ギルド対抗戦 予選 5
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
緑色の髪の少女が、胸の前でしっかりと両手で槍を握り、顔を青くして息を乱しながら砂漠マップにある唯一の自然、オアシスの森の中を駆けていく。
少女は半年ほど前からFDOを始めて、自分でギルドも作ってトップとは行かずとも時折最前線の攻略に参加するくらいには、実力がある。
装備も揃い、ステータスもスキルも育ち、リアルでも交流のある友達もギルドにいるので、せっかくだし公式の大規模イベント大会で名前を残そうと、今回の第二回ギルド対抗戦に参加した。
ユニーク装備という、使用条件に少し縛りがある代わりに半端ない攻撃性能を有していたり、逆に使用条件は緩いが攻撃性能がなくバフに特化しているぶっ壊れ級のものは持っていない。
それでもレアリティの高い武器や防具を今回の参加者全員分を揃え、PKに狙われキルされつつも運よく装備をドロップせずに当日を迎えた。
リアルでも仲が良く一緒に遊んでいて、FDOでも何度も大型のボスエネミーを連携して倒してきた。
いつも通りの実力を発揮できれば、トップ層ほどとは言わずとも上位か中位くらいには食い込めるだろうと思っていた。
だがその考えが非常に甘いものだと、数分前に鉢合わせたギルドと戦って分かった。いや、ギルドというよりも個人だろう。
流れるような美しいアッシュブロンド。すらりと背が高く、モデル顔負けの抜群なスタイルをしている女性プレイヤー。
何故かメイド服に身を包み、右手には禍々しい大鎌を持っていた。
その女性プレイヤーのことは少女もよく知っている。このゲームにて三大ギルドと呼ばれているうちの一つ、生産職がほとんどなのに全員武闘派でもあるよく分からないギルド、
全プレイヤー最速の称号を持ち、淡々と作業のように首を大鎌で刈り取ってくるその様から、プレイヤーから『死神』の名を付けられている。
少女は、ギルマスのフレイヤでなければそこまでの脅威ではないと思っていた。
配信を見て、広範囲にとんでもない火力を叩き出すフレイヤオリジナルの魔導兵装。剣の乙女で一番の脅威はその魔導兵装による広域殲滅だと思っており、それを持たないリタは危険ではあるがフレイヤほどではないと思っていた。
フレイヤ本人も、自分の強さが魔導兵装によるものであるのが強いだろうとも配信内で言っていたこともある。
だが、甘かった。認識が違った。
魔導兵装を持っていないからフレイヤほどの脅威はない? 冗談じゃない。
それを持たずしてサブマスターという位置にいることを考えれば、簡単に思い付けたはずだ。
リタには魔導兵装という強化武装を必要としていないほど、本人の技量が卓越しているのだ。
「と、とにかく、少しでも順位を上げてポイントを稼がないと……!」
現在の順位は4位。どこかにひっそりとハイドして3位まで持っていけば、順位ポイントだけで350ポイントももらえる。
一つのギルドと戦ってキルポイントとギルド撃破ボーナスもあるので、かなりのポイントをもらえる。
この試合で1位を取れなくてもいいから、とにかく順位を上げることが優先だ。
「あっ!?」
瞬く間に首を落とされてポリゴンとなって消えていった仲間たちのためにも、生き残らなければならないと全力で走っていた。
右足で地面を踏んで蹴ろうとした時、がくんと空ぶって地面を転がってしまう。
「ひゅっ」
疲労で足が動かなくなったのかと思い視線を向けて、呼吸が止まる。
右足がなかった。膝上から切り落とされて、流血エフェクトを発生させながら地面に転がっている。
切っているわけではないがほぼ最大まで機能させている痛覚軽減機能が働き、じんじんとした痛みとじわりと広がる熱を感じる。
「追いかけっこはもうおしまいです」
いつの間に目の前に姿を見せたメイドが、色っぽい笑みを浮かべ妖しく輝くルビーの瞳で少女を見つめ、二の腕まである白のロンググローブで覆われたたおやかな指で少女の顎をそっと撫でる。
「あ、あぁ……」
がたがたと体を震わせる。
はたから見れば大人っぽく色っぽいメイドが、少女のことをからかっているようにも見えるが、実際相対している少女からすれば死刑宣告以外に他ならない。
なんで予選一回目からこんなのに当たらなければいけないんだと自分の運の悪さを呪いつつ、急に反転して逆さまになった視界でメイドの死神、リタを見上げて意識が途切れた。
♢
とんでもない場面に出くわしてしまったなと、木の上に隠れているヨミは冷や汗を浮かばせる。
シエルが索敵魔術で、単独の敵を見つけたのでそれを潰しに行こうと言ったので、まずはヨミが偵察しに行ってできるならそのままキルしようと思っていた。
木の上に隠れて待ち構えていると、まるで誰かから逃げているようだったので少し観察していたら、急に大鎌を持ったメイドがとんでもないスピードですっ飛んでくると言う、中々に情報量の多い光景を目の当たりにした。
直接見たことはないが、知っているプレイヤーだ。ギルド剣の乙女のサブマスター、使用する武器が大鎌で淡々と作業的に首を落としに来るので、プレイヤーから『死神』というあだ名を付けられているメイドだ。
