第二章 女神の加護を持つ者たちの戦い

ギルド対抗戦に向けて

 アンボルト討伐という大偉業を成し遂げてしまったヨミたち銀月の王座ムーンライトスローンは、とてつもない数の入団申請見舞われていた。

 マスターがヨミという小柄でとてつもない美少女であること。明言しているわけではないが、火力面では確実にヨミに並ぶノエルがサブマスター的ポジションにいて、庇護欲掻き立てられるヘカテー。

 こんな見目麗しい美少女たちとお近づきになりたいという下心が見え透いている入団申請に辟易としつつ、片っ端から拒絶していく。

 一応申請メッセージにアタッカーもできるガンナーのプロゲーマーシエルに、一般人枠から無事人外認定を食らったジンと一緒に肩を並べたいと書いている人もいたが、文字で書くだけは簡単だ。信用はできない。


 ギルド対抗戦までもう一週間もない。まずは予選を突破する必要があるが、その予選というのが非常に面白い。というかヨミにとって大好物であり、シエルが割巧みを最大限発揮できる仕様になっている。

 予選というのは何と、一ギルドから最低でも三人、最大で五人まで出場することができて、それが十チームがまとめて同じ専用バトルフィールドに飛ばされる、いわゆるバトルロイヤル形式だ。

 全てのギルドが最大人数で参加すれば、その一試合で五十人が同じ場所にひしめき合うことになる。


 慣れていないと大変そうだし、漁夫とかもすさまじそうだが、慣れていればどうってことはない。

 そういう大人数が集まって試合を行うのはFSPゲームで慣れているし、そういうバトルロイヤル形式のFPSでつい最近世界大会で優勝してきた鬼畜ブレーンがいる。

 場所はランダムだが、シエルがそう呼ばれるようになった理由でもある、ビルに爆薬を大量に仕込んで爆破して中にいた敵プレイヤーを大量に葬り去りつつ、外にいた敵プレイヤーをまとめて潰したビルドミノ戦法に似たようなことでもやるだろう。


 優秀鬼畜すぎるブレーンがいるので作戦は問題ないだろう。あとは、ヨミたちアタッカーが予選開始までにどれだけステータスを仕上げられるかだ。

 対人戦の方がステータスの伸びはいいが、もうじき対抗戦ということもあるので、しばらくはバトレイドはお預けだ。

 そうとなると、行く場所は一つだけだ。


「クロムさーん、いますかー?」


 その前に、頼んでいたものを受け取るためにクロムの店に足を運ぶ。

 今日は朝目を覚ました時から、いや、昨日お風呂に入っている時からずっと、ユニーク装備とは違う、完全に自分専用の装備、それも最高のロマンが詰め込まれている装備を手に入れられると、そわそわしっぱなしだった。

 もう一秒でも早くそれを手元に欲しかったので、朝食は牛乳に浸したチョコフレークだけ。歯磨きは、歯は一生ものなのでしっかりと磨いたが、寝間着から着替えもせずにログインした。

 そしてそのまま真っすぐクロムの店に来た。その顔は、もう待ちきれないとうずうずしている。


「おう、来かた嬢ちゃん。頼まれていたもんはできているぞ」


 クロムも会心の出来のようで、非常にいい笑顔だ。この後にノエル、シエル、ヘカテー、ジン、ガウェインと依頼が続いているが、それはとても嬉しそうだった。

 ヨミのことを手招きして店の奥に通してもらい、作業場に足を踏み入れる。

 最近見慣れてきたその作業場にある台の上に、大きくて武骨な兵器が置かれていた。


「ワシが生きてきた中で最高の出来だ。世界初の竜王シリーズ第一弾、ブリッツグライフェン。大事に扱ってやれよ? じゃないとへそ曲げて、お前さんにさえ牙を剥きかねんじゃじゃ馬だ」

「じゃじゃ馬……いいね、それ。そういうの大好物です」

呵々カカ! やっぱお前さんはロマンってやつをよく分かってやがる! 話が通じるってのはいいな!」


 新しいヨミの武器、ブリッツグライフェン。大きさはヨミとほぼ同じか少し大きい程度で形は大鎌になっているが、最高に楽しくて最高に痺れるロマンが詰め込まれている。

 早速装備をしようと掴んで持ち上げると、ずしりと斬赫爪以上の重さを感じて、ぞくぞくと背筋を震わせて頬を紅潮させる。

 重いが、これはただ重いだけじゃない。ロマンがたくさん詰め込まれている証なのだと、興奮する。


「試し振りしたくて仕方がねえって顔だな。別に構いやしないが、お前さんと同じ女神様の加護を持っている冒険者以外には使うなよ。素材全てがアンボルトのもの、そして核に魔法石を使ったんだ。そんじょそこらの武器なんざ、紙でも引き裂くみてえに壊しちまうからな」

