ギルド対抗戦 決勝 9
「ほ、本当にこんな風に奇襲していいのかなあ?」
「いいんだよ、姉さん。こういうバトロワ系って言うのは、漁夫の利を狙うのなんてあたりまえのことだし」
「特に相手は強いからね。真っ向から挑んで勝ちにくそうな相手は、他のギルドと戦わせて消耗しているところを叩いたほうが効率的だ」
「ちょっと悪いことをしてる気分です」
対物ライフルを持ち、走りながら狙いを定めて狙撃すると言う曲芸をしているシエルを先頭に、ノエルたちが夢想の雷霆と剣の乙女が戦っている場所に向かって走る。
決勝戦という大舞台、公式がアワーチューブに限らず様々な動画配信サービスで生放送しており大勢が見ている中で、このような漁夫を仕掛けるのにノエルは少し抵抗を感じている。
だが彼女も分かっている。こうやって横槍を入れることで、他と戦って消耗しているところを叩いたほうが、HPやMPの回復ができておらず陣形などの立て直しができていないので、仕留めやすい。
予選の時も何度もこの戦法で疲弊しているギルドを倒してきたのだから、これも戦法の一つなのは分かっている。
それでもこんな狡い手段で最強ギルドの一つを倒すのを、大勢が見ている中でするのに気が引けているのだ。
「ヨミの奴は今頃剣聖アーネストと戦ってる。ヨミが勝ってこっちに合流した時、三巨頭のうち二人が残っていたらめんどうだろ。あいつなら喜んで戦いを挑みに行くだろうけど、うちのギルドはあいつの強さで成り立っているわけじゃないんだ。それに、姉さんが特に頑張れば終わった後でヨミから何かご褒美貰えるんじゃないか?」
「……ここでしっかり、どっちかを倒してもう片方を疲れさせよう」
「うっわ、単純」
「う、うるさいよ! 最近私がヨミちゃんにちょっとドキドキさせられっぱなしだから、ちょっとくらい反撃したいの!」
「毎度思うけどさ、君ら付き合ってないんだよね?」
ノエルの右隣りを走るジンが、呆れた表情をしながら言う。
「つ、付き合ってないよ? なんか最近、ヨミちゃんがすごく甘えんぼさんになっただけで」
「原因は姉さんだけどな」
「そうかなあ? 元々ヨミちゃんって、昔から甘えんぼな方だったと思うけど」
「今も昔も、ヨミが甘えるのは姉さんだけだ」
「それは嬉しいなあ」
「……ヨミも大変だな」
シエルの言葉の意味が理解できずに首をかしげると、もう諦めたように真顔になるシエルと、何かを察したようなジンが「あー……」と小さく声を漏らし、何も分かっていないヘカテーが不思議そうに首をかしげる。
「ものすごく砂糖を吐き出しそうな気配を感じるけど、今は戦いに集中しよう。特大火力とライフル持ちの遠距離が倒れたのは僥倖だね」
「スコープ越しに、カナタさんの抜刀術見たけどあれはやばいな。あの剣聖が、使われる前に間合いから抜け出さないと負けるって言ってた意味がよく分かった。刀戦技なしであれとかマジかよ」
ノエルはカナタの抜刀術を見ていないので、脳内で想像しつつヨミとどっちが強いんだろうと勝手に比較図を作る。今のところ弾丸斬りできるヨミの方が上だ。
あと百メートルも進めば少女だらけのギルドの戦場に着くと言うところで、炎が木々を避けながら生き物のように複雑に動き回って襲い掛かってくる。
「『エレメントディスパーション』!」
ジンが前に躍り出て、盾を構えながらタンクスキルを発動。カットする属性を炎に指定し、炎ダメージを完全に遮断する。その代償としてHPがゴリゴリと減っていく。
炎の魔術でこの威力とこの精度は、夢想の雷霆の小さくて可愛い魔術師のトーチだ。実の姉にこのゲームで七人目の魔法使いになったグレイス・セブンスウィザードがおり、夢想の雷霆に入るまではグレイスから魔術を手ほどきされていたため、炎属性に限って言えば全プレイヤー中最上位に部類される。
HPと耐久、筋力を犠牲にすることで膨大なMPと魔力値を獲得しており、近接に弱いと思われていたが、MPが膨大過ぎるため最大倍率の身体強化と数々のバフ魔術を組み合わせることで、拙くはあるが近接戦闘も可能には可能だ。
ジンが炎の濁流を防ぎきり視界が開けると、今度は巨大な三日月のようなものが地面を抉りながら襲い掛かって来た。
最近夢想の雷霆に入団した超強力なバッファー、ルナの使う月魔術によるものだと思われる。
まだ入ったばかりで情報が少なく、同じ月魔術を星月の耳飾りを使用して月下美人状態に移行したヨミが使えるので、ルナの使う月魔術も同じものなのではないかという推測しかない。
