ギルド対抗戦 決勝 8

 今度はリタの方から動いた。

 ゼロから一気に最大速度に急加速しながら、認識から外れるタイプの隠密系スキルを併用されて、残像だけが視界に残る。

 こういう時は視覚に頼ってはいけないので目を閉じ、向けられる敵意と音から居場所を特定して、チリチリと首筋に感じる刺すような奇妙な感覚を頼りに、自分の首を守る。


 がちり、と大鎌が防がれるがカナタが防いだのは大鎌の柄部分で、リタの姿を確認したら半身になって右腕を大きく前に伸ばし、石突ギリギリのところを掴んでいた。

 ぐいっと引く動作をする前にバク宙の要領で跳躍しながら、引き付けられた大鎌の刃を高跳びのように回避する。

 くるりと一回転して着地し、ぱしっと引き付けた大鎌をリタが左手で掴んで構える前に、低い姿勢で駆け出して下から切り上げる。


 どうあっても間に合わないタイミング。キルはできずともダメージは入れられる。そのつもりだったのに、やはり彼女の時間だけが加速しているかのような挙動で体勢を立て直され、防がれてしまう。

 冗談抜きで彼女のこの挙動の正体を見極めなければと、そのままの速度で接近して反応しきれない速度と捌き切れない手数で仕掛けられてくる連撃を、いくつか体を浅く斬り付けてダメージを入れられながらも捌く。


「っ、しま……!?」


 どこかに必ず隙はあると凌ぎ続けていると、いつ魔術の呪文詠唱をしたのか、足元が柔らかくなってそれに足を取られてしまい、姿勢を崩してしまう。

 サクラがすぐに気付いて、ランス型魔導兵装を持った少女の腹に蹴りを入れて駆け付けようとするが、間に合わない。

 クリティカルによる即死は免れたい。せめて腕一本に抑えなければと姿勢を崩しながらもリタの攻撃から逃れようと、体を捻る。


 だがそれすらもお見通しだと言わんばかりの妖しい笑みを浮かべ、リタがどうにかクリティカルを避けようとしているカナタの首を目がけて大鎌を振り落とす。

 ここまでかと迫り来る大鎌を眺めていると、何かが電気でできた尾を残しながら超速で飛翔して来て、リタの大鎌の刃に衝突。同時にすさまじい衝撃波を発生させて、今度はリタも姿勢を崩してしまう。


 一体誰が、どこからこのようなことを、と考えるよりも先にトーチがカナタをその場から離脱させるように炎の濁流を飛ばしつつ、カナタの足元の地面を隆起させて上に射出する。

 突然の浮遊感に思わずぎゅっと目を閉じるが、感じたのは硬い地面に背中を打つ感覚ではなく柔らかなものに包まれるような感覚だった。

 目を開けると何もなく、長い髪の毛や着物の裾がふわふわとしているので、恐らくルナが何かしらの魔術で受け止めてくれたのだろう。


 ふわりと地面に降りてすぐ、大鎌を構え疾走してくるリタを迎撃しようとぐっと姿勢を低くする。

 足を踏み出そうとした直前、


「ひゃっ!?」

「な、なに?」


 すぐ近くで、とてつもなく大きな音が発生し、お腹にびりびりと響く衝撃が発生する。

 それはまるで大爆発のようにも、落雷のようにも聞こえた。だからなのか、どっちに反応したかは知らないが、珍しくリタが可愛らしい声を上げた。

 あの人もあんな声を出すんだなと、音がしたほうを向きつつ目だけちらっと向けると、恥ずかしそうに顔を赤くしてきゅっと左手でスカートの裾を摘まんでいるリタが映った。

 なんだあの可愛い姿は、反則だろう、と思ったのは内緒だ。


 改めて、何がそこにいるのか、などと考えるまでもない。

 断続的に響く、落雷のような轟音と、それに負けず劣らずの破壊音。こんなことができるのは、この試合の中にあの二人しかいない。


 ここまで戦いながら移動してきてしまったのか、ならどうにかしてリタたちとの合流を妨害しなければと、音がする方に顔を向けているリタに向かって踏み込もうとした時、バガッ! と地面に巨大な切り傷が刻まれた。

