二日目を終えて

 午前中はゼーレが助っ人として入り、想像以上の働きをした上に隠密行動をして試合に参加しているギルドの構成などを調べてくれたりした。

 なんでそんなに隠密が上手いのかを聞いてみたら、隠密スキルというのがあるそうで、それをカンストするまで育てて使い込んでいたらそこから派生する形でエクストラスキルというのが出現したのだと言う。

 そのスキルは『アサシン』といい、文字通り暗殺に特化したものでまさにPK向きなのだが、本人は一度もPKをしたことがないと言って自分のキルログを見せて証明してくれた。

 以前バトレイドで戦った時に、強いわけではないが武器や体の使い方が巧かったのは、このスキルは暗殺に特化して様々な武器を一定の熟練度で使えるが、それだけだと武器に振り回されるのでひたすら練習した結果だそうだ。


 二日目一回目の試合で使った『ファントムラッシュ』というアサシンスキル専用戦技は、自分のMPを消費して十体のダメージを与えられる半実像の分身を作り、本体の自分と連動して連続攻撃を仕掛けるもの。

 分身は一撃入れればすぐに消えてしまうほどHPも耐久もないし、一番火力が出るのは本体のみで分身は本体の半分以下のダメージしか与えられない。

 本当に見た目が派手なだけでダメージ稼ぎには向いていないのだが、相手の目をくらませることには向いているし、相手の死角に潜り込みさえすれば超高倍率の暗殺スキル『アサシネイト』で大ダメージを狙えるとのことだ。


 本当に所有しているスキルがPK向きなだけで根は善人のようで、ヘカテーもそれに気付いて獲物を狙うような視線を向けなくなった。

 午前中の間はゼーレの隠密行動のおかげで有利に試合を進ませることができて、十五回回した試合の内十回を優勝で飾ることができた。

 あまりにも大活躍したので、試合前にああいってしまった手前放置するわけにも行かず、ゼーレを正式に銀月の王座の入団させた。

 本人の希望もあって戦闘メインではなく諜報員的な形で招き、ヨミに認められたことが嬉しかったのかわざわざアサシンスキルの『スニークステップ』という認識から一瞬だけ外れるスキルまで使って抱き着いてきた。


 午後からはヘカテーが来てくれたのでゼーレと入れ替わってもらい、ゼーレにはフリーデンに戻ってもらった。

 あの場所は未だに場所が判明していないので、ゼルが嗅ぎ付けてくると言うことは限りなく低いが、万が一ということもある。

 最近は町人から徐々に信頼を獲得しているようだし、キルログは本当に綺麗なものだったし、彼女のフレンドリストも黒の凶刃のメンバーの名前は一つのなかったので、とりあえず信用することにして町の守衛を任せた。


 ヘカテーの合流後は火力担当が一人入ってくれたおかげで、サーチ&デストロイと言わんばかりにガンガン攻め込んでいき、安定性は若干なくなってしまったが撃破数が増えたので結果的にポイントは爆増。

 レートが高く格上相手ばかりだったおかげで、順位差ボーナスも乗りまくってみるみる順位が上昇。二日目を終える頃には昨日よりも順位の高い71位まで上がっていた。


「できれば今日の内に70位に入りたかったね」

「でも900位から今日一日でここまで上がれたし、明日死ぬほど頑張れば行けそうだね!」

「し、死ぬほどですか……」

「三日目の予選って二十二時終了だっけ? じゃあ明日は今日よりも早く起きてやらないと。ヘカテーちゃん明日は平気そう?」

「はい! お母さんもこういうのには理解がある人ですから!」

「いい親だねぇ。俺は理解がないわけじゃなかったけど厳しかったから、独り立ちしてからようやくだよ」


 これ以上はパフォーマンスに影響するからということで二日目は終わり。フリーデンに戻ってやや手狭になって来たヨミのマイハウス兼ギルドハウスのリビングに集まり、そこで明日のスケジュールについて話し合った。

 基本は今日と同じように、とにかくガンガン攻めまくって敵を倒していくパワープレイ。ジンがタンクとして敵の注意を引き付けて戦うのもいいが、ゼーレの搦手もかなり有効だった。

 特に情報収集能力が飛びぬけているので、今日みたく午前中と午後で入れ替えるかもしれない。


 とりあえずそろそろヘカテーが限界っぽいので今日はここで解散という流れになり、ヨミを残して全員がログアウトする。

 なぜヨミだけが残ったのか。それは、ゼーレに頼んであるものをギルドハウスに運んでおいてもらったからだ。


「……みんなには悪いけど、こういう楽しみは一つくらいないとね」


 そう言ってインベントリから取り出すのは、隣に生クリームを絞ってあるふわふわのシフォンケーキだ。

 ヨミはほどほどに辛いものが好きだが、それ以上の超甘党だ。リアルではあまり食べていないが、それはひとえにこのゲームの中でリアルと変わらないほどのクオリティで、美味しいお菓子を食べられるからだ。

 リアルのお金を使うことなく、極上のスイーツを堪能できる。こんな素晴らしいことはない。


 せっかくだからと紅茶も淹れて、深夜のティータイムと洒落込む。こんなことができるのも、のえるは昨日の今日で家に来る勇気がないと踏んでのことと、日付を超えてからお泊りセットを持ってくるほど非常識ではないからだ。


