発露

 その後もヨミたちはとにかく試合を回した。一試合が大体二十分か三十分弱程度とそこそこ長く、十七回も試合をやればかなり時間も遅くなる。

 毎回チャンピオンを勝ち取れるというわけでもなく、ギルド全体でのキルデス数からレートが定まっていき、だんだんと敵の強さが上がっていくのは非常に楽しかった。

 ラスト五試合は、今日一日でとにかく試合をガン回ししてレートを上げてきた猛者たちが集っており、やりごたえが非常にあった。

 剣の乙女ともまたぶつかるのではないかと思ったが、かなりの数のギルドが参加しているのでそう簡単に再度ぶつかると言うことはなかった。


「今日はお疲れー」

「お疲れさまー! さて詩乃ちゃんちゃん、お風呂いこっかー」

「なんで一緒に行く流れに!?」

「言ったでしょ? 頑張ったご褒美をあげるって。だから今日はお風呂で私がきっちりとお手入れしてあげる」

「い、いやいやいや!? 何度も言うけどボクは───」

「詩乃ちゃんは女の子だよ? 一緒にお風呂入ると時々えっちな目を向けてくるのには気付いてるけど、それ以上はもうできないし元からするつもりもないの分かってるから」


 ───いますぐにでもしんでしまいたい


 女の子になってから爆発的に増えた、のえるの生まれたままの姿を見る回数。

 男の子だった頃の記憶だと、最後に見たのえるの裸なんてそれこそ小学生低学年で止まっている。

 年齢を重ねていくごとにのえるのことを徐々に女の子だと認識し、小学校高学年にもなれば思春期に突入して、幼馴染の異性とみるようになる。

 そうしてのえるの裸を見る機会は急激に減り、普通の男子として過ごしていたわけだが、一月ほど前に女の子になってからは週に三から四回のペースで、一緒にお風呂に入ろうと突撃するか連れ去られるようになった。


 確かに詩乃はもう女の子だろう。最近では女性ものの下着を付けることや女の子のお洒落をすることにだんだん抵抗がなくなっていき、今日も朝起きた時にどんな格好をしようかと、鼻歌を歌いながらクローゼットの中にある洋服を吟味していた。

 なんだったら、再度採寸して間に合わせてくれたもうじき入学式が行われる高校の女子用の制服が届いた時も、可愛いデザインだったため普通に喜んでいた。普通の女の子のように。

 このように女子化が進んでいるわけだが、基本的な性格とか趣味趣向はまだ男のまま。もちろん、自分の体はもう見たところで何とも思わないが、のえるの体にはものすごく興味を持っている。


 性欲もしっかりとあるため、純度100%の純粋培養された善意で一緒にお風呂に入ってくるので、無遠慮に見てしまうのは失礼だと毎回激しい脳内戦争が引き起こされて、毎回ギリギリで理性が勝っている。

 いや、ついつい視線がたわわに育っているのえるの立派な果実に向いている時点で負けているだろう。

 とりあえず、ついのえるのことを見てしまっていることがバレていたのだと知り、顔を真っ赤にしてベッドの倒れ込み、枕に顔を押し付ける。


「しにたい……」

「そんなに?」

「元男にのえるの裸は猛毒だし、それをチラ見しているのがバレりゃ死にたくもなるよ」


 中学時代から一部男子から『男子特効兵器』などと呼ばれるくらいには、年不相応に育っている。

 詩乃もまたしっかりと他の男子と同じように、歩くだけで揺れるそれに目を向けていたものだ。今や遮るものなしで直視できる状態になったが。


「ふーん、チラ見してたの認めるんだ」

「うぐっ……」

「まあチラ見どころか女の子になってからがっつり見せちゃってるし、今更だけどね。ほら、お風呂行こ」

「わ、分かった、分かったから!」


 ノエルに腕を掴まれてぐいぐいと引っ張られる。

 元よりお風呂好きで入浴時間が長めな傾向にあるのえるだが、詩乃が今の状態になってからは、よりお風呂好きになっている。正確には、詩乃と一緒に入るのを楽しみにしているのだが。


 今なお恥ずかしさと抵抗があり顔を赤くして口では抵抗しつつも、どうせ嫌がっても強制連行されるだけだから諦めている詩乃は、そのままのえると一緒に脱衣所に入って、やはり未だに目に猛毒すぎる下着姿を見ないようにしつつも欲求が少しだけ勝って、視界の端に手慣れた様子で一糸まとわぬ姿になるのを映していた。

 のえるに急かされて詩乃も裸になって、一緒に浴室に入り、せっかくだし余っている入浴剤を湯船に放り込んだ。


「はい、じゃあ先に洗っちゃうねー」

「お、お願いします……」


 正面にある鏡に、見慣れてきて驚くことがなくなった代わりに、ただシンプルに美少女だなーと客観的に評価できるようになった自分の姿と、ご機嫌な表情でブラシをかけながら素洗いして髪に付着している汚れを落としているのえるが映る。

 こうやって頻繁に女の子の体のお手入れの仕方を実演してくれるので、一人で入る時もぎこちなさはまだあるが大分できるようになってきた。

 あと時間が経って分かってきたが、のえるにやってもらうのと自分でやるのとでは、結構仕上がりが違う。女の子歴がまだ短い弊害だなと苦笑を浮かべる。


「……なんか今日すごく念入りに洗ってない?」

「だって今日砂漠マップ多かったでしょ? ゲームの中であれだけ暑さを感じて汗もいっぱいかいてたし、しっかり洗わないと」

「リアルではあまり汗流してなかったけどね」

「でもしっかり洗った方がすっきりさっぱりするでしょ?」

「それはそう」


 できるだけ会話の方に意識を集中させる。でないと、背中にちょいちょい柔らかいのがふにふに当たっている方に意識がすっ飛んでしまう。

 どうにかして背中に当たる柔らかいのを意識せずに済み、背中だけ洗ってもらってあとは自分で体を擦らず泡で汚れを落とし、入浴剤を入れた湯船に体を沈める。


「~♪」


 湯船に縁に体を預けて脱力していると、のえるがご機嫌そうに鼻歌を歌いながら丁寧に自分の髪の毛を洗っているのが見えた。

 真正面から見てしまうのはよくないと視線を外そうとして、ぴたりと彼女の細い首筋に目が吸い付いて止まる。


 細く白く、綺麗なのえるの首筋。日々の手入れを欠かさず行い、きめ細やかで滑らかな肌。

 くすぐりの刑をされた時にお返しでのえるのことをくすぐった時にも、皮膚が薄くて敏感であるため、嗜虐心をそそる反応をした。

 ドクドクと、鼓動が速くなっていくのが分かる。まだ湯船に浸かったばかりなのに呼吸が荒くなり、頭が霞かかったようにぼんやりとする。


 ついさっき、チラ見していることに気付いているぞとのえるに言われて、今日は見ないようにしなければと決めていたのに、チラ見どころか今までの中で一番しっかりと見つめてしまっている。

 ただ不思議なのは、見つめているのは詩乃ほどではないが肉付きのいい太ももでもお尻でも、圧倒的存在感を放っている胸でも見事なくびれでもなく、彼女の白く細い首であることだ。


 女の子の体には興味がある。自分の体は欲情の対象外だし、自分の体に欲情できるようなナルシストでもないので、必然的に今この場で一番興味を持っているのはのえるの体だ。

 男として大きな胸にもお尻にも興味があるはずなのに、そういうのには一切目もくれずに、赤い瞳で首筋だけを凝視している。


 音が遠ざかっていく。のえるを濡らす暖かなお湯の雨の音が、フィルター越しに聞こえているように感じる。

 次第に、強い喉の渇きを感じ始める。早くこの渇きを潤したいと言う欲求が、強くなってくる。


「もー、どうしたの詩乃ちゃん。今日はやけに情熱的な目を向けてくるじゃん」


 見つめられているのに気付いたのえるが、恥ずかしそうに頬を赤くしながらさっと右腕で胸を隠すが、見ているのはそこではない。

 自分から彼女の側に行きたいが、もう既に全身泡まみれになっているので彼女からこちらに来るのを待つ。


 じっと見つめられるのが恥ずかしいようで、こちらのことを気にしながら体についている泡をシャワーで流し落とす。

 もうすぐだ、もうすぐでこっちに来てくれる。そう思うと、渇きがより酷くなる。

 息を荒くし、口の中がからからに乾燥する。口を閉じて、口の中から溢れて来た唾液をごくりと飲み込み、乾燥した喉を少しだけ潤す。


 きゅっとシャワーを止める音が鼓膜を震わせる。びくりと体が少し跳ねる。

 熱い視線を受けているのえるが風呂椅子から立ち上がって、ぱしゃりと床にできた小さな水溜まりを踏んで湯船に向かってくる。鼓動がより加速して、呼吸がより荒くなり、視野が一気に狭まっていく。


「どうしたの? のぼせちゃったならもう上ったほうがいいよ?」


 つま先からゆっくりと足を入れて、そこからゆっくりと全身を少しとろみのあるお湯に沈めてくる。

 様子がおかしい詩乃を心配するように顔を覗き込みながら言い、自分の額と詩乃の額を合わせる。

 もう、限界だった。


「きゃ!? う、詩乃ちゃんどうしたの!?」

「ふーっ、ふーっ!」


 一糸まとわぬ姿のまま、のえるに抱き着く。今まで一度も取ったことのない詩乃のその行動に、のえるが目を白黒させる。

 そんなことなどどうでもよく、ただ目いっぱい抱き着いて首筋に鼻を触れさせて息を吸う。のえる本人の甘い匂いと、洗ったばかりだからか香しい石鹸の香りが鼻腔を強烈に刺激する。

 すべすべな肌の感触とか、真正面から感じる柔らかい胸の感触とか、そんな些末なことなど気にならないくらい、詩乃はこの渇きを一刻も早く潤したかった。


 のえるが何かを言っているが、聞こえない。

 小ぶりな唇の口を大きく開けて、ここ数日の間に小さな牙のように発達した上下の犬歯で、のえるの薄い皮膚を噛み破ってその下に流れる甘美な液体を啜ろうとする。


「……っ」


 だが、ここにきて体が強張った。その行為を拒絶するように、ほんのわずかに残った理性が体のほぼ全てを支配している強烈な欲求を引き留めた。

 あと少し、口を閉じれば小さな牙が肌を噛み破って、甘美な液体を享受できる。しかし、そんなことをしてしまえばのえるとは今まで通りの関係れはいられなくなると叫ぶ理性が、詩乃を止める。


「ぁ、ぁぁぁぁぁぁっ……!」


 絞る出す様にかすれた声を出す。

 次第に理性の方が強くなっていくが、強くなり過ぎた性欲とは別の衝動とも言ってもいい程の強烈な欲求が体の中で大暴れし、ぶるぶると体が震える。

 その強すぎる衝動に耐えきれずに、意識を強制的にブラックアウトさせる。


「詩乃ちゃん!? ねえどうしたの!? 詩乃ちゃん!?」


 酷く慌てたようなのえるの声が聞こえたが、すんでのところで辛うじて我を取り戻して引き留めることができてよかったと安堵すると同時に、味わえなかったというすさまじい後悔を感じた。

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