自分の魔術を把握することは大事なこと
作戦会議後、ノエルはやることがあるからとログアウトして、シエルは赫き腐敗の森に行ってレベリング、ヘカテーとジンもそれについていった。
ヨミは新しく習得した、血壊魔術を使いこなすためと性能の確認のために、ちまちま進めていたがアンボルト戦のために一時中断していた、初期町からのマッピングを行う。
もうすぐ対抗戦なんだからそんなことをやっている場合じゃないのは確かだが、自分の使える魔術やスキルをきちんと把握しておくことも大切だ。
アンボルト戦を終えた後で習得していた新しい血壊魔術『ブラッドドレインスキューア』。まだ使ったことがないので、雑魚敵をしばき倒しながら性能を試すことにしてみる。
「うんうん、いい感じにたくさんエネミーがいてくれて助かるー」
あらゆるゲームでおなじみすぎて、もはや新鮮味も何もないド定番の雑魚敵の一つ、ゴブリン。
四つ目の街のクアドラズと五つ目の街クインティルグの中間あたりに、そこそこ大きめなゴブリンの集落があった。
流石に100体とかいうとんでもない数がいるわけではないが、30体くらいはいる。対アンボルトのために仕上げてくれた防具のおかげでヨミの耐久値はかなり上がっており、めちゃくちゃ高くなっている自己回復スキルもあって30体から袋叩きにされてもHPが0になることはない。メンタルとかはボコボコにされるが。
クリティカルになるような攻撃以外は避ける必要がなく、しかも数が多いので検証がたくさんできる。
これほどうってつけなものはないと、武装を解除してステップでも踏むかのような足取りの軽さで集落に向かっていく。
残り三十メートルほどになってから向こうが気付いたようで、耳障りな声を上げながら続々とできの悪い石斧や錆びていたり刃毀れしている鉄製の武器を持って、バラバラにヨミに向かって突っ込んでくる。
どの作品でもゴブリンは子供程度の知能しかないとされており、ここでもしっかりとそういう雑魚敵の扱いを運営よりされている。
この数は初心者からすれば脅威以外何物でもないし、装備がほどほどに揃ってステータスもほどほどに育ってきた初心者を抜けたばかりのプレイヤーにとっても、同じく脅威でしかない。
繰り返すが、あくまで初心者とかちょっと育ってきたプレイヤーの話であり、化け物とばかり戦っているヨミには脅威ですらない。
「『ブラッドドレインスキューア』」
むしろ、ヨミがゴブリンにとっての脅威でしかない。
十メートルほど前ゴブリンがやってきたのを確認して、魔術を発動。ヨミ自身の血を消費して足元から真っすぐ血を地面を這わせてから、勢いよく細い槍のような形となって射出されて、前方を走っていた三体のゴブリンを串刺しにする。
絵面があまりにもえぐくて、レーティングが必要だろとひくりと頬が引き攣る。
真下から血の串の喰らい、脳天まで突き抜けたため問答無用のクリティカル。
体がポリゴンとなって霧散していき、血の串刺し魔術で消費した血液が回復する。
「お? これHPとMPの回復バフと筋力強化バフはないんだ。あ、でもストックが増えてる」
この魔術は、ダメージを与えたらそのダメージに応じて血液の回復。クリティカルで即死させたら相手の残りの血液全てを奪うことができる魔術である。
なので、今後はわざわざ噛みついたり血液パックを買ってそれを飲む必要もなくなるのかと期待していたのだが、回復するのは消費した血液だけのようだ。
結局、『血濡れの殺人姫』は使用途中で血液を補給しても回復しない仕様だったし、意味深に書かれているように見えて実はなんてこともなかったり、フレーバーテキストには何も書かれていないけど隠れた効果があったりする。
今回の場合は、『血を消費して血の槍を上に向かって伸ばし、相手にダメージを与えることができればその分の血液を回収することができ、クリティカルで倒した場合は倒した相手の血液を全て奪うことが可能』と書かれていた。
そこからそこに吸血バフが乗るとばかり思っていたのだが、しっかりと隠されている効果があり、吸血バフは一つも乗らないがストックの確保ができることが今判明した。
