オーバーキル
ブリッツグライフェンを装備した瞬間、明らかにゼルの目付きが変わった。
ヨミに対して向けていた漲るような殺意の籠った目から、目の前に吊り下げられた餌を欲しがる畜生の目に。
「そういえば、街中でボクの……ふ、太ももに挟まれて倒されたわけだけど、よくあれだけの人がいる場所から逃げることができたね」
あの時ヨミは、シエルが掲示板で拾ってきたヨミの人気を利用しようと企んだ。
流石に太ももに挟まれてキルされたいプレイヤーがたくさんいるとは思わなかったが、今の自分の美少女であると言う見た目を利用し、ああやって顔を挟まれれば下着がもろに見えてしまうこと、そして若干暴走気味な男性ファンたち。
アイドル染みた人気になりつつあるため、自分の推しのパンツを見たという罪を無理やり擦り付けることで、追いかけてくるのを周りにいるであろうヨミのリスナーを使って足止めさせるつもりでいた。
あの後どうなったのかは、死にそうなほどの羞恥心を発狂して早く吐き出してしまいたかったので見ていないが、確実に足止めは喰らっていただろう。
「お前があんな倒し方をしてくれたおかげで、次々と襲われたよ! 全員キモいくらい眼がキマってやがった」
「ご愁傷さまー」
「それについてはもうどうでもいい。とにかく今お前が俺にすべきことは、その武器を俺に譲渡することだ!」
「無☆理☆」
とは言ったものの、専用装備ということにはなっているが譲渡が不可能というわけではない。
ユニークもグランドウェポン(仮)も、売却が不可能で換金できないだけで他の人に正しい手段で譲渡することはできる。
プレイヤーにPKされてももちろんドロップしてしまうが、インベントリの中にあるものか装備しているもののどれかをランダムでドロップするので、余程運がよくなければ一発目でこの武器を落とすなんてことはない。
第一、めちゃくちゃ感情的でキレやすいゼルが、仮に冷静であったとしてもヨミに勝てるほどの実力を持っているようには思えない。
これが二回目の邂逅なのでお互いに全く分かっていないので、隠し玉とかを持っているかもしれないが、とりあえず今のところヨミからゼルへの評価は「イキっているだけの雑魚」である。
何しろ、初期武器でもトッププレイヤーを倒すことができるようになっているのに、ひたすらに強力な性能を持つユニーク武器とそれに匹敵する性能のものを作ることのできる、竜王の素材を欲しがっているくらいなのだから。
まだメスガキをかましたことでメンタルはまだ回復しきっていないが、ちょっと煽ったりするくらいならいいだろうと、腹立つ顔をしながらべーっと舌を出す。
この程度で引っかかったりするような奴じゃないだろうし、数時間前に盛大に煽りまくってやったんだから多少の耐性はあるだろうと思っていたが、煽り耐性はマイナス値カンストだった。
怒りの雄叫びを上げはしなかったが見るからに切れた顔で、PvPの申請も送り付けずに向かってくる。
そういえば、ゼルはPKで赤ネームのはずで、街の中に入ること自体はできるがクソ強い衛兵NPCに追いかけ回されるようになっているはずなのに、どうしてあの時は普通に街の中にいたのだろうか。
「ま、どうでもいっか。『サイクロンアバランシュ』」
両手斧熟練度70で習得する連撃系戦技『サイクロンアバランシュ』。
九連撃をランダムに攻撃を仕掛けるもので、単発に比べると一発ずつの火力は低いが、特大武器という扱いなので一撃でも食らうのは致命傷になりかねない。
一発のダメージがそこまで大きくなくても、九発全て当たれば大ダメージになるし、最悪即死する。
対処としては、戦技が終了するまで間合いの外に出て逃げ続けるのを筆頭に、見切って回避かパリィで弾いて強制的に戦技を中断させるなどがある。
しかしパリィをするにもゼルが持っているナイフでは弾くのは不可能。できてせいぜい受け流す程度で、それでは