なんでメイドなんだと言うツッコミがあるが、戦うメイドは日本では当たり前だ。むしろ、ベアトップのメイド服で胸元が見えており、ミニスカから伸びているすらりと細く長い足を覆うタイツは、心が男のヨミにとって煽情的過ぎる。
というか、踵の高い靴を履いているのに何であの速度で走れるんだと言いたいが、ヨミも踵の高いブーツを履いているので人のことは言えない。
「出てきたらいかがでしょうか、可愛らしい吸血鬼さん?」
バレていたようだ。
大人しく姿を見せたほうがいいだろうと、隠れていた木から飛び降りる。
「ふむ……こうして見ると、本当に可愛らしいですね。美琴様が気に入るわけです」
「気に入られてるんだボク……」
リタが美琴と親しそうな発言をするが、不思議ではない。剣の乙女は夢想の雷霆にいくつか武器を提供しているし、ギルマス同士が結構な仲よしなのは有名な話だ。
「美琴様は常々、背の小さな妹が欲しいと口にしておられますから。トーチ様も、毎日可愛がられております」
「ボク、これでも姉なんだけどね。妹に妹扱いされてるけど」
「それはそれは……ふふっ、ぜひ一度見てみたいものです」
「死んでもごめんだね」
軽口を叩くが、ヨミの表情は引き攣っている。
───何このメイド、隙が全く無さすぎる。
隙あらば速攻で飛び込んで先制を仕掛けようと企んでいたのだが、まるで隙がない。
大鎌は地面に突き立てており、すぐそばに使えている主人でもいるかのように、両手をお腹の辺りで組んでいる。
武器から手を離しているし、ぴしっと足を揃えて立っている。どう考えても隙だらけなのに、今踏み込んでも攻撃を当てられるビジョンが浮かばない。
それどころか、踏み込んだ自分の首が落とされるビジョンがなぜか浮かんでくる。
なるほど、伊達に『死神』などという異名を付けられていないというわけかと、予想外の強敵に三日月のような笑みを浮かべる。
「シエル、そっち戻れなくなった」
『は? なんでだよ』
「『死神』に遭遇した、と言えば分かる?」
『マジかよ。援護は必要か?』
「いや、多分下手に援護されるとやられる。シエルたちは、この試合にいる剣の乙女の方を抑えてて。ボクは、リタさんと戦う」
『任せたよマスター。よかったな、強いプレイヤーと戦えて』
パーティーチャットで報告し、シエルがちょっと楽しそうにそう言ってから通話が切れる。
その間もリタは立っている場所から微動だにしておらず、それでもなお隙がないのが恐ろしい。
「今の通話の間に攻撃すればよかったのに」
「そのような無粋な真似は致しません。戦うからには真正面から、正々堂々と。それがメイドの流儀です」
「メイドさんの戦場は、ガチの戦場じゃなくてお屋敷のお掃除とかキッチンとかだと思うんだけど……。まあでも、日本のアニメ漫画だと戦うメイドさんいるし。……もしかして、それに影響受けてる?」
「メイドたる者、万能でなくてはいけませんので」
「オーケー、ゴリゴリに影響受けてるね。それで強いんだから文句はないけどさ」
ブリッツグライフェンを装備する。まずは様子見だ。
全プレイヤー最速の称号はいかほどか、じっくりと味わわせてもらおうとすぐに動けるように腰を深く落として構える。
ヨミが構えるのを見たリタは、思わずどきりとしてしまうほど妖しい笑みを浮かべ、スカートの端を指でつまんで膝を曲げるカーテシーで礼をする。
「剣の乙女サブマスター、リタ。この度はこうして『血の魔王』ヨミ様と相まみえたことを、心より感謝いたします。あなた様のお噂はかねがね。その実力に敬意を表して、全力で戦わせていただきます」
リアルでカーテシーを見ることになるとは思わなかったなと思いつつ、警戒を最大まで上げる。
相手は最速。一瞬の油断が命取りになるとごくりと喉を鳴らすと、リタの姿がぶれる。
「っ!?」
直感と悪寒に従って下がらず前に踏み出し、右下に構えていたブリッツグライフェンを振り上げる。
振り上げられた両手斧は、空ぶることなく既に間合いに入り込んでいたリタが振るった大鎌と衝突し、オレンジの火花を撒き散らす。
「……うふふ、よく反応できました」
「まあ、ね! 『ブラッディアーマー』、『ブラッドエンハンス』!」
自分の直感を信じてよかったと冷や汗をだらだら流しながら、強がるヨミ。
通常の状態ではまず追い付けない、そう判断して魔術を使用する。
血の鎧をまとい、自身の血流を加速させて身体能力を上げる。他にもバフを重ねていきたいが、最初から全力を出し過ぎると途中でガス欠を起こすので、それがないと追い付けないと判断されるまではお預けだ。
身体強化系の魔術は呪文を詠唱しておいて発動させずにストックしてあるので、あとは魔術名を口にするだけで発動する。
「さあ、どんどん行きますよ!」
「上等ぉ!」
自己バフを重ねたからか、先ほどよりはリタの動きが見える。
それでもまだ目が滑るほどの急加速を見せるので、マジでどうなっているのだと心の中でツッコみながら、美しすぎる曲線を描きながら振るわれる大鎌の斬撃を迎撃する。
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