 あと一歩前に踏み出していたら、今の美琴の攻撃でやられていたと冷や汗を流しつつ、大人しくサクラたちの方に合流する。


「こっち来ちゃったみたいですよ」

「そのようじゃな。嬉しい反面、フレイヤまであちらに合流するから状況はあまり変わらんな」


 サクラがそう言い終えると、反射的に耳を覆いたくなるようなすさまじい雷鳴が響き、同時にとてつもなく巨大な裂傷が地面に刻まれる。

 何か丸いものがが勢いよく飛んできて、その中から緩くウェーブのかかった長い金髪の軍服のような衣装ではなく、体にぴったりとフィットしている鎧を身にまとった、ランスを持った少女、フレイヤが出て来た。


「リタ? どうしてあなたがここに?」

「フレイヤ様の方から、こちらにいらっしゃったのですよ。美琴様との戦いに集中しすぎて気付かなかったのですね」

「いつの間にそんなに……。ですが、丁度良かったです。いくら魔導兵装が強くても、技術の面で負けて攻め切れていませんでしたから」

「それはこっちも同じだよ、フレイヤさん。ほんと、その護国の王キング、硬いわよね」


 バヂッ、という音を立てて一瞬で姿を見せた美琴が、ユニーク武器の薙刀『雷薙』ではなく、彼女自身のスキルによって作り出される武器である刀『夢想浄雷・陰打』に雷をまとわせる。


「ごめん、もっと早く倒すつもりだったのにここまで来ちゃった」

「気にせんでよい。ところで、ぬしはアーネストとヨミと戦いに行ったのではなかったのか?」

「アーネスト君にヨミちゃん連れてかれちゃったの。どこにいるのか分からないから、とりあえず同じくらい脅威のフレイヤさんから倒そうって」

「それでここまで来たのか。いっそのこと、さっさと七鳴神しちなるかみでも使えばよかろう」

「あれ使ったらこの試合中ずっと置物になっちゃいますー。まだアーネスト君やヨミちゃんとの戦いが残ってるんだから、今ここで使えないわよ」


 それもそうだと、サクラがからからと笑う。

 意図せずに、夢想の雷霆、剣の乙女、両ギルドのギルドマスターが合流しお互いの戦力が揃った。

 美琴は奥の手まで使うつもりはないと言ったが、できるだけ早く終わらせたいのか四つある一つ巴紋が一つ増えて五つになった。


「仕切り直しと行きましょう、フレイヤさん。次こそはあなたを倒す」

「望むところです、美琴さん」


 フレイヤが左腕を横に伸ばすと、彼女の背後に幽鬼のように足のない、実体のある盾を持った巨大な人が現れる。

 その巨人はフレイヤに吸い込まれるように消えていき、着ている鎧と混ざり合い、彼女の左手にフレイヤようにサイズチェンジされた同じデザインの盾が現れる。

 またこの日に備えて何か新しい機能でも付け加えたのかと、多すぎるフレイヤの引き出しの多さに最早呆れる。


 二秒ほどの静止の後、何か合図があったわけでもなくフレイヤが超特大の氷の塊を壁のようにして飛ばしてきて、美琴が振り上げた陰打を真っすぐ振り下ろして両断する。

 それが合図となり、夢想の雷霆と剣の乙女、少女だけの二つのギルドの第二ラウンドが始まる。


 左右に分かれていった氷の間を美琴が最速で突っ込んでいき、フレイヤが左手の盾を構えながら突進してくる。

 左下段に構えた陰打ちを鋭く振るい、それがフレイヤの盾に当たるとギャァンッ! という音を響かせて斜めに斬られて破壊される。


 美琴の剣術の腕はカナタほど優れてはいないが、彼女の高い魔力値と筋力値、それに裏打ちされた非常に高い攻撃力に数々の高倍率の攻撃スキル、大量のMPを保持しているためたくさん習得しているバフ魔術などで、このゲームの中であれば美琴はカナタの上を行く。

 カナタが強いのは、魔術や銃器の遠距離一切なしの純粋な剣術勝負であり、それ以外を持ち込まれると無効化する術をこちらでは持たないので、中々に分が悪い。


 とはいえ、カナタだって剣術しかないからと言って遠距離に対して完全に無力というわけではない。

 ヨミという少女なんて、使う魔術スキルのほとんどが近接特化であるにもかかわらず、パリィや先読みと誘導で魔術師とガンナー相手に魔術を斬る、弾丸を切るなどの芸当をやってのけて倒している。