「分かってますよ。エネミ……当分は魔物にだけに使いますよ。それで、使い方は?」


 早いこと試し斬りをしたいので、詳しい使い方をクロムから教わる。

 楽しそうに、そして嬉しそうに説明してくれるクロムの隣で、目をキラキラと輝かせてふんふんと頷く。その様子はまさに、お爺ちゃんの会話を聞く孫娘そのものだ。


「───とまあ、こんな感じだ。あとは自分で使いながら感覚を掴んでくれ。違和感があるようなら微調整もしてやる」

「ありがとうございます、クロムさん! 早速試してきます!」


 もう我慢ならんとブリッツグライフェンを胸に抱き、そのまま店を飛び出す。


「普段しっかりしてる分、ああいうはしゃぎっぷりは年相応だな」


 クロムの呟きは、ヨミの耳には届かなかった。



 早速赫き腐敗の森でブリッツグライフェンの試し斬りをしまくり、即死はもうしなくなったがまだ森のエネミーの攻撃力はかなり高く、いい具合のひり付きがあってよかった。

 試せた性能が二つだけだったのが残念だが、二つも試せたのだと思って気持ちを切り替える。


 試し斬りを終えた後、ヨミはフリーデンに戻ってからワープポイントを使ってクインディアに向かう。

 対人戦は成長効率がいいが、プレイヤー相手にやるともうじきある対抗戦で対策を建てられてしまう。

 ならどうすればいいか。答えはプレイヤーでなければいい。

 そんな短絡的な答えに行きつき、昨日あらかじめ訓練をしたいと予約を入れておいた。


 ガウェインはあの時、主に指揮官として戦っていたが剣士としても非常に優秀だ。なにせ、ワイバーンと呼ばれるドラゴン系エネミーが存在しているのだが、このエネミーは攻略上位陣でも結構苦戦するほど強い。

 ヨミはまだ戦ったことはないが、調べたところだとプレイヤーの熟練度やスキルレベルの育成などにぴったりな強さをしているようで、対抗戦やランク戦、その他イベントが近くなるとそれに間に合わせるためにトップ層に乱獲されているらしい。

 あくまでトップ層が乱獲しているだけで、トップより下の上位や中堅どころからすれば討伐難易度はかなり高く、パーティー戦前提の強さだと言われている。


 そんなワイバーンを、ガウェインは一人で倒した経験があるそうだ。顔についている傷もその時にできたものらしい。

 本人は運がよかったと言っていたが、運がいいだけでは生き残るのは難しいだろうし、ヨミからすれば運も実力の内だ。十分誇っていい。


 そんなガウェインとこれから模擬戦。最高の新しい相棒を手に入れてうきうきしていたのだが、


「水を差すどころか頭から氷水ぶっかけられた気分……」

「ぶつくさ言ってねえで、さっさと出せってんだよ!」

「ゼル、出せって言って出せるようなものじゃないって考えりゃわかるでしょ」


 テンションが上がりまくって今日は一日いい気分でいられそうだったのに、今ヨミはテンションが海底にでも沈んでしまっているかのようだ。

 理由は、今目の前にいる男性プレイヤーが原因だ。会ったこともないしバトレイドでも戦ったこともない、ガチの初見だ。

 だが彼が胸に付けているギルドマークには見覚えがある。今まで数度、ヨミやシエルを暗殺しようとしてきたPKギルド、『黒の凶刃ブラックナイフ』のものだ。


 一緒にいる女性プレイヤーにゼルと呼ばれたプレイヤーがヨミの前に立ちはだかり、顔には怒りの感情を浮かべて怒鳴っている理由。それはヨミが持つアンボルトの素材をすべて出せと言ってきたのに対して、ゴミでも見るような目を向けたことが理由だ。

 とりあえず、今までの出来事から推測するに、このゼルが黒の凶刃のマスターであることに間違いないだろう。そこから更に、どうしてそこまでヨミとシエルに執着していたのかを推理して、そういえばシエルにキークエストを横取りされた(と思い込んでいる)ことを思い出した。


