激昂の血濡れのお姫様
最初から全力。たった一分で全てを蹴散らす。だが、ただ蹴散らすだけでは足りないので、この場にはゼーレに頼んであるものを仕掛けてある。
地面を踏み砕く勢いで踏み込み、恐らく彼らからすれば姿がかき消えたように見えただろう。
手加減なしの最高速度。ノエルにせがまれて全力の手合わせをした時も、彼女はこれに反応できずにいた。
ほぼヨミ専用のカウンター能力を持っているノエルが反応できないのだ。配信の画面越しでしか知らない彼らなんて、姿すら捉えられないだろう。
「ぎゃっ」
「うそっ」
少し力み過ぎたようだ。まとめて五人を今のでキルするつもりだったが、二人斬ったところで勢いが減速し、三人目は胴体の半ば程度まで食い込んだところで止まってしまった。しっかりと刃を立てて斬れていない証拠だ。
怒りのあまり動きが悪くなっているなと反省して、刀を差したまま砲撃のような蹴りを繰り出して顔を粉砕してキル。その死体を踏みつけながらその先にいる棒立ちのガンナーに向かって突進して、心臓を一突きして即死。
体がポリゴンとなって消える前に刀を引き抜いて次の獲物に襲い掛かり、またポリゴンとなる前に次へと、すさまじい速度で敵を屠っていく。
「ま、待ってぎゃ!?」
「わ、私たちはただ───」
「うわあああああああああ!? やっぱあのクソマスターの下にいるとろくなことがねえ!?」
瞬く間に地獄絵図へと切り替わる。数の暴力という利点は秒で役に立たなくなり、一分だけの本気状態の血色の吸血鬼が赤い軌跡を残しながら戦場を駆け巡る。
「この、調子に乗るなよメスガキがぁ!?」
一方的な殺戮のままで終わってたまるかと武器を持ったゼルが飛び掛かってくるが、お前のような雑魚も他の有象無象と同じだと言わんばかりに、振り向かずに胴体を真っ二つにする。
瞬く間に攻め込んできた黒の凶刃は全滅し、三十ものプレイヤーだったものが転がっている。殲滅にかかった時間は四十秒ちょっと。一分もかからずに全滅した。
だが、この程度ではゼルは諦めやしないのはヨミもよく分かっている。そうでもなければ、一日に何度も勝負を挑んでくるはずがない。
なのでゼーレに頼んでお金を渡して、あるものを用意してもらった。
それは蘇りの祭壇。文字通り、それを設置して手動で軌道させれば半径100メートル以内にいる全てのプレイヤーを蘇生する蘇生アイテムだ。
初期設定では全てのプレイヤーを無差別に蘇生するが、設定すれば自分のパーティーやギルドメンバーのみに絞ることも可能だが、持続時間は十分だけと短くそれを過ぎると壊れる。
範囲の中で死んだゼルたちは、数秒かけて蘇生される。
どうして、と目を白黒させるがゼルだけはすぐに、『血濡れの殺人姫』の効果が切れて大幅な弱体化の入ったヨミを見て、いやらしい笑みを浮かべた。
「なんだあ!? わざわざ蘇生してくれたんですかぁ!? ステータスが軒並み1まで下がっちまえば、負けてもみっともなく言い訳できるもんなあ!? だったらお前の要望通り、クソ雑魚になったお前を地面に───」
「『ソウルサクリファイス』」
感情のない声で、魔術を唱える。
血壊魔術60で取得した、変わり種の魔術。
『ソウルサクリファイス』。吸血によって確保した命のストックを一つ消費して、あらゆる弱体化を無効化して全てのHP・MP・血液残量全てを全快にして、直前までかかっていたバフをもう一度最大持続時間まで回復させるというものだ。
一回使う都度消費するストック数が一つ増えるので、最大でも四回が限度ではあるのだが、問題は自分にかかったデバフは自分が使った魔術が影響している場合でも解除可能だし、バフを持続時間最大までリセットして再使用できるようになるのも、自分で駆けたものも対象となる。
つまりどういうことかというと、ヨミは弱体化が解除される三十分を待たずとも、血液の補給をしなくとも、あと四回他の自己バフ盛りだくさん状態の『血濡れの殺人姫』を連発できる。
しかも血壊魔術に『ブラッドドレインスキューア』があるので、ストックはここにいるPK集団が蘇りの祭壇が壊れてしまうまで復活するので、いくらでも補給できる。
この日のためだけに、ヨミが大金をはたいて用意した黒の凶刃専用の、地獄の処刑場。
この光景をノエルたちは見ているので、きっと今頃ドン引きして頬を引きつらせているだろう。
「な、ん……!?」
効果が切れて、最低でもあと三十分は使えないはずの奥の手の再使用に硬直したゼルに急接近し、左手で頭を掴んで地面にたたきつけて潰す。
