ギルド対抗戦 決勝 10
「これは、いかんのう」
ヘカテーが戦っていた剣士、サクラは後ろで決着がついたらしいノエルの方を見て、ぽつりと呟く。
彼女の表情は余裕そのもの。理由としては、彼女と戦っていたヘカテーが右足を斬り落とされ、右肩を刀で差され、腹部に脇差を突き立てられて地面に倒れているからだ。
痛覚軽減機能を最大まで働かせているので痛みはなく、代わりに体を動かしにくくなる痺れを感じている。
結果的にその強烈な痺れが痛みのようになり、ヘカテーは幼いその顔よ歪めて呼吸を荒くしている。
「ヘカテーちゃん!」
「ノエル、お姉ちゃん……」
大慌てで駆けつけてくれたノエルがヘカテーを抱え上げ、サクラの方を向きながら後ろに下がる。
刀は出血属性とは別に、切った時点で出血が発生する出血武器という特性がある。
刀身が薄く鋭く切れ味が他の武器と比較して非常に高いためにそのような効果がるのではと推測されており、戦技の習得が未だ不明なのは元々の出血武器という特性が強すぎるからなのではないかと噂されている。
ヘカテーの腹部には脇差が突き立てられている。これを引き抜いてしまえばその傷から出血が発生し、自己再生能力があるとはいえその間出血によるスリップダメージを受ける。
しかも、刀はただでさえ切った時点で血を失っていくのに、そこに出血属性という状態異常まで付け加えることができる。
他の状態異常と同じようにゲージが蓄積されて行き、満タンになったら一気に血を失うと言う厄介すぎるもので、FDO最強状態異常の一つに数えられている。
「この刀、出血属性はありません……。抜いても構いません……」
「わ、分かった」
弱弱しい声で言うと、ノエルが慎重な手付きで柄を握り、ずっ、と引き抜く。
それだけでまたHPが減っていき、傷口から血が流れてさらにスリップダメージを受けてしまうが、すぐにそれも止まってHPの回復と共に傷が再生していく。
最優先すべきなのは右足の再生だが、自己再生を一か所だけに集中させることはできないので、大人しく元通りになるのを待つしかない。
「やれやれ、横槍を入れられた上にフレイヤとリタ以外の剣の乙女は壊滅。ここでの妾たちが得たポイントは美琴が壊滅させたギルドで27ポイントか。このままでは、優勝すらできなくなってしまうのう」
ふぅ、と短く息を吐くサクラ。ただそれだけの動作で、がらりと雰囲気が変貌する。
「運営が気を利かせて満月の夜にしてくれたのは非常にありがたいことじゃな。おかげで、妾も全力を出せる」
「ヘカテーちゃん相手に全力じゃなかったんだね」
「もちろん、全力じゃったぞ? じゃが、今から使う妾の全力というのは、一度使ったらその後で妾が使い物にならなくなってしまうからのう。できれば、最後の最後まで取っておきたかったんじゃ。じゃが、残りのギルドはここにいる妾たちとアーネストのところの四つのみ。妾たちと剣の乙女のギルマスがここにいてぬしらのはここにいないとはいえ、どこにいるのかもわからぬ狙撃手と屈指のバカ力のぬしがおる。なら、ここで本気を出して全員仕留めてしまった方が、逆転のチャンスはあるじゃろう?」
話している間に、サクラがだんだんと変化していく。
綺麗な亜麻色の髪は緋色に、瞳は獣のものと化していき、爪が伸び、歯も全て牙に変化する。
一つだけだったふさふさの狐の尻尾も一つ、また一つと増えて行って最終的に九尾となる。
このまま変化を完了させてしまうのはまずいと、ヘカテーをその場にそっと下ろしてから制御度外視でノエルが突っ込んでいったが、ノエル以上の速度で駆け出したサクラがシュラークゼーゲンを掴み、咄嗟にそれを引き離そうとしたが驚くことにぴくりとも動かなかった。
ヘカテーもノエルの力の強さをよく知っているので、それと拮抗しているサクラを見て目を見開く。
