接触
「んー! 第五都市クインティルグに到着! 街の大きさは……雰囲気的にワンスディアよりは小さ目かな?」
ゼルをフルパワーの一撃で消し飛ばしてから四時間ほど。あちこち寄り道しまくっては、ブリッツグライフェンの機能をいろいろと試しまくっていたため結構時間がかかった。
途中でお昼を食べに
ちなみに適当な場所で離席するとアバターが残ってしまい非常に危険なので、もさもさに葉っぱが生い茂っている木の上に登って、その中に身を隠していた。
戻ってきた時に小鳥やリスなどの小動物たちが数匹、頭の上や肩、太ももの上にいて、戻ってきて早々小動物観察にシフトしそうになった。ヨミが起きたと分かるなり、やけに懐っこいリスを一匹残して他は逃げてしまったが。
やけに懐っこく、肩の上に残ってくれていたリスはもふもふの毛並みで可愛らしくてそのままペットにしてしまいたかったが、エネミーに襲撃された時に驚いて逃げられてしまった。
せっかくの可愛いペット枠ができると思ったのにと、三割ほど溜まっていたエネルギーを全ぶっぱして消し炭にした。
「ほんと、ボクってなんで極端なんだろうね。クインディアとかフリーデンとか、その辺の進んでいる街のワープポイントは開放してあるのに、初期の方はほとんど手つかずって」
いくらゲーム初日に転送罠でそこに飛ばされたからって、極端すぎる。あの辺のエネミーが強力すぎて鍛錬にもってこいすぎるのも原因だったかもしれないが。
とりあえずこれでようやく五つ目の街に到達だ。セプタルインには足を運んでいるので、次の第六都市セクターゼンに行ったら次は第八都市オクタヴァールだなと、ワープポイントを開放しながらマップを確認する。
クインディアは近くに鉱山でもあるのか、十分ほど歩きまわった限りではかなりの数の宝石店や武器屋を見つけられた。
魔術道具専門店なるものも見つけて、どんなものなのだろうかと入店したら洗濯機やエアコンなどの、どう考えても現代科学の結晶の機械があったのには驚いた。
これはなんだと聞いてみたら、マーリン五世が研究の副産物で開発したもので、魔石という魔力を蓄える性質を持つ石をエネルギー源に、エアコンなら冷風や温風、洗濯機なら水を作り出して稼働するそうだ。
魔石と魔法石は何の違いがあるのかとも聞いてみると、魔法石は破壊されるなかなり無茶な使い方をしない限り、無制限に周囲の魔力を集めて蓄積するのが特徴で、魔石は地中深くで超高圧力と超高温の両方の影響を受けることで、稀に魔力が結晶化してできるものだそうだ。
魔石には周囲から魔力をかき集める能力はなく、結晶化した際に内包されている魔力を消耗していき、やがて消滅するそうだ。
少し前まではダイアモンド以上に希少価値があったが、マーリンが人工的に作り上げる技術を確立させたことで爆発的に普及。魔術道具の数が急増し、今ではほとんどの家庭に魔石を動力源とした家庭用魔術道具があるそうだ。
お金には自分でも引くほど余裕があるので、自分の家の分とまずはクロムとアルマたちにいつものお礼も込めて、便利グッズをいくつか買っておいた。
「うーん、軽く百万以上飛んだのに罪悪感がないのはやばいね。ゲームの中とは言え金銭感覚壊れそう」
ヨミが恐ろしくお金に余裕がある理由。それはPKたちが連日襲撃してくれて、律義に全部PKKして撃退しているからだ。
持っていない武器とかであればありがたくそのまま頂戴するが、それ以外の装備だとクロムが作ってくれたものの方が遥かに性能が高いので、必要ないので売却している。
その売却分と不要なアイテムの売却分、PKKした時にPKの所持金全てが自分のものになるので、三週間以上経った現在数千万という大金を有している。
流石にこの大金を持ち歩くのは怖いので、どこかに預けられる銀行みたいなのはないだろうかと探し回り、役場を見つけたのでそこで口座を開いて九割ぶっ込んでおいた。
「ふぅ、なんだか気が楽になった」
大金を持ち歩かずにいるって素晴らしい! といった表情で役場から出る。
一応、ヨミ自身は結構いいところの元息子な現ご令嬢だ。金銭面では不自由など一切ない生活を送ってきているが、ヨミとリアル妹の詩月は毎月のお小遣いを多くても三万に止めており、その中でやりくりしている。
詩月はしっかりと女の子なので、化粧品やらお洒落やらアクセサリーやらでなんだかんだでたくさん使っているが、ヨミはガチのゲーマーでゲームと気に入ったアパレルブランドの安めの服以外にお金を使うことはなかったので、実は結構貯金がある。
ヨミも女の子になってしまい入り用なものがたくさんあるので、今後は今まで以上に貯金はできないかもと思っていたのだが、配信者として予想外の人気を獲得してしまい、収益化も通っているのでその内学生の身分でありながら、確定申告にそのうち苦しむことになるだろう。そうなったら両親か両親の税理士に丸投げする。
そんなわけで、裕福だが大金を常に持っている度胸がないヨミは、その大金を預けることで気がとても楽になる。
合計四時間かけてせっかく大きな街に来たのだし、一時間くらいは自由にしてもいいだろうと目的もなくぶらつこうと考えていると、ふと自分にすさまじい視線が向けられていることに気付く。
