審議

「ねえノエルちゃん」

「……なんですか」

「ちょっとだけ、十秒だけでいいからさ、ヨミちゃん貸してくれない?」

「やです」

「やですじゃないから、普通に放して!?」

「だめ」


 ぎゅっとノエルが抱きしめる力が強くなり、顔を真っ赤にして固まる。本当に個室付きの喫茶店を選んでよかったと安堵すると同時に、こんなことになるなら個室付きのお店を選ばなければよかったと後悔している。

 現在ヨミは、ノエルの太ももの上に座らされており、ぬいぐるみを抱くように後ろからノエルに抱かれている。鎧系の防具を装備しているのだが、アバターをその上に装備しているので見た目は可愛い服装になっている。

 なので後頭部には硬い鎧の感触ではなく、脳が沸騰してしまいそうなほど柔らかいものを感じている。

 この状況を率先して笑いそうなシエルは今この場にはおらず、ノエルから解放してくれる人がいないので早く帰って来てくれと、この場にいないシエルに念を送り続けている。


 なんでこんなことになっているのかというと、対面に座っているゼーレが全ての原因だ。

 ゼーレがヨミと接触してきた理由、それは彼女が銀月の王座に入りたいと言うもの。全く知らない中というわけではないのだが、元いたギルドがギルドだったので信用はあまりない。

 ただの一般プレイヤーであればすぐに入団させてギルドチャットにて報告するだけで済んだのだが、ゼーレはそういうわけにも行かないためこうしてメンバーを集めたのだ。


「言っておきますけど、あなたが言っていることが本当だとしてもそれでも信用には足りませんから」

「分かってるよお。一度もPKはしたことがない健全なプレイヤーだけど、元黒の凶刃のメンバーだからね。めちゃくちゃ警戒されるのも仕方ない」

「……」

「さっきから何回か言ってるけど、うちは一度も赤ネームになったことないから。だから……そこの金髪ちゃんは、その、ちょっと視線をどうにかできない……?」

「この子、過去にPKと何かあったのかどうかは知らないけど、とにかくPKは何が何でも殺す子だから」

「うん、知ってる。知ってるからこそ怖いんだよね。返り討ちに合ったメンバーが、幼女にボコられて自尊心粉微塵にされてガチ泣きしてたし」

「幼女じゃないです」

「ハイ」


 キュウ、と瞳孔を細くして平坦な声で言うヘカテー。引き攣った笑みを浮かべるゼーレ。

 一切の感情の乗っていない声でぽつりと零したので、ヨミも思わずびくりと体を震わせる。

 何があったらここまでPKを許せない、PK絶許幼……少女になったのだろうかと甚だ疑問だ。あとで聞いてみることにしよう。


『あー、聞こえるかー?』


 なんかやけにゼーレがヨミを見る目が、獲物を狙っているような感じがして怖いなと感じて背中をノエルに預け、それを感じたノエルが甘えていると勘違いして頬ずりしてきたところで、シエルからパーティーチャットが入る。

 ゼーレもパーティーに入っており、彼女にもシエルの声は聞こえている。


『ゼーレの言っていた通り、セプタルインの外れにあるエデルシュタン大森林の奥の方に、少しぼろいけどまあまあデカい建物があった。しばらく離れた場所から見張ってたら、中からなんかやけにブチ切れた様子の紫色の髪の男が出て来たぞ』

「そいつが黒の凶刃のマスター、ゼルよ。ちなみにうちとは年子の兄妹で、あいつが兄よ」

「ゲームにリアルの話は……」

「おっと、そうだった。いけないいけない。いくらほしいものが手に入れられなくって癇癪起こしてるだけの、でっかくなっただけのクソガキとはいえプレイヤーなんだし、ルールは守らないとね」

『えらい嫌ってるんだな』

「気にくわないとすぐに癇癪起こして殴ってくるような奴を好きになれると思う? ゲームでもリアルでも変わらないから、ほんと最悪」

『とりあえず、ゼーレが言っていたアジトの場所は本当だってことは分かった。で、次はどうしてそのアジトの場所を俺たちに漏らした?』


 ゼーレは、ギルドに入れてくれるならアジトの場所を話し、いつでもこちらから強襲を仕掛けることができるようにして、特にゼルの行動目的を包み隠さず話すと言っていた。

 言い換えれば入れてくれなければそういった情報は話さないということだったが、シエルが上手く交渉してアジトの場所だけは話してもらえた。


「ぶっちゃけるとさ、うちってPK死ぬほど嫌いなんだよね。だからうちはあそこにいても情報収集に専念して、一度も赤ネームになったことはない」

「じゃあ、どうしてあのギルドにいたんですか」

「まあ、ぶっちゃけるとお目付け役。ちょっとリアル交えて話すことになるけど、あいつリアルでもかなりの問題児でさ。今まではアウトなラインぎりぎりで踏みとどまっていたんだけど、ゲームの中だと守るべき規則はあるけど現実よりは自由じゃん? 特にプレイヤー同士なら何度キルしても、絶対に死なない。そういう、プレイヤーなら殺しても死なないと言う現実にはない自由さがあいつのタガを外して、あちこちにクソほど迷惑をかけるかもしれないから見張っとけっていわれちゃって」

