思惑の崩壊。怒るは血染めの夜の王

 ギルド対抗戦の三日目。予選最終日ということでギルドの多くはギアを上げて、ラストスパートで一気に大量のポイントを獲得して、通過ポイントとなる70位を目指すことに躍起になる。

 上位三ギルドは他のギルドと比べて人数も多くほぼ連戦連勝しているため保有ポイントは圧倒的で、予選が終了する少し前にはマッチングを止めた。

 最強格三つがマッチングしなくなったことを察した他ギルドは、その間に少しでもポイントを得るために躍起になり、あわよくば上位3位に食らい付こうとしていたが不可能だった。


 ならばせめてトップ10をと目指したがその壁も高く、少数精鋭は不可能かと思われていたそのランキングに、たった六人の少人数ギルドがランクインしたことで可能だと分かり、熱狂した。

 しかし、そのギルドはそのランキングから上がることはなかったが下がることもなく、10位に留まり続けた。

 そのギルドは、プレイヤー間で『血の魔王』と呼ばれるほどの実力を持ち、初のグランド討伐を成し遂げたことで瞬く間に最強格プレイヤーの一人にまで躍り出た少女、ヨミがマスターを務めている銀月の王座。

 たった六人しかいないのにほぼ全員が前衛の全員アタッカーという偏り過ぎた構成でありながら、その火力で挑むギルドの前に立ちはだかり、10位の壁を死守し続けた。


 そしてこの男、黒の凶刃のマスターゼルも、対抗戦にギルドを登録して試合の中でヨミのことを実力で叩きのめして、自分の方が格上なのだと分からせてやろうとしていたのだが、尽くヨミ以外のギルドにボッコボコに叩きのめされて思うように順位もレートも上げられず、結局下から数えた方が早いほど低い順位のまま予選を終えてしまった。

 公式の試合で自分が格上だと他のプレイヤーに知らしめることができない。そもそも真っ向からやり合っても、武器すら抜かずにこちらをぶちのめしてくる。

 普通に戦っても勝つことができないと言う理不尽的な強さに、ゼルは苛立ちを募らせた。

 だからこそ冷静さを欠いてしまい、ゼルは選んではいけない最悪手を選んでしまった。


「な、なあリーダー。やっぱよそうぜ? こんなことしたって勝てるとは思えねえよ」

「第一、あの魔王がブチギレたらどうなるのか、一番分かってるのマスターでしょ? なんでそこまであの子に固執するのさ」

「ユニークなんて他にまだたくさんあるんだから、あの二人が持つのに執着しなくてもいいだろうに」

「うるさい、黙れ! お前らは黙って俺の言うことに従ってりゃいいんだよ!」


───うるさいのはお前だろ。


 総勢三十人の黒の凶刃のメンバーを引き連れているゼルが怒鳴り散らし、それに対して全員が心の中でツッコみを入れた。

 これはほぼ約束された負け戦だ。吸血鬼の固有の能力として、血を吸ってキルした場合に最大十個まで命のストックが可能となるのは知られている。

 そしてヨミは、それを三つか四つ残した状態でアンボルトという竜王の一体を倒した。

 竜王相手にストックを余らせる。それがどれだけ異常なことなのか、ゼル以外の全員が理解している。

 最近では、始めたばかりでステータスや装備が揃いきっていないだけで、プレイヤースキルを加味すればヨミが真の最強なのではないか、とすら言われ始めているくらいだ。


 予選でも優勝を逃す回数よりも勝ち取る回数の方が多いし、試合に入れば単騎でギルドを一つ潰してくるし、マッチの半分以上を仕留めることも多い。

 統制された連携。それを可能とする技量と、個人の突き抜けた強さ。黒の凶刃には一つもないものだ。


 唯一の利点らしき利点と言えば、今向かっている場所、静穏郷フリーデンを偶然とはいえど発見することができて、ゼルがNPCを殺すのに何のためらいを持たないことか。

 人とほぼ同じように思考し行動し感情を持つ、電子世界に生きる人間を殺すとはつまり、現実でも条件さえ揃ってしまえば手にかけることができてしまう可能性があると言うことだ。

