決勝当日
のえるに一滴二滴だけ血を貰った翌日。
抱き枕にされた状態で目を覚まして起きようにもしっかり抱き着かれてて逃げ出せず、危うくこの年になって漏らしてしまいそうになったが、ギリギリのところですり抜けてトイレに駆け込んだ。
結構ギリギリだったので間に合って便座に座った時に、ちょっと出しちゃいけない感じの声が漏れてしまったのは内緒だ。
男の頃は、何かあるとすぐに膨張して扱いが難しくなる方向指示器があったし、それがある分道が長いため結構長く我慢できたが、女の子になったら方向指示器がなくなって道も短くなり、我慢できる時間が短くなった。
FDOを始めるまでの一週間に、特に女の子初日はこれくらいならまだ平気だと余裕をこいていたら一気に我慢できなくなって、危うく妹の前で粗相するところだった。もし詩月の前で漏らしてたら、今でもまだ引きずっていたかもしれない。
トイレを済ませた後、のえるは詩乃の枕を抱き寄せて幸せそうな顔でぐっすり眠っていたので、起こすのも悪いなと着替えを持ってお風呂場に行った。
寝汗とかをかいていたわけではないし普段から朝にシャワーを浴びているわけでもないが、今日はなんとなく朝シャワーを浴びたくなった。前のように冷水ではなく、ちゃんとお湯で。
丁度シャワー上がりでホットパンツに薄手のキャミソールという薄着のまま、濡れた髪の毛をタオルで拭いているところにのえるが洗面所に来て、どうして起こしてくれなかったんだと軽く怒られて、謝りながらおはよう代わりのハグで落ち着かせた。
決勝は十二時からなのでそれまでのえるとぼんやり部屋で過ごして、詩月がフリル少な目で清楚感のある白のワンピースを以って突撃して来て、これを着てほしいと言われたので大人しく着替えたら、のえると詩月の撮影会が開催されたりした。
麦わら帽子なんかも渡されて、詩月の詩乃を可愛く着飾りたいと言う欲をしっかりと感じ取りつつも、これくらいなら我慢せずに普通に着られるし麦わら帽子も学校に行く時はともかく日常使いできるので、ありがたく頂戴した。
調子に乗った詩月が、遂に本気で購入したらしいゴスロリ衣装を持ってきた時はのえるを盾にして逃げて、実は詩月はアワーチューブでヨミチャンネルを発見していて、大量のスクリーンショットを持っていることを自ら暴露して、妹にメスガキムーブが見られていたと知って恥ずかしさで撃沈した。
結構序盤の方でバレていたらしく、ゴスロリ衣装を母の詩音と共に購入しようと検討していたのは、リアルでも着せたくなったからだと言う。
リアルじゃ絶対に着ないと駄々をこねたら、いつか来るであろうこの日に備えて様々なショップを回ってFDOのソフトの購入しておいたので、対抗戦が終わったら始めるからゲームの中でたくさん着てほしいと言い出して、ゲームの中ならまだいいということに落ち着いた。
そんな出来事がありつつ早めの昼食を三人で食べて、のえるは帰宅。詩乃は一人きりになった部屋の床でストレッチや柔軟をする。
男の頃は柔らかくも固くもない程度だったのだが、女の子になってからはなぜかめちゃくちゃ体が柔らかくなった。
男の時は百度開けばいい程度だったのに、今は百八十度開脚できるうえにそのままぺたんと胸を着けることもできる。
昔はできなかったことが今はできるようになって、しかもここまで思い通りに柔軟できるととても楽しい。
「……何こっそり覗いてるのさ」
「やっぱり、ちょっとこれ着てほしいかなー、って」
「絶っっっっっっ対にやだ。ボクの黒歴史引っ張り出して脅しても、恥か死ぬ方を躊躇なく選ぶからね」
こっそりと部屋の扉をちょっぴり開けて、柔軟している詩乃のことを詩月がじっと見つめていた。
何の用だと問うと、そっと手に持っていたゴスロリ衣装を部屋の中に滑り込ませてきた。まだ着てもらうことを諦めていないらしい。
絶対にそれは着ないと再度拒絶しつつ、それよりも詩月もFDOのソフトを買っていたなら一言声をかけてほしかったとジト目を向ける。そうすればギルド対抗戦に申込みするために必要な五人目を、ここまで悩むこともなかっただろうに。
そうなった場合男性プレイヤーが空一人になって、他の男性プレイヤーから怨嗟と嫉妬の視線を向けられることになったかもしれないが。
「お姉ちゃん絶対にこういうの似合いそうなんだけどなー」
「お前、それ言い換えればボクがロリっ子だって言ってるようなもんだぞ」
「え? ロリっ子じゃん。私よりも背が低くてお胸も小さなロリっ子じゃん」
精神にとてつもないダメージを受けて、ごつんと床に額を打ち付ける。
確かにロリだが、女の子になろうが詩乃は
「とにかく、それは絶対にヤダ。せめてFDO内だけにして」
「ゲームの中ならいいんだね? 言質取ったからね? 録音もしたから言い逃れもできないよ」
「何がそこまでお前を突き動かすの!?」
「可愛いを見るとね、心が潤うの。可愛いはね、心の栄養なんだよ」
「何言ってんだ」
そのうち本気で、強制着せ替えさせられそうで怖い。リアルでは、例え家の中でもあんなものを着たくないので、早いこと詩月をゲームに引き込んでそっちで欲求を解消させなければ大変なことになる。
とりあえずゲーム内でだけならいいと詩乃が言ったことで、すんっ、と真顔になったのでこれはまずいかもしれないなと冷や汗を垂らす。
ゲーム内ならのえるも好き放題できるし、同じく可愛いもの好きの二人が合わされば化学反応を起こして大暴走するに違いない。
