから、後でボクにも送って」
「いいよー」
絶対何枚か、長い髪の毛が顔にかかって隠れてしまっているのがあるだろうと思い、ちょっと恥ずかしく感じながらもそうなっている自分がどう映っているのか気になったので、スマホに送ってもらう。
写真を送ってもらった後、せっかく満開の桜並木トンネルを通っているんだし、ちょっとくらい日差しを我慢して歩こうと決めて、三人仲よく並んで校舎に向かって歩いた。
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