ギルド対抗戦 決勝 12

 いつまでもスナイパーばかりやっていられないと、対物ライフルをしまってアオステルベンとグランドウェポンのリボルバー、ボルテロイドを装備して戦場に躍り出る。

 美琴という怪物はフレイヤとリタいう同じく怪物に任せておけばいい。なのでシエルは、できるなら離れた場所から強烈な魔術と強力なバフとデバフをばら撒いてくる魔術師の少女二人をどうにかしなければならない。


「しかしなあ……。ヘカテーちゃんよりちょい上程度の女の子なんだよなあ……」


 トーチとルナという魔術師は、ヨミと身長が大して変わらないどころかヨミよりもまだ少し低いロリっ子だ。どっちも中学生であると美琴の配信内で明言していたし、正真正銘のロリだ。

 先ほど、トーチが美琴か誰かに報告しながらとんでもない規模の魔術を使おうとしていたので、阻止するために右肩を狙撃したのだが、罪悪感と申し訳なさで胸がいっぱいだ。

 これは公式で生放送され、確か有名プロゲーマーや他ゲーム好きのゲストを呼んで実況解説されているはずなので、今頃とてつもないブーイングや避難が殺到していることだろう。


 仕方がないこととはいえ、少女に銃弾を撃ち込んでしまい申し訳なさがいっぱいだ。できればヘカテーに残っていてほしかったが、彼女は人を噛んで血を吸うことに抵抗を覚えているため、自己蘇生ができない。

 なのでサクラを倒す代償としてHPを全損しポリゴンとなって消えてしまった今、ヘカテーはもうこの試合が終わるまで戻ってくることはない。


 とりあえず、今ジンがノエルと二人がかりでどうにかして抑え込んでいるカナタを排除しようと、ジンに合流しようとする。


「っ、マジかよ!」


 数メートル進んでから立ち止まり、振り返る。ずっと広げている索敵魔術に反応があった。

 数は四つ。AVALONはシエルたちが倒した。ヴァイスレベリオはヨミが倒した。今ここには銀月の王座、夢想の雷霆、剣の乙女の三ギルドが揃い、予選を1位で通過したグローリア・ブレイズは精鋭中の精鋭を連れ出してきているだろうから、恐らく落ちていない。

 こちらに向かってきているのは、間違いなくグローリア・ブレイズだろう。迷いなく真っすぐ向かってきており、これはまずいと冷や汗を垂らす。


 この場における最高火力持ちのフレイヤと美琴はお互いの戦いに集中しているため、あっちに誘導して潰し合わせるのは難しい。

 ノエルはジンと一緒にカナタと戦っているが、カナタ本人の剣術の腕が高すぎるため攻めきれないどころか逆に追い詰められつつある。

 あちらに加勢したいが、加勢したら後ろからやってくるギルドに挟まれてしまい、ただでさえ混戦極まりないのが余計に酷くなる。

 そして極めつけは、トーチとルナが割と本気で怒っているのか、シエルに対して集中的に魔術を乱射してきていることだ。


「……いや待てよ?」


 トーチの魔術はただでさえ威力が高いのに、彼女の姉である魔法使いグレイス・セブンスウィザードからおさがりでもらった杖で、炎の魔術の威力に高すぎる補正がかかっているという。

 ルナの使う月魔術は発動後の魔術にバフをかけることができるので、より大火力になる。

 そして彼女たちは、スナイパーでありこの場において厄介と判断され、かつ男のくせに銃で撃ってきたことに対して怒っているためか、排除するために全力で攻撃を仕掛けてきている。