ログインしたら詩月もFDOを始めるかもしれないことを教えて、ついでに着せ替え人形にするにしてもせめて派手なものは着させないでほしいと懇願することにする。
柔軟を終えて詩月を部屋から追い出し、机の上に置いておいたナーヴコネクトデバイスを首に付けてベッドに横になり、ヘッドギアを被ってデバイスと接続してFDOの世界にダイブする。
意識が、五感が沈んでから電脳世界にてそれらが急浮上する、慣れ親しんだ感覚。
視覚以外の全てがログインしたことを伝えてきて、ゆっくりと瞼を開けて五感全てでVR世界を感じる。
「ノエルたちは……もうインしてるな」
ウィンドウを開いてメンバーを確認すると、ゼーレ以外の全員がログインしている。
ゼーレがいない理由にはなんとなく察しは付いている。一人暮らしをしているとは聞かされているが、ゼル関連で何かあったのかもしれない。
どうせ解決した後にこっちに戻ってきて、腹を抱えて大笑いしているかもしれないので、特に心配はしていない。
ギルドハウスのベッドから降りて立ち上がり、こちらの世界での体の調子を軽く確認するようにストレッチする。
リアルで柔軟をしてきたからか、いつもよりも体の可動域が増えているような気がする。
「よし」
気合を入れるように両手で軽く自分の頬をぺちっと叩き、フリーデンにあるワープポイントに向かってそこからワンスディアにワープする。
決勝進出した七つのギルドはワンスディアの中央広場に集まらなければならず、ここに集まらずにいるとまさかの不戦敗になってしまう。
せっかくここまで苦労してきたのだから、そんなしょうもない理由で負けるのは嫌なので、まだ時間に余裕はあったが早足で広場に向かった。
「あ、ヨミちゃん!」
「ヨミちゃん頑張れー!」
「応援してるよ! 優勝してね!」
「ファイト!」
広場に向かっている途中、多くのプレイヤーたちが応援してくれる。
珍しく変態共がいない純粋な応援に、ちょっと恥ずかしくなりつつも嬉しくなる。
「あ、ありがとう! ボク頑張るから、応援よろしくね!」
一応配信者をやっているのだし、ちょっとくらいファンサービスをしたほうがいいだろうと、照れの混じった笑みを浮かべながら手を振って返す。
それだけで多くの男性プレイヤーが変に沸き立つのだから、男って単純なんだなと呆れる。
結構たくさんのプレイヤーから応援されているようで、広場に着くまでほぼずっと声援が向けられた。
配信以外でこうして直接大人数に注目されるのは恥ずかしいが、応援されるのは気分がいいなと自然と笑みがこぼれた。
「あ! ヨミちゃーん!」
広場に着くと、一足先にログインしていたノエルがヨミが来たのに気付いて、ぶんぶんと手を振る。
相変わらず元気なことだとふっと微笑んで駆け足で駆け寄り、そのままノエルに捕獲された。あまりにも流れるような捕獲行動に反応できず、一瞬何が起きたのか分からなかった。
「なんでノエルってボクのことこうやって捕まえるの好きなの?」
「なんでって、ちっちゃくて可愛いしふわふわで抱き心地いいから?」
「抱き枕じゃないんですけど」
「別にいいじゃーん。んふふー、いい匂いー」
「匂い嗅ぐな、バカ」
とは言いつつも全く嫌がっていない辺り、自分も大分毒されてきたなと感じる。
女の子になってからノエルのこういうスキンシップが増えたので、男の頃は嫌がっていたが今では割とこの状況を気に入りつつある。
五分ほど待っていると残りの三人も集まって来た。
しばらくノエルに捕まったままでいると、ゴーンゴーンと鐘の音が鳴る。時刻を見ると十一時五十九分になっており、遂にギルド対抗戦決勝が始まる。
いつの間にか他のギルドも広場に集まっており、じっとこちらを羨ましそうに見つめている美琴率いる夢想の雷霆。テーブルと椅子を用意してティータイムと洒落込んでいるフレイヤとリタの剣の乙女。そして、今大会優勝候補筆頭の『剣聖』アーネストの率いるグローリア・ブレイズ。
そのほか三つの予選と準決勝を勝ち抜いてきた猛者たちがおり、緊張感が高まっていく。
『これより、第二回Fantasia Destiny Onlineギルド対抗戦、決勝戦を開始いたします。ここまで勝ち抜いてきた七つのギルドの皆様。血沸き肉躍るような素晴らしい戦いを、ぜひお見せください』
女性の声でアナウンスが流れ、正面にウィンドウが開いて60秒のカウントダウンが開始される。
一秒、また一秒とカウントダウンが減るのに合わせて、緊張感が増していく。
ちらりと隣を見ると、ヘカテーがガッチガチに固まっていたのでやっぱりまだ緊張はするんだなとふっと笑みをこぼして、頭をそっと撫でる。
「大丈夫。今までと変わらないよ」
「そ、そうですね」
「そんなに緊張するなら、相手を他の何かに置き換えればいいんじゃないかな? 例えば……やけに殺意を向けるPKとか」
「……PKさん相手だと思うと、なんだか急に緊張がなくなってきました」
すっ、と表情が真顔になったのでびくりと体を震わせる。
未だに、どうしてヘカテーがここまでPKに対して激しい殺意を向けるのかが分かっていないので、変な助言をしてしまいこの試合で戦うプレイヤー全てをPKだと思い込んでしまったので、ひっそりと他ギルドに心の中で謝罪する。
そしてついにカウントがゼロになり、十二時になると同時に広場にいる全員が決勝戦専用バトルフィールドに転送される。
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