だが悪いことばかりでもなく、集団戦になった場合にバフを自分のリソースである血液パックを消費せずに無制限に得られることはできないが、攻撃力の高い血壊魔術を連発できる。
そしてもう一つの血壊魔術を使うと、ヨミは手が付けられないほど強化されてしまう。予選ではストック数は最大の十個持ち込めるが、本戦は公正を期して持ち込めるストックは一つだけになってしまうのが残念だ。しかも減ったら増やせない。
「まあ、増えちゃったらそれこそ試合にならないだろうからね」
死んでも蘇る。まさにおとぎ話の吸血鬼のように。
シエルとの模擬戦の時も、「クリティカルで倒したのに復活してくるのは流石にズルいしやられると萎える」とまで言われたし、それくらいがちょうどいいだろう。
それに、ヨミは復活のためにストックを使うつもりがないし、実質ストックなしで本戦に臨む予定だ。
「さて、次はこっちだね。『
こちらはアンボルト戦の後で、熟練度が80を超えたことで習得し、熟練度を半分ほどを共有しているため初期魔術含め五つの魔術を習得している。
結局、影魔術ではあまり攻撃魔術が出てこなくて、武器の生成や影潜り、拘束系や移動補助に使える鎖などばかりだった。
その反動なのかそういう仕様なのか、暗影魔術は血壊魔術同様殺意の高い攻撃魔術ばかりだ。
「『ジェットファランクス』」
たった今使った暗影魔術は、熟練度10で習得できるものとしては突き抜けた性能をしており、集団殲滅に特化している。
消費するMPの上限を自在に調整することができるのが特徴で、称した量に応じて威力ではなく漆黒の槍の数が増加する。
ちょっと試しにと初期設定の消費量より少し多くMPを使うと、ヨミを囲うようにして漆黒の槍が大量発生して、その穂先をこちらに向かって走っているゴブリンに向ける。
いきなり自分たちよりも倍以上の数の槍が現れて、流石のゴブリンたちも足を止める。
なんだかオーバーキルが過ぎるなと申し訳なさを感じつつ、自分の周囲にある槍を射出する。
ヨミは名前を見た時、ジェットブラックの槍という意味だと捉えていたが、そっちとは別の意味もしっかりとあったようだ。
「……まぁじでぇ?」
ズゴォッ!! という爆音を響かせて一斉に射出されたジェットブラックの槍は、ジェット機の如き速度で真っすぐゴブリンたちに向かって飛翔し、回避すらさせずにズタズタに引き裂いていってしまい、30体以上いたゴブリン達は見るも無残な姿となってポリゴンへと帰っていった。
「これは……かなり強いね。……あ、でも軌道の操作はできないんだ。そりゃそっか。あんな速いのを自在に曲げられたらやりすぎだし」
曲げられるのかと思って、何もいなくなったので適当に『ジェットファランクス』を使って操作しようとするが、干渉することすらできずただ真っすぐ飛んで行った。
真っすぐだけという制限ではあるが、初速から半端ない速度を叩き出す。試しに血壊魔術『ジェノサイドピアッサー』と『ジェットファランクス』を同時に使ってみると、流石に『ジェノサイドピアッサー』の方が速かったが『ジェットファランクス』も中々だった。
「……これ、できるかな?」
ふと、一つやってみたいものが浮かんできたので、消費魔力を最低にしてジェットブラックの槍を周囲に展開して、その内の一つに『クルーエルチェーン』を巻き付ける。
怖いもの見たさで、超高速飛翔する物体に自分をくくり付けたらどうなるのかを試してみたくなった。もしここにノエルがいたらやめておけと言われること間違いなしだが、
「ふ、ふふふ……。ちょっと怖いけど、やってやる! よし、射出おぶぇ!?」
少しだけ怖かったが好奇心に負けて、黒のファランクスを打ち出す。
直後、強烈なGの負荷が全身にかかり、みっともない悲鳴が短い間だけ響いた。
ゴブリンを倒して残機回復したストックが、五個から四個になった。
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Q.ヨミちゃん何やってんの?
A.好奇心は猫を殺すと言う
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