ゲーム内で再現されているものとはいえ、左手に直接人の頭が潰れる気持ち悪い感触が返ってくる。びくびくと体を震わせてからぱたりと動かなくなり、ポリゴンとなって消えていく。
それがかえって冷静さを生んで、じろりと固まって動かない黒の凶刃のメンバーの方を睨み付ける。
「……全員、これに賛同しているわけじゃないんですね」
努めて冷静にいようとしているのだが、それでもこの男の勝手さがあまりにも酷いので怒りが声に乗ってしまう。
ヨミのその冷徹な声の問いに、こくこくと頷くメンバーたち。
一回目は悪いことをしてしまったなと反省する。
「ボクのギルドのメンバーに今後、何があっても危害を加えない。というか一切関わらない。この町にも関わらない、ここの住人を一人も傷付けない。そう約束できるなら、見逃します。でも、一人でも約束を守らなかったらその瞬間全員を無限リスキルして、その心をぶち折ります」
『血濡れの殺人姫』の効果が切れる前にゼルが復活して、掴みかかろうとしてきたので『ブラッドドレインスキューア』で背後から串刺しにしてクリティカルし、命のストックを一つ確保する。
解除された瞬間は誰よりも弱いが、数秒とかからずに強化状態にまで持っていくことが可能だ。
それを今の数秒の攻防で理解したPKたちは、顔を青くしてこくこくと頷く。
こういう手合いに手っ取り早く、自分が格上だと教え込ませて約束を守らせるのは、恐怖が一番だ。
「……があああああああああああああああ!!」
「黙ってろ雑魚」
復活するタイミングは選べないが、起き上がるタイミングはもちろんプレイヤーの自由。
三秒前にポリゴンから復活したのを見ていたが、起き上がってこないので何をしているのだろうと思っていたが、わざわざ一分間カウントして効果が切れる瞬間を狙て来たらしい。
しかし彼のカウントが少し早かったのか二秒残っていたので、鐺で喉を殴りつけてから刀で首を切断してクリティカル。再びポリゴンとなって崩壊する。
その後もゼルは何度も起き上がり、その都度一撃で仕留めたり、ストックを確保するために『ブラッドドレインスキューア』でクリティカルしたり、あえて弱体化を解除せずに初期ナイフ一本で首を的確に狙って、ステータスオール1でもお前くらい殺すことは容易だと教え込んだ。
十度ほど復活してはクリティカルを繰り返し、その内のほとんどをあえて『ソウルサクリファイス』を使わずに仕留めた。
こんな雑魚を倒すのに使われる、自分の専用装備とユニークが可哀そうだからだ。
何度挑んでも、それこそステータスが弱体化を受けている今の状態ですら勝つことができないという現実と突き付けられたゼルは、地面にうずくまってしまった。
すすり泣くような声が聞こえてくるが、それがかえってヨミの癇に障る。
「何悔しがってんの? 何泣きそうな声してんの? 人が苦労して手に入れたものを苦労せずに奪おうとして、あまつさえ電子世界のデータとはいえこの世界で生きている人を人質にしようとした奴が、思い通りに行かないからって何泣きそうになってんの?」
ごりっと頭を踏みつけながら、絶対零度の如く低く冷めきった声で言うヨミ。
ゼルは、今までなまじ何でも自分の思った通りに行っていたのだろう。これといった努力もせず、ただ自分勝手に周りを巻き込んでその人たちに多大な迷惑をかけながら、自分が思い描いたものを手にしてきたのだろう。
今までそうやって生きてきたから、そのような生き方しか知らない。デカい壁にぶつかってくじけそうになっても、その壁を超えるために色んな事を試して、何べんやっても上手くいかなくて挫折しそうになって、それでも諦めずに死に物狂いで頑張って頑張って、その末にその頑張りが報われるその嬉しさを、彼は知らないのだろう。
「ボクはさ、今色んな人から最強格だなんだって言われてるけど、最初からこんな強いわけないだろ。今でこそ色んなゲームで培ってきた経験があって、そこで作り上げた自分の技術や戦い方を確立させてきて、そういうのがそのままこのゲームに利用できたから最初から一定以上の強さを発揮できた。でもさ、そういうのは今言った通り今までの積み重ねの結果であって、この数週間の出来事の話じゃない」
初めて遊んだゲームは、狂気的なまでに毒沼が好きな死にゲーを作り続けるゲーム会社のフルダイブゲームだった。