受け止めて防ぐという手段も、ヨミの高い筋力補正と持っている武器の重さによる威力の増加、そしてそれを十全に使いこなせるヨミ自身のプレイヤースキル。それらが合わさって、ナイフ一本で受け止めたところで押し込まれる。
なら間合いの外に出ての回避が今のゼルにとって最適解だが、その最適解すらヨミは取らせない。
「ぐっ、ちぃ……! こ、のお……!?」
間合いの外に逃げようとするが、システムのアシストを受けて勝手に動く体を自分でも動かすことで、攻撃速度そのものを加速させる。
速度が上がればその分威力も増加し、初撃を回避ではなく辛うじての受け流しパリィでいなしてしまったことで、ゼルは残る八連撃の嵐から抜け出すことが不可能になる。
「ほらほらどうしたの!? ボクからこの新しい相棒を奪うんじゃなかったの!? そんな後手に回るようじゃ、一生かかってもボクに一撃入れることもできないよ!?」
「黙れぇ!」
「ほい、予想通り。『シャドウバレット』」
「うお!?」
九連撃全てを、ゼルは全て受け流しパリィでダメージを抑えながらさばききる。
思っているよりも技術はあるんだなと感心するが、状況を見る目というか、相手がどんな手札を持っているのかという想定をすることが甘い。
戦技が終了して一瞬の硬直が入り、すぐに自由になる。回避行動を取ろうにもゼルの攻撃が当たる方が速く、パリィも難しい。
そういう攻撃を仕掛けてくると言うのは予想済みなので、硬直が解除されても回避も防御も一切取らずに迎撃を取る。
影魔術の初期魔術『シャドウバレット』。超低威力の影の弾丸を、MPが続く限り射出し続けることができる、攻撃にすらならない牽制魔術。
ダメージは本当に低くて、最初の初心者エリアとかだったらまだ使いようはあるが、ヨミは速攻で地獄に送り飛ばされたのですぐに使い道はなくなった。
ロットヴルムの時に使ってみたが、文字通りの豆鉄砲だ。
しかしプレイヤー相手となればそうもいかない。
胴体とか手足であれば無視できるが、顔面に向かって撃ち出されたら反射的に防御してしまうのが人間だ。
特に目玉はむき出しの臓器。そこに攻撃が当たるのは致命的だ。生き物である以上顔面は共通の弱点で、そこへの攻撃は本能で反射的に防御あるいは回避をしようとしてしまう。
それを狙って影の弾丸を撃ち出し、ゼルは咄嗟に後ろに下がることで回避する。直後にしまった、という顔をするがもう遅い。
彼自身から離れることでナイフの間合いを外れ、両手斧にとってちょうどいい位置にいてくれている。
「そぉれ!」
「ぐおぉ!?」
辛うじて持っているナイフをブリッツグライフェンと自分の間に差し込むことで防御するが、遠心力と体の発条を使った振り払いをその程度で受け止められるはずもなく、振り抜かれて地面を転がる。
ダメージを与えたことで彼のHPバーが表示される。流石は竜王シリーズ、防御されても大きくHPを削り落としている。
「こんの……!?」
「まだまだ行くよ!」
起き上がったところをすかさず攻撃を仕掛け、思い切り上から振り下ろす。
反応が遅れて回避が間に合わないゼルは、それを防御せざるを得ず、特大武器の重さと振り下ろす勢いと重力の助力を得た一撃でナイフが折れてしまい、左からから真っすぐ斬り付けられる。
「な、めるなぁ……!」
「おっと」
苦し紛れに右の拳を突き出してみぞおちを狙ってくるが、軽く体を捻って回避して、体を戻しながら顔面に膝を叩き込んで地面をもう一度転がらせる。
もうすでにかなりの実力差があると分からせることができたと思うのだが、と考えていると、素早く起き上がって数メートル先にヨミがいると言うのに鈍い手付きでウィンドウを操作して新しく片手剣と盾を装備する。
仮にもPKギルドのマスターを名乗るんだったら、ノールックでウィンドウ操作をするか、見てもいいからもっと素早くできないのだろうかと、その拙さにため息を吐く。