「んー! 甘くてふわふわで美味しいー! ゼーレさんって、本当にスイーツ作るの上手だったんだあ」


 料理スキルをかなり高くしているのだろうか。このゲーム内限定だろうが、プロとそん色ないレベルの美味しさだ。こっちで普通にお店だしてお金を取れる。


「そろそろ、ボクもお菓子作り復活しようかな。手始めにクッキーとか」

「へえ、ヨミちゃんお菓子作りするんだ」

「最近はあまりやってなかったですけど……へみゃあ!?」

「やーん! 可愛い声!」


 確かにログアウトしたのを見届けたはずのゼーレが、いつの間にか腰を掛けているソファの後ろに立って、背もたれに肘をついていた。

 あまりにも自然に話しかけられたので思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、危うく手に持っているケーキを落としてしまうところだった。


「な、なんで……」


 ドッドッドッ、とうるさく早鐘を打つ心臓を落ち着かせながら、確かにログアウトしたはずのゼーレに問いかける。


「ちょっと話しておきたいことがあってね。みんながいる場所だと言いづらかったから、一旦ログアウトまでして」

「話したいこと?」

「……今日、午後ヘカテーちゃんと入れ替わってからさ、結構懐いてくれたアリアちゃんと遊び倒してたんだけど。安全が確保されている範囲で森の中に入って、そこでお菓子食べながら日光浴してたら、変な動きをする動物を見つけたの」

「変な動き? どんなですか?」

「顔はずっとこっちを向いたまま、いい角度を見つけてこっちを見つめようとしているような、そんな動き。とても、自然の動物がするようなものじゃなさそうな動き」


 それを聞いて、声は甘味に舌鼓を打っている場合じゃないなと、お皿をテーブルの上に置く。


「あいつ……ゼルのものかどうかは分からない。少なくとも、あいつ自身使い魔とかをろくに操作できるほど、魔術の操作に優れてるわけじゃないから。けど、あれは紛れもなく使い魔だった」

「その使い魔と思しきものは?」

「処分したわ。棒苦無を投げてね。自分のMPを消費して作るタイプじゃなくて、生物を使役してその情報を契約者に送るタイプの使い魔だった。そういう動物使役系のものって、解析してもどこの誰のものなのかって分からないから、プレイヤーのものなのかNPCのものなのかの判別は付かない。でも警戒するに越したことはないと思って、ヨミちゃんに相談したって感じ」


 使い魔。ヨミもそのうち覚えようかなと思っている、MP消費で作るタイプか動物を使役することで獲得できる、小さなサポーター。

 主に諜報活動に使われることが多く、その理由は視覚や聴覚を保有者に共有することで、離れた場所にいても情報を獲得することができるという点だ。

 ゼーレはアサシンスキルと元々持っている隠密スキルの併用で、使い魔を使わずとも短時間ですさまじい量の情報を持ち帰ってくるし、何ならそのまま姿を一人にも見せることなく、同じ試合にいるギルドを半壊させて帰ってくることもできる。


 使い魔であるかそうではないかの見分け方は、注視した時にプレイヤーの頭上にのみ現れるカーソルが出てくるか、あるいはその行動だ。

 ゼーレは後者で、カーソルが出るほど注視しなかったが動物的ではなく人間に操られているものだと気付いて、即処分した。

 こういう時にどのプレイヤーのものなのかが分かればよかったのだが、そこまで便利になっていないのが痛い。


「もしNPCだとしたら、この町に駐留している衛兵に任せても問題ない。でもプレイヤーだったら、NPCじゃどうしようもない。……特にゼルは、NPCを殺すことに躊躇いなんて持ってないから」


 それだけで、あの男がこの世界で自分の手を赤く染めているのだと分かる。

 現実と同じで復活しないと分かった上でのその悪行に、ヨミは強く歯ぎしりして両手を強く握る。


「万が一、っていうこともある。ここは隠されているわけじゃなくて、単に見つけるのが難しいだけなのと、道中の敵がバカほど強いから来る人がヨミちゃんたちほどいないってだけ。エネミーを無視して突っ走り続ければ見つかる可能性だってある」

「……分かりました。じゃあ、明日は一日ここの守護をお願いします」


 それだけ言うと、ゼーレはぱちりと目を瞬かせる。


「結構なわがままなつもりでいたんだけど、まさか先にそっちから言われるなんてね」

「アルマとアリアちゃんがそれなりに心を許して、特にアリアちゃんはあなたと一緒にピクニックするほど懐いているなら、ボクもあなたのことを信じざるを得ません。あの二人は、見た目ではなくない面で人を見ますから」


 純血の吸血鬼と知ってなお、普通に接し続けてくれたアルマ。吸血鬼と知ってなお、お姉ちゃんと呼び慕ってくれるアリア。

 種族や見た目、どこにいたのかなんてあの二人には関係なく、その人自身を見る目を若くして持っている。

 涙を流してヨミの強さを信じ、母を助けてほしいと懇願してきたのだ。なら、そんな彼らが信用したゼーレのことも、ヨミは信じる。


「よっぽど大事にしてるんだね」

「ボクにとっては弟と妹みたいなものですから」

「……アリアちゃんは喜ぶだろうけど、アルマ君は微妙な反応しそうだねえ」

「弟扱いするとちょっと怒りますからねあの子」

「アルマ君も大変だあ」

「?」


 微妙に会話が噛み合っていない気もするが、まあいいだろう。

 明日……もう今日の話だが、ジンとゼーレを午前午後で入れ替えると言う話だったのだが、NPCのためとはいえ私的な理由でそれをなしにしてしまうので、後でみんなに謝罪のメールでも送っておくことにする。

 彼らもこの町のことをいたく気に入っているし、きっと快く承諾してくれるはずだ。


 ゼーレは話すべきことを教えてくれた後にもう一度ログアウトし、再び一人ぽつんとギルドハウスに残される。


「……朝、インしたら残り食べよう」


 とても甘味に頬を蕩けさせられるような気分ではなくなり、小さくため息を吐いてからインベントリに突っ込んで、紅茶を飲み干してからヨミもログアウトした。

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