「自分でやろうっていつも頭の中で計画立てるだけで実行に移さないんじゃ、欲しいものは一つも手に入らないわよ? ここは現実じゃなくてゲーム。助けてくれる人なんていないわよ?」

「うるせえ、黙ってろゼーレ!」


 ……なるほど。ゼルがどうしてここまでアンボルトの素材やシエルとヨミの持つユニークに執着している理由がなんとなく見えて来た。

 要するに、いつかは自分でやろうと自分の中で勝手に決めるだけ決めておいて、それだけでクリア報酬は自分のものだと思い込んでいたのだろう。

 なんて哀れで頭が悪いんだろうと、ゴミを見る目から憐みの目に変わる。

 ついでにここでいっちょ、盛大に煽り散らかしてやろうと悪戯笑顔を浮かべる。


「いやぁ、黄竜王アンボルトとの戦い、本っ当に大変だったなぁー。なにせプレイヤーはたったの五人。何回も地獄を見てボクは何回も死んで、NPCから被害も出ちゃったけど、クリアした時は達成感すごかったなぁー」

「あ゛ぁ゛!?」

「あぁ、こりゃ失敬。えーっと、ゼルってそこのお姉さんが言ってたね。ゼルは竜王の戦いには参加していなかったから、あの時の達成感と喜びは分からないよねぇ。ごめんごめん。何しろ、自分は戦いに参加しないで部下をけしかけて、人様の貴重なアイテムや装備を掻っ攫わせて、自分は苦労せずに貴重アイテムや装備を手に入れようと考えてたクソ雑魚プレイヤーだもんねぇ。自分で激戦繰り広げて文字通り死ぬほど苦労して、その末にクリア報酬をゲットするっていう気持ちなんて、分かるわけないよねぇ。ごめんねぇ? なんか自慢っぽくなっちゃって」


 できる限り相手が見たらめちゃくちゃ腹が立つような表情をしながら、めちゃくちゃ腹が立つ生意気な声で話す。なんだか久々にするメスガキムーブに、正気が掘削機でも食らっているかのようにゴリゴリ削れて行く。


「でもでもぉ、そのおかげでボクすっごいいいクリア報酬手に入れられたんだよぉ。ほらこれ、この耳飾り。綺麗でしょ? NPCを連れてアンボルトをクリアしたからか、ボクとボクのギルメンみんな王都マギアにあるお城に招待されて、そこで超性能のいい装備貰っちゃったんだぁ。いやぁ、正直これでクリア報酬しょぼかったらどうしようとか思ってたけど、洒落にならんレベルでいいの貰っちゃったし、ゲットした素材から作ってもらった装備もぶっ壊れレベルで強いし、ちょー苦労したけど戦ってよかったぁ」


 もうやめてくれと心が悲鳴を上げている。ノエルがこの場にいないからこのムーブをかましているが、あまり悪目立ちするとそのうち彼女の耳に入って、リアルでどうにか逃げ続けている着せ替えファッションショーが開催されかねない。

 しかし、沸点がヘリウム並みに低そうなゼルを盛大に煽ったらどんな反応をするのかが気になるので、好奇心が悲鳴を上げている理性を塗りつぶしてしまった。

 さて、後で羞恥心で発狂すること確定しているのだから理想通りのリアクションをしてくれよとゼルに、渾身のメスガキスマイルを浮かべながら右側の髪の毛を指ですくって耳にかけながら、月の形の耳飾りを見せつける。


「~~~~~~!!!!!! 喧嘩売ってんのかてめぇ!!!!!!」


 顔を真っ赤に染め上げて、思い切り怒鳴り付けるように叫ぶゼル。実に理想通りの反応に、思わずにやーっとより意地の悪い笑みを浮かべてしまう。

 そのあまりの声量に後ろにいたゼーレという女性が耳を塞ぎ、行き交っていたプレイヤーとNPCがなんだなんだと足を止める。


「えー? 喧嘩なんて売ってないですけどぉ? ボクはただ、めっちゃ苦労したからこそクリアした時の達成感と、クリアした時にもらえる報酬の喜びを話しただけなんですけどぉ? それだけでそんなトマトみたいに顔真っ赤にして怒るなんて、自制心もざこざこなお兄ちゃんなんですかぁ? なっさけなーい♪」

「ぶふぉぁ!?」


 ゼルの後ろにいるゼーレが盛大に吹き出した。というか今思い出したが、前に彼女とバトレイドで戦ったことがある。決して強いというわけではなかったが、戦い方や武器の使い方が巧かったのを覚えている。