それはそれとして、ゼルが盾を装備してくれたのはありがたい。
ブリッツグライフェンの固有戦技『蓄積&放出』の蓄積は、手に持って装備している間にはめ込まれている魔法石が周囲から魔力を吸い取って蓄積するのとは別に、衝撃を与えることでこの武器自体に備わっている変換機構を用いて魔力を生成して蓄積することができる。
要するに、相手と刃を交えれば交えるだけ魔力が蓄積していき、その衝撃が大きければ大きい分だけ蓄積速度が上昇する。
そしてゼルが盾を装備してくれたことで、より遠慮なく攻撃をぶち込める。
「ありがとう!」
「何が───うぐぉ!?」
急にお礼を言ったことで困惑したゼルだが、お構いなしに高速で間合いに踏み込んでから、全身を使って思い切り攻撃を仕掛ける。
手数は少ない。ゼルと並んでよーいどんで攻撃を十秒繰り出し続けたら、確実にヨミが手数で負ける。
ではなぜゼルは攻撃できずにいるのか。それは攻撃に出られないくらい強烈な一撃を、手数を犠牲に威力を上げて常に先に動き続けることで叩きこんでいるからだ。
もちろん、向こうが攻撃を仕掛けてきたとしてもすぐに対応できるようにカウンターも仕込んでおり、常に先手に出ておきながらも
ゼルは行動をしようにもそれを潰すように強烈な一撃を繰り出すヨミの攻撃を盾で防がざるを得ず、仮にほんの僅かな隙を見つけてもそれはヨミが仕込んだカウンターの種。
食らい付いてはいけない隙なのに、どんどん削れて行くHPに焦りを感じているとほんの僅かな光明を見つけたらそれを掴みたくなってしまうのは仕方がない。
ヨミの連撃から逃れるために後ろに下がって仕切り直す、という選択肢を取らせないために先手を打ち、時折き食いついてはいけないけど食いついてしまう隙を一瞬だけ見せることで、意図的に後手に回ってカウンターを決めることでその場に縫い止める。
「お前、なんなんだよっ……!」
「ただの始めて一か月未満な新人プレイヤーさ! 他のフルダイブVRを死ぬほどやり込んでいるけどね!」
昔からずっと毒沼が狂喜的までに好きでこだわっている、名作死にゲーを作り続けるあの会社のフルダイブVR死にゲーも何度もやってきているし、大規模な対人戦がメインコンテンツのVRMMOも、システムのアシストが一切ない鬼畜難易度フルダイブFPSもやって来た。
色んなゲームを渡り歩くことで技術が磨かれて行き、しまいにはシエルとノエルから人がする動きじゃないとまで言われるようになった。
ずっと防御だけに回り続けるのは嫌なのか、ゼルが無理やり勢いが乗り切る前の斧を盾で防ぎ、あえて一度押し込まれることで盾戦技『シールドバッシュ』を発動させる初動位置まで持ってこさせることで、強引にブリッツグライフェンを弾く。
これには少し驚かされたが、戦技を使うと言うことはその後に硬直が確定で入ると言うことなので、遠慮なく片手剣を持っている右腕に向かって振り下ろして前腕を半ばから切り落とす。
腕を落とされたゼルは顔を歪めながら、バックステップで離れる。
「こん、のぉ……! 『チャージシールド』!」
「『ランぺージ』」
盾を体の前に構えて、エフェクトを盾に発生させながらダッシュしてくる。
『チャージシールド』は盾を構えながら突進してくる戦技で、攻撃性能はないが防御性能は初期の方の戦技にしてはかなり優秀だ。
欠点としてはほぼ直進しかできないので横に避けられると弱いことだが、強みとしてこの戦技には硬直がなく、そのまま『シールドバッシュ』に移行できる。
恐らくヨミの攻撃を防いでからシールドバッシュで殴るか、避けたところで盾で殴りかかってくるかのどちらかを狙っている。
ならばと、ヨミは単発重攻撃で前方を薙ぎ払う両手斧戦技『ランぺージ』を使う。
自分の突進に合わせて戦技を使ったので、にやりと笑みを浮かべるゼル。
