ギルド対抗戦 決勝 1

 ついに始まった対抗戦決勝。

 バトレイドの観戦エリアは今までにない熱狂に包まれており、バトレイドでなくとも公式生放送のアワーチューブを開いて、自分が応援しているギルドに声援を送る。

 きっと今頃変態紳士諸君も絶妙に気持ち悪い応援をしてくれているんだろうなと、バトルフィールドに転送されたヨミはぼんやりと思った。


 決勝戦は予選、準決勝と異なり完全なる順位戦。脱落順に順位が定められているのではなく、一人一人の撃破ポイントを合計してそのポイント数によって順位が変動する。

 ギルドマスターは10ポイント、サブマスターは5ポイント、メンバーは3ポイントとなっており、大量得点を狙うのであればギルドマスターを叩きまくるほうがいいのだが、ここまで勝ち抜いてきたギルドのマスターが弱いわけがない。


 転送された後、ヨミはメンバーとは別行動を取った。全員それを了承しており、ノエルは言葉を交わさず目配せで「気を付けて」と伝えて来た。

 色々とノエルとぎくしゃくするようなことをしてしまったが、昨日は血を一滴舐めて体調は万全だ。こちらの世界の体の調子もすこぶる快調で、心なしか体が軽くすら感じる。


 単独行動をして駆け足で『時間帯:夜』のバトルフィールドを疾走する。ワンスディアに似ている気がするが、ワンスディアではない別のマップ。

 しかし建物の配置などが酷似しているので、恐らくワンスディアをモデルにした完全に決勝戦専用のフィールドなのだろう。


「……この辺でいいかな」


 しばらく走っていると、中央広場のように噴水のある広い場所に出る。

 遮るものなど何もなく、黒く塗りつぶされきらめく星が散りばめられた夜空を淡く照らす満月の光が、直接ヨミに降り注ぐ。

 『月下血鬼ブラッドナイト』の月光ゲージを見ると、じわじわと蓄積されて行っている。

 それを確認してからヨミは、一応あちこちに罠を仕掛けてから左手で耳飾りに触れてちゃりんと微かに音を鳴らしてから、ゆっくりとその場で舞を始めた。



 決勝戦が始まり、ギルド『ヘルシング』はすぐに使い魔を飛ばしてヨミの場所を捕捉し、真っすぐ彼女の下に向かって疾走していた。

 名前の通り吸血鬼系エネミーやプレイヤーに特化したギルドで、所持している装備は全てが純銀製、あるいは魔術素材である聖純銀ミスリルで作られたものだ。

 その他にも聖水や十字架、聖書、聖火の火種、大量の聖属性や炎属性の簡易展開インスタント魔術に魔術道具を、五人全員がインベントリ内に所持しており、何が何でも吸血鬼を滅するという決意を感じる。


 この決勝戦では、ヨミという吸血鬼は非常に強力。更には吸血鬼が本来の強さを取り戻す夜である上に、より強くなる満月だ。

 ただでさえアンボルト武器を抱えて並外れた超火力があるのだから、今のうちにここで排除しなければ自分たちの優勝など夢のまた夢だ。


 ……それが、あまりにも甘すぎる考えであったと知ったのは、一人のプレイヤーと鉢合わせて瞬く間に殲滅された後の話だった。


「ち……くしょ……」


 辛うじてタンクスキル『ガッツ』で堪えたが、全身を雷で撃たれたかのように痺れて動かせないヘルシングのマスター、イブラヒム・ヘルシング。いや、雷に打たれたような、ではなく、実際に雷に打たれている。

 自分を残して瞬く間にクリティカルで仲間たちを倒したのは、170センチを超える長身に目を引くほど素晴らしいスタイルを持つ着物を着た美少女、夢想の雷霆マスターの美琴だ。

