予選開始

 ゼーレをギルドに引き入れるかの審議から三日。黒の凶刃との戦闘はその日のうちにやるつもりはなかったので、実行は予選終了直後の夜となった。

 そのためゼーレはまだギルドに入れてはいないが、仮入団のような形で常に誰か一人をそばに置いて監視するという条件で、フリーデンに招いた。

 今のところ町の人たちとは仲良くやっているし、人を見る目があると定評のアルマがヨミたちほどではないが少し懐いて自分から話しかけに行っているので、本当に彼女はあのギルドとは縁を切ったようだ。


 あれからゼルから毎日一日二回か三回襲撃されたが、一回だけブリッツグライフェンを使った時以外は全て武器すら抜かずに、インファイトでタコ殴りにしてお帰り願った。

 酷い時は五連戦しかけて来た時もあったが、目潰しからのヘッドロックから首破壊、喉に手刀ぶち込んでから顔面に右ストレートから地面にたたきつけて頭部破壊、キレて踏み込んできたところにカウンターで膝をへし折ってから、ゼルの武器を奪い取ってから首切断、ますますキレてめちゃくちゃに走ってきたところに疾走スキルを乗せたダッシュからの顔面ドロップキックで吹っ飛ばして、起き上がる前に後ろに回り込んで首をひねって破壊、最後にちょっと調子に乗ってオラオラ言いながらラッシュしてHPを削り切って〆た。

 流石に最後のラッシュ〆は響いたのか、その日はもう喧嘩を吹っかけてくることはなく、次の日も実に平和だった。


「いよいよだね」

「いよいよだな」

「早く戦いたい……」

「落ち着け戦闘狂吸血鬼」

「そういうお前も、アオステルベンを撫でてるじゃないか鬼畜ブレーン」

「隙あらばなんか煽り合ってない君ら?」

「仲がよろしくて何よりです」

「うちはまだギルメンじゃないから、頑張れとしか言えないねえ」


 今日はいよいよ、ギルド対抗戦の予選が始まる日だ。

 参加申請を済ませ、中央広場に向かったヨミたち。そこは大量のプレイヤーでひしめき合っていた。

 これから始まるビッグイベントに期待するプレイヤー、緊張してがちがちに固まっているプレイヤー、気楽に行こうと緩い雰囲気でいるプレイヤーと様々だ。


 ヨミたちがガンガン攻めて行こうというスタイルだ。ただしそれはあくまで初日だけ。二日目からはマッチングがレートを参照されるようになるため、初日よりも慎重に行かなければいけない。

 要するに、弱いギルドと強いギルドが入り混じっているが、まだ全員同じレートで実力差が激しい初日が、一番ポイントの稼ぎ時だ。


「うげっ、銀月の王座いるやんけ」

「たった五人なのに優勝候補だよなあそこ」

「ギルマスが超美少女で右腕が巨乳美少女ってだけで羨ましい。……対抗戦終わったらあっち行こうかな」

「あそこ絶対アンボルト素材の武器担いでくるだろうな。見たいけど戦いたくはねぇ……」

「味方にプロゲーマーいるとかズルすぎる」

「女の子が可愛すぎて攻撃できねえよあんなの……」


 予選開始までまだあと数分あるので、近くにベンチでもないかと探していると、そんなやり取りが聞こえてくる。

 最初のグランドエネミー討伐を成し遂げたギルド。特にヨミは首を落とし止めまで刺した、トップクラスの実力者だと認識されている。

 真のトッププレイヤーがどんなものなのかはよく分からないが、予選が始まるまでに魔術を使いまくって熟練度を上げたし、結構重いブリッツグライフェンを使って筋力を増やしながらある程度使いこなせるようになったし、更にはいくつかの切り札もある。