 こんな異常者に従わなければいけないなんて、頭痛がしてくると、全員が頭を抱えたくなる。


「……いた!」


 いつになったらこいつに天罰が下るのだろうかと大勢が思っていると、開けた場所に出る。

 そこにはゴシックドレスに身を包んだ銀髪の少女が、美しい月を背景にふわりと見事な踊りを踊っていた。

 動くたびにきらきらと何かが散らばり、まるでそれが彼女の美しく飾る羽衣のようだった。表すなら、吸血姫だろうか。

 なんて美しいのだろうと息をのんで見つめていると、ぴたりと踊りを止めてしまう。


「こんな夜更けに、随分とたくさん引き連れてくるじゃん。ダンスパーティーの招待状は誰にも送っていないんだけどな」


 感情のない、絶対零度の如く冷めきった声が、全員を体の芯まで凍らせた。

 暴力的な威圧感。大瀑布の如きプレッシャー。

 向けられた目には怒りと殺意以外の感情が欠落しており、ただそれだけで三人ほどが心拍異常で強制ログアウトを食らう。


 まだ、ただそこにいるだけ。武器も何も持っていないのに襲い掛かるその威圧感。それだけで実感した。姫だなんてとんでもない。


 まさに、魔王と呼ぶのにふさわしい、と。



 今日の午前零時過ぎに、こっそりシフォンケーキを堪能していた時にゼーレから教えられた情報。もしかしたらプレイヤーか何かにこのフリーデンが知られたかもしれないと言うことを聞かされてから、すぐにノエルたちに報告。

 話し合いは朝ログインした時に行い、ゼルの性格を考えるに予選を突破した時の浮かれた雰囲気の時か、落ちた時の沈んだ雰囲気の時を狙ってくるに違いないから、打ち上げはせずにしようという流れになった。


 ゼルが狙っているのはヨミを含めたメンバー全員が持つグランドエネミー素材と、今はまだヨミとノエルだけが持つグランドウェポン、そしてヨミとシエルが持つユニークだ。

 微塵も彼らに自分たちが苦労して勝ち取ったものを渡すつもりがないし、ノエルたちにも手を煩わせたくはなかったヨミは、自分一人にも勝てないのだと徹底的に分からせるために一人で迎え撃つことを改めて選択。

 それでもゼーレの思い違いであってほしいと願っていたのだが、こうしてフリーデン手前の森までやってきて姿を見せた。


 どこまでも勝手な男だ。自分で挑みに行かなかったのが悪いのに、それを棚に上げて彼の中で自分たちが横取りしたと思い込み、さもそれが正しいと思い込んでいる。

 いい加減しつこいし、こんな奴なんかにノエルたちをキルさせもしない。


「一つ、聞いておく」

「あ゛?」

「この場所を突き止めた方法は、ゼーレさんから聞いてる。だからどうやってとは聞かない。ボクが知りたいのは、どうしてそこまでしてボクらの持つ素材や装備に固執するのか、そしてどうしてこのタイミングでここに来たのかだけ」

「決まってんだろ! お前らルーキーなんかに、グランド由来のものはお似合いじゃないんだよ! 知ってんだぜ、お前にとってこの町が大切なものだってことはよお!?」


 ゼルが叫ぶ。

 ヨミは何度か、フリーデンで配信を行っている。戦闘ではなく、雑談の配信だ。

 ここのどこがいいのか、何を一番気に入っているのかなどをよく話す。その中で、配信に自ら乱入してきたアルマとアリアのことも紹介している。その時に、どれだけアルマとアリアを、この幼い兄妹だけでなくこの町のことを大切に思っているのかを口にしている。


「アルマとアリアって言ったっけか!? そいつらをぶっ殺されたくなけりゃ、さっさと赤い大鎌と変形するアンボルトの武器、白と黒のユニーク武器、そしてアンボルトの素材を寄こせ! そうだなぁ、ついでに裸にでもなってもらってそれを脅しに、俺の傀儡に仕立て上げるのもありかもなぁ!? 自分の裸とNPCの癖に大事にしているガキ二人を人質になあ!?」


 分かっているのかいないのか、ゼルは的確に地雷を踏み抜いた。

 全身を怒りと殺意が支配する。ゼルの後ろにいる連中が何か言って後ろに引っ張ろうとしているが、関係ない。

 こうして一緒にここに攻め込んできた時点で、排除すべき敵だ。


「『ブラッドエンハンス』、『ブラッディアーマー』、『フィジカルエンハンス』」


 立て続けに強化魔術を使用しながら、どうやらユニークやグランド武器で殺されたいようなので、その要望に応えてやる。

 背中に夜空の星剣、右腰に暁の煌剣を装備し、斬赫爪は大きいので装備せずに刀形態のブリッツグライフェンを右手で掴んで装備する。

 そして最後に、破滅の呪文を口にする。


「『血濡れの殺人姫ブラッディマーダー』」


 これより一分間、フリーデン郊外に、怒り狂った血の魔王が降臨する。

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