 体からは紫電をバチバチと走らせており、頭上には巴紋が一つ浮かび上がっている。彼女自身の持つ強力な固有スキル、『諸願七雷しょがんしちらい』の一つだ。


「残念だけど、あの子とは本気で戦うって約束してるから。だから、あなたたちみたいな邪魔になるのは先に排除していかないとね」


 配信や時々アンブロジアズ魔導王国に来ている時に聞くような、普通の女の子のような声とは違い、まるで本当の戦場に降り立った武者のような冷えた声音で言う美琴。

 どうして十七歳の女子高生が、ここまで卓越した薙刀術を有しているのか。どうしてここまで達人染みた動きができるのか。イブラヒムには分からなかった。


「ヨミちゃんは私が倒す。だから、邪魔はしないでね」


 最後まで冷たい声音のまま、美琴はイブラヒムの心臓を背中から一突きして、クリティカルで退場させた。

 吸血鬼に特化したギルドヘルシングは、皮肉なことに吸血鬼に辿り着く前に雷神によって葬り去られ、そして彼らが最初の脱落したギルドだった。



「……どうやらヘルシングが落ちたっぽいな」

「マジ? 吸血鬼ガチ特化なのに負けたんだ」

「使い魔からの情報だと、そもそもヨミちゃんのところまで行けてないみたい。運悪く雷神様と鉢合わせて、二分足らずで瞬殺だって」

「美琴ちゃん強すぎんだろ……。個人ランキング現在1位は伊達じゃないな」

「あんた、1位を取ったりアーネストに取られたりしているのは八百長だとか言ってたくせに」

「いや、八百長を疑うじゃん普通。あんなに長いこと1位は取れないって」


 第三ブロックを勝ち抜いたギルド、ヴァイスレベリオは、メンバーの魔術師が飛ばした使い魔から得た情報で噴水のある広場にヨミがいるのを把握したため、一人でそこでなぜか舞を舞っている彼女を仕留めてやろうと隠密行動中だ。


「はー……。それにしても、あんなに綺麗な子が躍るとこんなにも映えるんだ……。満月がバックにあって幻想的……」

「いいなー。お前だけ使い魔で視覚共有できて。俺だってヨミちゃん激推しで、その舞を見たいのに」

「アーカイブ残ってるだろうからそれまで我慢しなよ。はぁ……、きれー……」


 使い魔を広場のベンチに降ろして、視覚共有でヨミの舞を見ている魔術師の女性プレイヤーは、うっとりとした表情を浮かべている。

 それほどまでにヨミの舞は幻想的で、見る人の目と心を奪う。その舞がどんな目的の下で行われているのかなんて知らずに。


「おら、もうすぐ噴水広場まで出るんだから、そろそろ戦闘準備をしろよ。いきなり向こうに気付かれて襲われる、なんてことになりかねないぞ」


 リーダーの男性プレイヤーが、背中に吊るしている大剣の柄に手を添えながら警告する。

 わざわざ他のギルドに向かわず、真っすぐヨミの方に向かったのだ。超特大の火力を放つ武器ブリッツグライフェンに、自身の能力を超強化する血魔術『血濡れの殺人姫ブラッディマーダー』に、グランドクエスト達成報酬だと言う耳飾りもある。

 他にも色んな装備やスキルを持っているし、想定している以上の強さになっているに違いない。

 せめてどうにかして五人全員で相打ちにできるくらいであってくれと願いつつ、噴水広場近くの森を抜けようとした時、ずっと使い魔と視覚共有をしていた魔術師の女性プレイヤーが悲鳴すら上げられずに、真下から伸びた血の串によって体中を串刺しにされて即死した。


「……思ってたより早く来たと思ったら、違うギルドか。まあ、優勝するためなら戦わないとね」


 いきなりなにをされたのか理解できずに呆然と、ポリゴンとなって消えていった仲間を見上げていると、やけに明瞭に聞こえるソプラノの残る綺麗な声が聞こえた。

 いつもなら綺麗な声だと感じるそれは、今は恐怖しか感じられないほど不釣り合いだった。

 はっ、はっ、と乱れた呼吸で振り向くと、巨大な漆黒の大鎌に赤黒い血をまとわせて、体から赤い霧を発しているヨミの姿が映った。


 ただそこに立っているだけ。ただ、まるで数多の敵を切り殺したかのような大鎌を持って、体から蒸発した血の霧を発しているだけ。

 それだけなのに、本能で勝てないと察した。逃げなければ仕留められると分かっているのに、逃げたところですぐに殺されるのも分かっている。

 その時、リーダーの男は理解した。物語の、魔王に挑まなければ行けない勇者の気持ちを。そしてもう一つ、理解した。


「血の……魔王……」


 誇張でも何でもなく、この名前が銀髪の小さな吸血鬼の強さを示しているものなのだと言うことを。

 逃げたいのに、退路もすぐ後ろにあるのに、逃げられない。ここで確実に殺される。どうしようもないその恐怖にがちがちと歯を打ち鳴らして、その恐怖をごまかすように全員が声を荒げながら突撃した。

 連携も何もなく、自分よりも小柄で可愛らしいと感じる美少女に、どうしようもない恐怖を感じながら、ただ突撃した。


 結局、ヨミには一撃どころか掠り傷一つ追わせることなく、ヴァイスレベリオは壊滅した。

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