 バトレイドはPKも入れる場所ではあるが、PKはそこでも赤ネームのままだ。戦いが始まったらお互いのHPゲージを見ることができるようになって、PKは名前ごと真っ赤になって表示される仕様になっている。

 なのであの時戦った時点で赤ネームではなかったため何も思わなかったが、まさかPKギルド所属だとは思いもしなかった。


「……ぶち殺す! 何べんでも殺して殺して殺しまくって! 徹底的に俺が上だって体に分からせてやる!」


 見事に感情的になって、叩き付けるようにPvPを申請してくる。

 正直こんな人に注目されている状況で受けたくはないのだが、拒否したら厄介なことになりそうなので大人しく受ける。


 30の数字が出てきて、カウントダウンが始まる。

 ヨミが街中でPvPの申請を受けたことが珍しいのか、あれよあれよと野次馬が集まってくる。

 いい加減PKに狙われるのも面倒になってきたので、最近シエルから聞いた掲示板上でのヨミの人気を利用することにする。


「三秒」

「は?」

「三秒で終わらせてあげるね、ざこおにーさん♡」

「ぶっ殺すッッッ!」


 最後の数秒で宣言すると、怒り以外の感情が消えてなくなってしまった様子のゼル。

 カウントダウンが終わって開始のブザーが鳴ると同時に、腰のホルスターからナイフを抜いて獣のような雄叫びを上げながら突っ込んでくるゼル。

 怒り過ぎて動きはめちゃくちゃだし、体中力んでいるし、何より冷静さがないため視野が極端に狭くなっている。

 狙ってやったとはいえここまで上手くいくなんてなと思いながら、魔術を使わずに疾走スキルを発動させて一瞬で距離を詰める。


「ガアァ!!!!」


 超大振りにナイフを持つ右腕を振り上げて脳天目がけて落としてくるが、勢いが乗り切る前に跳躍しながら右足を振り上げることで弾き、そのままの勢いで正面から飛びついて顔を太ももで挟み込んで固定する。

 その瞬間周りからどよめきが起こり、ヨミはゲーム内とはいえ男にこんなことをするなんてと羞恥で顔を赤くする。

 さっさと逃げようと飛びついた勢いのまま体を思い切り捻る。


 ゴギンッ、という身の毛のよだつような音が鳴り、ゼルの首が180度以上回る。

 力が失われて地面に頽れるゼルの体からするりと離れ、頬を赤く染めながら両手でスカートを軽く抑える。

 自分から狙ってやったこととはいえ、スカートを履いている時にこれを男にやるのは禁止だなと猛省する。

 最後にもういっちょ煽ってやろうと残り僅かになっている正気を生贄として奉げ、メスガキ(演技)を召喚する。


「あっはは、よっわーい! こんなに弱いんじゃ、自分でボスとかに戦いに行けないよねぇ。ごめんねぇ、ゼルのことなーんにも分かってなかったから、酷いこと言っちゃったね。でも、前にボクが預けた伝言通り、ぷるぷる震えるチキンレッグで自分で勝負を挑みに来たことは褒めてあげる。よく頑張りました、情けないざこざこおにーさん♡」


 最後の正気度が消し飛ぶ。強烈な羞恥心が襲い掛かってきて、今すぐにでも発狂して地面を転げ回りたいが、気合で堪える。

 もうこれ以上大勢の前でメスガキを演じることはできないし、というかいつの間にかえげつない数のプレイヤーが集まってきたので、大量の視線から逃げるように影の中に飛び込んで離脱。

 そこから近くにあった宿屋に突撃し、サクッと一部屋取ってからつかつかと急ぎ足で歩いていき、部屋の中に入ってしっかりと締めて鍵がかかっているのを確認してから、ベッドの倒れ込む。


「……っっっっ~~~~~~~~あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!!!!」


 血液が沸騰しているのではないかと思うほど顔どころか体中熱くなり、ゆでだこのように真っ赤になってたっぷりの涙を目尻に浮かべながら、じたんばたんとベッドの上を転がりながら気が済むまでずっと発狂し続けた。


 その後、あの騒動がノエルの耳にも入ってしまい、着せ替えファッションショーの開催が決定してヨミは天に召された。



===

Q.なんでメスガキムーブしたら自滅するのにやるの?


A.一番相手を煽りやすいから。あと煽り続けたらどうなるのかという知的好奇心に負けるから

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