最初はただ、上手い配信者がそれを楽しそうにプレしているのを見て楽しそうだったから、自分もやってみたいと微妙な反応をする両親をただ遊びたいと言う熱意だけで説得してインストールしてもらい、そしてその日のうちに挫折を味わった。なまじ勉強も運動も、人並み以上に頑張っていたからこそ人よりもできていた分、ショックが大きかった。
初めてのゲーム。初めてのフルダイブ。幼いヨミに難しいことなんて分かるわけがなく、序盤のボスどころかちょっと強い人型のボスすら倒せなかった。
あまりにも強くて何度も倒されて、なにくそと立ち向かっては返り討ちにされて。
諦め悪く十回二十回とてんで勝てず、あまりに理不尽な強さに大号泣した。両親にも泣き着いて勝てないよとわんわん泣いて、気が付いた時には次の日の朝だったのをよく覚えている。
散々泣いたから気分はすっきりしていたように思う。だからあんな目に遭ったのにもう一度ログインして、百回以上もぼこぼこにされて、途中でログアウトしてまた泣いて、詩月の髪をいじって遊びながら落ち着いてからはなんだか無性に腹が立って、またログインしてボコられた。
そうやって怖いくらい諦め悪く挑み続け、二日かけてやっとそのちょっと強い人型のボスに勝てた時は、手動セーブを忘れてログアウトして両親に報告しに行った。今思い返せば、自動セーブ機能があってよかったと心底思う。
最初のゲームで、諦めずにしっかりと観察して覚えて動けば、必ずどんな敵にも勝てると知った。
死にゲーをクリアしてからは、色んなゲームに手を伸ばした。
一人専用のストーリーとアクション重視のゲームや、対人戦コンテンツのあるオンラインゲーム、バトルはないが頭を使う頭脳戦ゲーム。
色んなものに手を伸ばし、そこで何百回も敗北を味わって、その都度諦め悪く喰らい付いて学び、対策し、そして乗り越えていった。
いつしか、対人戦においてほぼ負けなしと言えるほどのプレイヤースキルを獲得し、ノエルのレアアイテムを奪った迷惑ばかりかけるPKギルドに単身乗り込み、数十体一という圧倒的人数不利の中で勝利を勝ち取って、ネット上で黄泉送りと呼ばれて恐れられるようになった。
ヨミは、泣き喚いてやめてしまいたくなるほどの挫折と敗北を、それを超えるための苦労を身に染みてよく分かっている。
PKだってゲームを楽しむスタイルの一つだ。向かってくるなら返り討ちにするし、見かけても全力で追いかけ回してぶちのめすが、彼らには彼らなりの苦労というのはあると思って、敬意を払っている。
しかしゼルにはそれを微塵も感じられず、ただ湧き上がるのは怒りだけ。
自分の頭の中で計画を立てた時点で自分がクリアしたつもりになっている? 自分の持っていないアイテムや装備は殺して奪ってしまえばいい? 冗談じゃない。
「ゼーレさんも言ってたけど、根本的にお前はこういうオンラインゲームに向いてないよ。ここは現実よりも自由だけど、現実じゃないからって何してもいいってわけじゃないし、現実じゃないからって考えただけで結果が付いてくるわけがない。ここは、現実世界からは隔離された電子世界の中にあるもう一つの現実なんだからさ」
だんだんと、怒る気力すらなくなってきた。なんで自分は、こんな雑魚に身を焦がすような怒りを胸に抱いて、本戦まで使わずに隠しておくつもりだったものを使ってまでぼこぼこにしていたのだろうかと考えてしまう。
「……はあ、バカらしい。こんなのに本気出して、何やってんだろ。こんなやつ、武器すら使わなくたって素手で殴り倒せるってことくらい知ってたのに」
まあ、幸い配信はしていないしここにいる全員にあとで強く口止めするので、そこから広まって行ってしまうなんてことはないだろう。
深いため息を吐いてからゼルの頭から足をどけて、一か所に集まっている黒の凶刃メンバーのところへ歩いていく。
別に殺すつもりじゃないので、途中から使わなくなって地面に突き刺していたブリッツグライフェンをインベントリにしまって、キルした時に得てしまったお金を彼らに返すつもりだ。彼らは別に、ゼルに付き従っているわけではなさそうだし。
「………………るな」
虚偽報告せずにしっかりと所持金を素直に答えろよと釘を刺しながら一人一人にお金を返して回っていると、後ろでうずくまっている
ステータス弱体化を受けているクソ雑魚状態のヨミにすら負けるくらい弱いのに、まだ立ち向かう勇気があるのかと一周回って感心する。
「散々人のことを雑魚雑魚って罵って……挙句の果てにゃ頭踏みつけて調子に乗りやがってぇ……!」
「……ねえ、あの人って結構頭逝っちゃってる感じ?」
「え、えぇ、まあ……。元々百人くらいいたんですけど、あまりにも横暴すぎてここんとこずっと脱退者が続いてるんですよ」