「問題児って……。ゼーレさんもゼルも、多分だけど大人、ですよね?」

「リアルであいつは二十一、うちは二十歳。年子だから誕生日はまだもうちょい先」


 妹に問題「児」呼ばわりされる兄。妹に年下として扱われることの敗北感的な何かをよく知っているので、中身がどうであれ少しだけ同情する。


「で、アジトの場所を君らに漏らした理由だけど、うちがギルドから追い出されたって言うのもあるけど、正直に話すとうちってヨミちゃん激推しなのよね」

「お、推し……?」

「そ、推し。君のファン。ちっちゃくて可愛いのにめちゃくちゃ強いし、戦闘狂スマイルがよく似合うメスガキな君が大好きなの」

「おうぐ……!?」


 メスガキのところについてはできれば触れてほしくない。

 あれをやったせいで変態が大量発生し、定期的にコメント欄に「殴りたくなるほど生意気な笑顔と声で雑魚って罵ってほしい」というコメントが書き込まれるようになった。

 そしてそのムーブをやらかしてしまうたびに、現実でノエルと詩月の手によって可愛いコーデのファッションショーがヨミの部屋で開催されてしまう。

 もうすでに開催は決定しているのだが、せめてゲームの中ではそのことを忘れていたいため記憶の奥底に封印しているのだが、他人の口からその単語が出てくると強制的にあの時の羞恥心が蘇ってくる。


『要は、そこの生意気なメスガキに変なちょっかいを出し始めたから、お灸を据えたいってことか』

「そゆこと」

「シエル、戻ってきたら覚悟しとけ。十本勝負でぶちのめしてやる」

『その場合、お前のムーブをシズちゃんに送り付けるがいいか?』

「おま……!?」


 あんな発狂もののムーブを妹になんか見られたくない。

 最強の防衛手段を手に入れてしまったシエルに、ヨミはぱくぱくと口を開閉させてから、むすっと頬を膨らませる。


「はぁ~、可愛い……。配信とかアーカイブで見るだけでもよかったけど、こうして直接見ると可愛さが何十倍、いや何百倍にも跳ね上がる……」

「……ヨミちゃんの可愛さについて語り合える人が増えるのはいいかも。あ、シエル、後でヨミちゃんの動画送って」

「やめてぇ!?」


 バレているので意味はないが、これ以上恥ずかしい姿を幼馴染に見られたくない。

 じたばたと暴れて猛抗議するが、にへーっとだらしない笑みを浮かべたのを見て、絶望した表情を浮かべる。


「えーっと、要するにゼーレさんはもうこれ以上ヨミちゃんにゼルってのがちょっかい出せなくなるように、徹底的にぶちのめしたいって認識でオッケー?」


 女性四対男性一という割合だったため、気まずそうにして一言も話していなかったジンが、おもむろに口を開く。


「まあそんな感じ。より正確に言えば、ヨミちゃん一人じゃなくて全員自分たちじゃ勝てないって思わせて、挑む気力そのものを奪うって言うのが正解かな。うちを除いて、ここにいる全員グランドの素材を持ってるから全員あいつに狙われる可能性あるし。ゼルの目的は、自分が手に入れるつもりだったと思い込んでいるグランドの素材を、君らから奪うことだから」


 聞いていると頭が痛くなってきそうだ。

 ノエルたちが来る前に少しだけゼルについて聞いていたが、改めて聞くと結構ヤバいやつだ。

 シエルが持っているアオステルベンも、ヨミが持っている夜空の星剣と暁の煌剣も、銀月の王座でクリアしたグランドクエストとクリア報酬。その全てを、ゼルは自分でクリアして手に入れる『つもりだった』。

 自分の頭の中では作戦を立てた時点でクリアしたつもりでいたようで、先を越されたら実行に移さなかったのが悪いのに横取りされたと言って癇癪を起こす。

 そんなバカみたいな理由でしつこく付け狙われるようになるし、ノエルたちも危険な目に遭うのかと、怒りすら湧いてくる。


「……全員、出てこなくていい」

「え?」

「黒の凶刃は、ボクが一人で叩き潰す」

『あ、ヨミがキレた』


 もう既に何度か彼らと戦闘しているが、強いとは感じない。まさに、暗殺や不意打ちなどを決めなければプレイヤー一人をまともに倒せない雑魚だ。

 どれくらいの人数がいるのかは分からないが、関係ない。ユニーク装備やグランド素材が欲しいようなので、お望み通りそれらで武装して完膚なきまでに叩きのめす。


「他ゲーだけど、黄泉送りって呼ばれたことがあるんだ。ギルド一つを一人で潰すのなんて経験済みさ」

「おぉう、マジ……? 掲示板で黄泉送りの正体はヨミちゃんじゃないかって考察されてはいたけど、マジで黄泉送りだったんだ」

「シエル、ヘカテーちゃん、ジンさんどころかノエルにまで危害を加えようとしているんだ。ボクの大切な仲間にちょっかいを出したらどうなるのか、トラウマになるまで分からせてあげないと」


 特にノエルにまで手を出そうとしている可能性があり、それが何よりも許せない。

 この世には絶対に手を出してはいけないものがあるのだと言うことを叩き込んでやると、お腹に回されているノエルの腕に触れながら誓った。

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