ただ、ヨミが使える月魔術とルナの使える月魔術で内容が若干違うように感じる。少なくとも、ヨミにはあの三日月の攻撃はできない。
「もうすぐだ! 先鋒は頼むよ!」
「分かりました!」
ぐん、と加速したヘカテーが血の鎖を飛ばして木に巻き付け、引っ張って巻き取りながら高速機動して戦場に向かっていく。
不完全でありながらもヨミの真似ができる。それがこういう戦いの中でどれだけのアドバンテージになるのか、先ほどのAVALONとの戦いでもよく分かる。
「お姉ちゃんとして、負けてられないね!」
ノエルはああいう移動スキルを保持していない。MP量はギルドの中でぶっちぎりの最下位だし、ヨミほど戦闘IQが高いわけでもない。
だがヨミは言っていた。自分にできないことがあるならそれを仲間にサポートして埋めてもらい、自分は自分の得意をとことん伸ばせばいいと。
だからノエルは、サポートを優秀なプロゲーマーの弟に任せて制御を完全に度外視して、合計STR約200を活かして地面を踏み砕きながら爆速で突進していく。
ヘカテーがランス型魔導兵装を持った女性と戦っている、二刀流の狐系の獣人族の少女剣士サクラにドロップキックをかまして吹っ飛ばしたので、ノエルは制御度外視の超速度でカッ飛びながらランス型魔導兵装を持つ女性に襲い掛かる。
「ッッッ!? おっも!?」
横殴りに振ったシュラークゼーゲンを防いだ女性が、そんな言葉を残して殴り飛ばされる。
そういう意味で言ったわけじゃないのは分かっているが、それでも体重や体形にかなり気を使うお年頃の少女に向かって「重い」はあまりにも禁句だ。
ちょっと怒ったので、試合が始まる前にシエルに頼んで五個ほど作ってもらった、強化魔術『フィジカルエンハンス』が込められているクリスタルを一つ取り出して、握り潰して自分のMPを消費せずに魔術をかける。
これも
詳しいことは、覚えるつもりがないのでなんとなくでしか覚えていないが、要は質の高い宝石や結晶であればあるだけ、強い魔術を込められるか込められる魔術の数が増えるらしい。
更に筋力が増加しより精密な制御などできなくなったが、もうする必要はない。
今ここにいる少女たちは、高すぎる筋力を制御するために力加減をして倒せるような相手ではない。なので、制御なんて度外視のフルパワーでぶん殴る。
電車のレールのように両足で地面を削り、木に背中からぶつかった女性にノエルがダッシュする。爆発のような音と共にカッ飛び危うく自爆するところだったがどうにかそれを堪えて、全身を使って両手メイスのシュラークゼーゲンをフルスイングする。
狙われた女性は慌てて木から離れて攻撃を回避し、ノエルのメイスが木を殴ってその部分を抉って粉砕し、バキバキと音を立てながら地面に倒れる。
「いやいやいやいや!? 何その筋力!?」
「自他ともに認める脳筋女騎士ですから!」
木に殴られた跡が残るとかメイスが食い込むとかその辺を想像していたのかもしれないが、ただでさえ他を犠牲にしてまでSTRを伸ばしてきたうえで強化魔術まで駆けてあるのだ。その程度で済むはずがない。
立ち止まってしまっている女性に向かって、上に跳んで行かないように全力で地面を蹴り、滑って行かないように左足を杭のように地面に突き立てて全体重と筋肉を総動員して、本気のフルスイングをぶちかます。
回避を取らずに防御という選択肢を取ってしまった女性は、盾代わりにしたランスでノエルの本気フルスイングを受け止めてしまい、メギィッ、という音を立ててひしゃげてしまう。
できれば今の攻撃で頭を吹っ飛ばしたかったが、仕方がない。このまま振り抜いて地面に叩きつけてやろうとさらに力を込める。
「こん、のぉ……!」
機械的なランスをひしゃげさせながらも、それは機能を失っていないようで押し込んでいるノエルの力と拮抗する。
シンプルな身体強化が込められている力なのかと思ったが、ブゥン、という音がランスから聞こえてきたのでそれだけじゃないなと直感する。
シュラークゼーゲンをランスから離してバックステップで距離を取ると、間合いの外にいるにもかかわらずランスを横薙に振るう。
「か、はっ……!?」
腹部に強烈な衝撃を感じて肺の中の空気を全て吐き出す。めきめきという音が体の中から聞こえてきて、これがゲームの中でよかったと安心すると同時に、これがフレイヤたち剣の乙女が生産した、強力な魔導兵装なのかと実感する。
体の中に伝わってきた衝撃に膝を折りえづいていると、ランスをしっかりと構えて真っすぐ全力で走ってくる。
シンプルなチャージランスだが、見た目通りの攻撃範囲ではないだろう。急いで立ち上がるが回避するにはもう間に合わないので、だったら難しく考えずに脳筋的解決法で迎撃することにする。
「『ブロークンムーン』!」
向こうが突進してくるなら、こっちも突進戦技でお返事する。
そんなあまりにも脳筋すぎるレスポンスに女性も「マジ!?」みたいに目を見開くが、知ったことじゃない。ノエルは自分にしかできないことを全力で遂行するだけだ。
両者の距離がぐんぐんと近付いていき、女性がランスを突き出してノエルが振りかざしたシュラークゼーゲンを振り下ろす。
二人の武器が衝突し、ランスから発生した衝撃波とノエルの純粋なパワーによって生み出された人力衝撃波によって、二人の近くの地面が捲れて剥がれ、亀裂を入れる。
女性のランスがますますひしゃげるが、武器を変更する余裕などない。それ故に、そのままランスのラッシュを繰り出してくる。
ノエルはそのラッシュを真っ向からメイスで弾き、その都度ランスをへこませ外装を破壊しぼろぼろにしていく。
「セェエエエエエエエエエエエ!!!」
「こんのおおおおおおおおおお!!!」
衝撃波を発生させるランスと脳筋女騎士の力任せの全力スイングが何度も衝突し、爆発のような音が何度も響く。
メイス戦技には連続技が極端に少なく、代わりに当たればほぼ必殺レベルの高倍率の単発が多い。なので連撃系の戦技を使ってシステムからアシストを受け、無理やり相手の姿勢を崩すと言うことはできない。
最近ヨミが習得した、戦技と戦技を連結させて硬直を強引にキャンセルして、失敗するか自らやめるまで強力な戦技の連射が可能になる
プレイヤースキルなんて、全て脳筋で解決してしまっているのでないようなもの。ヘカテーと比較しても、彼女は貪欲にヨミの戦い方を見て覚えて吸収しているので、総合的な強さはノエルが上でも技術面ではすでに負けている。
技術で勝てないならどうすればいいか。技術で覆せないレベルのパワーを手に入れてしまえばいい。
昨夜、ヨミに、詩乃に思い切りやりたいようにやればいいと言われ吹っ切れているため、何も考えず見えているものに反応して反射で迎撃する。
何十回とランスとメイスが爆発のような音を響かせながら衝突し続け、めちゃくちゃにひしゃげて曲がったランスがノエルの体を掠めていき、少しずつダメージを入れていく。
ぼろぼろになってもそれを上手く活用して来ていてすごいと素直に思うが、それすらも上から捻じ伏せてやると、みぞおちに向かって突き出されてきたランスを下から殴りつける。
ギシィッ、という音がランスから響いて、遂に限界を迎えたのかランスが壊れてしまう。機械的だなと思っていたが実際に機械のランスのようで、ネジやら歯車やらが飛び散る。
こういうのはヨミが見たら喜ぶだろうなと思いつつ、武器が限界を迎え壊れてしまった女性の胴体に、本気でメイスを叩き付ける。
「っ……!?」
声すら出せず目を大きく見開く女性。
「『ウェポンアウェイク』───『
最大まであっても二回しか使えないノエルの奥の手、雷霆の鉄槌を発動。女性が雷で拡大されたメイスの中に巻き込まれ、吐き出すように雷メイスからはじき出されて地面を転がる。
急いで起き上がろうとするが、ノエルが胴体に叩き込んだ一撃がかなり効いているようで起き上がれず、ごろりと仰向けに倒れる。
そこに特大雷メイスが振り下ろされて、ずんっ、という音と衝撃と共に叩きつけられ、全身を強かに殴られた女性はHPを全損させてポリゴンとなって消滅する。
「私だって、やる時はやるんだからっ」
ふんす、と鼻息を荒くし、固有戦技が終了したシュラークゼーゲンを地面に突き立てながら言う。
これで剣の乙女は残り二人。恐らく全プレイヤー中最高火力のフレイヤと、全プレイヤー中最速のリタだけだ。
あっちは美琴と戦っているし、流石にノエルもなんか雷と炎、氷、風、土、爆撃、異次元な速度で繰り出される斬撃の応酬に突っ込んでいく勇気はないので、離れた場所でサクラと戦っているヘカテーの方に加勢しに行くことにする。
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