「これは、使えるかもな。……姉さん、ジン! しばらく堪えててくれ!」


 パーティーチャットで二人に報告して、返事が来る前にグローリア・ブレイズに向かって走り出す。

 恐らく、幼い魔術師二人も今のシエルの行動で何を狙っているのか気付いただろう。

 シエル自身が戦況を引っ掻き回す厄介なガンナーでスナイパー。そんな自分が向かってきている、混沌をより混とんとさせかねないグローリア・ブレイズに向かっている。

 美琴とカナタが手を離せない以上、比較的フリーに動ける二人の魔術師が、高い火力でマスターとサブマスターに邪魔が入らないようにしないといけない。

 この場にいてほしくないガンナーと、来てほしくないギルド。その二つがぶつかっている間に、ガンガンバフをかけた魔術でまとめて焼き払うほうが、自分たちにとって得だ。


 シエルは、トーチとルナの「美琴のためになりたい、美琴の役に立ちたい」と言う純粋な気持ちを利用して、自分ごと敵ギルドに攻撃を仕掛けさせるつもりだ。

 上手くいくかどうかは分からないが、先ほど慌てた様子で美琴に報告していたので、きっとやってくれるはずだ。


「こういう時、ヨミみたいなレア種族だったらピーキーだけどクソ強力なスキルで、どうにかできたかもしれないけど、ないものねだりはなしだ!」


 右手に持つ魔銃アオステルベンに強撃弾ブーストを、左手の雷銃ボルテロイドに電磁加速弾レールバレットの術式を装填する。

 インベントリから水晶玉を取り出して、それを砕いて簡易展開で『フィジカルエンハンス』を最大倍率でかけ、その他の強化魔術も重ねていく。

 ガンカタができ、赫き腐敗の森のエネミーを殴殺できるくらいには仕上がっているが、エネミー相手であってプレイヤーではない。

 ヨミのライバルであることを自負しているし、勝率三割とはいえあの幼馴染に勝つことだけならできるのだし、幼くとも優秀な魔術師二人の攻撃を利用しながらギルド一つくらい潰して見せる。


 そう意気込んで加速したシエルは、急ぎつつも姿を隠しながらこちらの様子を窺っているグローリア・ブレイズの面々に向かって突撃していく。


「おい、なんか一人で来たぞ」

「気を付けろ、あいつ銀月の王座の鬼畜ブレーンだ。無策で来るわけがない」

「あー、準決勝でビル爆破倒壊した人ね。え、もしかしたらここで厄介すぎるブレーンとスナイパーを潰せるかもってこと?」

「油断はするな。相手はプロゲーマーだ。いくら俺らがこのゲームトップ層とはいえアマチュア。人数がいればプロにも勝てないことはないが、油断は命取りだ」


 グローリア・ブレイズのメンバーたちが、シエルから目を逸らさずにやり取りをした後で、取り囲むように散開する。

 真っ先に出てきたのは、どういうわけか十字架にも見える盾一つだけしか持っていないタンクの、確かアーネストの実妹のイリヤと呼ばれているプレイヤーだった。

 盾にエフェクトをまとわせているのでシールドバッシュか、あるいはチャージシールドで一度押し飛ばしてから、左の方に散開したアーチャーで静かに狙撃でもさせるのかもしれない。


 そう想定していたからこそ、シールドバッシュのように盾の正面で殴りつけるような動きでも、チャージシールドのように構えて走るでもなく、盾を鈍器のようにぶん回して攻撃してきたのには度肝を抜かされた。

 反射的にアオステルベンの引き金を引いて威力を大幅に強化した弾丸で弾けたはいいが、変に後ろに下がりながら強烈な反動を受けてしまい姿勢を崩す。


 軽くノックバックしたイリヤは、ずしん、と強く地面を踏んで堪え、一瞬の硬直の後にもう一度盾にエフェクトを発生させて、全身を使って十字盾の先端で殴りつけてくる。

 シエルはそれを後ろ回し蹴りで外側に逸らしつつ、ぴたりと頭に向けてボルテロイドの銃口を突き付けて引き金を引こうとしたが、盾からエフェクトが消えた代わりに彼女の脚にエフェクトが発生し、連続して戦技が発動される。

 ジンをギルドに引き入れる際彼とPvPを行い、その中で偶然終わりと初動が揃うことで戦技が連続し硬直をキャンセルできることを知り、練習を重ねて最近ミスなく連発できるようになった、アーネストが最初に発見者であるとされているシステム外スキルの戦技連結バトルアーツコネクトだ。


 スナイパーで後方支援している時に、リタがフレイヤと共に美琴とやり合っている際に使っているのを見たが、やり方を知って練習すれば誰でもできるようだ。

 シエルに強烈な回し蹴りを繰り出してきたイリヤも、最初にこの技術を見つけたであろうアーネストから手ほどきを受けて使えるようになっているのだろう。

 そも、イリヤはアーネストの妹だ。そういう技術を真っ先に教えられていてもおかしくない。


 チリッ、とつま先が鼻先を掠めていき、足が振り抜かれたところで今度はこっちからだと行こうとして、イリヤが体を素早く回転させながら左脚にエフェクトを発生させて、かなり無茶な体勢から後ろ蹴りを放ってきた。

 みぞおち直撃コースなので腕を交差してガードし後ろに蹴り飛ばされると、両足にツタが絡まりそれが体を登ってくる。

 植物を利用した拘束魔術かと舌打ちをして、右手の指先でウィンドウを開いて操作し対魔術である『ディスペル』の入った水晶を落とし、拘束を解除する。


 バスターソードを持った男の剣士のシーグがイリヤと一緒に走ってきたので、両手のリボルバーの銃口を向けて引き金を引こうとして、左肩に矢が突き刺さり狙いがブレてしまう。

 じろりと左を見ると、背中の矢筒から新しく矢を取り出して素早く見事なフォームで矢を番えている女性のアーチャーのイーグルがおり、じくじくと感じる痛みを極力無視しながら左手のボルテロイドを向けると、さっと木の陰に隠れて射線を切られてしまう。


 速度と貫通力の高い電磁加速弾が装填されているので、あの木の幹ごとぶち抜くことは可能だが、ああいうアーチャーは同じ場所から固定砲台のようにチクチク射って来るのではなく、その都度場所を変えて自分は射線を通しやすく、相手は射線を通しにくくするよう立ち回る。

 もちろんスナイパーも同じだ。本当はガンナーだが、前衛共が優秀すぎるので最近はもっぱらスナイパーばかりやっているため、自分は通せて相手から身を隠せる位置にいる狙撃手というのはうざいことこの上ない。


「余所見!」

「ぐっ……!」


 常に場所を移動するであろうイーグルばかりに気を取られていると、重い一撃を放ってくるタンク、というより盾で攻撃してくるからシールダーと、行動の阻害や火力の高い魔術を撃ってくる魔術師のダビデ、長い剣身のバスターソードでミドルレンジから削ってくるシーグもいる。

 理想的な陣形。理想的な連携。ヨミはこれを一人でも対処できるが、シエルはあんなに鮮やかに複数体一を制することはできない。

 ライバルな幼馴染がいる高みが想像しているよりも高いことを改めて知る。


「だからこそ、超え甲斐があるってもんだろ!」


 ヨミが異次元なレベルで強いのは昔から承知だ。その上で、絶対に奴を超えてやると努力し、その結果でプロゲーマーになったのだ。

 決して諦めないこと。それは簡単なようで難しい。言ってしまえば、シエルは諦めないことと努力することの天才だ。


 ヨミが複数体一でやる時にしているどんな意識をしているのかを聞きだしており、それを思い返す。

 近接系が相手となるなら、必ず片方を一時行動不能にする、あわよくばその時点で退場させることで、強制的に一対一の状況に持っていく。

 後方に援護している遠距離持ちがいる場合は、常にその遠距離持ちの仲間の体で自分が隠れるように動き、補足させない。あるいは、自分の直線状に相手の味方がいるように立ち回ることで、攻撃できても強い攻撃を封じることができる。


「口で言う分には簡単だよなそれ……!」


 だがあの吸血鬼になった幼馴染を超えると決めたのだ。ならやる以外に選択肢などない。

 イーグルは隠密スキルが高いおかげか索敵に引っかからないので、クリティカルを貰わないよう常に動き回ることで対処する。

 行動阻害などの拘束系を使ってくる魔術師は、常に自分を捕捉している。なら武器の大きいイリヤの陰に隠れるように立ち回り、ダビデの視界に入らないようにする。


 そう意識して盾の猛攻を蹴って逸らし、時には銃声を響かせて強制的に弾くが、思った以上に難しい。

 相手はトップギルドの精鋭だ。射線が被ってしまわないように立ち回るのなんてあたりまえだ。それを一人で崩そうとしているのだから、思っている以上に自分の実力を出し切れない。

 更にはシーグもいるのだし、盾のような防具がないので足を撃ち抜いて動きを封じようにも、それを察しているイーグルが的確に邪魔してくる。

 ならばと接近してガンカタで殴打しても、横からイリヤの攻撃。弾かれたら行動阻害。そこにシーグが襲い掛かってきて、抜け出して銃を撃とうにもイーグルが邪魔をする。


 何度もヨミの、黄泉送りたる所以の複数体一を制する場面を見た。容易くやっているから簡単に見えているだけで、本当はこんなにも考えることが多くて、判断を下す速度が必要なのかと実感する。

 慣れていない、というよりプロとして活動する上で試合で大事なのは、複数を一人で押さえるフィジカルの強さではなく、いかに自分たちに数的有利な状況を作り出すかだ。

 こっちがフルパーティーで、狙撃で相手を一人落とせばもちろんこっちが一人有利。その間に仲間が攻め込んで、そこでまた一人狙撃で落とせればより有利になる。

 狙撃で落とせなくても、相手パーティーで一人孤立しているのを見つけたら、一人ではなく二人か三人で攻め込んで確実に落とし、遮蔽を使って射線を管理しながら展開した仲間と共に一人の敵をハチの巣にする。


 こうやって確実に自分たちが数で有利になる様にやってきたからこそ、一人で全部倒すと言うことは滅多にやらない。

 中にはショットガンと高威力のリボルバーを担いで、弾避けしながら一人で暴れ回って部隊壊滅してくる魔王もいるが、あれはもはや別物だ。同じプロの中でも、上澄み中の上澄みみたいなものだ。


「っ、かはっ……!?」


 行動阻害の魔術を受けないように、重ね掛けしてあるバフを活かして三次元的な機動で行こうとしたが、木を足場にしようとした時に矢が飛んできて咄嗟に足を引っ込めてしまい、着地を失敗。

 地面を転がって立ち上がろうとしたが誘導されたかのようにそこに拘束魔術が仕掛けられており、それに引っかかる。

 即座に『ディスペル』で解除するも突進してきたイリヤの盾をもろにみぞおちに食らい、呼吸ができなくなる。


 危うくうずくまりそうになるが気合と根性で耐え、上から振り下ろされてくるバスターソードを両手のリボルバーを交差させて防ぐ。

 世のガンマニアが見たら発狂しそうだが、ここは現実のように見えるがゲームだ。この程度で折れたり曲がったりしない。


 防いだ剣を左脚を振り上げて鍔を蹴って上に弾き、もう一度上から振り下ろしてきたので、今度はボルテロイドの銃口で受け止めてずれる前に発砲。

 電磁加速された弾丸が刃を殴りつけて上に弾き、シーグがバランスを崩す。今ここでこの男を行動不能にすると、ずきずきと酷く痛む腹部の痛みを無視して右手のアオステルベンを構える。

 当然矢が飛んでくるが、それでどこにいるのかを把握。矢が当たる前にボルテロイドの銃口を矢が来た方に向けると同時に発砲。電気をまとった超速の弾丸が真っすぐ世闇を斬り裂いていく。


「きゃあ!?」


 女性の悲鳴が聞こえた。ポイントが増えていないのでクリティカルにはならなかったようだ。

 だがこれで、銃の照準を邪魔するイーグルを一時的に排除できた。ならば次は、シーグだとカバーしようと袈裟懸けに斬りかかってくる。

 地面にアオステルベンを向けて発砲し、強撃弾の効果によって破壊力が増したそれが着弾すると同時に衝撃を発生させて、ほんの僅かに動きを鈍らせる。

 その僅かな隙を縫って後ろに下がり、木の幹に背中を当てながら賭けに出る。

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