 あの少女のように弾丸斬りなんてことはできないが、避けることくらいは可能だ。


 美琴がフレイヤ、そして彼女の方に加勢に行ったリタを抑えている間に、カナタはライフル型魔導兵装を持つ女性に向かって走っていく。

 落ち着いて対処すれば問題はない。予測線という優しいものは存在しないが、ならば自分の脳内でそれを補完すればいい。

 予測して、どこに弾が来るのかを先読みする。引き金が引かれてからでは遅い。なら引く瞬間に最小限の動きで回避するだけだ。


「あ、あの人遂に弾丸避けし始めた!?」

「あのロリっ子吸血鬼ちゃんの影響すごすぎでしょ!」


 本人のあずかり知らぬところで勝手にロリっ子呼びされているヨミに、心の中で手を合わせつつガンナーの女性に迫る。

 とにかく速度と貫通力に特化している、電磁加速弾レールバレット貫通弾ペネトレイターを併用した複合弾丸魔術『電磁貫通弾レールピアッサー』を使っているようだが、撃たれる前に避けてしまえば当たらない。


 製作者フレイヤの趣味なのか、所有者の女性の要望なのか、ボルトアクション式にしてしまっているのが仇となり、四発も撃つ頃にはもう間合いの中だ。


「い゛っ……!?」


 超至近距離で銃口を額に突き付けてきたので、こういう状況でも冷静にいられるのはいいプレイヤーの証だと心の中で褒めつつ、ライフルを弾き上げてから踏み込んで袈裟懸けに斬り付ける。

 直前で体をよじられたのでクリティカルにはならず、装備している防具の効果もあってかかなり深く斬ったのにHPが三割減るだけに留まる。

 斬られた少女は後ろに下がって、炎を分厚い剣身にたたえている少女とスイッチしようとしているようだ。


 させまいと素早く納刀してから武装解除状態となり、柄に手を添えて装備判定を受けないようにして疾走スキルを発動させ、一気に詰め寄って後ろに下がる速度を考えて少し近くに踏み込んで、鯉口を切りながら右手で柄を握って勢い良く抜刀する。

 現実でもこの世界でも、決まれば必殺の自負のある超速の抜刀術が、下がろうとしていたガンナーの女性の胴体に深々と食らい込み、振り抜いて両断する。

 誰の目から見ても紛れもないクリティカルによる即死。美琴の合流早々、拮抗していた戦力バランスが崩れる。


 次はフレイヤに次いで広い範囲に高い火力を撒き散らしてくる、あの特大剣を持っている少女だと残心を解きながら向くと、頭が右に倒れ体も力を失ったかのように右に倒れ、ポリゴンとなって消える。

 一瞬何故だと理解できなかったが、遅れて銃声が聞こえたのでスナイパーの仕業だと気付き、即座に遮蔽物に隠れて射線を切る。


「あぐっ!?」


 少女が倒れた角度的にこちらだろうと予測して射線を切ったのに、左の肩に銃弾を受けてしまう。

 なぜ、どうして、と考えるよりも今はとにかく銃弾を受けてはいけないと、撃たれた左肩を抑えながらフィールドを駆け回る。

 しかしめちゃくちゃに跳弾しまくりながら飛んできた弾丸が、カナタと弾丸の間に遮蔽物がなくなったタイミングでぐんっと軌道を曲げてこちらに飛んできて、軌道から外れるように走ってもしつこく追いかけてくる。

 どうにかギリギリで回避して木に直撃させて止めることができ、すぐに木の陰に身を潜める。


 跳弾したのは弾丸魔術『跳躍弾リフレクト』、軌道を曲げたのは『魔道弾フライシュッツ』、追いかけてきているのは『追尾弾プレデター』だ。

 三つの弾丸魔術を合わせてくるプレイヤーなんて知らないが、跳躍弾と魔道弾を好んで使うプレイヤーには心当たりがある。


「銀月の王座のスナイパー、プロゲーマーのシエルさん……!」


 姿の見えない凄腕のスナイパーの名を口にして、できれば今このタイミングで来てほしくはなかったなとため息を一つ零した。


===

作者が勝手にやってる『勝手にQ&Aコーナー』


Q.美琴ちゃんほんとにこれでゲームスペックまで弱体化されてんの?


A.これで弱体化しています。こっちの美琴ちゃんは何の力もない只の人間なので、本当はどれだけ強いのかを知らない

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