ギルド対抗戦 予選 6
ヒュッ、という鋭い風切り音が聞こえる。
それをかき消すような金属同士が衝突する大音響が響く。
何度も繰り返し、あまりにも速すぎる大鎌と辛うじてそれについていけている琥珀の両手斧が、衝突音の大合唱を撒き散らす。
石突を突き出してきたのでそれを紙一重で回避する。すかさず下から大鎌の刃が弧を描いて顔を狙って振り上げられたので下がって回避し、空ぶった大鎌が地面に衝突する前に右腕で長い柄を抑えることで止めて、そこから右手で柄を握って体を捻りながら強烈な薙ぎ払いが繰り出される。
足を地面につける直前の攻撃だったので防御せざるを得ず、ブリッツグライフェンの刃を盾にして首を狙ってきた大鎌を受け止める。
腕や足は細いが筋力値がかなり高いようで、両足でしっかり踏ん張ってもそのまま少し押し込まれて地面を踵で削る。
ぴたりと止まった瞬間力づくで弾き上げて反撃に出て、袈裟懸けに振り下ろすが軽やかなステップで回避され、そこからすかさず反撃を繰り出される。
柄部分をブリッツグライフェンのグリップで受け止めて、そのまま前に踏み出そうとするが悪手だと気付いて、前に転ぶように倒れ込むと頭上を大鎌の刃が通過する。
刃が内側に付いているのでただの斬撃だけでなく、自分側に引き寄せるだけでも攻撃になり得る。
咄嗟に影の中に潜って少しだけ離れた場所にある影から飛び出して、そこからヨミが自分から間合いを詰めようとするが、どこから出てくるのかを予想していたのか、リタが自分の顔を向けるよりも先に体を動かして接近してくる。
速度が乗り切る前に迎え撃つと地面を蹴って駆け出し、遠心力を乗せて左から薙ぎ払いを繰り出し、リタが上から大鎌を振り落とす。
互いの得物が衝突してオレンジの火花を散らしながら、鍔迫り合いの状態に持っていく。
「そんな癖が強すぎる、いわゆるネタ武器枠みたいなものを、よくそんな手足みたいに扱えるよね……!」
「ヨミ様も、かなりお上手に扱っておられましたが」
「リタさんほどじゃないよ!」
蓄積しているエネルギーを少し消費して瞬間的に筋力を上げて、力づくでリタを押し退ける。
大鎌が大きく上に弾かれ、がら空きになった胴体に向かってブリッツグライフェンを鋭く振るうが、急加速しながらリタが後ろに下がって回避する。
てっきりヨミは、リタがプレイヤー最速と呼ばれている理由はノエルと同じように筋力にステータスを振っているからだと思っていたが、それだけではないようだ。
先ほどから見せる、自分の動きそのものを倍速させているような加速の仕方。これが彼女の最速の地位に押し上げているのだろう。
何かしらの加速系のスキルか、あるいは。
「……ふふふ。随分と聡く、察しのいいお方ですね」
「あ、じゃあやっぱり」
「えぇ。見た目こそ
「
いつでもすぐに使える固有スキルなんて羨ましすぎるが、夜空の星剣さえ持ち出せば、多少の時間はかかるが強力な固有スキルを使えるので、口に出さずにする。
それよりも、姿がぶれるほどの速度で加速をするスキルだなんて、正直うらやましい。制御するのもかなり苦労するだろうが、やはり速度というのは戦いにおいて非常に大事なことだ。
相手が反応できないほどの速度で行動できてしまえば、対処される前に倒すことができる。非常にシンプルだが、シンプルゆえに強力だ。
「ヨミ様も吸血鬼ですが、普通の吸血鬼ではないのは確かですね。装備の補正などを加味しても、普通の吸血鬼と比較してかなり筋力が高いです」
「それ、うちのヘカテーちゃんにも言われた。そこまで違うものなんだ」
「えぇ、かなり違います。気付く人は気付くでしょうね。気付くついでに一つ、あなた様のその武器、それだけではないのでしょう?」
「……何のことかな?」
「とっくに気付いておりますよ。斧というには些か機械的で、あちこちに不自然な線があります。そういうものは、わたしは普段から見慣れておりますので」
「……」
「あぁ、あと両手斧もかなりの練度ですが、得意武器というわけでもないのでしょう? 様子見をしているようですが、そちらが手の内を一つも明かさないと言うのなら、こちらも隠しますが」
何もかもがバレているようだ。
本当はこれはもっと後、それこそ本戦で戦うことになるアーネストや美琴まで隠して温存しておくつもりだったのだが、ここまでバレてしまっているのなら仕方がないだろう。
様子見は終わりだ。舐めてかかると即死するし、こんな重い武器ではこれ以上速くなったら対処しきれない。というか既に、後手に回りつつある。
長く息を吐いてから、必要なMPを注ぎ込んでギミックを起動させる。
ガシャガシャと音を立てて両手斧が畳まれながら、細く長く展開されて行く。
長かったグリップは短くなり、分厚かった刃は細く長くなって美しい反りを得る。その刃を覆うように機械的な鞘が展開され、ヨミの身の丈ほどはあった両手斧は平均より少しだけ長い、二尺四寸ほどの刀へと変形していた。
また、余った分はヨミの両腕を覆う手甲となっており、ヨミ自身の防御力もいくらか上昇している。
「フレイヤ様が見たら喜びそうですね」
「変形武器はロマンだから」
「同じことを仰いますね。……では、武器も軽量化されたわけですし、こちらももう少し強く出てもよろしいでしょうか?」
「いつでもどうぞ! 『フィジカルエンハンス』!」
ヨミ自身の強化バフと重複する強化魔術『フィジカルエンハンス』を発動。呪文を先に唱えて置いて発動させずに保存する『スペルストック』という魔術スキルのおかげで、魔術の名を口にするだけで効果を発揮する。
『ブラッドエンハンス』と同時に最大強化幅で使用しているのでMPの消費が速くなるが、自然回復量を上げるパッシブスキルもレベルが上がっているおかげで、消費した分全てを補えているわけではないが、MP量が多いのでかなりの時間維持することができる。
ドンッ! と音を響かせてリタに飛び込む。最大強化幅での自己強化血魔術との併用は難易度が難しかったが、数日間毎日練習台になってくれた親切なPKの男性プレイヤーがいたため、今はしっかりと制御できている。
筋力が大幅に上昇したためこれでリタに追い付けると思ったのだが、彼女はその上を行った。
ここまで強化を施してもなお、リタの方が速い。その事実に戦慄しつつも、卓越した動体視力と反射神経、そして数々のVRゲームを渡り歩くことで鍛えた予測能力をフルで活用し、見てから反応するのではなくいくつもの可能性を思い浮かべて対応する。
鞘に収まっている刀を、エネルギーを消費して鞘の中で磁力を発生させることで加速させて、電磁加速抜刀術を放つ。
若干反応が遅れるがその後れを取り返す速度で動いたリタが華麗に受け流し、刀身の上を滑らせるように大鎌で首を狙ってくる。
左手に握ったままの鞘で大鎌を防ぎ、リタがやったように大鎌の下を滑らせながら
一歩後ろに下がるだけで空ぶるが彼女が反撃に出る前に、引き付けていた刀で突きを放ち、リタはそれを大鎌の柄で弾いて防ぐ。
そのまま石突でみぞおちを狙ってきたが影に潜って回避して後ろに回り込むが、分かっていると言わんばかりにノールックで大鎌を振るってきた。
真上から大鎌が脳天目がけて落とされてきて、受け止めると同時に刀身を傾けることで、勢いをそのままに受け流す。
「っ、その受け流しは……!?」
「驚いたでしょ? アーネストと美琴さんの前回の対抗戦のアーカイブ、結構見返してるからね!」
今の受け流しは、美琴がアーネストと戦っていた去年の対抗戦本戦決勝で見せた技だ。
それまでは普通にいなしたり受け止めたりしていたのに、突然そのような変則受け流しを使われたアーネストは、それが原因で左腕を落とされていた。
その後で年中やってる公式ランクの方で、カナタが美琴以上の練度で使っていたのを見たので、恐らく本家はカナタだろう。
それを見たヨミは、この技は使えるなと思いガウェイン相手に何度も練習していた。その甲斐あって、ヨミもあの変則受け流しを習得している。
まさかヨミも使ってくるとは思っていなかったらしいリタは、僅かに動揺を見せて動きが鈍るが、すぐにそれが罠だと気付く。
気付いたうえで、ヨミは前に踏み込んで猛攻を仕掛ける。
リタの武器は大型、それこそ特大武器に分類されるほどだ。
にもかかわらずすさまじい速度で振るってくるが、それは彼女の持つ固有スキルあってのものだ。
そして固有スキルは彼女自身を加速させる加速系統のものであるため、攻撃するのはリタ自身。なら、やることは一つだ。
とにかく攻撃を仕掛ける。
袈裟懸けに振り下ろした刀が防がれるが、すぐざま左手に持つ鞘で側頭部を狙い、かがんで回避されたところを返す鞘でもう一度側頭部を狙い、防がせることで腹部に向かって突きを放つ。
リタはその突きを体を捻ることで回避し、左腕を伸ばして腹部にそっと触れる。
「がっ!?」
直後、体を突き抜ける強烈な衝撃。息が詰まり、地面に膝を突く。
自ら首を差し出すような体勢になってしまい、これはまずいと影に潜ろうとする前に、顎を蹴り抜かれてしまう。
バッドステータスの欄に脳震盪と表示され、体の自由が利かなくなる。
体を丸めて腹部に感じる痛みを和らげたいのにそれができず、ただ苦悶の表情をリタに見せつける。
「中々にいいバトルセンスですが、わたしの方が少し
断頭の処刑人のように大鎌を振りかざす。
だがあくまで自由が利かないのは体だけ。口が動くなら、攻撃はできる。
「『ジェットファランクス』、『クルーエルチェーン』!」
MPの消費量を最低にして最低限の影の槍を生成。ほぼ同時に影の鎖も作って一本槍に巻き付けて、射出。
強烈なGを感じて自傷ダメージでHPが半分以上削れ、リタの大鎌の刃が体を捉えて引き裂いたので、瞬く間にレッドゾーンまで突入する。
しかも落下ダメージが発生する高さまで飛んでしまい、リタが攻撃してこなくてもどのみち落下で死んでしまう。
「こ、ん、のおおおおおおおおおおおおおおお!!」
気合を入れながら自由が利くようになった体を捻り、近くにあった木の枝に腕をかけ、その枝も折れてしまったが勢いの軽減ができた。
体を強く打ち付けてHPがまた減るが、1だけ残してどうにか堪えた。
すぐさま影に潜って五秒の間に行ける一番遠くの木の上にある影から飛び出して、血液パックを一つ取り出して補給する。
これでHPとMPも回復するし、吸血バフも得られる。
「そこですね」
「なんでぇ!?」
少しの間は回復のために身を隠そうとしていたのだが、あっさりとリタに見つけられてしまい、身を隠している木を切り倒されてしまい身を投げ出す。
影の鎖を他の木に飛ばして巻き取りながら移動するが、超速で迫ってきたリタが鎖を断ち切ってしまったで、仕方なくもう一度影に潜って、あえて潜った場所から姿を見せる。
そんな手には引っかからないぞと普通に攻撃してきたのでパリィして、もう一度リタに攻撃に出られないようにと連撃を仕掛ける。
左手に持っている鞘も攻撃に特化したほうがいいなとMPを消費し、鞘を脇差に変形させて心置きなく両手の刀で攻撃する。
リタの薙ぎ払いを脇差で受け流しながら右手の刀で突きを放ち、リタはそれを回避しながらその勢いを使ってみぞおちに蹴りを放ってくる。
またお腹に食らってたまるかとその蹴りを上げた左足の膝で受け止めて、彼女の脚を斬り落とそうと脇差を振るうが切っ先が少しだけ掠めるだけで回避される。
ざり、と地面をしっかりと踏みしめてからリタが低い姿勢で突進してきたので、ヨミもそれを迎え打つべく刀を左に構えながら突進して、間合いに入ったところで同時に得物を振るう。
強烈な衝突音、飛び散るオレンジの火花。
ぎりぎりと鍔迫り合いのような形になり、ヨミが一度強く押し込んでからすぐに力を抜いて引くことでバランスを崩そうとするが、リタも同じことを狙っていたようで一緒に後ろに少しだけ下がった。
蓄積されているエネルギーを少し消費して、脇差で攻撃を仕掛けて同じ個所に雷の追撃を入れる。
雷の追撃は予想していなかったのか、HPを一割強削られて驚いた表情を一瞬だけ浮かべるが、すぐに表情を引き締めてくるくると大鎌を棒術のように軽々と回転させながら、激流のような連撃を叩き込んでくる。
一度素の状態で受け止めようとしたが、振り回せばその分だけ威力が上昇していくものだからこれは防ぎきるのは無理だと判断し、全てのリタの攻撃をエネルギーを消費しながら瞬間的に筋力を上昇させることで弾く。
スキル自体は習得できて熟練度も上がっているが戦技は未だに習得していないが、仮に戦技を習得していたとしても、今この戦いの中で使う余裕はなかっただろう。
それほどまでのリタがどんどん加速していき、それに合わせるようにヨミも集中力が増していき、加速していっている。
絶え間なくお互いの武器が衝突し合い、だんだんと音が繋がっていく。
しまいにはずっと間延びしているように聞こえるほど、すさまじい速度で武器が衝突し合う。
瞬き一つできない。一秒以下でも視線を外せば、それが敗北に繋がる。
呼吸も乱せない。紙一枚分でもブレてしまえば、そこから一気に崩されてしまう。
脳が加速する。音が遠のき、視界の色が褪せて必要な情報以外が遮断されて行き、ヨミの時間が加速して世界が遅くなっていく。
ブリッツグライフェンのエネルギーは、リタとの激しい攻撃の応酬で消費した傍から生成されて行く。そして生成された傍から消費していく。
可能ならばフルパワーでの『
「っ、っ、っっ……!」
脳が焼けそうなほど加速しているのが分かる。頭がじんとした痛みを発して、これ以上の加速は危険だという信号を発する。
それでもヨミは負けられないと、その痛みを無視して回転数を上げる。
暴風のような剣閃をヨミが繰り出し、リタがそよ風のようにふわりとそれらを受け流しつつ、疾風のように鋭い攻撃を的確に急所に向かって放ってくる。
見てから反応するのでは遅いので、そうしてくるだろうと数秒前から予測しておいたヨミは、刃がギリギリを掠めていくほどの紙一重で回避し、受け流し、いなす。
お互いに決め手に欠けるほどの超高速の刃の応酬。
一体いつ終わるのか分からないその激戦は、唐突に終わりの時を迎える。
時間経過によって安置の収縮が開始。強烈なスリップダメージを受けるエリアが広がっていき、二人ともそれに飲み込まれる。
その瞬間からすさまじい速度で減っていくHP。しかしここで、種族の特徴による優劣が発生した。
リタには自己回復する手段がないようで、表示されているHPがヨミ以上の速度で減っていく。だがヨミは、先ほど血液パックを一つ飲み干したため、自身の自己回復能力にバフがかかり、急速にHPが回復するようになっている。
そのおかげもあってか、回復以上の速度でHPが削れるがリタと比べれば比較的ゆっくりだ。
「『シャドウバインド』、『シャドウソーン』、『ブラッドドレインスキューア』!」
この瞬間を逃すわけにはいかないと、影の拘束魔術を連続して発動してリタを縛り上げ、更に少しでもダメージを与えようと血壊魔術で血の串を彼女の足元から発生させる。
拘束魔術に対する対魔術の魔術をリタは持っているようで、一瞬だけ体を拘束されて動けなくなったがすぐに抜け出し、血の串も一、二本当たるだけでろくなダメージも与えられていなかった。
しかし、その一瞬の時間稼ぎと一、二本のダメージが大きな分かれ道となった。
「……今回は、わたしの負けですね」
影に潜って高速移動して別の影から飛び出したヨミの耳に、堪え切れない愉悦を滲ませたリタの声が届いた。
スリップダメージエリアの中にいるリタは、その声とは裏腹に最後まで上品な佇まいで、戦いが始まる時に見せたカーテシーで礼をしながらHPを全損し、ポリゴンとなって消えた。
「……シエル、こっちはどうにかして勝った」
『マジで!? こっちもジンが落ちるっていうデカすぎる犠牲でどうにか勝ったから、今からそっちに行こうと思ってたんだけど』
「大丈夫。今スリップダメージエリアが迫ってるから、ボクの方から合流する。みんなは先に安置に行ってて」
『了解』
『ヨミちゃーん! 頑張ったご褒美あげるからねー!』
「ノエルのコーデじゃなくて、美味しいケーキとかにしてよね」
それだけ言って一度通話を止めて、どんどん迫ってくるエリアから逃れるように全力で疾走する。
二分と経たずにヨミはノエルたちに合流し、確かにジンが落ちてていないし全員HPもMPも心もとないくらいだったが、生きているなら無問題だと開き直る。
残りは1ギルド。一番の強敵だった剣の乙女は先に排除できたのは非常に幸運だった。
そこから十分後。バトレイドの闘技場のバトルフィールド程度まで狭くなった安置の中で、ヨミたちは最後のギルドと戦い、対抗戦予選の一回目の試合を優勝で締めくくった。
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