「すまぬが、ここからは加減など一切なしじゃ。使える時間も短いのでな!」
地面が割れるほどの強烈な踏み込みから、懐に潜り込んで超近距離からの肘打ちがノエルのみぞおちに叩き込まれる。
かひゅ、という空気を吐き出す音だけが聞こえてきて、たったの一撃でノエルが膝を突いて地面に倒れ、体を丸めてノックダウンしてしまう。
主に筋力強化に回してしまっているとはいえ、防御力はそれなりに高い。少なくとも攻撃を全回避できる反応速度を持っているため紙装甲となっているヨミよりかは、ずっと硬いはずだ。
そんなノエルを、一撃でノックアウトさせてしまう強さ。これは再生をゆっくり待っているわけにはいかないと、血液パックを取り出して吸って飲み干す。
再生速度が満月の夜であるのと重なって急上昇し、十秒も経たずに斬られた足を再生させてHPも全回復し、吸血による筋力バフを獲得する。
急いで立ち上がり、地面に転がっている両手斧を拾ってサクラに向き直る。
先ほどよりもうんと強くなっている。ノエルの筋力と拮抗するレベルの筋力補正を獲得している今の状態では、ヘカテーは先ほどよりも一方的にやられてしまうだろう。
ならヘカテーも、可能なら控えていようとしていた固有スキルを使わざるを得ないと覚悟を決める。
「……『
夜空に浮かぶ満月の光を受けて、ヘカテーの姿が変わっていく。
着ているゴシックドレスのような衣装が、一見すればウェディングドレスのような白とも銀ともとれる色合いの美しいものに変化し、特徴である金髪にはヴェールがかぶさり、きらきらと綺麗な輝きを発する。
これこそがヘカテーの種族『金姫吸血鬼』の固有スキル、宵の明星。ヨミが後から取得した月下血鬼と同じく、月が出ている間に一定時間月光浴びて発動するタイプのスキルだ。
このスキルは最初から覚えていたものではあるのだが、効果が強力である反面デメリットも大きい。
効果時間が三十秒程度でその間はMP消費なしで取得している魔術を乱射できるが、効果が切れると体をろくに動かせなくなってしまう。
ヨミのように状態異常を強制解除すると言う手段もないし、そもそも状態異常扱いではないようなのでどうしようもできない、ピーキーな性能のスキルだ。
序盤に使うなんてもってのほか。可能なら最終戦で使うべきだろうが、たったの三十秒しか効果が続かない。
この三十秒の間に勝負を決めきれなければ、ヘカテーは何もできなくなってしまう。だから使うのを可能な限り控えていたのだが、ここで全滅してしまいヨミに負担がかかってしまうなら、せめてこの狐のお姉さんをこの三十秒で倒し切るために切り札を切るべきだと判断した。
両手でしっかりと刀の柄を握って霞に構えたサクラが、瞬時に間合いを詰めてくる。ヘカテーはそれに反応して、神速の突きを半身になり首を掠めながらかろうじて回避して斧を振るう。
ぱしりと放した左手で掴まれて防がれ、そのまま小柄で体重の軽いヘカテーごと斧振り回されたので咄嗟に両手を放し、空中で血の両手斧を作りながら自分の周囲に十本の血の剣を出現させる。
「『スカーレットセイバー』───『ブレイドダンス』!」
十本の血の剣が縦横無尽に、あらゆる角度からサクラに襲い掛かる。
普通ならば必死の攻撃だが、サクラは最小限の動きで回避しつつ見事な技術のみで受け流してしまう。
こうなったらとヘカテー自身も血の剣の斬撃の嵐の中に飛び込み、両手斧を振るう。
サクラのように、戦技に頼らずとも戦技以上の強さの技を使ってくるタイプのプレイヤー相手に、下手に戦技を使ってはいけない。
相手のバランスを崩せるだけの力がある、あるいは対処しきれないほどの連撃や反応できない速度を自力で出して、そこに戦技のシステムアシストを乗せるとかしなければ、素の技量で勝る相手に戦技は通用しない。
実際、システムによって制御されている十本の血の剣の乱舞を、サクラはたやすく受け流している。
なのでヘカテーは戦技を使わない。
頭の中でヨミがやっているような両手斧の戦い方を思い出し、彼女に教えてもらった、見てから対処するのではなく先をいくつも予測してそれに対処するように動く。
「くふふっ! 随分力が増しておるのう!」
「く、うぅ……!」
血を吸って吸血バフを得た。種族固有スキル『宵の明星』も使った。そのほかのバフもかけている。その上で、サクラはその上を行く。
速度も力の強さも彼女の方が上。どれだけ強く打ち込んでも、ぴたりと止められてしまう。
二刀流であれだけ激しく素早く戦っていたので強いのは分かっているが、ただ二刀流も強いだけで今の一刀流の方がずっと強く重く鋭い。
そんなことはないと分かっていても、あまりの速度と重さ、そしてその鋭さに、防御してもそれをすり抜けてくるのではないかという恐怖すら感じる。
これで夢想の雷霆では三番目の強さだと言うし、剣術では美琴と一緒にフレイヤとリタと戦っているカナタには敵わないと言う。
この人は確かに強い。でも、勝てないくらい強いからってここで諦めるのは話が別だ。
戦技は使ってはいけない。終了直後の僅かな硬直すら、彼女の程の達人なら必殺の一撃を繰り出すのに十分な時間だ。
なら、システムのアシストに頼らずに自力で戦技の動きを再現すればいい。
『スパインブレイク』を真似て、体を捻り全身の発条を使って鋭く薙ぎ払う。するりとそよ風が流れるように受け流されてしまう。
『ルインスマッシュ』のように、力任せな二連撃を叩き込む。振りが大きくさっと最小限の動作で回避され、少しバランスを崩してしまったところに突きが放たれて、右目を斬られて視界が半分潰される。
じんじんとした痺れを右目に感じながらも強く踏み込んで、思い切り薙ぎ払う。『ランぺージ』を真似た疑似戦技だ。縦に立てた刀で受け止められると思いきや、サクラが自身の体を低くしながら刀身を傾けて、ヘカテーが降り抜いた速度のまま受け流してしまう。
受け止められると力んでいたため見事にバランスを崩し、そのまま袈裟懸けに斬り付けられてしまう。
どうしようもない技術の差をこれでもかと、短い応酬の中で叩きつけられる。ただ力や立ち回りが強いだけでは、勝てない相手というのは必ずいる。
ヨミは、始めてヘカテーと戦った時筋力からその他ステータスに装備と、全てがヘカテーより劣っていた。それなのにヘカテーは、ヨミに負けた。原因は彼女の持つ、高い戦闘スキルだ。
今戦っているサクラも同様だ。装備の質も極上であり、彼女自身の戦闘スキルも極上。これらが合わさって、弱いわけがない。
前人未踏だったグランドエネミーを倒した戦いに参加してそれなりに活躍できて、対人戦で無敗とは行かずともかなりの勝利数を重ねていることができて、対抗戦の予選と準決勝を勝ち抜いて、調子に乗っていた。自分が強いのだと思っていた。
とんでもない。脳筋すぎて猪突猛進なノエルにはともかく、堅実な立ち回りで不足気味の技術をカバーしてこちらを削ってくるジンと、ヨミと対抗するためにひたすら鍛錬した結果プロになったシエル、そして最強格に一気に躍り出たヨミ。
こんなすごい人たちと比較すれば、ヘカテーなんてただ魔族側のレア種族である吸血鬼、更にそのレア種族の一つである『金姫吸血鬼』を引き当てて高い筋力とMPに補正があるだけの子供に過ぎない。
「だからって……」
あっという間にサクラに戦闘の主導権を握られてしまい、血の剣を操って攻撃しようにもシステムのアシストを受けているはずのそれを掴まれて、強引にサクラが二本目の剣として使ってきた。
手数が一気に増えて元々捌き切れていないのに余計にさばききれなくなり、ダメージが蓄積されて行き、刀によって付けられた傷から出血エフェクトが発生しスリップダメージを受ける。
強い。勝てない。
「相手が勝てないくらい強くたって……!」
左腕が落とされる。強烈な痺れに顔を歪める。
HPが少ない。もうすでにレッドゾーンに突入している。
あと一刀、深く攻撃を入れられたら削り切られてしまう。
「私は、ヨミさんみたく強くなりたいんだ!」
右腕一本で両手斧を振るい、振り下ろされてきた刀を受け止めようとして、片腕では力が出せずに押し切られてしまう。
顔が切られる。だが斧とぶつかったためか赤くなったHPをミリ残ししながらどうにか耐える。
即座に斧を廃棄しながら小さな体を活かして懐に潜り込み、右手に血のナイフを生成する。
「相打ち覚悟か! いい度胸じゃ! じゃが、分かっている相打ちなどにはかからぬぞ!」
とにかく速度に特化した心臓狙いの一刺しの戦技、『スターレイド』を発動。血のナイフのエフェクトをまとわせる。
動き出した時には、ヘカテーの短い腕ではギリギリ切っ先が触れる程度の距離に離れてしまっている。これ以上離れられたら、設定されている動きから逸脱する判定を受けて、硬直してしまう。
「『クリムソンバインド』!」
「ぬぅ!?」
ほぼ賭けだった。戦技発動中に魔術を発動させられるか。賭けたのは自分の命。その結果は、サクラの体に紅の縄がまとわりついて拘束されたのが答えだ。
装備しているものの中に拘束をすぐに解除するものでもあるのか、すぐに『クリムソンバインド』は解けてしまうが、その一瞬がヘカテーの運命を分けた。
「負けて……たまるかあああああああああああああああああああ!!」
喉よ裂けよと声を上がれ、歯を、牙をむき出しにして超速のナイフの突きを繰り出す。狙うは、心臓。
システムに動かされている体に思い切り便乗して速度と威力を上乗せし、体重をもっと乗せるために前かがみになる。
設定されている動きから逸脱しているとして戦技が中断されてしまうが、既に前に飛び出している勢いを止めることはできず、体重を乗せた突きがサクラの胸に突き立てられる。
だが、ここで刀で斬られたことで出血し受けていたスリップダメージで、宵の明星を一秒残してHPが全損し、ふっと体から力が抜けてしまう。
奥の手まで使ったのに、自力で倒すことができなかった。それは非常に悔しいが、ヘカテーが完全に消えるまでの間は、血の武器は残り続ける。
「あとは、お願いします」
パーティーチャットで、味方にだけ聞こえるほど小さな声で呟く。
聴力に補正がかかっている獣人族でからかそれを聞き取ったらしいサクラが、刀で防御の構えを取る。
『任されたよ、ヘカテーちゃん』
聞こえたシエルの声。薄れゆく視界の中を、綺麗な流星のような弾丸が通過していき、サクラの右肩に着弾して弾け飛ばし、続いて飛んできた二発目で左腕を肘から破壊し、三発目が二発の弾丸を食らい後ろに傾ぐサクラの胸に突き立てられているナイフの柄頭を狙い、着弾する。
血のナイフにひびを入れつつも押し込み、心臓を破壊してナイフと共に銃弾がサクラの体を貫通する。
ヘカテーが見た景色はこれが最後だった。
♢
「見事じゃ」
驚いたような表情を浮かべたサクラは、すぐにふっと楽しそうな笑みを浮かべ、ぽつりと零して地面に倒れる。
『CRITICAL』の表示と共にHPが全損し、体をポリゴンの変えていく。
これで、残りのギルドで未だに人数が欠けていないのは、今この場にいないグローリア・ブレイズのみとなり、混戦に次ぐ混戦、予想外に次ぐ予想外に観戦しているプレイヤーたちがかつてないほどの盛り上がりを見せていることを、試合中のプレイヤーたちは知る由もない。
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