 一番警戒しているグローリア・ブレイズやその次に警戒している夢想の雷霆と、同じくらい警戒している剣の乙女ロスヴァイセ

 そこのギルドマスターたちに果たして通用するのかどうか、などという弱気なことは考えない。普通に使って通用しないなら、通用するように使うだけだ。


「やっぱ注目されてるな。特にお前」

「ヨミちゃんちっちゃくて可愛いもんねー」

「ちっちゃいは余計だってば。ノエルだって注目の対象だからね」

「一番注目されているのがヨミちゃんってだけで、俺ら全員注目の的だけどね。俺とシエルには、どっちかっていうと嫉妬や殺意が籠ったのが多いけど」

「俺はもう慣れたもんだよ。殺意の視線なんかは大会の時によく向けられるし」

「それは慣れていいものなのかな?」


 だがそういった視線にさらされても、慣れているからそこまで緊張しないと言うのはアドバンテージだ。

 ヘカテーはまだ小学生で大量の視線に慣れていないようなので、ノエルの後ろにくっついて体を少し隠しており、それがまだ可愛らしくて注目を浴びている。


 あとは、こういう大勢が一か所に集まって雌雄を決する大会に慣れているのも大きいだろう。

 ヨミはプロゲーマーじゃないのでシエルほど慣れてはいないが、イベントの大きな大会にはよく参加して爪痕を残したりしていたので、多少の慣れはある。

 やはりまだ多少の緊張はあるが、全く緊張せずにたるんだ雰囲気のままよりは少し緊張していた方が気が引き締まる。


 すると、俄かに広場に集まったプレイヤーたちがざわつき始める。

 なんだと思い周囲をきょろきょろを見回してみると、大勢が一か所に視線を集中させているので、ヨミもそちらに目を向ける。


 そこには、金髪で背が高く、腰に剣を差した男性を筆頭に、似たようなデザインの装備に身を包んだ五人組と、鴉の濡れ羽の長い髪に170センチほどはある長身で背中に薙刀を携えた女性を筆頭に、和洋折衷ではあるが同じデザインの衣服に身を包んだ五人組がいた。

 一名顔をリアルの方でよく知っているが、それ以外は配信のアーカイブ以外では全く知らない。が、彼ら彼女らの装備についているエンブレムには覚えがある。


 金髪の男性を筆頭とした五人組、剣を中心に翼のような衣装の凝らされているエンブレムは、最強ギルド筆頭のグローリア・ブレイズ。となると、先頭に立つ彼はマスターのアーネスト・ノーザンフロストだろう。

 鴉の濡れ羽の女性を筆頭とした五人組、円形に七つ並んだ一つ巴紋の中央に刀の描かれたエンブレムは、同じく最強ギルド筆頭候補の夢想の雷霆。黒髪の女性、というか少女はそのギルドのマスターである美琴だ。

 美琴はリアルでモデルをやっていることを公言しており、ヨミもノエルに外に連れ出された時に雑誌で見かけている。


「今回の対抗戦、私たちが優勝をいただくからね」

「それは難しい注文だね。優勝は、私たちグローリア・ブレイズがもらい受けるから」

「お、言うねぇ。見てなさい、グランリーフにはまた負けたけど、挑んだおかげで新しいスキル覚えたんだから」

「君……まだ伸びるのか。まあ私も覚えたんだが。前回の対抗戦は引き分けだったが、今日は一筋縄ではいかせないからな」


 ものすごいライバル感のあるやり取りをしていて、なんだか少し悔しい。

 いや、ヨミだってシエルというライバルがいるのだし、なんだかんだで軽口叩き合いながら競争しているし十分だと頭を振る。


「ヨミちゃんはどっちを一番警戒してるの?」


 後ろからそっと抱き寄せて来たノエルが、真っすぐ最強格ギルド二つを見ながら聞いてくる。


「んー、剣の腕とかそういう技術的な面では、夢想の雷霆だね。美琴さんもそうだけど、両隣にいる刀を下げている二人の女の子。あの二人さ、刀スキルなしで戦技も使えないのに、戦技使っているみたいな動きしてくるから」

「カナタとサクラだっけか。特にカナタは、真のFDO最強の剣士なんて呼ばれているな」

「真の、ですか?」


 ヘカテーがよく分かっていないようで首をかしげる。

 それにゼーレが答える。


「このゲームではさ、最強の剣士には『剣聖』って称号が与えられるっぽくてさ、それを今持っているのはグローリア・ブレイズのギルマスなんだよね。だからシステム上ではアーネストが最強の剣士なんだけど、純粋な剣術の腕で勝負をしたらカナタちゃんの方が上なんだって。なんでも、前回の対抗戦の時にアーネストが、先にカナタちゃんを倒さないと負ける可能性があるっていうくらいなんだって」

「ひゃあ……。そ、そんなにすごい人なんですね……」

「しかも美琴ちゃん自身もめちゃくちゃ薙刀術が上手な上に、攻撃と魔力値にガン振りしている魔族側の固有種族だって話で、結構広い範囲に威力の高い雷を落としてくるから、瞬間的な火力で見れば美琴ちゃんが一番上かな」


 美琴も配信を行っているので、そのアーカイブを見た時は本当に驚いた。

 雷をまとうことができるため強力なバフを得られるのに、彼女の種族の特性としてかなり高い筋力の補正がかかっているようで、ノエル並みの火力を常に安定して出せる上にヨミ並みの速度で動き回る。

 速度面で言えば本気を出せばどうにかなるが、彼女の持つ切り札というのがあまりにも強力すぎる。

 前回の対抗戦で奥の手を開放したアーネストは、まさに最強に相応しい力を発揮していたのだが、劣勢に追い込まれた美琴が切り札を切った途端状況を立て直し、そこから相打ちに持ち込んだくらいだ。

 アーカイブを何度も見て研究しているのだが、今のところ一番有効な対策は『切り札を使わせる前に倒す』という頭の悪い脳筋的解決法だ。


「ただ、スキルとか魔術とかそういうのの威力や規模とか、要は技術じゃなくて最終的な総合火力の高さではアーネストの方を警戒したほうがいい。あの人が腰に差しているあの剣、固有戦技使わせたら全力で逃げるしか生き残る術はほぼないと見たほうがいいくらい」

「ウォータイス戦を何度か配信していたからアーカイブ見たけど、あいつに与えるダメージの七割がアーネスト個人なんだよな。とんでもないバ火力叩き出すから脳筋かと思ったけど、ヨミと同じですげえ理知的な戦い方するんだよな」

「強いだけじゃなくて巧いんだよ。使う武器もあの腰の剣一本だけだし。でも技術はカナタさんや美琴さんに劣る。だからそれを火力で補っている、みたいな感じだね」


 特に彼の剣の固有戦技は、最大限警戒しないといけない。

 とんでもない火力を叩き出すのもそうだが、見た感じヨミの弱点属性である聖属性か炎のどちらかなのだ。

 炎と聖属性の耐性がマイナスカンストしているので、あの火力で喰らったら即死しかねない。

 ヨミに限らず吸血鬼を選択したプレイヤーは、対抗戦の本線の時は命のストックが問答無用で一つになる。つまり一回だけしか復活できない。

 なので気軽に脳死突撃なんてことはできないし、ストックがあるから十回までなら死んでも大丈夫という考えもできない。


 そんな状態で、レイド戦で大勢のプレイヤーがいるのに個人で一番火力叩き出す火力お化けと戦わなければいけない。

 ワンミスすればそこから一気に削り切られてしまいそうだと背筋を震わせるが、その顔は楽しみだと言わんばかりの笑みを浮かべている。


「早く戦いたくて仕方がないって顔だな。できれば本戦まではぶつかりたくないけど」

「だね。メインディッシュは一番美味しくいただける時に食べないと」

「向こうも同じこと思ってそうだな」


 シエルとそんなやり取りをしていると、正面にウィンドウが開く。

 それは、現時刻を持ってギルド対抗戦の予選が開始されたことを告げていた。


「本戦とかアーネストとの戦いとか言ってるけど、まずはこの予選を勝たないとね。それじゃあ、早速行くよ!」

「「「「おー!」」」」

「ふぁいとー」


 ギルド代表としてマッチング申請を行い、十秒ほど待ってから『マッチング完了しました。専用バトルフィールドに転送されます』と表示されて、記念すべき銀月の王座一回目の公式戦の始まりとなった。

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