まあ、原因は分かる。この三週間、ヨミは話題に事欠かない存在だった。
一番大きいのはどう考えても先日の竜王討伐という偉業だ。どうにも男受けが非常にいい容姿をしている自分という名の美少女が、初めての偉業を成し遂げた、ということで人気が大爆発しており、虎視眈々と話しかけるタイミングを狙われている。主に男性に。
数日はノエルかシエルが一緒にいてくれたりしたので平気だったが、今は一人。しかも見られていることに気付いている状態で、話しかけるには今しかないくらいだ。
そう思ってか周囲にいる男性プレイヤーが一斉に動こうとしてくるのを見て、流石にその数の男に詰め寄られるのは勘弁願いたいと頬を引きつらせる。
「ヨミちゃあああああああああああん!」
「ほぐぇ!?」
男に囲まれるのは勘弁願いたいので逃げようと構えた瞬間、聞き覚えのない女性の声が鼓膜を震わせて、声がしたほうを向いた瞬間にどーん! と抱き着かれてしまう。
ノエルほどではないが立派に育っている柔らかな果実に顔を埋め、顔を真っ赤にしつつどういう状況なのだと困惑して混乱して体が硬直する。
「はぁー! ヨミちゃんちっちゃくて可愛い……。ふわふわでいい匂いする……。あぁ、荒んだ心が一気に潤って癒されるぅ……」
「あ、ああああああの!? いきなりなんですか!?」
どうにか胸から顔を上げて顔を見ようとするが見えないので、べしべしと背中を叩きながら離すように促して、抗議の声を上げる。
周りから「唐突なおねロリてぇてぇ」とか訳の分からんのが聞こえてくるが、無視する。
「あ、ごめんねー? もうとにかく心が荒みまくって一刻も早く癒しが欲しくてさー」
そう言って急に抱き着いてきた不審者女性プレイヤーが抱きしめる力を弱める。声から分かっていたが、異性からの強制接触してきた際に表示されるハラスメント警告がなかったので、女性なのは分かっていた。
でも女性プレイヤーとは、ノエルやヘカテー意外とバトレイドでの戦い以外で関わりがないので一体何なのだろうかと解放されてから顔を見て、あっ、と小さく声を漏らす。
「ゼーレさん?」
「そうよぉ。ちょっと前にバトレイドで君にボコられて、ついさっきもあのバカと一緒にクインディアでも会った、ゼーレさんだよー」
長い艶やかな黒髪が特徴な、大人な雰囲気をまとう女性プレイヤー、ゼーレ。
PKギルド所属の人がどうしてと思ったが、四時間前に消し飛ばしたゼルがゼーレは追放処分にしたと言っていたのを思い出す。
その証拠に、胸に向いていた黒の凶刃のエンブレムがなくなっており空白になっている。
「本当に追い出されたんですね」
「お? あのバカから聞いた感じ? そうなのよ、追放処分されちゃって無所属なのよ。おかげであいつから離れられたからいいんだけど、元PKギルド所属だからちょっと周りの視線が怖いのよね」
「……何か要件でも?」
話し方や声が、まるでこちらに訴えかける演技のように聞こえ、ただ癒されたいがためにいきなり抱き着いてきて、今もなお完全に解放せずにそっと抱いているわけではないようだ。
「ダメ元だけどさ、君のギルドにうちも入れてくれない? 元PKギルドのメンバーだから嫌だって言うなら諦めるけど」
「どうしてボクのギルドに入りたいと?」
「え? ちっちゃくて可愛い女の子を日々愛でて撫でまわしたいから」
「なんですかその理由!?」
周りにいる男性プレイヤーもうんうんと頷いている。意味が分からない。
「うちはそこまで戦闘能力が高くはないけど、情報収集とかは得意なの。だから、ヨミちゃんたちに必要な攻略のための情報を、うちが持ってきてあげることもできるよ。あともう一つ、黒の凶刃のアジトをリークしてあげたっていい」
「……なんでそこまでするんですか?」
「だって、ゼルの奴はこのゲームに向いてないし、あいつらがこのゲームを続けている以上ヨミちゃんたちはしつこく狙われるからさ。君、ノエルちゃんのこと誰よりも大事にしている節があるし、狙われるのは嫌でしょ? あの子だってグランドの素材持ってるからさ」
「……」
ゼルの目的は、グランドエネミーの素材とヨミたちの持つユニーク装備だ。
両方を持っているのはヨミとシエルだが、グランドの素材だけに絞るならノエル、ヘカテー、ジンも当てはまる。
そしてノエルは火力はかなり高いが、総合力で見るとヨミには劣る。何より、ノエル自身がヨミにとっての最大の弱点になる。
せっかく苦労して手に入れた竜王素材を、理不尽な理由でキルされて奪われる。そんなことはあってはならない。
「……分かりました。でも、ボクの一存じゃ決められないのでメンバー全員呼んでみんなと相談してからです」
「やりぃ! 言ってみるものね」
ゼーレの持つ情報は、黒の凶刃に対するカウンターだ。
ノエルたちを守るためならば、多少怪しくても引き入れたほうが得策だと判断し、全員ログインしているのでクインティルグに集合するようにメッセージを送った。
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