「ちなみに、今ここにいるのが残りの全メンバーね。……ゲームの中の話だけど、ちょっと人には言えない弱みを握られちゃって、泣く泣く従わざるを得なかったし抜けられなかったメンバーでね」
百人近くが残り三十人。なんとも間抜け手可哀そうな話だと、ハッ、と嘲笑を向ける。
その瞬間、ぶちんと何かが切れるような音がゼルの方から聞こえ、ゆらりと立ち上がって右手でウィンドウを操作し始める。
何をやっているんだろうと左肩から柄を覗かせている夜空の星剣を右手で掴み、抜いて構えておく。
満月ではないが月はかなり満ちており、事前に星月の耳飾りの能力も使っておいてまだ効果は持続しているので、無策に突っ込んできてもすぐに対処できる。
「お前ら全員、俺に逆らった罰として死刑だ!!!!!」
ウィンドウ操作を終えたゼルが、ポケットから何かを取り出してそれを地面にたたきつけると、そこを起点で膨大な炎が吹き荒れる。
大魔術に部類されるものとなればかなりの規模の威力を発揮すると言うが、代わりに『
つまり、見た感じ『簡易展開』を使ったのに大魔術クラスの炎をああして作り出しているということは、
「チートツール!? バカじゃないの!?」
焦りでも心配でもなく、これ以上ない程の呆れ。
このゲームをやっている以上、一度は必ず聞いたことがあるプレイヤー間の文言。
『ここの運営はチーターに親でも殺されたのかってくらい過剰な対策を施している』
ガンナーやスナイパーにとって有利になるウォールハックや確実に弾を当てられるオートエイム、武器の威力を底上げする武器チートというのがあり、調べたところによると言われなければ絶対に気付かないほど弱いレベルでチートを導入していても、使った瞬間に速攻で検知されてIPアドレスからハードウェアそのものをBANする。
ちなみに、ナーヴコネクトデバイスに登録されている個人情報は運営元であるRE社が超が百個くらい付くほど厳重な体制で管理しており、チート行為を行った者は二度とナーヴコネクトギアを用いてフルダイブゲームが遊べなくなるようになっている、という都市伝説がある。
それくらいRE社はチート行為を許しておらず、今日に至るまでプレイヤーがチーターに理不尽に倒されたと言う報告も上がらず、快適にプレイできている。
つまりどういうことかというと、見るからにチートをゴリゴリに使っているゼルは、もうおしまいということだ。
「俺の言うことを聞けないクズどもは、ここで死」
向かってこないのを怯えていると都合よく解釈したらしいゼルは、いやらしい笑みを浮かべながら強烈な炎をヨミたちに向かって飛ばそうとしてきたが、セリフ途中で前触れもなくふっと消えてしまう。
急にいなくなったのではてなを浮かべていると、戦闘ログからヨミと戦っていたと割り出したのか、ヨミの眼前にウィンドウが開いた。
『プレイヤー【ヨミ】と戦闘を行っていたプレイヤー【ゼル】がチートツールを使用したことを検知したため、アカウントを抹消しました。多大なるご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません。お詫びとして5000カキルを贈与します』
カキルとは、リアルマネーで課金した時に1円=1カキルで入手できる、課金アイテムや装備を購入するための通貨だ。
前からこういうお詫びには太っ腹すぎる対応をすることで親しまれていたが、まさかここまでとは思わなかった。
「……ゼルって、いつからこのゲームやってるか知ってます?」
「確か一年くらいって言ってたかな? 発売と同時ってわけじゃないけどかなり初期からやってるんだぜーって自慢してた」
「バッカだねー。その一年の頑張りと無駄にしちゃってんじゃん」
ここの運営の対策は気持ち悪いくらい本気だ。今後、ゼルがどんな手段を用いようとも、このゲームに再びログインすることはないだろう。
ゼルとのしつこかった戦いは、まさかのアカウントBANと何とも締まらない微妙な方法で決着してしまい、なんだか不完全燃焼感を感じながら元黒の凶刃メンバーはそそくさと来た道を戻って帰っていき、ヨミはフリーデンのマイハウスに戻った。
===
Q.なんでチート入れた時点でBQNされないの?
A.プレイヤーとかに被害を出す直前の一番いいタイミングでBANしてやった方が、された方が悔しいから。
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