これが少し前のヨミだったら押し負けていたかもしれないが、今のヨミの筋力はほぼカンストしている。そこに装備スキルで筋力の増加、そしてブリッツグライフェンを装備することで得る補正も合わさり、あまり使いこんでいないであろうゼルの『チャージシールド』なんて簡単に押し返せた。
「んなぁ!?」
「やるんだったら盾じゃなくて、武器でパリィすべきだったね」
どっちにしろ強い衝撃が加わるので、その一発で蓄積は完了していたのだが。
ともあれ、戦技をぶちかましたことでフルパワーになったブリッツグライフェン。先に試した機能のうちの一つは、蓄積したエネルギーを消費して攻撃を入れた場所に雷の追撃を入れると言うものだった。
もう一つは、同じく蓄積したエネルギーを消費することで瞬間的に筋力を上昇させ、物理攻撃力を底上げすると言うものだった。
では、フルパワーになったエネルギーを全消費すると言うブリッツグライフェンの真骨頂である固有戦技、『蓄積&放出』の放出を使ったらどうなるのか。
握っている柄に仕込まれているボタンを押し込むと、ガションッ! と音を立ててレバーが飛び出てくる。
それを掴んで手前に引くと、姿を見せた蓄積ゲージがぐんぐんと上昇して溜まっていく。
それが満タンになったところで、掴んだままのレバーを押し込んで元に戻す。するとブリッツグライフェン全体に膨大な雷が発生し、それが意思を持った生き物のように刃の方に収束していく。
「これはボクも初めて使う、こいつのフルパワー。プレイヤーどころかエネミーにも使ったことがない、完全初お披露目。君相手にここまで使うんだ、光栄に思いなよ?」
「なん───」
「『ウェポンアウェイク・
ぐん、と大きく振って勢いをつけて、ただ全力で思い切り縦に振る。
ゼルとの距離は十メートル弱。ブリッツグライフェン本体の攻撃は届かない。しかし、雷鳴の如き轟音を響かせて放出された雷撃は斧が叩きつけられた場所から真っすぐ地面を破壊しながら進んでいく。
事態を察したゼルが逃げようとするが遅く、残っていたHPを一瞬で消し飛ばしてポリゴンとなって消滅。持っていたであろう装備品やアイテムを全てドロップする。
放たれた雷撃はそのまま直進し続けて、射線上にあるものを破壊しながら数十メートル進んだところでやっと消失した。
「……うん、どう考えてもオーバーキルだね。フルパワーはレイドとかじゃないと使い道はあまりなさそう」
使ってみて分かったが、フルパワーになったからといってそう簡単に使える代物じゃない。
蓄積が完了した後にゲージをマックスまでチャージし、そこからたまったエネルギーを刃に送ってから攻撃と、儀式的な動作が必要になる。
パーティー戦で仲間が敵を抑えてくれるなら使えるが、ソロの時やタイマンしている時は使いにくいだろう。
今回ゼルに通用したのだって、『ランぺージ』で殴り飛ばして大きな隙を作ることができていたからで、もしああやって地面を転がっていてくれなかったらゲージを溜めている最中に攻撃を食らっていた。
「対抗戦で対アーネストに使えると思ったけど、無理っぽいな。いや、でもやっぱりこの超火力はロマンだし、あいつだって男の子なんだから理解してくれるはず。どうにかしてお互いの必殺技の打ち合いに持ち込めればワンチャンあるか?」
バシュゥゥゥゥゥゥッ! と攻撃直後に溜まっていた熱を排出して白煙を上げるブリッツグライフェンを見つめながら、ぶつぶつと呟く。
これすらもあくまで、いくつかある機構の一つでしかないのだし、他のものもしっかりと検証するべきだろう。
そうと決まれば、次の街を目指しつつフルパワーの検証だ。
手に持っている時にだけ魔力チャージが行われるので、デカいブリッツグライフェンを肩に担ぎながら、次の獲物を求めて歩き始める。
===
Q.なんでレバーが付いてるの?
A.ボルトアクションはロマン
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます